Beauty & Stupid -15ページ目

努力をすること。

おかげさまで、先日はこれまでで1番多く、皆さんに見ていただたようです。

本当にありがとうございます。ぼくは特に皆さんのblogなどに頻繁にお邪魔

しているわけではないので、特に告知効果もないとは思うのですが、嬉しい

限りです。

ダラダラと書いていることが多いので、長い・読みにくいなどの点もあると思

いますが、ご理解の上今後ともよろしくお願いします。

さて、今日はマンネリとそれを解消するための話です。



どんなに気の合うカップルであっても夫婦であっても、付き合いが長くなれば

なるほど、マンネリと言うことは避けられなくなる。

これはぼくであっても同じで、知らない間にいつものルーティンをこなすだけ

になっていることが多い。


マンネリすることは仕方ないとしても、それを放置しておくと、コトの話だけでは

なく、生活の面においてもあまり良い影響を及ぼさないと思う。

子供が生まれて育児に手がかかるから。

仕事が忙しいから。

理由はなんとでも言えるし、実際その通りなんだと思う。

しかし、そのまま放置するか、手を打つかで生活もコトも全然違ってくるのだと思う。


これまでの記事の中で、「心を開放する」「頭を使う」「対等である」などと書いてきた

けれど、もし、これらの気持ちがお互いの中にあるのならば、少しでも相手に喜んで

欲しい、気持ち良くなって欲しいと思う気持ちがあることだろう。

コトに及ぶ場合でも、いつも胸から責めていて、一通りのことをして体位も同じで出し

て終わり。これでは、仮に女性も頂点を得ていたとしてもマンネリするのは当然だ。


しかし、いつもは胸から責めていたのを、いきなり一番敏感な部分から責めたりした

らどうか?相手の反応は大きく変わるかもしれない。少しイヤがる素振りを見せるかも

しれないが、実は刺激があっていつもよりも多く感じるかもしれない。

いつもはしない言葉責めも、少し加えてみるだけで相手が変わるかもしれない。

どうだろう?今、一瞬にして考えられることでも、それだけの変化をつけることができる

のだ。もちろん、女性が男性に対する場合も同じである。


つまり、お互いに心を開放し、想像力も使い対等であって大切な存在であるならば、

こういうこともお互いの存在を確かめ合う手段になるし、悦びにならないだろうか?

その手間を惜しんでしまえば、マンネリのままズルズルと行ってしまい、最終的には

おざなりのなんの期待もワクワク感もないコトに終わるのだ。


これを普段の生活にも応用させて考えてみて欲しい。

仕事が忙しくても育児が大変でも、お互いの立場を尊重しつつ、忙しい時間を縫って

でもメールの1通や、「ありがとう」のメモを1つ残すだけで、どれだけ違ってくるだろうか?

そして、忙しい時期が過ぎて、少し時間が出来たときに「時間が取れなくて悪かったけど、

今だったら話を聞けるよ」とフォローすることが、どれだけの手間なのだろうか?

それが出来るか出来ないかは大きな差になると思うのだ。


少し話が逸れたけれど、こうしたちょっとしたことというのは、正直面倒なときがある。

そこを面倒と思わずに、努力できるかどうか。そこがマンネリを打破していける境目だと思う。

楽をしながら、心が開放出来ればそんなに良いことはない。でも、大抵はそんな話はないのだ。

心を開放し維持していくには、努力も必要なんだよね。


仕事から帰ってきてネクタイを外したとき、ふと思ってそのネクタイで女性の手首を後ろでに

縛り、愛撫を始めてみる。疲れているかもしれないけれど、そこでいつもよりも少し激しいキス

をする。それだけのことでグッとコトが2人にとってより大切なモノになったりはしないだろうか?


ぼくの書く内容は、基本的に女性の性欲が旺盛な人、もしくは旺盛でないにしろ好奇心があった

りコトが好きな人が前提になっている。だからこそのたとえ話が多いのだけど、そうでない人にも

応用して考えてみて欲しいと思う。

女性からしても、コトに対する欲求が旺盛でも恥ずかしいことじゃないんだよね。そう感じていた

としても、思い切って言って欲しい。ぼくだったら、思わず抱きしめたくなるね(笑)

ぼくの欲求を凌駕するくらいの女性だったら、ぼくは最高に幸せだと思うくらい。

そんな人がいたら、僕の全てをもって大切にすると思うな。


さて、次回は何を書こうかな。いい加減ネタが厳しい(笑)

何か質問とかあったら遠慮なくどうぞ。これについて書いて欲しい。というのもアリです(笑)

次回はまだ未定だけど、男性から見たコトをするときの女性についてにしようかな。

対等であること。

今日まで数日に渡って思いつくままに書いてきたけれど、読み返すととんでもなく文章

が固い。固いのはアソコだけでいいのに(笑)と、冗談はともかく、実際はこんなにマジメ

にコトをするわけじゃない(当然だ)。


気分を盛り上げたり雰囲気を作ったり、ワザとふざけてみたりイチャイチャしてみたり。

そういう時間が良い空間を作り出すことは言うまでもないこと。

もちろん、演出上、部屋に入っていきなり押し倒すような激しいコトをすることもあるけれ

ど、それはそれだ。毎回そんなことをするわけじゃない。

信頼関係や心を開放することが出来たならば、後は一緒に楽しむこと。これが大切。

楽しみながら愛し合う。ぼくは素晴らしいことじゃないかと思う。


良く、女性は恥ずかしがって、こういう話をすることが出来ないとい話を聞く。それももっとも

な話だと思う。でも、そこを根気強く話をして引き出して、ちゃんと聞くことができるかどうか。

これは環境作りには欠かせないこと。

相手が何を望んでいるのか、察することが出来れば一番良い。でも、エスパーじゃないので

分かることは限られている。だからこそ一緒に話すのだ。

そうすることで一体感はより高まっていくと思う。

だから世の中の男性には話す手間を惜しまないこと、そして女性には素直に話す心を大切

にして欲しい。


ぼくの趣味に照らして言えば、SMSの二人の関係は、よくご主人様と奴隷に例えられる。

しかし、どちらの立場が上だとお考えだろうか?

ご主人様が命令をして、奴隷が言うことを聞くのだから、ご主人様が偉いんじゃないか?

そう考える人はいないだろうか?

ぼくの答えは、「対等、もしくはフィフティー・フィフティー」だ。


確かに、ご主人様は命令をし、奴隷は言うことを聞く。少々の無理なことで奴隷は主人のため

に尽くす。それが典型的なコトだ。でも、そこは上下の関係ではなく、対等の関係つまり、信頼

関係があるからこそ成り立つのだと思う。

つまり、主人は自分の欲のままに自分勝手に命令をするのではなく、言葉や態度は厳しいもの

であっても、相方を思い指示を出す。また受ける方もその気持ちを汲み取りながらも指示をこなす。

そうすることで、より高めあえるのだと思う。

もっとも、ぼくはハードなことは全然やらない(できない)ので、もっぱらSMSになるのだけど、

相手が全く何も出来ない人でも最初は小さなところから一緒に付き合う。例えば、観覧車に乗って

キスをする。それだけだってある意味ではRSだ。

そして、様子を見ながらステップアップしていく。次第に相手とのつながりが出来てきたら、いずれ

観覧車に乗りながらコトをするようになるかもしれない。それが共に成長できるということじゃないかと思う。


男性と女性は例えMS(敢えて反対に書くけれど)の関係であったとしても対等でなかったら、楽しくは

ないと思うのだ。


これを日常生活や、ノーマルのコトに当てはめて考えて欲しい。

そういう恋人や奥さんや旦那さん、パートナーだったらどうだろうか?

日常生活も円満に楽しくならないだろうか?

もちろん、意見の相違はあってもいい。だけど、喧嘩する前に話すことが出来ないだろうか?

喧嘩することは悪くないことだと思うけれど、不要な喧嘩を回避することは出来ないだろうか?


実際にぼくは未婚で結婚経験はないから、結婚生活とはそうはいかないのよ。と言われるかもしれない。

しかし、ベースがしっかりとしていれば、どんな境遇に置いても応用できるのではないか?と思う。

お互いに努力は必要なことは言うまでもない。

長い付き合いのカップル、または夫婦。子供が出来た夫婦。それぞれ時間の経過と共にマンネリ感は

高まっていくだろう。その事実は仕方ないことだ。


さて、それをどうするかなどについては、また次の機会に書いてみたい。

ある意味では理想論でしかないかもしれない。

でも、やる前に諦めていませんか?


どうして、開放することが大切だと気が付いたのか。

さて、今日は何について書きましょうか。特にコレを書こうと決めているわけではないので、

支離滅裂になることもあるだろうし、内容が重複することもあると思いますが、ご理解いただ

けると幸いです。



昨日は、「心を開放する話」を書いたのだけど、これは女性だけではなく、男性にも言える

話で、お互いに向き合うことが大切だという話なんだよね。

もっとも、これはコトの話だけではなく、日常生活の全てにおいて大切なことなんだけどね。

今日はそこから少し話を広げて、SMSやRSの話に絡めて書いてみようと思う。



ぼくがSMSやRSに興味を持つようになったのはそれほど昔のことではない。せいぜい

4~5年くらい前のことだ。興味と言っても、その頃には特になんとも思っていなかった。

その当時は、ぼくも結構色々していて、いわゆるハプニングバーに行ってみたり、身体だけ

の付き合いの人がいたりで、それなりにコトの経験を積んでいる時期だった。


体験としては、ハプバーも面白かったし、色々な人と肌を合わせることは大いに勉強になった。

女性も一人として同じ人はいないことが分かったし、自分の引き出しも増えたと感じた。

どうしたら、この女性の1番良いところを引き出してあげられるかを考えながらコトをするように

なったのもこの頃だし、気持ち良さで満たされた女性の顔を見て大きな満足を得ることが

嬉しかった。そして、自分がMよりはSではないか?となんとなく感じたのもこの頃だった。


あるサイトを見ていたときに、そこで知り合いになった女性がいた。その人はMの人でちゃん

としたご主人様がいた。その2人の写真を見たときに、ハードなコトをしているのに、満足して

いる二人の顔を見て、そこにある信頼関係の強さにぼくは驚いた。


それまでは、いかにして女性を満足させるか。という、言わばテクニック的な部分を大切に

していたのだけど、本当に大切なのは心を開放して信頼関係を築くことだと気が付いたのだ。

信頼関係を築いた上にテクニックがあれば、それはお互いをより高めあえると思ったのだ。


ぼくがRSやSMSが好きになったのは、やはり自分の中のSの部分に気が付いたからだ。

女性が恥ずかしいけれど、良くなってしまうという仕草や表情がたまらなく嬉しいし、そこに

魅力を感じる。

しかし、普通女性とそうすることはなかなか難しい。ぼくも信頼関係が持てない人とはなか

なかそこまで踏み込めない。自分がそういうことが好きであることも相手に嫌われるのでは

ないか?と思うと伝えることが出来なかったりする。


だからこそ、男性も女性も心を開放することが必要だし、それが出来る関係になりたいと

思うようになったのだ。

ただ、女性にRSやSMSをさせれば満足というのではない。そこには、イザというときに

女性を守るという気持ちも必要だし、行為の上に相手の心まで大切に受け止めるということ

が必要になる。

逆に言えば、それが出来なければしてはいけないことだと思うし、それだけではお互いに

高めあうことは出来ないと思うから。


もし、そんな女性がいたら、冗談ではなく公私共に大切にして嫁さんにしたいくらいだ(笑)

そうしたら、ずっと大切にしたいと思うのだが、残念ながらまだそこまでには至らない。

でも、どこかにきっといるのだとぼくは思っている。


と、今日はそんな話で。