心の鍵 <第1話> | レンタル・ドリーム 『夢』 貸し出し中!

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アンドロイドの皆様へ。
あなたに今夜見て頂きたい『夢』を貸し出すレンタルショップです。
さてさて、用意致しました今宵のプログラムは……。

原則一話完結のショートストーリーです。
 

まえがき(読んでね)

今回は特別編です。

文字数も、いつもの3倍以上となりますので、4話に分けて掲載します。

今回の物語は、友人が描いた絵から発想を得て書いた作品です。

本来、挿し絵というのは物語に沿って描かれるものですが、この作品においては逆ということになります。

なので物語とシーンとが必ずしも一致してはいません。

挿し絵はあくまでも物語のイメージとして捉えて頂きますよう、最初にお願い申し上げます。

なお、挿し絵につきましては、ご本人の承諾を得た上で使用させて頂いております。







心の鍵 <第1話>

大切な試験を明後日に控え、私はいつものように大好きな深夜ラジオのプログラムを耳にしながら勉強をしていました。

しかし、ここしばらく続いた睡眠不足のせいでしょうか、いつの間にか眠ってしまっていたようです。

気がついた時には、すでにラジオはオートオフになっており、部屋の中から一切の音が消えていました。

いつになく静かな夜です。

ふと目に入った時計の数字に、なんとなくですが、その静けさにも納得しました。

今夜はもうこのくらいにして、ベッドに入ろうと机を離れた時のことです。

突然、閉じているはずの窓から強い風が入り、その力でカーテンがめくれるようにして大きく開かれたました。

何事かとそちらに目をやると、真っ暗な窓の外から巨大な二つの目玉がこちらを覗き込んでいます。

そこに窓はありませんでした。

部屋から続く真っ暗な世界の入り口に佇んでいるのは、人の背よりもはるかに大きなフクロウです。

「クレア」

フクロウは私に向かって呼びかけてきました。

なぜ私の名前を知っているのでしょうか。

本来ならこのような異常な事態に直面すれば、誰しも驚き逃げ出したくなりそうなものですが、今の私はいたって冷静でした。

それどころか、ありのままを受け入れる余裕すらあったのです。

それはこのフクロウの大きく開いたふたつの目に、限りない優しさと懐かしさを感じたせいかもしれません。

「さぁ行こう」

フクロウは羽を少し広げるような格好で私を誘いました。

よく見るとその首には、人の背丈の半分くらいはある大きな鍵が掛けられています。

「どこへ?」

「君の兄さんの心の中へ」

「兄さんの?」

「彼をを助けたいんだろう?」

「うん」

「僕の名前はサム、君に力を貸してあげよう。さぁ、僕の背中に乗って」

サムは顔をこちらに向けたまま、体だけを180度反転させると、私がその背中に乗りやすいように羽を広げて体を少し落としました。



今から約一年前、ちょっとした事件がきっかけで、私の兄は学校に行くのを止めてしまい、自室から滅多に出ない生活を送るようになっていました。

それが素で家族の心はバラバラになり、毎日を息苦しさを感じながらの生活が続いていたのです。

「さぁ、早く。夜が明けるまでしか時間がないんだ」

「どこへ行くの?」

訊ねながらも、私の心はすでに決まっていました。

そして、その大きな背中に手をかけてよじ登り、その体にしがみついた瞬間、

「君の兄さんの心の中だよ」

答えるが早いかサムは真っ暗な地面を蹴って夜の大空へと飛び出して行ったのです。



夜の屋外は真っ暗かと思っていましたが、どうやらそれほどでもなさそうです。

目が慣れていくうちに、月明かりに照らされた街がはっきり見えるようになってきました。

飛び立つ前から寒さを感じていたのですが、気がつけばどうやら雪も降っているようです。

まだそんな季節ではないはずなのに。

「……寒い」

「ここは君の心の中。寒いのは君のしらけきった感情のせいだよ」

自分の心の中をこのように具体的に覗いて見ることなど、おそらく誰も経験したことはないでしょう。

そんな風にサム言われ、私は少し傷ついたというより、他人に心の中を覗かれてしまった恥ずかしさを感じていました。

しかし、不思議な事はそれだけではありませんでした。

目を凝らせばなにやら見覚えのある物たちが、私たちを取り囲むようにして一緒についてくるではありませんか。

「あっ、あれっ!子供の頃大事にしていたクマさん!あっちは、幼稚園の時に履いてた長靴!えー、なんでー!?」

「思い出なら探せばまだまだ見つかるはずだけど、今はそんな感傷に浸っている場合じゃない。僕にしっかり掴まって」







サムは風に乗ってどんどん高度を上げていきます。

それに伴い街が見るみる小さくなると、今度は一転、ある場所をめがけて急降下していきました。

「あそこが兄さんの心へ通じる入り口なんだ!」

ものすごい風を全身に受けながら、サムは兄が通う高校の校舎めがけて突っ込んで行きます。

「きゃあぁぁぁぁ!」

ほわっという衝撃を体に受けた瞬間、それまで振り落とされそうなほど激しかった風がぴたりと収まりました。

そして、それまでの世界とはまったく異なる不思議な景色が目に飛び込んで来たのです。

「ここからは、風がなくなってしまうんだ」

その光景を言葉で表すなら、人外魔境というのがもっとも的確な表現かもしれません。

奇妙な建物群に、それを取り囲む多種多様な植物の森。

あちこちに張り巡らされた階段は、いったいどこからどこへ続いているのか全くわかりませんし、無数にあるトンネルもどこへつながっているのか見当もつきません。

「僕の力では、君を乗せたまま羽ばたいても長くは飛べないから、ここからは歩いて行くしかないんだ。とりあえずあそこに降りるよ」

サムは階段の踊り場のような場所に着地すると、私をその背中から下ろしました。

「ここはどこ?いったいどっちに行ったらいいの?」

「言っただろう。ここは君の兄さんの心の中。そして向かうのは……」

そう言いながら、サムは一瞬にして人の姿へと変わっていきました。

「あら、サム!?」

しかも私と同じくらいの年の少年の姿へ。

「この地を支配する女王の宮殿さ。って、あれ、びっくりした?」

「サム……人間だったの?」

「ははは、僕はどんな姿にでもなれるよ。ここでは飛ぶよりこの姿でいる方が動きやすいからね」

「そうなの……」

私が何と言っていいかわからないまま戸惑っていると、サムは進むべき方向を指差しました。

その先にあるのは、これまた不思議な形の建造物です。

目測ではここから1kmもありません。

「この鍵を君に預けるよ」

と言ってサムが渡してくれたのは、さっきまで首に掛かっていた大きな鍵でした。

大きさ、頑丈さとは裏腹に、見かけほどは重くありません。

「これは?」

「君の兄さんの心の鍵だよ」

「えっ、これが?」

「大事なものだから決して手放しちゃいけないよ」

「そんな大事なもの……」

「でも、今のままじゃ使えないんだ。兄さんの成長とともに錠前の形も変わっちゃってね。これから女王のところへ行って形を変えてもらわなきゃならないんだ」

「だから、宮殿へ行くのね、女王様のいる」

「そう、そして新しい鍵を使って心の扉を開くんだ」

「私にできる?」

「君じゃなきゃ、その心の鍵は使えないんだよ」

「わかったわ、頑張る」

早速、私たちは宮殿を目指して歩き始めました。

しかし、たかが1km足らずの道のりとはいうものの、階段はあるわ、回り道で障害はあるわと、なかなか目指す宮殿にはたどり着きません。

そうしているうちに、私たち二人の姿はこの世界の住人たちの注目の的となっていました。

〔おい、あれ人間じゃねぇか〕

〔人間だ、人間だ〕

〔おい、あいつが持ってるの、あれ心の鍵じゃねぇか〕

〔おぉ、そうだ〕

階段の上り下りに疲れ、私たちが休んでいると、茂みの陰から奇妙なささやき声が聞こえてきます。

「あれは何の声?」

「ここの住人たちだ。まずいな、どうやらここの住人たちに僕たちは狙われてるみたいだ」

〔でも女王様には人間を襲っちゃいけないって言われてるだろ〕

今のささやきを聞いて、なぜサムが私に鍵を渡したのかがわかったような気がしました。

〔そりゃそうだけどね。あの鍵だけならいいんじゃないか?〕

「まずい」

その声を聞いた瞬間、サムはそう言い放つとすぐに立ち上がり、辺りを見回しました。

言うまでもなく、私もそれに従い立ち上がります。

「こうしちゃいられない早く宮殿に行かなきゃ」

「宮殿まであとどれくらいあるの?」

「もうあとわずかだ。行こう」

言うより先に歩き始めたサムの後に、私も続こうとしたのですが、後ろから引っ張られて進む事ができません。

「あっ!」

振り返った私は、予想外の光景に驚きました。







得体の知れない生き物が、私が身につけていた鍵に食いついているではありませんか。

「きゃー、サムー!」

慌てて鍵を引っ張りましたが、その生き物はしっかり鍵を加えていて離そうとはしません。

私の叫び声に反応して、少し先まで歩いていたサムは急いで生き物の後ろに回り、馬乗りになってその口をこじ開けると、なんとか鍵を抜くことができました。

二人相手では敵わないと悟ったのでしょう。

その生き物は、茂みに隠れるようにしてスッと姿を消してしまいました。

「どうやら本気でその鍵を狙ってるみたいだ。宮殿まで走ろう」

それ以外に選択肢はなさそうです。

二人はもう少しで宮殿に着けるのを信じて、階段を駆け上がり、そして駆け下りました。

〔人間だ。人間だ〕

〔鍵を持ってるぞ〕

その声を後ろに聞き流すようにして走り続け、二人はようやくこの奇妙な森を脱出することができたのでした。




つづく


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