米軍機墜落

 【ロサンゼルス8日時事】米軍の「FA18D・ホーネット」戦闘機1機が8日昼(日本時間9日早朝)、カリフォルニア州南部サンディエゴ近郊の住宅街に墜落、住宅2棟などが炎上した。ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)によると、少なくとも住民2人が死亡した。
 近隣の高校では昼食時間中で、大惨事となる恐れがあった。高校生は同紙に「上空低く飛行し、壁に当たったように垂直に落ちた」と語った。墜落後、オレンジ色の火の玉が上がり、一帯に白煙が立ち込めた。操縦士は脱出して無事だった。(2008/12/09-08:48)


 「あわや大惨事」だそうだが、十分大惨事だと思う。特に被害者にとっては。少なくても2人が死んでいるわけだから。この「あわや大惨事」に非常に抵抗感を感じた。

 加害者・部外者からすれば、「大惨事にならなくてよかった」だろうが、被害者からしたら大惨事以外なにものでもない。


 「大虐殺か、虐殺か、戦争中のしょうがないことなのか」、殺人の大罪を言葉遊びで薄めようとする自称ナショナリスト達には違和感を禁じえない。


以前、こんな事件もあったがすでに忘れられている。

これも大惨事であったにも関わらず。

沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件



ヒトラーおじさん


アイドル(?)グループが、ヒトラーを「おじさん」呼びし、番組内では偉人扱いをしたそうだ。

いくらなんでも歴史を知らなすぎるだろぅ・・・?

愚かとしいいようがない。

顔と乳だけの、中身が全くない子たち(そのようにメディアに作り上げられたという意味では彼女達も被害者)を公共の電波に乗せてほしくない。


他国の歴史も、自国の歴史も謙遜に学ばない国民に、誇りと未来はあるのか?

いい加減、歴史を謙遜に学ぶ必要を感じる。それは自虐でもなんでもないのだ。

 プロ市民って言葉を時々聞くので、何んだろうと思って調べてみた。Wikipediaだけどね。

 それによると、「政治にもっと関心を持とう、地域密着型の活動を通しプロ意識を持って政治や地域活動に参加する市民になろうという運動や人々を指す言葉であった」らしく、そんな悪いもんじゃないと思ったんです。むしろ民主主義を根づかせていく、成熟させていくという意味では非常に大事な概念かとも思いました。

 でも、それもネットでゆがめられてしまったようですね。↓以下


2ちゃんねる用語としては、「左翼活動家の隠れ蓑」あるいは「市民活動で利権を得る者たち」を意味するレッテルとしての「プロ市民」がある。つまり「アマチュアのふりをしたプロによる偽の市民活動」というような意味合いである。「一部の市民・党派や、特定のプロパガンダ、外国勢力などのために活動を行っている者」と捉えられる限りにおいて、プロとしてのアジテーターや工作員のほか、職業として市民活動と関わる弁護士・政治家・学者であってもプロ市民とされることがある・・そうだ。


市民活動や、政治活動(左翼も右翼も)自体が、その人個人が所属する団体・党派・階層の利益・思想・信仰を守るために行われる活動であるので、それに対して「プロ市民」という侮蔑的なレッテルをはるのは、どうだろうかと思う。何にもできなくなっちゃうよなぁ。と思うのだが。


この概念でいうと、「教会で、キリストの福音を伝える為に教会から献金をもらって働いている者が、信教の自由を守るために天皇制と自民党を批判したら」プロ市民という侮蔑的レッテルを貼られてしまう事になってしまうのだろうか?


ペットが殺されたからという動機は、理解できないが、想像はできる。

人の怒りや恨みは処理しなくては、心の内で醸成されていくものだからだ。処理されない怒りや恨みや嫉妬は、他者を滅ぼし、自分をも滅ぼすのだ。いや、神をも殺すほどなのだ。


それにしても、むしろ年金テロと言われた方が、わかりやすかった。

小泉「改革」のもと、福祉が切られ、派遣労働が増え、貧富の格差が広がり、その中で、希望を持てなくなった人が、暴走し官僚に怒りがむかった・・・そのような筋書きの方が、はるかに理解できるのだが・・・

そういう筋書きをはるかに超えた動機が出てくるのは、はるかに不可解な社会になってきているのかなぁと思ってしまった。


更に、話はかわりますが、私の周りには、小泉劇場に踊った人が、けっこういます。クリスチャンの中にも結構います。クリスチャンこそ、霊の目を通して、神の視点でこの国の現実を見ていかなくてはならないと思うのですが・・・・


 「年金テロか?」と殆どメディアが大騒ぎし、私もそう思ったが、実際はそんな動機ではなかったらしい。まったく関係ないようだ。

 なのに、周りが「年金テロか?」と騒ぐということは、テロも起きかねないような、年金政策だと心のどこかで感じていたのではないのかな?と思ってしまった。 そうじゃないのに、そうだと思ってしまうような政策であるなら、どこかに歪みがあるようにも思えるが・・・・