刹那の閃きを得て、夜の帳を裂き、花開くように線香花火は燃え上がった。
熟れたような火の玉からほとばしっては闇に溶けていく光を眺めていると、
不意におぼろげな呟きが僕の鼓膜を揺らす。
「楽しかったね」
幽かな声に顔を上げると、口角だけを上げて機械的に微笑む沙織の姿が、僕の視界に広がった。
喜怒哀楽に乏しい彼女は、最近、いつもこんな風に笑う。
正直な所ちっとも楽しそうになんて見えないが、無口な彼女がそう言うからには、それだけで、
勇気を出して沙織を夏祭りに誘った甲斐があるというものだ。
夏祭りの帰り道。花火をしたいと言い出したのは僕だったか、沙織だったか。
どちらにしても、二人とも花火がしたいという意見で一致していたので支障はないのだが。
「うん、よかった。沙織の浴衣姿も見れたし」
そう言って僕は、華奢な身体に黒地の浴衣をまとった彼女を改めて眺めた。
漆黒の布地に、濃い桃色の桜が優雅に舞っている。
この日のために用意されたであろうその艶やかな浴衣は、彼女の端正な顔立ちを一際美しく見せていた。
彩る、という言葉の意味を再認識しつつ、僕は沙織と、沙織の瞳の中で揺らめき、
そして消えゆく光を、見た。
僕と沙織は先月、十五年にも及んだ幼馴染の関係に終止符を打ち、付き合い始めたばかりだ。
どちらともなく好きになり、いつの間にか沙織は僕の隣にいた。
傍から見ればこの上ないシチュエーションでの純愛に見えるかもしれないが、
僕と彼女の間に漂う何かに名を与えるとしても、それは純愛や恋心といった
美しいものにはなり得ないであろう。
「星哉」
自らの命を削り、健気に今という時の中で輝き続ける花火に焦点を当て、
沙織は僕の名を呼んだ。
「ん?」
「今日って、七夕?」
「七夕――うん、そうだ。今、思い出した」
「織姫と彦星が、会うことを特別に許される日?」
「そ。二人のために、空に天の川が架けられる日」
僕の言葉に沙織は、手にした線香花火から夕闇にすっぽり包まれた空へと視線を移した。
僕もそれに倣う。
僕らの頭上に果てしなく広がる空の中に、天の川が物も言わず、ただ煌びやかに存在していた。
たった二人の恋人のためだけに造られた架け橋。
愛の偉大さを全ての人々に語りかけるように天の川は、夜空の中央に鎮座していた。
「でも」
と、唐突に沙織は口を開いた。
「そんな自己中ばっかりじゃ、宇宙は架け橋だらけになるでしょ」
「もっともな理論だ。国語の先生に持ちかけて、ディベートでもしようか? 天の川の伝説は美しいお伽噺か、エゴイストの戯言か。僕は後者に千円」
「ずるい。それじゃ私は後者に二千円」
「それじゃ賭けにならないじゃん」
「そっか。でもクラスに一人くらいは前者がいるかもしれない。生徒会長の高田とか」
確かにと言って沙織と皮肉の濃い笑みを交わしあった所で、僕はふと、
彼女がいつもより饒舌になっていることに気が付いた。
心なしか笑顔も、いつもより温かみに溢れて見える。
それは彼女が少しずつ前に向かって歩き始めた証だろう。
蝋やガラスといった何かで丹念に作り上げられたかの如くしんとした、冷たい美しさの中。
そこに例え一瞬でも光が宿れば、彼女は無愛想な置物などではなく、
忽ち星にも勝る輝きを放つオブジェへと変貌を遂げることができるだろう。
そのために僕は、鋭利な棘に覆われた沙織の心を紐解き、ゆっくりと時間をかけて
磨き上げていく必要がある――