バスは23時を回った頃に『カラバール』のABC transport支店に着いた。
スタッフに「自転車は翌日に届くのか?」と、質問すると、
「分からないけど、明日の3時位に来るかもしれない。」
と、言う曖昧な答えしか返って来ない。
疲れていたせいもあり、あれこれ考えるのも面倒だったのか、
「これは絶対に明日は来ない。」と確信した。
荷物を確認した後にタクシーをつかまえてもらい、
予め目星を付けていた『Mariana Hotel』まで移動した。
ホテルは1泊7500円程度の中級ホテルで、安宿に泊まり歩く
自転車旅行者やバックパッカーが泊る事は滅多にないだろう。
しかし、滞在期間も僅か2日と決まっていた事もあり、
心身共にすり切れそうなナイジェリアの空気感を考えると、
「安心を買う。」と言ったメリットは、他の何にも代えられない。
なにより深夜にタクシーで他のホテルを何軒も回る気にはなれない。
この日は近所の出店でパンと串焼き肉を買い、そのまま眠った。

12月29日(木) カラバール 【ナイジェリア3日目】
この日には確実にやっておかなければならない事が2つある。
1つはカメルーンビザの申請。出来れば同日中に受け取りたい。
2つ目はカメルーン入国手段の確保。フェリーの手配が望ましいが、
場合に寄ってはバスによる長距離移動も考えなくてはならない。
まずはビザ申請が最重要であり、朝から領事館へ向かう。
がしかし、ここで現金が底を着いていたのに気付く。
少しややこしいのだが、西アフリカ共通通貨のCFA(セファーフラン)は、
中央アフリカの共通通貨CFA(セファーフラン)としては使えない。
西と中央で2種類のCFAが存在し、同じ換金レートでありながら、
お互いは別々の通貨の為に混同して使う事は出来ない事を忘れていた。
と、言うか知っていたはずが、何を勘違いしたのか思い込んでいたのか、
カメルーンビザ申請代の60,000CFAを西アフリカの現金で用意していた。
これはマズい。領事館へ行く前に銀行へ走りATMでお金を引き出す。
安全面を考えて引き出すお金は必要最小限に抑え、
用事が終わったらまたATMでお金を引き出すようにした。
そしてタクシーをつかまえてはカメルーン領事館行きを交渉する。
既に乗客が乗っており、行き先が一致したら相乗りする。
と、いった事情が普通なので、なかなかつかまらない。
ようやくタクシーをつかまえて、程良い値段で交渉成立し出発するも、
目的の場所に目的の建物が存在しない。タクシーの運転手も自信満々で
「俺は知ってるぜ!」と、言っており、実際に連れて行かれた場所も
ロンプラの地図に記されているカメルーン領事館の場所である。
彼は嘘をついている訳でもなく、領事館が移動していたのだろう。
まあよくある話で驚きもしないのだが、次の瞬間
「領事館ごと町から出て行ってしまっていたらどうしよう??」
そんな不安が全身を覆って鳥肌が立った。
近所の人に聴いても、「以前はここにあった。」と、言うばかりだ。
どこにあるのかさっぱり分からない。
しかしここで運転手が機転を利かせて最高のアイデアを思いついた。
近所にFedExのオフィスを発見し、そこで正確な住所を確認する。
流石にFedExでは最新の正確な住所を持っている訳で、
あっという間に場所は分かったのだが少々遠いようだ。
それでもこの町に領事館があった事に安心し、
運転手の機転にも感謝する意味でも追加料金を払う事で、
急いで目的地へと向かってもらう事にした。

カメルーン領事館は町外れの高級住宅地の一角にあった。
中に入ると、「こんな所に人が来る事など滅多にないのだろう。」
と、思わすには十分な程に、暇そうな係員2名が椅子で寝ていた。
ビザ申請の旨を説明すると、その場で申請用紙が配られ、
そのまま記入し、顔写真3枚、パスポートのコピー、
18,000N(約9000円)を払いあっという間に終了。
午後3時に出来上がると言う事だった。
とりあえず、これでカメルーンまでの道は拓けた。
あとはその道をどうやって進むかを決めなくてはいけない。
翌日のフェリーで出国出来ればそれに越した事はない。
午後にカメルーンビザを無事に受け取り、
次はフェリーポートを目指す。
無駄だろうと思いながらも、念のためにABC transportの支店に
自転車が届いてないか確認したら、「明日になるから今日は来ない。」
と、さらっと約束を破られる。まあ想定の範囲内だ。
ガイドブックやwebの情報によると、
毎週火曜日と金曜日の夕方にフェリーが出るとの事だ。
ABC transportのスタッフも、明日の夕方に船が出ると言っていた。
明日の午後3時に自転車をピックアップ出来ればギリギリ間に合う。
今まで色々あっても全ては瀬戸際でなんとかなって来たものだ。
そんな経験則が僕に悩ませる時間を与えなかった。
再びタクシーをつかまえフェリーのチケット売り場に向おうとするが、
タクシーの運転手がその場所を知っているようで知らない。
全く違う高級ハーバーリゾートの様な所で事情を話すと、
「チケットはイミグレーション(出入国管理)オフィスがある場所で買える。」
と、言う事だった。それも分かるようで分からない説明だ。
それでも運転手は「イミグレーションの場所なら知っている。」
と、再び車は走り出し、彼の言うイミグレーションオフィスへと着いた。
絶対ここではないだろう。と、走りながら既に思っていたその場所は、
海とは正反対の空港の近くにある、イミグレーションオフィスの本部だった。
入り口で屯している軍人達に事情を話すと、やはりここではなく、
港に設置されているイミグレーションの事を差しているらしい。
更に旅程を聴かれたので、カメルーン行きの話をすると、
「フェリーは今は早朝の出発で明日の早朝に出る。」と、言うのだ。
「??」そんな事は初耳であったが、他の軍人も同じ事を言う。
自転車が届くのが明日午後3時頃の予定で、早朝は完全アウトだ。
「ビザが明日で切れるんだけど、どうしたもんかね?」
と、訪ねると困った様な表情を浮かべて悩み出した。
面倒な事になって来たけど、どうするればよいのだ?
「バスで夕方からカメルーンに抜けるのはどうでしょう?」
軍人にルートを話してみると、「それは危険だからやめとけ。」
と止められた。道路のコンディションとテロが不安らしい。
そこに1人の上司らしき人が現れ皆が一斉に敬礼する。
僕を見つけ事情を聴かれ話すと「じゃあここでビザ延長しな。」
なんとも簡潔であっさりとした答えが返ってきて皆驚く。
「もう午後5時くらいですけど今から出来ますか?」
と、その上司らしき人に尋ねると、彼はその場に居た者を指差し、
「やっといて。」と、サラッと一言置いて去って行った。
かっこいいんだか、いい加減なんだか分からない。
ビザ延長をしなくても、どうにか乗り切れるかもしれない。
しかし予期せぬトラブルを考慮すると、
たった一つのトラブルであってもオーバーステイは確実だ。
その時に請求される賄賂はおそらく100ドルを越えるだろう。
心にゆとりを持たせる意味でも、
とりあえずその場でビザの延長をする事にした。
何よりも僕が驚いたのは、
ビザ延長がそんな簡単に出来ると言う事だ。
ロンリープラネットのビザ延長の欄には、
「ビザ延長におけるその行程は困難を極める。」
ほぼ無理であり止めておけ。と、まで書かれている。
この国の制度とは担当する係員の裁量でしかなく、
賄賂を払えば大体の事は優先され、スムーズに進む。
ラッキーなのかアンラーッキーなのか分からない状況で、
ナイジェリアビザの延長を試みる。
タクシー運転手も一緒について来てもらい、
終わるまで待っていてもらう事にした。
イミグレーションオフィスの奥にある部屋で書類を書く。
パスポートのコピーはその場で行い、顔写真もいらない。
紙に手書きの誓約書と旅程表を英語で書き、それをコピーし、
それぞれにサインをしたら出来上がり。所要約1時間。
あっという間に一ヶ月の観光ビザへと変化した。
しかしこんなに長くナイジェリアに滞在する訳でもなく、
3日の延長でいいと言っていたのに、大した大盤振る舞いだ。
そして最後に料金を払うのだが、彼は「200ドル」と言って来た。
「やっぱりこう来たか!」もう何も驚かないし動じない。
「いやいやアンタさっき50ドルって言ってたよね?
そもそもアメリカドルも持ってないって言ってるでしょ。」
と切り返すと「じゃあいくらなら払える?」と、言ってくる。
公共料金ってそんなものじゃないだろ。。。
この国ではそんな常識は通じないのはもう十分に分かっている。
しかし、ここで賄賂請求に従っては旅人の心意気が廃れる。
200ドルは流石に高すぎるしおかしい。と、告げると。
「少し上の者と交渉するから着いて来てくれるか?」
と、隣接する宿舎の彼の家の前まで連れて来られた。
彼は別に高圧的な態度をとる訳でもなく、
そんなに悪い人間にも思えないものの、
賄賂請求はすでに日常化されている為に、
悪い事をしている意識は全くもっていない。
家の前では彼の子供2人が食事をとっていた。
部屋の奥にはおじいさんらしき人が居て、
彼はそのおじいさんと何やら話をしている。
戻って来た彼は「7000N(約3500円)でどうだ。」
と、言って来たので。僕はその金額で了承した。
領収書も何もないこれらのお金は、まず間違いなく、
彼らのポケットマネーに入ってしまうのだろう。
そんな悪政に対して憤りを感じながらも、とりあえず
割と安く簡単にビザ延長が出来た事で心にゆとりができた。
フェリーの発着が明日早朝である以上、
それに乗って出国するのは不可能である。
そう悟ると気分は楽だ。
本日の行動はコレにて終了とし、明日再び港へ出向き、
フェリーチケットを手配する事にした。
12月30日(金) カラバール 【ナイジェリア4日目】
予定通りならこの日にナイジェリアを出国しなければならない。
しかしビザ延長を終えた今は、かなりの日数的な余裕ができた。
とは言うものの、この国にそんなに長く居たいとは思えない。
延泊するにもこの宿は少々高すぎるので、
別の安宿に移ろうか?と、思いながら早朝に目が覚めた。
気を張っているせいか毎朝早くに目が覚める。
チェックアウトの正午まで時間もかなり空いているし、
港へ行って用事を済ませてしまおう。と、行動を開始する。
タクシーをつかまえるのも手慣れたモノで、簡単に交渉も成立。
今度は間違いなく目的の港まで辿り着いた。
港はかなりこじんまりとしており、小さな三角屋根の倉庫が4棟並び、
一隻だけ停泊している中型船からトラックで荷物を搬出していた。
「カメルーン行きのチケットを買いたいのですが~」
と、言うとフェリー会社のカウンターを教えてもらった。
二人の女性が受付をしており、他にも客が3人程待っていた。
自分の番になり「カメルーン行きのチケットが欲しいんだけど、
次の出発は何日ですか?」と、尋ねると意外にも
「明日の朝5時出発ですけど、どうしますか?」と、言われる。
「??」予想をしてない答えに言葉を失った。
しかし迷う事なくその場でチケットを10,000Nで購入。
突然目の前の門が開いた。(因に1stクラスは15,000N)
セキュリティーチェックがあり、夕方6時くらいに来てくれれば、
その後船の中でゆっくりしていても良いとの事だ。
調子が良いのか悪いのか?スムーズではないにしろ、
物事がその場その場で急変しながら進んで行く。
まず、ガイドブックやwebにあった情報は直近のモノでも古く、
正確ではなかった上に、地元の人の情報も当てにならなかった。
ガイドブックに載っていたフェリー会社(Destiny)は、
現在はオイルの運搬などを専門で行っており、旅客フェリーは
Achouka Ebe-AnoがCalabar ~Tiko間を週2便ずつ運行している。
出発日がどのサイトやガイドブックを読んでも火曜、金曜なのに
現在は水曜日と土曜日の早朝に変更されている。

★Calabar[Nigeria] to Tiko[Cameroon]
Wednesday & Saturday Departure time 5AM
★Tiko[Cameroon] to Calabar[Nigeria]
Monday & Thursday Departure time 9PM
Ferry campany / Achouka
2nd class 10,000N / 1st class 15,000N
運が良いのか悪いのか?まあ実際はかなり悪いのだろうが、
それでもなんとかデコボコに進んでいる感覚が妙に可笑しかった。
そうと決まればこの日の予定はシンプルだ。
町をふらつけば面倒な奴に絡まれたり、警官にたかられ、
その都度喧嘩になるので、極力外出をしないように心がけ、
宿に戻って旅立つ準備をし、出発間際までホテルのロビーで
ゆっくりと休ませてもらう事にした。
出発の時間も近付き、自転車をピックアップする為に
ABC transportの支店まで歩き、相棒と2日ぶりの再会を果たす。
しっかり梱包されすぎている、ガチガチに包まれた相棒は、
組み立てると、特にどこも歪む事なく直ぐに走り出せた。
ホテルに戻りカバンをセッティングし、いざ港へと走る。
町はナイジェリア東部の田舎町だと思いきや、結構規模は大きい。
海沿いのリゾート地は開発が進み、道路も広くしっかりしている。
カルバールには中国企業も数多く進出し、中国人の姿も目にする。
ラゴスに比べれば比較にならない程に治安は良く、
夜であっても身の危険を感じる緊張感は少ない。
唯一同じなのは警官とアーミーの賄賂要求であり、
旅行者も地域住民も日常茶飯事に道ばたで喧嘩している。
町を歩いていると、殴り合いの喧嘩を1日何回か目にする。
僕もなんだかんだで喧嘩になる事が多く、先日もみ合いになって、
左ほほに青いアザが出来てしまい、いずれ治るだろうと思ってい
たらそのままシミになった。もうそんなに若くないと言う事だろう。
バタバタと動いていたナイジェリア滞在も最後にして最大の行事、
『フェリーでカメルーンへ渡る。』と言うイベントが待っていた。
午後6時過ぎの港は薄暗く夜へと変わろうとしていた。
港には大勢の人間が行き交い、多くの店も出ており活気がある。
こんな場所では荷物の心配と身の心配を余儀なくされる。
フェリー会社のカウンターでチェックインし、
荷物を預ける手筈をとるが、ここでも一悶着があった。
荷物を担当するボスだと言う男が現れて、
「荷物を積むのに15,000N(約7,500円)かかるから出せ。」と言う。
普通のフェリーチケットが10,000Nなのに荷物がそんなに高い訳はない。
大体ナイジェリアの所得水準から考えても超法外な値段だ。
すぐさまフェリーカウンターのスタッフを呼び出して事情を話す。
このボスと呼ばれる男は、本当に荷物を積む係の責任者らしく、
彼が積まないと言ったら荷物は積めないらしい。
なんとも馬鹿げた独裁者がホザく言葉にふさわしい。
しかし「この金額は高すぎる。ふざけるのもいい加減にしろ!」
と声を荒げて抗議すると、周りに若干の人が集まり始める。
面倒な事になりそうだが引くわけにはいかない。
何度か金額交渉があった末に4,000N(約2,000円)で手を打った。
コレでも十分に高く、ボッタクラレているのは理解しているが、
あまりにごねると荷物や自転車にナニされるか分からない。
悪に屈する気分は非常に後味が悪く殺意すら生まれてくる。
彼は最後まで高い値段を要求していたが、「お前はクリスチャンか?
ジーザスを信じるか?ジーザスを信じるならこの値段にしてやる。」
と、最終的には訳の分からない理由をつけてきた。
これは警察やアーミーも金をタカル時によく使う常套句で、
彼らの信じる『キリスト』は、きっと我々の知るキリストとは
全くの別人なのだろうと思う。
自転車を無事に積んだのかどうかも分からないまま、港で
8時間ちかく待たなくてはならない。荷物の積み降ろしをする
作業員達にも、「荷物を見ておく。」と言った理由で、
まとめていくらかは握らせなくてはならない。しかし実際
どうなるかは不明だ。彼らを信じる以外どうしようもない。
港ではやる事もなく、もっと遅くに来ても良かったと後悔する。
酔っぱらいが暴れ、さっき僕ともめた荷物係のボスも何をしたのか、
警察に両脇を抱えられてどこかへ連れて行かれてしまった。
時折マリファナの煙が甘い匂いと共に流れてくる。
「やはりアフリカはエキサイティングな場所だ。」
スリリングな夜は、僕を熟睡させる事はなく、
常に緊張感を持ち続けながら時間が過ぎて行く。
お腹がすいたら外の出店で何かを食べる。
外国人が1人で居るのは珍しく、
頻繁に声をかけられるがほぼ無視する。
そんな中で、この船会社の社長さんと、フェリーの船長さんに
声をかけられ、何故かみんなと一緒に飲む事になった。
全ては船長さんのおごりで、10人位が輪を囲んでいた。
船長さんは35歳前後で、とてもオシャレであり、品があるのを
話し方や目線の配り方などからも見て取れる。
見た目の姿もかなり男前で色気すら感じる程だ。
この船長さんは陽気な人で船出前にも関わらず、
もうだいぶいい感じに出来上がっていた。
ここで少しの時間ではあったが、彼らとコミュニケーションをとって
おいた事が、後にカメルーンへ入国した際に大きな助けとなった。
カメルーン人の青年とも仲良くなり、話しながら時間を過ごす。
出発の1時間前くらいにイミグレーションオフィスが開き、
船から乗客が降りては列をなして出国審査を済ませる。
乗客はパスポートをカメルーン入国まで没収されるが、
僕は外国人のせいか、その場でスタンプを押され返された。
僅か1日分だったが延長しておいて良かったと実感する。
ここの土壇場で揉めるのは非常に神経をすり減らす。
船の上でも揉め事は多く余計なストレスは勘弁して欲しい。
そしてナイジェリア滞在中の4日間はドタバタしながらも、
大晦日の早朝に朝日を眺めての出航と言う形で幕を下ろした。
生きていれば場面ごとに、最善の「せんたく」を迫られる。
そしてそれが最悪の「せんたく」だったとしても、
最善だった!と、思わせる為の辻褄合わせに必死になる。
旅では良くある話で、地図上で道を決める時などは、
直感をたよりに西か東かを決める事などは当たり前である。
ナイジェリアではそんな状況の変化が著しく、今となって思えば、
ナイジェリアと言う『あみだくじ』の線の上を歩いていたのだ。
こうして五体満足にこの記事を書けていると言う事は、
あの時の「せんたく」の全ては正しかったのだろう。
何一つ間違ってはいなかったのだ。と、自分に言い聞かす。
また新たな旅立ちをする為にも、
新たな感性を磨く必要がある。
西アフリカ編の最終章は2012年に突入し、
もう僅かで完結するのだった。
突然ですがロックスターの友人が活躍するバンド
「LAID BACK OCEAN」の2nd Mini Album『Bifröst』が
1月18日に発売されました。

実は発売前から聴いていたのですが(笑)
聴けば聴く程に聴きたくなる、
久々にハマっている超オススメの一枚です!
友人のYUTARO氏とはいまだにSkypeでよく話します。
グングンと先へ進む姿を良い刺激に、
僕も更にアグレッシブに進まなければならない。
友人の活躍はいつも僕の背中を強く押します。
生温いロックに嫌気をさしている人は是非聴いてみて下さい。
この記事を書きながらも既に延々と繰り返されています。
スタッフに「自転車は翌日に届くのか?」と、質問すると、
「分からないけど、明日の3時位に来るかもしれない。」
と、言う曖昧な答えしか返って来ない。
疲れていたせいもあり、あれこれ考えるのも面倒だったのか、
「これは絶対に明日は来ない。」と確信した。
荷物を確認した後にタクシーをつかまえてもらい、
予め目星を付けていた『Mariana Hotel』まで移動した。
ホテルは1泊7500円程度の中級ホテルで、安宿に泊まり歩く
自転車旅行者やバックパッカーが泊る事は滅多にないだろう。
しかし、滞在期間も僅か2日と決まっていた事もあり、
心身共にすり切れそうなナイジェリアの空気感を考えると、
「安心を買う。」と言ったメリットは、他の何にも代えられない。
なにより深夜にタクシーで他のホテルを何軒も回る気にはなれない。
この日は近所の出店でパンと串焼き肉を買い、そのまま眠った。

12月29日(木) カラバール 【ナイジェリア3日目】
この日には確実にやっておかなければならない事が2つある。
1つはカメルーンビザの申請。出来れば同日中に受け取りたい。
2つ目はカメルーン入国手段の確保。フェリーの手配が望ましいが、
場合に寄ってはバスによる長距離移動も考えなくてはならない。
まずはビザ申請が最重要であり、朝から領事館へ向かう。
がしかし、ここで現金が底を着いていたのに気付く。
少しややこしいのだが、西アフリカ共通通貨のCFA(セファーフラン)は、
中央アフリカの共通通貨CFA(セファーフラン)としては使えない。
西と中央で2種類のCFAが存在し、同じ換金レートでありながら、
お互いは別々の通貨の為に混同して使う事は出来ない事を忘れていた。
と、言うか知っていたはずが、何を勘違いしたのか思い込んでいたのか、
カメルーンビザ申請代の60,000CFAを西アフリカの現金で用意していた。
これはマズい。領事館へ行く前に銀行へ走りATMでお金を引き出す。
安全面を考えて引き出すお金は必要最小限に抑え、
用事が終わったらまたATMでお金を引き出すようにした。
そしてタクシーをつかまえてはカメルーン領事館行きを交渉する。
既に乗客が乗っており、行き先が一致したら相乗りする。
と、いった事情が普通なので、なかなかつかまらない。
ようやくタクシーをつかまえて、程良い値段で交渉成立し出発するも、
目的の場所に目的の建物が存在しない。タクシーの運転手も自信満々で
「俺は知ってるぜ!」と、言っており、実際に連れて行かれた場所も
ロンプラの地図に記されているカメルーン領事館の場所である。
彼は嘘をついている訳でもなく、領事館が移動していたのだろう。
まあよくある話で驚きもしないのだが、次の瞬間
「領事館ごと町から出て行ってしまっていたらどうしよう??」
そんな不安が全身を覆って鳥肌が立った。
近所の人に聴いても、「以前はここにあった。」と、言うばかりだ。
どこにあるのかさっぱり分からない。
しかしここで運転手が機転を利かせて最高のアイデアを思いついた。
近所にFedExのオフィスを発見し、そこで正確な住所を確認する。
流石にFedExでは最新の正確な住所を持っている訳で、
あっという間に場所は分かったのだが少々遠いようだ。
それでもこの町に領事館があった事に安心し、
運転手の機転にも感謝する意味でも追加料金を払う事で、
急いで目的地へと向かってもらう事にした。

カメルーン領事館は町外れの高級住宅地の一角にあった。
中に入ると、「こんな所に人が来る事など滅多にないのだろう。」
と、思わすには十分な程に、暇そうな係員2名が椅子で寝ていた。
ビザ申請の旨を説明すると、その場で申請用紙が配られ、
そのまま記入し、顔写真3枚、パスポートのコピー、
18,000N(約9000円)を払いあっという間に終了。
午後3時に出来上がると言う事だった。
とりあえず、これでカメルーンまでの道は拓けた。
あとはその道をどうやって進むかを決めなくてはいけない。
翌日のフェリーで出国出来ればそれに越した事はない。
午後にカメルーンビザを無事に受け取り、
次はフェリーポートを目指す。
無駄だろうと思いながらも、念のためにABC transportの支店に
自転車が届いてないか確認したら、「明日になるから今日は来ない。」
と、さらっと約束を破られる。まあ想定の範囲内だ。
ガイドブックやwebの情報によると、
毎週火曜日と金曜日の夕方にフェリーが出るとの事だ。
ABC transportのスタッフも、明日の夕方に船が出ると言っていた。
明日の午後3時に自転車をピックアップ出来ればギリギリ間に合う。
今まで色々あっても全ては瀬戸際でなんとかなって来たものだ。
そんな経験則が僕に悩ませる時間を与えなかった。
再びタクシーをつかまえフェリーのチケット売り場に向おうとするが、
タクシーの運転手がその場所を知っているようで知らない。
全く違う高級ハーバーリゾートの様な所で事情を話すと、
「チケットはイミグレーション(出入国管理)オフィスがある場所で買える。」
と、言う事だった。それも分かるようで分からない説明だ。
それでも運転手は「イミグレーションの場所なら知っている。」
と、再び車は走り出し、彼の言うイミグレーションオフィスへと着いた。
絶対ここではないだろう。と、走りながら既に思っていたその場所は、
海とは正反対の空港の近くにある、イミグレーションオフィスの本部だった。
入り口で屯している軍人達に事情を話すと、やはりここではなく、
港に設置されているイミグレーションの事を差しているらしい。
更に旅程を聴かれたので、カメルーン行きの話をすると、
「フェリーは今は早朝の出発で明日の早朝に出る。」と、言うのだ。
「??」そんな事は初耳であったが、他の軍人も同じ事を言う。
自転車が届くのが明日午後3時頃の予定で、早朝は完全アウトだ。
「ビザが明日で切れるんだけど、どうしたもんかね?」
と、訪ねると困った様な表情を浮かべて悩み出した。
面倒な事になって来たけど、どうするればよいのだ?
「バスで夕方からカメルーンに抜けるのはどうでしょう?」
軍人にルートを話してみると、「それは危険だからやめとけ。」
と止められた。道路のコンディションとテロが不安らしい。
そこに1人の上司らしき人が現れ皆が一斉に敬礼する。
僕を見つけ事情を聴かれ話すと「じゃあここでビザ延長しな。」
なんとも簡潔であっさりとした答えが返ってきて皆驚く。
「もう午後5時くらいですけど今から出来ますか?」
と、その上司らしき人に尋ねると、彼はその場に居た者を指差し、
「やっといて。」と、サラッと一言置いて去って行った。
かっこいいんだか、いい加減なんだか分からない。
ビザ延長をしなくても、どうにか乗り切れるかもしれない。
しかし予期せぬトラブルを考慮すると、
たった一つのトラブルであってもオーバーステイは確実だ。
その時に請求される賄賂はおそらく100ドルを越えるだろう。
心にゆとりを持たせる意味でも、
とりあえずその場でビザの延長をする事にした。
何よりも僕が驚いたのは、
ビザ延長がそんな簡単に出来ると言う事だ。
ロンリープラネットのビザ延長の欄には、
「ビザ延長におけるその行程は困難を極める。」
ほぼ無理であり止めておけ。と、まで書かれている。
この国の制度とは担当する係員の裁量でしかなく、
賄賂を払えば大体の事は優先され、スムーズに進む。
ラッキーなのかアンラーッキーなのか分からない状況で、
ナイジェリアビザの延長を試みる。
タクシー運転手も一緒について来てもらい、
終わるまで待っていてもらう事にした。
イミグレーションオフィスの奥にある部屋で書類を書く。
パスポートのコピーはその場で行い、顔写真もいらない。
紙に手書きの誓約書と旅程表を英語で書き、それをコピーし、
それぞれにサインをしたら出来上がり。所要約1時間。
あっという間に一ヶ月の観光ビザへと変化した。
しかしこんなに長くナイジェリアに滞在する訳でもなく、
3日の延長でいいと言っていたのに、大した大盤振る舞いだ。
そして最後に料金を払うのだが、彼は「200ドル」と言って来た。
「やっぱりこう来たか!」もう何も驚かないし動じない。
「いやいやアンタさっき50ドルって言ってたよね?
そもそもアメリカドルも持ってないって言ってるでしょ。」
と切り返すと「じゃあいくらなら払える?」と、言ってくる。
公共料金ってそんなものじゃないだろ。。。
この国ではそんな常識は通じないのはもう十分に分かっている。
しかし、ここで賄賂請求に従っては旅人の心意気が廃れる。
200ドルは流石に高すぎるしおかしい。と、告げると。
「少し上の者と交渉するから着いて来てくれるか?」
と、隣接する宿舎の彼の家の前まで連れて来られた。
彼は別に高圧的な態度をとる訳でもなく、
そんなに悪い人間にも思えないものの、
賄賂請求はすでに日常化されている為に、
悪い事をしている意識は全くもっていない。
家の前では彼の子供2人が食事をとっていた。
部屋の奥にはおじいさんらしき人が居て、
彼はそのおじいさんと何やら話をしている。
戻って来た彼は「7000N(約3500円)でどうだ。」
と、言って来たので。僕はその金額で了承した。
領収書も何もないこれらのお金は、まず間違いなく、
彼らのポケットマネーに入ってしまうのだろう。
そんな悪政に対して憤りを感じながらも、とりあえず
割と安く簡単にビザ延長が出来た事で心にゆとりができた。
フェリーの発着が明日早朝である以上、
それに乗って出国するのは不可能である。
そう悟ると気分は楽だ。
本日の行動はコレにて終了とし、明日再び港へ出向き、
フェリーチケットを手配する事にした。
12月30日(金) カラバール 【ナイジェリア4日目】
予定通りならこの日にナイジェリアを出国しなければならない。
しかしビザ延長を終えた今は、かなりの日数的な余裕ができた。
とは言うものの、この国にそんなに長く居たいとは思えない。
延泊するにもこの宿は少々高すぎるので、
別の安宿に移ろうか?と、思いながら早朝に目が覚めた。
気を張っているせいか毎朝早くに目が覚める。
チェックアウトの正午まで時間もかなり空いているし、
港へ行って用事を済ませてしまおう。と、行動を開始する。
タクシーをつかまえるのも手慣れたモノで、簡単に交渉も成立。
今度は間違いなく目的の港まで辿り着いた。
港はかなりこじんまりとしており、小さな三角屋根の倉庫が4棟並び、
一隻だけ停泊している中型船からトラックで荷物を搬出していた。
「カメルーン行きのチケットを買いたいのですが~」
と、言うとフェリー会社のカウンターを教えてもらった。
二人の女性が受付をしており、他にも客が3人程待っていた。
自分の番になり「カメルーン行きのチケットが欲しいんだけど、
次の出発は何日ですか?」と、尋ねると意外にも
「明日の朝5時出発ですけど、どうしますか?」と、言われる。
「??」予想をしてない答えに言葉を失った。
しかし迷う事なくその場でチケットを10,000Nで購入。
突然目の前の門が開いた。(因に1stクラスは15,000N)
セキュリティーチェックがあり、夕方6時くらいに来てくれれば、
その後船の中でゆっくりしていても良いとの事だ。
調子が良いのか悪いのか?スムーズではないにしろ、
物事がその場その場で急変しながら進んで行く。
まず、ガイドブックやwebにあった情報は直近のモノでも古く、
正確ではなかった上に、地元の人の情報も当てにならなかった。
ガイドブックに載っていたフェリー会社(Destiny)は、
現在はオイルの運搬などを専門で行っており、旅客フェリーは
Achouka Ebe-AnoがCalabar ~Tiko間を週2便ずつ運行している。
出発日がどのサイトやガイドブックを読んでも火曜、金曜なのに
現在は水曜日と土曜日の早朝に変更されている。

★Calabar[Nigeria] to Tiko[Cameroon]
Wednesday & Saturday Departure time 5AM
★Tiko[Cameroon] to Calabar[Nigeria]
Monday & Thursday Departure time 9PM
Ferry campany / Achouka
2nd class 10,000N / 1st class 15,000N
運が良いのか悪いのか?まあ実際はかなり悪いのだろうが、
それでもなんとかデコボコに進んでいる感覚が妙に可笑しかった。
そうと決まればこの日の予定はシンプルだ。
町をふらつけば面倒な奴に絡まれたり、警官にたかられ、
その都度喧嘩になるので、極力外出をしないように心がけ、
宿に戻って旅立つ準備をし、出発間際までホテルのロビーで
ゆっくりと休ませてもらう事にした。
出発の時間も近付き、自転車をピックアップする為に
ABC transportの支店まで歩き、相棒と2日ぶりの再会を果たす。
しっかり梱包されすぎている、ガチガチに包まれた相棒は、
組み立てると、特にどこも歪む事なく直ぐに走り出せた。
ホテルに戻りカバンをセッティングし、いざ港へと走る。
町はナイジェリア東部の田舎町だと思いきや、結構規模は大きい。
海沿いのリゾート地は開発が進み、道路も広くしっかりしている。
カルバールには中国企業も数多く進出し、中国人の姿も目にする。
ラゴスに比べれば比較にならない程に治安は良く、
夜であっても身の危険を感じる緊張感は少ない。
唯一同じなのは警官とアーミーの賄賂要求であり、
旅行者も地域住民も日常茶飯事に道ばたで喧嘩している。
町を歩いていると、殴り合いの喧嘩を1日何回か目にする。
僕もなんだかんだで喧嘩になる事が多く、先日もみ合いになって、
左ほほに青いアザが出来てしまい、いずれ治るだろうと思ってい
たらそのままシミになった。もうそんなに若くないと言う事だろう。
バタバタと動いていたナイジェリア滞在も最後にして最大の行事、
『フェリーでカメルーンへ渡る。』と言うイベントが待っていた。
午後6時過ぎの港は薄暗く夜へと変わろうとしていた。
港には大勢の人間が行き交い、多くの店も出ており活気がある。
こんな場所では荷物の心配と身の心配を余儀なくされる。
フェリー会社のカウンターでチェックインし、
荷物を預ける手筈をとるが、ここでも一悶着があった。
荷物を担当するボスだと言う男が現れて、
「荷物を積むのに15,000N(約7,500円)かかるから出せ。」と言う。
普通のフェリーチケットが10,000Nなのに荷物がそんなに高い訳はない。
大体ナイジェリアの所得水準から考えても超法外な値段だ。
すぐさまフェリーカウンターのスタッフを呼び出して事情を話す。
このボスと呼ばれる男は、本当に荷物を積む係の責任者らしく、
彼が積まないと言ったら荷物は積めないらしい。
なんとも馬鹿げた独裁者がホザく言葉にふさわしい。
しかし「この金額は高すぎる。ふざけるのもいい加減にしろ!」
と声を荒げて抗議すると、周りに若干の人が集まり始める。
面倒な事になりそうだが引くわけにはいかない。
何度か金額交渉があった末に4,000N(約2,000円)で手を打った。
コレでも十分に高く、ボッタクラレているのは理解しているが、
あまりにごねると荷物や自転車にナニされるか分からない。
悪に屈する気分は非常に後味が悪く殺意すら生まれてくる。
彼は最後まで高い値段を要求していたが、「お前はクリスチャンか?
ジーザスを信じるか?ジーザスを信じるならこの値段にしてやる。」
と、最終的には訳の分からない理由をつけてきた。
これは警察やアーミーも金をタカル時によく使う常套句で、
彼らの信じる『キリスト』は、きっと我々の知るキリストとは
全くの別人なのだろうと思う。
自転車を無事に積んだのかどうかも分からないまま、港で
8時間ちかく待たなくてはならない。荷物の積み降ろしをする
作業員達にも、「荷物を見ておく。」と言った理由で、
まとめていくらかは握らせなくてはならない。しかし実際
どうなるかは不明だ。彼らを信じる以外どうしようもない。
港ではやる事もなく、もっと遅くに来ても良かったと後悔する。
酔っぱらいが暴れ、さっき僕ともめた荷物係のボスも何をしたのか、
警察に両脇を抱えられてどこかへ連れて行かれてしまった。
時折マリファナの煙が甘い匂いと共に流れてくる。
「やはりアフリカはエキサイティングな場所だ。」
スリリングな夜は、僕を熟睡させる事はなく、
常に緊張感を持ち続けながら時間が過ぎて行く。
お腹がすいたら外の出店で何かを食べる。
外国人が1人で居るのは珍しく、
頻繁に声をかけられるがほぼ無視する。
そんな中で、この船会社の社長さんと、フェリーの船長さんに
声をかけられ、何故かみんなと一緒に飲む事になった。
全ては船長さんのおごりで、10人位が輪を囲んでいた。
船長さんは35歳前後で、とてもオシャレであり、品があるのを
話し方や目線の配り方などからも見て取れる。
見た目の姿もかなり男前で色気すら感じる程だ。
この船長さんは陽気な人で船出前にも関わらず、
もうだいぶいい感じに出来上がっていた。
ここで少しの時間ではあったが、彼らとコミュニケーションをとって
おいた事が、後にカメルーンへ入国した際に大きな助けとなった。
カメルーン人の青年とも仲良くなり、話しながら時間を過ごす。
出発の1時間前くらいにイミグレーションオフィスが開き、
船から乗客が降りては列をなして出国審査を済ませる。
乗客はパスポートをカメルーン入国まで没収されるが、
僕は外国人のせいか、その場でスタンプを押され返された。
僅か1日分だったが延長しておいて良かったと実感する。
ここの土壇場で揉めるのは非常に神経をすり減らす。
船の上でも揉め事は多く余計なストレスは勘弁して欲しい。
そしてナイジェリア滞在中の4日間はドタバタしながらも、
大晦日の早朝に朝日を眺めての出航と言う形で幕を下ろした。
生きていれば場面ごとに、最善の「せんたく」を迫られる。
そしてそれが最悪の「せんたく」だったとしても、
最善だった!と、思わせる為の辻褄合わせに必死になる。
旅では良くある話で、地図上で道を決める時などは、
直感をたよりに西か東かを決める事などは当たり前である。
ナイジェリアではそんな状況の変化が著しく、今となって思えば、
ナイジェリアと言う『あみだくじ』の線の上を歩いていたのだ。
こうして五体満足にこの記事を書けていると言う事は、
あの時の「せんたく」の全ては正しかったのだろう。
何一つ間違ってはいなかったのだ。と、自分に言い聞かす。
また新たな旅立ちをする為にも、
新たな感性を磨く必要がある。
西アフリカ編の最終章は2012年に突入し、
もう僅かで完結するのだった。
突然ですがロックスターの友人が活躍するバンド
「LAID BACK OCEAN」の2nd Mini Album『Bifröst』が
1月18日に発売されました。

実は発売前から聴いていたのですが(笑)
聴けば聴く程に聴きたくなる、
久々にハマっている超オススメの一枚です!
友人のYUTARO氏とはいまだにSkypeでよく話します。
グングンと先へ進む姿を良い刺激に、
僕も更にアグレッシブに進まなければならない。
友人の活躍はいつも僕の背中を強く押します。
生温いロックに嫌気をさしている人は是非聴いてみて下さい。
この記事を書きながらも既に延々と繰り返されています。













