† 寂蓮集 † 20110311~ -7ページ目

『 喪失からの学び 』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
人の世は移ろいやすく、人の命は有限であると知りつつも、誰かと愛着の絆で結ばれて生きようとするのが人の定めです。
今の生活がずっと続くことを願い、不測の事態やコントロール外のことなど起こらないようにと願いながら皆生きているのです。
 
そんな私たちの願いがにわかに虚しくされることがあります。
自分やかけがえのない人が重い病に倒れる、大切な人間関係や仕事を喪う、しかも突然に。
そんなとき「そうか、永遠に保障されたものなんか何もないのだ」と、いたく思い知らされるのです。
 
さて、このたび日本を突然に襲った大災害は、皆さんに想像を絶するトラウマ(心的外傷)と悲劇をもたらし、信じていたことが何もかも覆される瞬間であったとお察しします。
まさに悲劇としか言いようがありませんが、しかし、この一大悲劇が私たちに人生の教訓を知らしめるともいえるのです。
「人生とは変化の連続、有為転変なのだ」「予測もコントロールも、そんなもの幻想なんだ」という教訓を。
だとするなら、豹変してしまった世界で、人生最大の喪失に打ちのめされつつもそれに抗して生きて行く術など何かあるのでしょうか?

私は死別の苦しみを負って、必死で再起・再生を図ろうとする数多くの方々を支援してきましたが、その経験から皆さんにいくつかのアドバイスをしたいと思います。
ただし、その術を見出すのは他ならぬ皆さん自身なのであり、それは一人ひとりの心の中に秘められているのです。
また、皆さんの苦しみを理解し、共感してくれる信頼できる人たちと話すこと、有意義な対話のできる相手と話すことから生まれてくるものです。
 
 
 
 
 
アドバイスその1は、荒れ狂う嵐からちょっとだけ逃れて、あえて小休止を求めて下さい。
 
最愛の人を喪ったことでグリーフ(悲嘆)の真っただ中にいるとしても、一瞬でも安堵することは大切です。
 
友人とお茶をする、つかの間の瞑想にふけるなど、何でも良いので現実の過酷さを和らげてくれることを試みてください。
気掛かりでどうしようもない気持をちょっと脇において、心を静め、平安を得る術をぜひ見つけてください。
 
 
 
 
 
その2は、どんなに些細なことでも何かひとつ行動に移すことを提案したいです。
 
自分や家族の安全確保のために動いてみる、そんな行動は混沌の世界に秩序をつけることになります。
自分と同じように被災して打ちひしがれている誰かのためにもなるかもしれないのです。
 
あなたの慈愛や親切な行いによって、他の人までが「この世界にはまだ愛がある」ということに気付くでしょうから。
誰かのために役立つことは、他ならぬあなた自身の魂の救済なのです。
 
 
 
 
 
その3は、感謝の思いを表してはどうでしょうか。
 
何かひとつでも良いことを探すのです。
悲劇の暗雲にさえ微かな光が射すことがあります。
 
苦しみにあって人の親切が身にしみたということがありませんか?
そんな時、「あの人にどうお礼をしたら良いだろうか」とか「ほんとうに大切な人って誰なのだろうか」と自問自答するかもしれません。
そして礼状を書く、電話をする、ささやかな贈り物を用意する、こんなことを週に3回も実行したら、「こんなつらい時にも、人の善意がまだ残っていた」とこの世を見直すことでしょう。
 
 
 
 
 
その4は、この喪失体験の意味、生きることの「意味」を探ってみることです。
 
あなたの人生観や人生哲学では、この喪失を許容できるのか、たとえ完全にはできないにしても、なんとか喪失と折り合いをつけられるのかと反すうしてみることです。
 
受難に遭遇し、自分の信条はもろくも揺らいでしまったのか、逆にますます深まったのか、多少の修正が必要なのか、それは人により様々でしょう。
しかし大切なことは、今かみしめている痛みに何か一つ肯定的な意味を見いだすことなのです。
 
その意味は個人レベルで、また家族や広く地域レベルで考えられることかもしれません。
もしこの喪失になにか肯定的な意味づけが可能になれば、喪失をいさぎよく、尊厳をもって受入れるようになるのです。
 
 
 
 
 
最後のアドバイスとして、この被災経験を転機ととらえ、歓迎できない変化から何かを学ぶために変化を「センセイ」として迎え入れてください。
 
この大災害が人の生死について一体何を私たちに教えようとしているのでしょうか。
移ろいやすい世にあって、ほんのつかの間かもしれませんが、人をいとおしみ、今いる場所を愛し、未来への抱負を大切にし、そして手中にある物に感謝するなら、そして世をすねることも苦々しく思うこともせず、欲にくらむこともなく生きていくことを、今こそ考える時なのではないでしょうか。
 
喪失からの学びを生かせるなら、真の「叡智」に向かって、大きな第一歩を踏み出すことになると私は確信しています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
        Dr. Robert A. Neimeyer
 
              鈴木剛子 訳
 
 
 
 
 
ロバート・A・ ニーメヤー教授
略歴
米国メンフィス大学心理学部長。
死、グリーフ(悲嘆)、喪失、
自殺への介入など広範に研究。臨床家。
雑誌『Death Studies(死生学)』主宰者。
ワークショップ講演など国際的に活躍。
日本の学会にも招かれ過去2回来日。

鈴木剛子
グリーフ・カウンセリング・センター代表
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
20080408
†蓮†

† Vt d[ai]ary #009 †

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日時:11/07/15
天候:晴れ
気温:32℃
場所:岩手県陸前高田市
   小友町両替地区
内容:瓦礫の撤去
主催:岩手県災害ボランティアセンター
   (岩手県社会福祉協議会)
 
 
 
≫≫
岩手県 15日付け
   死者  4590人
行方不明者  2215人
 
 
 
≫≫
気温が30℃以上が予想され
作業が1時間短縮されることになった。
陸前高田だけてもケガ人、熱中症ともに
1日に数件でているらしい。
 
 
 
≫≫
場所はJR大船渡線の山側のすぐ脇。
依頼主(家主)さん立ち会いで行われた。
立ち会われるのは初めてのことだ。

内容は基礎のみになった住居と敷地内の
瓦礫の撤去で瓦や硝子の細かい物が主。
 
 
 
≫≫
作業を更に早く切り上げ、依頼主さんの
体験談を全員で聞くこととなった。

家(作業場所)は地域の高台にあり、
地震後に地域の人はこの家や
後ろにある公民館を目指していた。
振り返るとおばあさん2人が海側にいた。
慌てて2人を連れて、更に高台にある
お寺を目指し必死で崖を登りはじめた。
その時、音がして振り向くと、
海に流れていく自宅が見えたという。

もしも2人を助けていなかったら、
持っていた書類を整理するために
自宅に入っていただろうと語る。

線路より海側にいた3人の方や、
公民館には避難せずに同じくらいの
高さにある個人宅に避難いた人や、
公民館には避難したが自宅に戻った人は
依然として行方不明のままだそうだ。
線路も公民館も跡形もなかった。

依頼主さんは言う、
私はおばあさん2人を助けたから
自分の命がなんとか助かった。
皆さんも私を助けて下さったから
きっとよいことがあるはずですと。

そして、
避難所での暮らしについても語られた。
食事も一日三度頂いたうえに食後には、
さくらんぼやいちごやスイカ…と
盆と正月が一遍にきたようだと。

全国のボランティアや救援物資のお陰で、
なに不自由なく暮すことができて、
いい思いまでさせて頂いています。
本当にありがとうございますと感謝し、
何度も何度も頭を下げられていた。
 
 
 
≫≫
作業場から陸前高田VCに向かう途中
突然のクラクションに急ブレーキ。
事故だ。
反対車線側にバックで入ろうとする
トラックとバスが接触した。
一時車内は騒然としたが、幸い車体と
乗員乗客に異常はなかった。
この暑さ、みんな疲れているのだろう。
 
 
 
≫≫
写真は作業現場近くの海。
瓦礫とともに住居の屋根が見える。
 
 
 
≫≫
見かけ他県からのボランティア
富山県災害ボランティア
あわら観光バス—福井
他県等からのボランティア
北海道、アメリカ(ミシガン、シカゴ)
 
 
 
♯♭
アメリカからの参加者は大学生2名と
通訳・コーディネーター的な方1名。
大学生はドレッドでアフリカ系の
元気でで明るい女の子と
アイルランド系?の内気そうな男の子。
コーディネーターは在シカゴ17年の方。

資金は寄付を…とちらっと聞いたが、
それにしても真似できることではない。
本当に有り難く、頭が下がる。

車中、
女の子がバっコイ?バチコイ?と
たどたどしく意味を聞いていた。
きっと、道の駅のTVで流れていた
高校野球の県予選を見たのだろう。
笑ってしまった。

MADE IN USAのお菓子を頂いた。
 
 
 
♯♭
京都は祇園祭。今日は宵山かぁ。
こんちきちん♪こんちきちん♪

らいよけひよけのおまもりを
うけておかえりなされましょう
つねはでません
こんみょうばかり
ごしんじんのおんかたさまは
うけておかえりなされましょう
ろうそくいっちょう
けんじられましょう
やくよけちまき
うけておかえりなされましょう♪

京都の夏、五山の送り火では、
瓦礫で作った薪に祈りが書き入れられ
被災地からの祈りも燃やされる。

† Vt d[ai]ary #008 †

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日時:11/07/14
天候:晴れ
気温:30℃
場所:岩手県陸前高田市
   米崎町沼田地区
内容:瓦礫の撤去
主催:岩手県災害ボランティアセンター
   (岩手県社会福祉協議会)
 
 
 
≫≫
   死者  4588人
行方不明者  2215人
 
 
 
≫≫
道の駅みやもりでは、
40人強の兵庫県警機動隊の
皆さんも休憩していた。
警視庁の車、司令部のマイクロバス、
隊員用バス2台に先導される形になる。
 
 
 
≫≫
内容は瓦礫の撤去なのだが、
地面が雑草で覆われているため、
掻き分けながら、掘り出しながらと
根気のいる作業となった。

大物が二つあった。
三分割されたコンクリート電柱と
一本ものの金属製の電柱だ。
コンクリート電柱は5,6人で
引きずりながら運べたが、
金属製は巨大で重機だなと思っていた。
しかし、
漁で使うロープを回して引いて
なんとか下ろすことになった。
始めは溝にはまりびくともしなかったが、
さらに5,6人と駆け付けて引っ張った。
坂を下る様子はさながら諏訪大社の
御柱祭のようでそのように言うと
皆の笑いを誘ったが、柱は滑らない。
さらに10人近くが駆け付け引き下ろし、
集積している所まで運んだ。
 
 
 
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見かけた他県からのボランティア
JAグループ支援隊神奈川・熊本
 
 
 
≫≫
写真①は作業現場
写真②は瓦礫の越しの作業現場
写真③は頂いた塩飴
 
 
 
♯♭
沖縄から参加された方が12名いらした。
本当に有り難いことだ。頭が下がる。
私の隣の方もその一員でお話すると、
会社の同僚の現役と退職組とのこと。
どうやらその方が1番偉い人らしい。

沖縄に比べて天候はどうか尋ねると、
「気温は同じくらいだけど太陽が弱い」
とおっしゃられた。
初めて聞いた表現になるほどなと思う。

沖縄の命の塩ぬちまーす使用の塩飴や
名物だとという干し梅も頂いた。
 
 
 
♯♭
沖縄と岩手には交流があり友好都市は、
1993年に岩手が冷害のダメージから
石垣市で種もみを育苗して頂いた縁。
品種名「かけはし」と名付けられる。
石垣市と岩手の各自治体。

2007年にNHK朝の連続テレビ小説
「どんど晴れ」の主役の比嘉愛未さんの
出身がうるま市という縁。
盛岡市とうるま市。
他に八幡平市と名護市などがある。
 
 
 
♯♭
「ゆいまーる」
沖縄の方言で相互扶助の意。
「結(ゆい)」
同義。岩手内陸。
「舫い(もやい)」
船と船を繋ぎ合わせる意。
また同義。岩手沿岸。