先日、子どもがうまれました。うれしいです。
病院の新生児室には、男の子がずらり。
私に(神様から)預けられた子も、男の子でした。
何かで聞いたのですが、戦争がおこる前は、男の子が多く生まれるとか生まれないとか・・・・
だとしたら、いやだなぁと単純に思います。
日本は相変わらず、アメリカに盲従し、北朝鮮や中国を見下している情勢下、ロシアも力をつけてきました。
「ロシアの脅威から守るために、拉致された(らしい)日本人を助けるため、中国の崩壊を止めるため、自衛隊(軍隊)を旧満州に派遣すべき!!」みたいな、やたら勇ましい論調も出かねません・・・
そしたら、いつか来た道は目の前です。
そして、これもいつか来た道なのですが、「国の為に命を捧げる」という事に魅力や価値を見出しているクリスチャンも結構います。
冗談じゃありません。
クリスチャンなら、「主イエスキリストと平和の為に命を捧げるべき」です。
そして、平和のための戦争など、この世にはありません。すべて自称「平和の為の戦争」です。
国の為に命を失っても、復活も永遠のいのちもありません。
復活したイエス様の為に命をささげるべきです。
普通の親なら我が子が殺されるのも耐えられないし、他人を殺すのも耐えられない筈。
そして普通の親なら、そのような社会にならないように望んで当然の筈。
これは、平和ボケでもなんでもない当然の感情。
そんな当然の感情に基づいて平和を訴えることさえも「アカ」「ひだり」「めんどくさい」「うざい」「自虐史観」というレッテルさえ貼られかねない雰囲気が、今の日本にないでしょうか?
私は現在の情勢下で、自民党に投票し、外交や政治よりも経済を優先し、この国の現状維持を願う人、もしくは反対票を投票しない人には、本気ですか?って思っちゃいます。
もちろんそれを否定し、考えを変えろとは言いません。言ったところで意味ないし。
ただ、分かり合えないだろうなとは思います。
「死にいたるまで忠実でありなさい(黙)。」とあります。
国や社会に対してではなく、あくまで神様に忠実であってほしいと願っていますし、
私も親としてそうありたいと願っています。
そして、神様に忠実である事が、死にいたってしまう社会や情勢にはなって欲しくないと願ってやみません。