「ねえ。星座とか、見つけられる?」
幾分トーンの下がった沙織の声に、花火に火を点けかけた手を止め、僕は顔を上げた。
半ば懇願するように呟いた彼女の顔からは、すでに微笑は拭い去られていた。
物事はそう簡単にはいかないものである。
「何、見つけたいの? 織姫か彦星か、それとも北斗七星とか」
僕はとりあえず思いつく限りの星の名を羅列する。
「ううん。ベテルギウス」
「……オリオン座の?」
彼女から発せられた怒りとも悲しみともつかない感情が空気を震わせ、
僕の心の隙間にそっと沁みこんでいく。
「そう」
淡々とした肯定が、沙織から発せられる。
「今日は無理だ。ベテルギウスは冬の星座だから」
僕はやんわりと、けれどしっかり、その事実を伝えた。
患者に余命宣告をする医者の気分だ。
「そう」
先程とは異なるトーンで彼女は呟く。
感情こそ内に秘めてはいるものの落胆しているということはすぐに分かった。
十五年かけて培ってきた幼馴染特有の勘は、伊達じゃない。
「好きなの?」
何を考えるでもなく、ほとんど社交辞令のように僕は尋ねた。
それが間違いだった。
「え?」
「ベテルギウス。寿命寸前の冬の星座」
「好きだよ。消滅寸前の勇者の右肩」
俄かに沙織の言わんとしていることが呑み込めて、僕は口をつぐむ。
だから沙織はベテルギウスが好きで、七夕なんかに冬の星座が見たいなどと言い出したのであろう。
僕が発した気まずさを敏感に感じ取ったのだろう、沙織は呟いた。
「……ごめんね」
「大丈夫だよ。それよりほら、花火。ね」
僕が努めて朗らかに差し出した線香花火に沙織は首を振り、代わりに笑ってみせた。
何て悲しげに笑うのだろう、と僕は思った。
沙織は確かに笑っているのに、それでもそこに、感情の類は全くもって宿されていない。
「……お祈りしよっか」
今にも泣きだしそうな顔で笑う沙織の唇から零れ落ちたのは、意外にもそんな平坦な言葉だった。
「お祈り……星に願いを、ってやつ? きらきら光る」
「そう。お空の星よ、ってやつ」
それきり沙織はぎゅっと目を瞑って、左手を胸の前で合わせ「お願いします」のポーズをとった。
――沙織は星に、何を願うのだろう。
煌めく夜空の星に懇願してまで彼女は、
与えられるはずだった普通の人生を歩むことを望むのだろうか。
左手だけで祈りを捧げる彼女。
両手を合わせて願い事ができないのは、ふざけているからでも何でもなく、
右腕が、無いからだ。
先月交通事故に遭った彼女は、右腕と同時に喜怒哀楽をも失った。
悲痛な回想に、星空がじわりと滲む。
沙織を見やると、彼女はなおも祈り続けている最中だった。
「……さお、り」
思ったよりも弱々しかった僕の声に、彼女は何? と瞳だけで問い返す。
そんな沙織に僕もまた、潤んだ瞳で問いかけた。
――沙織。
遮断された君の未来は、僕が代わりに創るから。
ベテルギウスが超新星爆発を迎えたその時は、代わりに僕が、そっと君の未来を照らすから。
いつだって僕の隣で眩しく輝いていた君を。
それが例え、刹那の輝きでしかなかったとしても。