心の鍵 <第2話>
森を抜けた先にあったもの……サムの説明によると、それがこの街を守るための門なのだそうです。
細長く巨大な巻き貝を縦に並べたような不思議な形をした門です。
そして、その前に立っているのは、これまた異形の姿をした門番たちでした。
「街に入りたいんですが」
〔通行証はお持ちですか?〕
「はい、これです」
〔確かに。そちらさんは?〕
「彼女は人間です」
〔ならば問題ありません。どうぞお通り下さい〕
そう言うと門番は体を門の方へと向け、上部に向かって大声で叫びました。
〔開門ー!〕
門番の声を受け、巻き貝のような形をした門扉が、並んだままくるくると回転しながら上がって行きます。
「どうなってるの、これ?」
私は目が回りそうになるのをこらえながら扉が開く様をみていると、しばらくして下の方から徐々に街へと通ずる道が見えてきました。
〔どうぞお通り下さい〕
門が開ききったのを確認した後、門番は私たちを中へと進むように促しました。
「ありがとう」
サムと私は礼を言い、早速その門をくぐり抜けました。
宮殿へと続く大通りの両側には商店らしき構えの建物がずらり並んでいます。
もっとも、深夜ですから開いている店など一件もありませんが。
ただ、寝静まっているはずの街にあって、なぜか誰かに見られているような感覚を私はずっと受けています。
(もしもここでサムとはぐれてしまったら、私はいったいどうなるのだろう)
幼い頃、両親に連れられて行った見知らぬ土地で抱いた不安、それに近い感情を甦らせる街並みです。
広い街道ではあるのですが、私はなるべくサムとの距離を詰めて歩くことにしました。
道すがら、私は先ほど気になった門番の言葉について、サムに訊ねてみました。
「ねぇ、なぜ人間だと通行証がいらないの?」
「それは、君たち人間は、この世界を構成している重要な存在だからさ」
「どういうこと?」
「ここは君の兄さんの心の中の世界だと言ったよね」
「うん」
「兄さんの成長過程において、君はとても重要な役割をになっていたわけだ」
「兄妹だもんね」
「だから君はこの心の世界においては、この世界そのものを変える力を持つ重要な存在っていうことになる」
「良くも悪くも私自身の言動が、誰かの気持ちを動かしたりするように?」
「そう、だけど彼の心の形成に関与してきたのは君だけじゃない。家族はもちろん赤の他人も含めて、これまでに会った人たちすべてがそうなんだ」
「そういう人たちがここにもいるの?」
「うん。具体的にはわからないけど、きっとどこかにいるに違いないよ」
結局、どこをどう歩いたのかほとんど覚えていませんが、話に夢中になっている間に私たちは宮殿の入り口までたどり着いていたようです。
街へ通ずる門の時と同様、宮殿の入り口でも通行証を見せただけで、私たちは簡単に入れてもらうことができました。
女王が住むというこの宮殿は、外観からして変わった建物でしたが、内部の装飾はそれ以上に風変わりなものばかりです。
テーマパークによくあるおとぎの城というよりは、現代美術の展示場のような感じです。
曲線だけで構成された生物学的デザインといえばよいでしょうか。
金や銀こそが豪華な装飾だと考えていた私にとっては、あまり威厳を感じるものではありません。
宮殿の中では深夜にも関わらず、多くの人たちが部屋と部屋の間を行き来しています。
聞けば、毎夜一晩中に渡って宴が催されるのだとか。
広間では奇妙な姿の芸人たちが、飛んだり回ったり、伸びたり縮んだり、光ったり燃えたり、不思議なパフォーマンスを繰り広げています。
止むことのない芸のさなか、私たちは女王に謁見する許可を得ることができました。
謁見までのしばらくの間に、私はサムから、女王の前に出る際には許可が下りるまでその顔を拝謁してはならない等の段取りを教わっていました。
とはいえ、通り一辺倒のもので特に変わった決まり事はありません。
「ただ、女王様はとても気難しいひとだから、くれぐれも怒らせないように気をつけるんだよ」
謁見室の前にて、サムは私の方へ向き直り、ここからが本当に大切なのだと私に改めて注意を促します。
「うん、わかった」
部屋に入ると、ほんのわずか待っただけで、私たちは女王に会うことができました。
「お目通りの許しを頂き、まことにありがとうございます」
私をエスコートする形で女王の前に進み出たサムは、私より一歩前に出て、女王の計らいに対する礼を述べました。
「私に会いたいと言ってきたのは、お前だな」
「はい、女王様にお願いがあって参りました」
「フクロウには聞いてない。私はこの人間に聞いているのだ」
「失礼しました」
「人間、名前は何という」
「クレアと言います」
「とりあえず近くまで寄って顔を見せなさい」
言われるまま、私は前にいるサムと同列に並び、女王の方へ顔を向けました。
ですが、女王の顔を見るや、私は腰が抜けそうになるなほど驚いてしまったのです。
「お母さんっ!!」
うっかりそう言ってしまったことを、私は直後に後悔することになります。
その言葉は女王の機嫌を間違いなく損ねてしまったのです。
「何だと!? 似ているかもしれんが、私はお前の母親、ましてや人間などではない!無礼者」
「失礼しましたっ」
即座に私は低頭し女王に謝罪しました。
「お許しください」
隣にいたサムは私よりさらに頭を深く下げると、自分の教えが不十分であったことを告げ、許しを乞いました。
「まぁいい。とりあえず人間がここまでやってきた目的を聞こう。願いとはなんだ」
「はい、こちらにあります心の鍵を今の錠前に合った形に直して頂きたいのです」
「ふん、これ見よがしに腰にぶら下げていたからな、すぐにわかったわ」
私は鍵を女王によく見えるようにして、前方に差し出すと、再び頭を下げました。
「心の鍵か、久しぶりに見るな。おいっ、鍵師を呼べ」
「ありがとうございます。直して頂けるのですね」
「いずれにせよ、使えぬままではしょうがない。作り直すことになるかもしれないが、とりあえずは鍵師に見てもらうことにしよう」
すると、いくらも待つまでもなく鍵師が女王の前に現れました。
おそらく、私たちの噂はとっくに宮殿に届いていて、その目的までも事前にわかっていたからでしょう。
「お待たせいたしました女王様。鍵師がやって参りました」
「おぉ、来たか。早速だが、あの者が差し出している鍵を見よ。あの鍵を直せるか」
「はい、それでは拝見致します」
そう言って鍵を手に取ろうと近づいてきた鍵師の顔を見て、私はまたもや驚いてしまいました。
「えっ!?」
(お父さん)とうっかり口に出しそうになった矢先、直前の失敗を思い出し、慌てて口を押さえました。
女王は一瞬「うん?」と訝しがりましたが、結局はそれほど気にもとめず、鍵師に直るかどうかを訊ねていました。
「はい、山形はずいぶん変わってしまったようですが、軸の太さや溝はこのまま利用できそうです。山形を継ぎ足し削り直して修正いたしましょう」
「どれくらいの時間がかかる?」
「今から取りかかれば、明朝には」
「では早速に取りかかれ」
「はっ」
女王の命を受け、鍵師は心の鍵を両手に抱えたまま部屋を出て行きました。
その背中を何気なく見つめながら、私はサムが言った気になる一言を思い出していたのです。
「ねぇ、明朝にって言ってたけど、大丈夫?たしか時間がないんじゃ……」
そう言いながらサムを振り返ると、その表情からは明らかに焦りを読み取ることができました。
サムは女王に訴えます。
「あの、女王様。何とか急いで頂くわけにはならないでしょうか」
「何だ、お前?あの鍵でこの世界を解放しようというのか。この世界は上手く行っておるのだぞ」
「しかしですが、この心の世界の外側では上手くいっていないようです。そのために、私はクレアをこの世界に招いたのです」
「鍵を使えるのは人間だけだからな。だがどうする?この心の世界を構成している者はそれを望んではおらん。お前はそれを知っているのか」
「はい、存じております。しかし、その心の奥底、どこかの部分で、実は誰かの力で錠前を開いて欲しいと考えているのではありませんか?」
「何を生意気な。フクロウ風情が私に意見するつもりか!」
「申し訳ございません、女王様。しかし、実際のところ女王様もご存じなのではありませんか」
「ええい、黙れ小癪な。衛兵、この者を東の塔へ閉じこめておけ!」
「ははっ」
その瞬間、サムはしまったという顔をしていましたが、一度漏れてしまった言葉は戻りません。
こういう事態になって、ようやく気が付いたのですが、おそらくこれは兄の心が作りだした母の姿に違いありません。
気に食わない事があれば周囲に怒りを撒き散らす様子は、最近の母そのものです。
「サム!」
サムは体格で圧倒的に勝る兵士たちに両脇を抱えられ、身動きできない状態にされてしまいました。
「僕のことは心配するな、それよりきみは必ず鍵を手に入れて、この世界を解放するんだ」
捕らえられてなお私を気遣うサムに、女王はさらに機嫌を悪くしたようです。
「気に入らんな、どうせなら目障りな小娘、代わりにこいつを東の塔へ閉じこめるとしよう」
「そんな、待って下さい。東の塔にはヤツが……」
「それがどうした?」
「彼女は何も罪を犯したわけではありません。私が勝手に……」
「ええい、うるさい!その娘をさっさと連れて行け」
「ははっ。では、この者の処分はいかがいたしますか?」
「街の外に放り出しておけ。どうせ明日の朝になれば、この世界にはいられなくなる者だ」
「はっ」
「サム!」
「クレア!」
私たちは兵士たちに引きずられるようにして、謁見室から連れ出されました。
つづく
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