バスは23時を回った頃に『カラバール』のABC transport支店に着いた。

スタッフに「自転車は翌日に届くのか?」と、質問すると、
「分からないけど、明日の3時位に来るかもしれない。」
と、言う曖昧な答えしか返って来ない。

疲れていたせいもあり、あれこれ考えるのも面倒だったのか、
「これは絶対に明日は来ない。」と確信した。

荷物を確認した後にタクシーをつかまえてもらい、
予め目星を付けていた『Mariana Hotel』まで移動した。

ホテルは1泊7500円程度の中級ホテルで、安宿に泊まり歩く
自転車旅行者やバックパッカーが泊る事は滅多にないだろう。
しかし、滞在期間も僅か2日と決まっていた事もあり、
心身共にすり切れそうなナイジェリアの空気感を考えると、
「安心を買う。」と言ったメリットは、他の何にも代えられない。
なにより深夜にタクシーで他のホテルを何軒も回る気にはなれない。

この日は近所の出店でパンと串焼き肉を買い、そのまま眠った。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Nigeria 2/201


12月29日(木) カラバール 【ナイジェリア3日目】


この日には確実にやっておかなければならない事が2つある。
1つはカメルーンビザの申請。出来れば同日中に受け取りたい。
2つ目はカメルーン入国手段の確保。フェリーの手配が望ましいが、
場合に寄ってはバスによる長距離移動も考えなくてはならない。

まずはビザ申請が最重要であり、朝から領事館へ向かう。

がしかし、ここで現金が底を着いていたのに気付く。
少しややこしいのだが、西アフリカ共通通貨のCFA(セファーフラン)は、
中央アフリカの共通通貨CFA(セファーフラン)としては使えない。

西と中央で2種類のCFAが存在し、同じ換金レートでありながら、
お互いは別々の通貨の為に混同して使う事は出来ない事を忘れていた。
と、言うか知っていたはずが、何を勘違いしたのか思い込んでいたのか、
カメルーンビザ申請代の60,000CFAを西アフリカの現金で用意していた。

これはマズい。領事館へ行く前に銀行へ走りATMでお金を引き出す。

安全面を考えて引き出すお金は必要最小限に抑え、
用事が終わったらまたATMでお金を引き出すようにした。

そしてタクシーをつかまえてはカメルーン領事館行きを交渉する。

既に乗客が乗っており、行き先が一致したら相乗りする。
と、いった事情が普通なので、なかなかつかまらない。

ようやくタクシーをつかまえて、程良い値段で交渉成立し出発するも、
目的の場所に目的の建物が存在しない。タクシーの運転手も自信満々で
「俺は知ってるぜ!」と、言っており、実際に連れて行かれた場所も
ロンプラの地図に記されているカメルーン領事館の場所である。

彼は嘘をついている訳でもなく、領事館が移動していたのだろう。
まあよくある話で驚きもしないのだが、次の瞬間
「領事館ごと町から出て行ってしまっていたらどうしよう??」
そんな不安が全身を覆って鳥肌が立った。

近所の人に聴いても、「以前はここにあった。」と、言うばかりだ。

どこにあるのかさっぱり分からない。

しかしここで運転手が機転を利かせて最高のアイデアを思いついた。

近所にFedExのオフィスを発見し、そこで正確な住所を確認する。

流石にFedExでは最新の正確な住所を持っている訳で、
あっという間に場所は分かったのだが少々遠いようだ。

それでもこの町に領事館があった事に安心し、
運転手の機転にも感謝する意味でも追加料金を払う事で、
急いで目的地へと向かってもらう事にした。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Nigeria 2/202

カメルーン領事館は町外れの高級住宅地の一角にあった。

中に入ると、「こんな所に人が来る事など滅多にないのだろう。」
と、思わすには十分な程に、暇そうな係員2名が椅子で寝ていた。

ビザ申請の旨を説明すると、その場で申請用紙が配られ、
そのまま記入し、顔写真3枚、パスポートのコピー、
18,000N(約9000円)を払いあっという間に終了。
午後3時に出来上がると言う事だった。

とりあえず、これでカメルーンまでの道は拓けた。

あとはその道をどうやって進むかを決めなくてはいけない。

翌日のフェリーで出国出来ればそれに越した事はない。

午後にカメルーンビザを無事に受け取り、
次はフェリーポートを目指す。

無駄だろうと思いながらも、念のためにABC transportの支店に
自転車が届いてないか確認したら、「明日になるから今日は来ない。」
と、さらっと約束を破られる。まあ想定の範囲内だ。

ガイドブックやwebの情報によると、
毎週火曜日と金曜日の夕方にフェリーが出るとの事だ。
ABC transportのスタッフも、明日の夕方に船が出ると言っていた。

明日の午後3時に自転車をピックアップ出来ればギリギリ間に合う。
今まで色々あっても全ては瀬戸際でなんとかなって来たものだ。

そんな経験則が僕に悩ませる時間を与えなかった。

再びタクシーをつかまえフェリーのチケット売り場に向おうとするが、
タクシーの運転手がその場所を知っているようで知らない。

全く違う高級ハーバーリゾートの様な所で事情を話すと、
「チケットはイミグレーション(出入国管理)オフィスがある場所で買える。」
と、言う事だった。それも分かるようで分からない説明だ。

それでも運転手は「イミグレーションの場所なら知っている。」
と、再び車は走り出し、彼の言うイミグレーションオフィスへと着いた。

絶対ここではないだろう。と、走りながら既に思っていたその場所は、
海とは正反対の空港の近くにある、イミグレーションオフィスの本部だった。

入り口で屯している軍人達に事情を話すと、やはりここではなく、
港に設置されているイミグレーションの事を差しているらしい。

更に旅程を聴かれたので、カメルーン行きの話をすると、
「フェリーは今は早朝の出発で明日の早朝に出る。」と、言うのだ。

「??」そんな事は初耳であったが、他の軍人も同じ事を言う。
自転車が届くのが明日午後3時頃の予定で、早朝は完全アウトだ。

「ビザが明日で切れるんだけど、どうしたもんかね?」
と、訪ねると困った様な表情を浮かべて悩み出した。

面倒な事になって来たけど、どうするればよいのだ?

「バスで夕方からカメルーンに抜けるのはどうでしょう?」
軍人にルートを話してみると、「それは危険だからやめとけ。」
と止められた。道路のコンディションとテロが不安らしい。

そこに1人の上司らしき人が現れ皆が一斉に敬礼する。

僕を見つけ事情を聴かれ話すと「じゃあここでビザ延長しな。」

なんとも簡潔であっさりとした答えが返ってきて皆驚く。

「もう午後5時くらいですけど今から出来ますか?」
と、その上司らしき人に尋ねると、彼はその場に居た者を指差し、
「やっといて。」と、サラッと一言置いて去って行った。

かっこいいんだか、いい加減なんだか分からない。

ビザ延長をしなくても、どうにか乗り切れるかもしれない。
しかし予期せぬトラブルを考慮すると、
たった一つのトラブルであってもオーバーステイは確実だ。
その時に請求される賄賂はおそらく100ドルを越えるだろう。

心にゆとりを持たせる意味でも、
とりあえずその場でビザの延長をする事にした。

何よりも僕が驚いたのは、
ビザ延長がそんな簡単に出来ると言う事だ。

ロンリープラネットのビザ延長の欄には、
「ビザ延長におけるその行程は困難を極める。」
ほぼ無理であり止めておけ。と、まで書かれている。

この国の制度とは担当する係員の裁量でしかなく、
賄賂を払えば大体の事は優先され、スムーズに進む。

ラッキーなのかアンラーッキーなのか分からない状況で、
ナイジェリアビザの延長を試みる。

タクシー運転手も一緒について来てもらい、
終わるまで待っていてもらう事にした。

イミグレーションオフィスの奥にある部屋で書類を書く。
パスポートのコピーはその場で行い、顔写真もいらない。
紙に手書きの誓約書と旅程表を英語で書き、それをコピーし、
それぞれにサインをしたら出来上がり。所要約1時間。

あっという間に一ヶ月の観光ビザへと変化した。

しかしこんなに長くナイジェリアに滞在する訳でもなく、
3日の延長でいいと言っていたのに、大した大盤振る舞いだ。

そして最後に料金を払うのだが、彼は「200ドル」と言って来た。

「やっぱりこう来たか!」もう何も驚かないし動じない。

「いやいやアンタさっき50ドルって言ってたよね?
そもそもアメリカドルも持ってないって言ってるでしょ。」

と切り返すと「じゃあいくらなら払える?」と、言ってくる。

公共料金ってそんなものじゃないだろ。。。

この国ではそんな常識は通じないのはもう十分に分かっている。

しかし、ここで賄賂請求に従っては旅人の心意気が廃れる。
200ドルは流石に高すぎるしおかしい。と、告げると。

「少し上の者と交渉するから着いて来てくれるか?」
と、隣接する宿舎の彼の家の前まで連れて来られた。

彼は別に高圧的な態度をとる訳でもなく、
そんなに悪い人間にも思えないものの、
賄賂請求はすでに日常化されている為に、
悪い事をしている意識は全くもっていない。

家の前では彼の子供2人が食事をとっていた。

部屋の奥にはおじいさんらしき人が居て、
彼はそのおじいさんと何やら話をしている。

戻って来た彼は「7000N(約3500円)でどうだ。」
と、言って来たので。僕はその金額で了承した。

領収書も何もないこれらのお金は、まず間違いなく、
彼らのポケットマネーに入ってしまうのだろう。

そんな悪政に対して憤りを感じながらも、とりあえず
割と安く簡単にビザ延長が出来た事で心にゆとりができた。

フェリーの発着が明日早朝である以上、
それに乗って出国するのは不可能である。
そう悟ると気分は楽だ。

本日の行動はコレにて終了とし、明日再び港へ出向き、
フェリーチケットを手配する事にした。


12月30日(金) カラバール 【ナイジェリア4日目】

予定通りならこの日にナイジェリアを出国しなければならない。
しかしビザ延長を終えた今は、かなりの日数的な余裕ができた。
とは言うものの、この国にそんなに長く居たいとは思えない。
延泊するにもこの宿は少々高すぎるので、
別の安宿に移ろうか?と、思いながら早朝に目が覚めた。

気を張っているせいか毎朝早くに目が覚める。

チェックアウトの正午まで時間もかなり空いているし、
港へ行って用事を済ませてしまおう。と、行動を開始する。

タクシーをつかまえるのも手慣れたモノで、簡単に交渉も成立。
今度は間違いなく目的の港まで辿り着いた。

港はかなりこじんまりとしており、小さな三角屋根の倉庫が4棟並び、
一隻だけ停泊している中型船からトラックで荷物を搬出していた。

「カメルーン行きのチケットを買いたいのですが~」
と、言うとフェリー会社のカウンターを教えてもらった。

二人の女性が受付をしており、他にも客が3人程待っていた。

自分の番になり「カメルーン行きのチケットが欲しいんだけど、
次の出発は何日ですか?」と、尋ねると意外にも
「明日の朝5時出発ですけど、どうしますか?」と、言われる。


「??」予想をしてない答えに言葉を失った。

しかし迷う事なくその場でチケットを10,000Nで購入。
突然目の前の門が開いた。(因に1stクラスは15,000N)

セキュリティーチェックがあり、夕方6時くらいに来てくれれば、
その後船の中でゆっくりしていても良いとの事だ。
調子が良いのか悪いのか?スムーズではないにしろ、
物事がその場その場で急変しながら進んで行く。

まず、ガイドブックやwebにあった情報は直近のモノでも古く、
正確ではなかった上に、地元の人の情報も当てにならなかった。
ガイドブックに載っていたフェリー会社(Destiny)は、
現在はオイルの運搬などを専門で行っており、旅客フェリーは
Achouka Ebe-AnoがCalabar ~Tiko間を週2便ずつ運行している。
出発日がどのサイトやガイドブックを読んでも火曜、金曜なのに
現在は水曜日と土曜日の早朝に変更されている。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-nigeriaferry
★Calabar[Nigeria] to Tiko[Cameroon]
Wednesday & Saturday Departure time 5AM

★Tiko[Cameroon] to Calabar[Nigeria]
Monday & Thursday Departure time 9PM

Ferry campany / Achouka
2nd class 10,000N / 1st class 15,000N



運が良いのか悪いのか?まあ実際はかなり悪いのだろうが、
それでもなんとかデコボコに進んでいる感覚が妙に可笑しかった。

そうと決まればこの日の予定はシンプルだ。

町をふらつけば面倒な奴に絡まれたり、警官にたかられ、
その都度喧嘩になるので、極力外出をしないように心がけ、
宿に戻って旅立つ準備をし、出発間際までホテルのロビーで
ゆっくりと休ませてもらう事にした。


出発の時間も近付き、自転車をピックアップする為に
ABC transportの支店まで歩き、相棒と2日ぶりの再会を果たす。

しっかり梱包されすぎている、ガチガチに包まれた相棒は、
組み立てると、特にどこも歪む事なく直ぐに走り出せた。

ホテルに戻りカバンをセッティングし、いざ港へと走る。

町はナイジェリア東部の田舎町だと思いきや、結構規模は大きい。
海沿いのリゾート地は開発が進み、道路も広くしっかりしている。
カルバールには中国企業も数多く進出し、中国人の姿も目にする。

ラゴスに比べれば比較にならない程に治安は良く、
夜であっても身の危険を感じる緊張感は少ない。
唯一同じなのは警官とアーミーの賄賂要求であり、
旅行者も地域住民も日常茶飯事に道ばたで喧嘩している。

町を歩いていると、殴り合いの喧嘩を1日何回か目にする。
僕もなんだかんだで喧嘩になる事が多く、先日もみ合いになって、
左ほほに青いアザが出来てしまい、いずれ治るだろうと思ってい
たらそのままシミになった。もうそんなに若くないと言う事だろう。


バタバタと動いていたナイジェリア滞在も最後にして最大の行事、
『フェリーでカメルーンへ渡る。』と言うイベントが待っていた。

午後6時過ぎの港は薄暗く夜へと変わろうとしていた。

港には大勢の人間が行き交い、多くの店も出ており活気がある。
こんな場所では荷物の心配と身の心配を余儀なくされる。

フェリー会社のカウンターでチェックインし、
荷物を預ける手筈をとるが、ここでも一悶着があった。

荷物を担当するボスだと言う男が現れて、
「荷物を積むのに15,000N(約7,500円)かかるから出せ。」と言う。

普通のフェリーチケットが10,000Nなのに荷物がそんなに高い訳はない。
大体ナイジェリアの所得水準から考えても超法外な値段だ。

すぐさまフェリーカウンターのスタッフを呼び出して事情を話す。

このボスと呼ばれる男は、本当に荷物を積む係の責任者らしく、
彼が積まないと言ったら荷物は積めないらしい。

なんとも馬鹿げた独裁者がホザく言葉にふさわしい。

しかし「この金額は高すぎる。ふざけるのもいい加減にしろ!」
と声を荒げて抗議すると、周りに若干の人が集まり始める。

面倒な事になりそうだが引くわけにはいかない。

何度か金額交渉があった末に4,000N(約2,000円)で手を打った。
コレでも十分に高く、ボッタクラレているのは理解しているが、
あまりにごねると荷物や自転車にナニされるか分からない。

悪に屈する気分は非常に後味が悪く殺意すら生まれてくる。

彼は最後まで高い値段を要求していたが、「お前はクリスチャンか?
ジーザスを信じるか?ジーザスを信じるならこの値段にしてやる。」
と、最終的には訳の分からない理由をつけてきた。

これは警察やアーミーも金をタカル時によく使う常套句で、
彼らの信じる『キリスト』は、きっと我々の知るキリストとは
全くの別人なのだろうと思う。


自転車を無事に積んだのかどうかも分からないまま、港で
8時間ちかく待たなくてはならない。荷物の積み降ろしをする
作業員達にも、「荷物を見ておく。」と言った理由で、
まとめていくらかは握らせなくてはならない。しかし実際
どうなるかは不明だ。彼らを信じる以外どうしようもない。
港ではやる事もなく、もっと遅くに来ても良かったと後悔する。

酔っぱらいが暴れ、さっき僕ともめた荷物係のボスも何をしたのか、
警察に両脇を抱えられてどこかへ連れて行かれてしまった。
時折マリファナの煙が甘い匂いと共に流れてくる。

「やはりアフリカはエキサイティングな場所だ。」

スリリングな夜は、僕を熟睡させる事はなく、
常に緊張感を持ち続けながら時間が過ぎて行く。

お腹がすいたら外の出店で何かを食べる。
外国人が1人で居るのは珍しく、
頻繁に声をかけられるがほぼ無視する。

そんな中で、この船会社の社長さんと、フェリーの船長さんに
声をかけられ、何故かみんなと一緒に飲む事になった。

全ては船長さんのおごりで、10人位が輪を囲んでいた。

船長さんは35歳前後で、とてもオシャレであり、品があるのを
話し方や目線の配り方などからも見て取れる。
見た目の姿もかなり男前で色気すら感じる程だ。

この船長さんは陽気な人で船出前にも関わらず、
もうだいぶいい感じに出来上がっていた。

ここで少しの時間ではあったが、彼らとコミュニケーションをとって
おいた事が、後にカメルーンへ入国した際に大きな助けとなった。

カメルーン人の青年とも仲良くなり、話しながら時間を過ごす。

出発の1時間前くらいにイミグレーションオフィスが開き、
船から乗客が降りては列をなして出国審査を済ませる。

乗客はパスポートをカメルーン入国まで没収されるが、
僕は外国人のせいか、その場でスタンプを押され返された。

僅か1日分だったが延長しておいて良かったと実感する。

ここの土壇場で揉めるのは非常に神経をすり減らす。
船の上でも揉め事は多く余計なストレスは勘弁して欲しい。

そしてナイジェリア滞在中の4日間はドタバタしながらも、
大晦日の早朝に朝日を眺めての出航と言う形で幕を下ろした。


生きていれば場面ごとに、最善の「せんたく」を迫られる。

そしてそれが最悪の「せんたく」だったとしても、
最善だった!と、思わせる為の辻褄合わせに必死になる。

旅では良くある話で、地図上で道を決める時などは、
直感をたよりに西か東かを決める事などは当たり前である。

ナイジェリアではそんな状況の変化が著しく、今となって思えば、
ナイジェリアと言う『あみだくじ』の線の上を歩いていたのだ。

こうして五体満足にこの記事を書けていると言う事は、
あの時の「せんたく」の全ては正しかったのだろう。
何一つ間違ってはいなかったのだ。と、自分に言い聞かす。

また新たな旅立ちをする為にも、
新たな感性を磨く必要がある。

西アフリカ編の最終章は2012年に突入し、
もう僅かで完結するのだった。



突然ですがロックスターの友人が活躍するバンド
「LAID BACK OCEAN」の2nd Mini Album『Bifröst』が
1月18日に発売されました。


自転車世界横断!!TERU-TERU project-LBO

実は発売前から聴いていたのですが(笑)
聴けば聴く程に聴きたくなる、
久々にハマっている超オススメの一枚です!

友人のYUTARO氏とはいまだにSkypeでよく話します。

グングンと先へ進む姿を良い刺激に、
僕も更にアグレッシブに進まなければならない。
友人の活躍はいつも僕の背中を強く押します。

生温いロックに嫌気をさしている人は是非聴いてみて下さい。
この記事を書きながらも既に延々と繰り返されています。
武装した兵士達は道を塞ぎ、右手にはマシンガンをかまえ、
左手には市民から巻き上げた小額紙幣を何枚も握る。

ナイジェリアの悪政は末期症状を通り越して、
それは日常にある当たり前の風景と化していた。

ナイジェリアビザの取得時に、トーゴの首都『コトヌー』にある
ナイジェリア大使館にてその片鱗を垣間みたせいか、不思議と違和感はない。

入国以前から既に気持ちの切り替えは出来ていた。

ここから先は「Strange World」だ。

意外にも平和なアフリカを感じながら旅を進めて来たが、
この先を通りたければ今まで通りの感覚では進む事は出来ない。

「誰1人信用する事はやめよう。」

完全にアウトローに徹し自己主張を今まで以上に厳しく発する。
その事でもし良い出会いを失ったとしても構わない。

第一には身の安全を確保しなければならない。
そして荷物や金品が盗まれる事には最前の注意を払う。

早朝に『ポートノボ』を出発し、ベナン、ナイジェリア国境へと走った。

$自転車世界横断!!TERU-TERU project-lagos02


ナイジェリアビザの期限は4日のみであり、
この4日で広いナイジェリアを抜けなくてはならない。

カメルーンビザの取得、バス移動のチケット手配、800kmの移動、
カメルーン行きのフェリーチケットの手配。

4日間だとギリギリ出来るかどうか。

しかしこれを全て行わなければならないのが現実で、ダラダラとしている
余裕など全くなく、少々お金がかかっても進まなくてはならない。

入国審査を済ませた後、タクシー運転手と交渉し、値段は高く感じたが、
タクシーをチャーターし一気に100km先の『ラゴス』へと移動した。

ラゴスはナイジェリアの最大都市であり、ヨハネスブルグ、
ナイロビに並び、世界でも5本の指に入る犯罪都市だ。

世界的に最も有名な旅行ガイドブック『ロンリープラネット』には
ラゴスの見所として「Surviving in Lagos」と、記されている。

生き残る事がラゴスの見所だ。と言う皮肉が込められている。

更には初めて見たのだが、警察やアーミーの進路妨害に対する賄賂50N(ナイラ)。
とも記載されている。これはブラックジョークでもあり真実でもある。


タクシー運転手は凄まじくうさん臭いナイジェリア人で、
最初は運賃30000N(約15000円)を提示して来た。

こんな奴に構っている暇はないと、入国審査管で親切な人がいたので、
その人に相談した所、また同じボッタクリ運転手を連れて来た。

「こいつはボッタクリ野郎だ!」と、一蹴すると、
値段が10000N(約5000円)まで下がった。

まあこれでも高いのだろうとは思うのだが、他にラゴスに行ける
タクシーも近くにはなく、予定していたホテルに直行出来き、
この程度ならまだ想定の範囲内と承諾した。

自転車と僕を乗せたタクシーは、そのまま進路を東へ走り出す。

運転手は調子の良い奴でいまいち信用性に欠ける。

ホテルに行った後にカメルーン大使館へと行ってビザの申請がしたい事、
ビザが4日しかない事、ラゴスから800km離れた『カラバール』まで
自転車をバスに積んで移動し、カメルーンには船で渡る予定である事、
今までの行程等々、それなりの会話を交わしながらタクシーは走る。

話をしていると「いい奴なのかも?」と、思わせる部分もあるものの、
「最初に法外な値段を提案して来る奴にまともな奴はいない。」
旅で培ったセオリーは容易に「こいつを信じるな。」と答えを出す。

案の定、彼は市内ガイドやカメルーン大使館、バス会社までの送り
迎えを提案してくるが、その全てがことごとくボッタクリだ。

それでも土地勘のない犯罪都市を1人でうろつくのも問題であり、
「今日はどうしても午後二時までに大使館でビザ申請がしたいから、
ホテルまで行ってからカメルーン大使館まで送ってくれ。」
と、エクストラを払う事で大使館までの送迎をお願いした。

車はラゴスへと向かって走り、何度か渋滞につかまるも、
正午過ぎには市内らしき所まで辿り着いた。

ナイジェリアはアフリカの中でも人口が非常におおく、
アフリカ大陸の人口の5分の1が集まっていると言われている。
世界第六位の産油国でもあり、周辺国に比べればGDPも高い。

しかしインフラはまだ未整備の部分が多く、また広い道路も
所々で軍隊や警察が道路を遮断し1車線しか通れなくしている。
当然渋滞が多発し、ひどい時は100m進むのに1時間もかかるそうだ。

この日はそれほどの大渋滞はなく、スムーズに進むだろうと思っていた。


しかしここで運転手がやってくれた。


車はホテルに向かわずバス会社へと向かっていた。

予め『ABC transport』と言うバス会社でチケットを買う予定である。
と、話をしていたがそれはビザ申請後に手配すれば済む事。

何を差し置いてもまずはホテルにチェックインしなくてはならない。

「誰がここに来いと言ったんだ!」と、言っても
宿からここまでは遠く、先に寄った方が回りやすい。と言う。

時間は既に午後一時を過ぎている。
ホテルにチェックインした後で大使館へ行くのは難しいだろう。

もう寄ってしまったものは仕方ない。
急いだ後に結局ビザ申請が間に合わないのは最悪だ。

予定のピースを一度バラバラにして全てを組み直す。

ラゴスでのビザ申請すらも白紙に戻し、カラバールにある領事館にて
カメルーンビザの申請をする事にし、ラゴスで2泊する予定を1泊早め、
すぐ翌日のバスにてカラバールへと移動する事にした。

ABC transportはガイドブックにも紹介されている、
ナイジェリア国内を網羅する大きなバス会社だ。

しかしカメルーン国境近くの都市への移動はミニバスしかなく、
自転車は同時には運ぶ事は出来ないと言う。

後日郵送でカラバールの支店に届けられるらしいのだが、
信用性に欠ける上に、日程が一日でもズレたらアウトである。

他のバス会社を探すも同じ事だと言われる。

ビザ日程が短い事を念押し、必ず翌日には届ける事を確認し、
チケット代金7200N(約3600円)を支払った。
直行のミニバスなので代金も異常に高く感じるが正規料金だ。

もうこうなればこの日にやる事は何もない。

ホテルにチェックインし体を休め、
翌朝6時に再びここへと戻れば良いだけだ。

カラバールにカメルーン領事館がある事は知っていたものの、
もし何らかの理由で取得出来ない可能性を考えると、
どうしてもラゴスの大使館にて申請するのが望ましい。

しかし旅程を考慮すればする程、悩んでいる暇がない事に気付く。

気を取り直して明日からの旅に備えホテルへと向かった。

Ritz Hotelと言うロンプラに載っている安宿は、もうほぼ廃墟だ。
宿の主人は親切で優しい人だったが、ここで4000N(約2000円)は
ラゴスでは安い部類とは言え、今までの感覚からすると非常に高い。

現金が全くなかったので銀行で金を引き出す必要があり、
チェックインした後に歩いて近くの銀行へ行く。

運転手はホテル一階のカフェ&バーで待っているとの事だ。


銀行が多く集まるこの辺りは、下街であり人通りも多く治安は悪くない。

ラゴス市内はタクシーで走るだけでもその治安の悪さをビシビシ感じる。

警察やアーミーの真似事をして、道路にドラム缶などを置き進路を妨害し、
金を要求する輩が横行する。大通りから一本入るとそんな事が良くある。

車だからそれらを押しのけ強引に進む事が出来るだけで、
これが自転車や丸腰の状態だったらどうしようもない。

身ぐるみ剥がされ路上に転がるのは良くある話だ。

ある程度の現金を引き出し直ぐにホテルへと向かい運転手に金を払う。

10000Nを差し出すと「バス会社に寄ったんだから15000N」だと言う。

「お前が勝手に寄ったせいで、こっちは大使館へ行けなかった。
10000Nでも高いくらいだ!これ持ってさっさと帰れ!」と、言っても
「15000N払え」と、言って聞かない。
バーのママさんらしき人と一緒にいたので、その人に助けを求めたが、
彼女は目の下が真っ黒に染まっているジャンキーだった。

こんな奴らは危険すぎるし、ナニされるか分からない。

しかし15000Nを払うのは納得出来ない。
「大使館へ行くのが最も重要だったのにお前のせいで行けなかった。
それで金を余計に要求するのはおかしいだろ。」と、怒鳴る。

しかし、それでも彼らにとっては金が全てだ。

ここで要求額全てを払うのは流石に腹が立ち過ぎるので、
「2000Nだけなら払ってやるからさっさと出てけ!」と、言うと
あと1000Nだと言う。嫌だと言っても運転手もしつこい。

ジャンキーのママは薄ら笑いを浮かべながらうつろな目をしている。

「こいつら本当に何かしかねんぞ。」と、思うと
腹は立つものの支払うのが得策かもしれない。

「お前は最低だけど1000N払うから何処かへ行け!」
と、残りの1000Nをテーブルに置くと、運転手は
「待ってる間に俺がビール2本とママもビール1本飲んだし、
その代金をおごってくれ。」と言って来たので流石にブチギレた。

テーブルの上にある金をばらまいてテーブルを蹴り上げて怒鳴った。

そのままホテルへ戻り宿の主人に話をすると、
主人は寂しそうに謝って来た。そしてバーにいる運転手を追い出した。

国境からタクシーをチャーターしても、現地人の場合ラゴスまでは
高くて8000N程度らしく、13000Nはまだ高すぎる値段ではないにしろ、
やはり噂に違わず気の抜けない国である事を体感する事が出来た。

その日は近所のファーストフードで食事を済ませ、
軽く近所の安全そうな大通りをグルッと散歩した。

強盗の危険もあり、軍隊も多く写真撮影は難しいので、
ラゴスでは写真をほぼ撮影していない。

1400万人が住むメガシティーには超高層のビルが建ち並び、高速道路が
立体交差で絡み合いながら市内に入る時などはバンコクを彷彿とさせた。
一見すると先進的な大都会なのだが、実はそれらは全て針簿手だった。

超高層ビルのほとんどは既に廃墟化し、窓は割れ立ち入り禁止である。
一棟だけならまだしも、本当にほぼ全ての超高層ビルが廃墟なのだ。

ボロボロの外壁は遠目ではよく分からない。

どうしてこんな状況になっているのかは定かではないものの、
その姿には得体の知れない恐ろしさを感じざるを得ない。

夜になると街は何度も停電を繰り返し、
真っ暗な大都会は異様な姿を見せた。

$自転車世界横断!!TERU-TERU project-Lagos01

翌朝まだ真っ暗の中ホテルを出ようとすると、
宿の主人が僕を待っていてくれた。

チェックインする時に朝5時半には宿を出る旨を伝えていたからだ。

彼はタクシーをつかまえるのを手伝ってくれて、
ボラレないようにと値段交渉もしてくれた。

治安が悪いとは言え、人々の生活が日々営まれている中で、
普通の人や良い人が大勢いるのは当たり前の話で、
ただ割合が地域によってバラツキがあるだけである。

宿の主人に礼をして、まだ暗いラゴスをバス会社へと向かう。


走っていて違和感を感じたのは、普通は立体交差の高速道路など、
あかりが灯っていて当然のはずなのだが、全て消えている。

真っ暗な海の上を車で飛んでいるように感じる。

遠くにはぼんやりとビルのシルエットだけが浮かび、
高速道路は暗く交差しながら伸びている。

劇場版『AKIRA』の旧市街を思わせる情景に何故か高揚した。


ABC transporは早朝とは言え多くの乗客でごった返している。

自転車を預けるにもさっぱり勝手が分からず、
バス会社のスタッフに任せる。

荷物代や何やらであれこれと金がかかる。

本当にこんなにかかるものなのか不思議に思うも、
領収書も出るし、他の客も同じ様な事をしている。

一つ腑に落ちないのは自転車を送るのに更に金がかかる事だ。
梱包費込みで3000N(約1500円)は少々ボラレてる気がする。

しかし朝から腹を立てるのも面倒なので、
要所要所で抵抗しながらもお任せする事にした。

最後に「自転車は明日届くんですよね?」と、念押しすると、
「明日は無理だと思います。明後日の午後3時です。」と、言う。

「いや、明日届くと聞いたからこのバスを予約したんだ。
明日届けてくれないと困る。」と、強く念押しすると、
「出来るか分からないけど、連絡先を教えてくれ。」
と、メールアドレスと携帯番号を聞かれた。

明後日の午後3時。ずれたらかなり厳しくなる。
ここに来て全てがギリギリのラインで進んで行く。

しかし何度も思うが迷っている時間はない。

ミニバスの助手席に座り一路800km先のカラバールへ向かう。


あれこれと悩み過ぎる心配性の人ならば、
おそらくストレスで気が狂ってるだろう。
ここではある種の感情を捨てなくては、
まともに生活する事は出来ないと感じる。


ラゴスを出た辺りから警察とアーミーの検問が多くなる。
3車線の道路2車線を丸太やドラム缶でブロックしている。

テロ対策の検問であるはずが、検査などはしっかりはしない。
ようは少々怪しそうな奴を見つけてはイチャモンをつけて、
その場でいくらかの賄賂を奪い取るのだ。

当然その金は彼らの懐に納まり、その日の酒代へと変わる。

軍隊も警察もそれらを生業に日々を過ごし、
市民はそれに抗えずに、要求されたら金を支払う。

軍政が悪いとか言う問題ではなく、国の中枢が腐りきっているのだ。

ここにモラルや正義などと言った大義名分は一切存在しない。
国家権力の後ろ盾のもと公然とカツアゲをしているだけであり、
警察と軍隊は国を代表する盗賊集団と言ってもよいだろう。

請求されなければそのまま素通り、請求されたらアンラッキー。
市民達もそんな感覚で当たり前のように紙幣を手渡す。

ひどい時は500m間隔で5回も繰り返される。
完全にチンピラのタカリである。


この国に明るい未来などあるのだろうか?

世界中に住むナイジェリア人は色々な分野で活躍している人も多い。

しかし彼らは彼らの国のこう言った実情を口にする事はしない。

日本やその他の地域で生活しているナイジェリア人達は、
自国のこれらの現状をもっと恥じるべきだろう。

ノウノウと何食わぬ顔をして生活していると思うと腹が立つ。

そして国を離れ何処かで何かを成し遂げたのであれば、
自国の現状を改善する策を考え実行して欲しい。


バスはナイジェリアの内陸を横断する。

緑の炎が燃えている様なジャングルは荒々しくうつくしい。
アフリカの持つパワーを言葉なく表現しているのだろうと思う。


ナイジェリア入国2日目は全て移動で終わった。

ガイドブックに10時間と記載された移動時間は、
実際には15時間かかり、着いた頃には23時近くだ。

残り2日でナイジェリアを出国しカメルーンに向かうべく、
カラバールでの後半戦がエキサイティングに始まるのだった。


この記事を書いている途中で誕生日を迎え33歳になりました。
今年も安全運転で突き進みますので乞うご期待!

箭内孝行
海を見ながら走るだけでも気持ちが和らいで行くのを感じる。

熱帯雨林気候が造り出すダイナミックなランドスケープは、
一度取り込まれたら二度と出る事が出来ない様な錯覚を与える。

アクラを出発してから『Ada Kasseh』と言う町で一泊した後、
一気にトーゴの首都『ロメ』まで走りきった。

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ヴォルタ湖から流れるボルタ川にかかる大きな橋。
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国境でビザ申請を終えるとすぐそこからロメの町がひらける。
首都の中に国境線が引かれているのは世界的にも珍しい。

ガーナとナイジェリアにはさまれた『トーゴ』『ベナン』は
縦長の国土を持ち、東西に100km程の距離しかない為に、
一気に横断しようと思えば3日もあれば余裕で通過出来る。

しかし久しぶりの海沿いの風景と、緩い田舎の雰囲気に惹かれ、
少しのんびりと時間を過ごしながらマイペースに進む事にした。

トーゴ、ベナン国境は軍人による賄賂要求が横行していたようだが、
ここ最近はそう言った事はほぼなくなりスムーズに通過が可能だ。

国境で取得するビザは「もし取れなかったらどうしよう?」
「イチャモンを付けられるのでは?」と、少々の不安を感じる。

そんな不安もあったものの、トーゴ国境にて10000CFAを払い、
大使館で取得するよりも安く簡単に7日間のビザを取得出来た。

セネガルを出てから、久しぶりに見る海沿いの風景は心地よく、
ヤシの木が並び、奇麗で長いビーチは南スペインを思わせる美しさだ。

町の雰囲気も緩やかで都会的な雰囲気も薄く気持ちが落ち着く。

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体調不良もようやく回復して来たばかりの病み上がりの体には、
こんなリゾートを思わせる場所がちょうど良いのだろうと思う。

人々は陽気でしつこさもなく、観光客慣れもスレた感じもなく、
町を歩いていても身の危険を感じる治安の悪さはない。

英語圏の国に比べて、フランス語圏の国の方が経済発展は
遅れているが、その分素朴さや人の良い優しさを身近に感じる。

クリスマスと年の瀬も迫るこの時期の賑わいは町に活気を与えている。

ロメの『Hotel le Garion』と言う良い感じのホテルに2泊してから、
ベナンの首都『コトヌー』を目指し風景を楽しみながら走った。

200km弱の距離を2日で走り、コトヌーでナイジェリアビザ取得を試みる。
ナイジェリアビザ取得は非常に困難であり、4日間のツーリストビザを
取れたのには取れたのだが、トラブルも多く、ナイジェリア大使館では
怒りのリミットを振り切り、書類と金をブチマケて怒鳴り散らした。
(最低最悪な大使館員でした。これはビザ情報にてお伝えするとします。)

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ナイジェリアビザ取得には色々と書類を集める必要があり、
ビザ申請日が火曜と木曜のみの為に日数と手間がかかる。

そんな事もあり、のんびりと常夏のクリスマスを楽しみながら、
コトヌーの町を自転車であちこちぐるぐると巡り1週間程滞在した。

ベナンはゾマホンの出身地でもあり、国内にはゾマホンが本の印税を
使って作った日本語学校もいくつかある。トーゴに比べて倍くらいの
経済規模を感じる町には近代的な建物が続々と建ちはじめている。

クリスマスが近づくに連れてサンタの格好をした物売りが街中にあふれ、
あちこちの教会からは賛美歌が聞こえて来る。
黒人の歌唱力は一人一人が凄まじく、宿の中に併設されている教会からも
賛美歌が流れ、聴いていると引き込まれ、その場から離れられなくなる。

イブの夜には空砲が街中に響き、大音量で音楽が流れ騒がしく賑わう。

気候も雰囲気も全く日本のそれとは違うクリスマスは、
そう滅多に味わえるものではなく非常に興味深く感じた。

クリスマスの日は祝日であり、街中の渋滞も緩和されるだろうと
コトヌーを出発し40km東にあ『ポートノボ』に向かう。
思っていた通り、平日は大渋滞の大通りは嘘のように車が少なく、
外を歩いている人も少ない為に楽に自転車を走らせる事が出来た。

ナイジェリア国境まで20kmの距離にあるポートノボは憲法上の首都だが、
全ての経済、政治の中心はコトヌーであり、皆コトヌーを首都としている。

ワシントンのように、政治の中心地としての首都を移す事があっても、
名目だけを首都として持つのは珍しく、意味もよく分からない。

地味な町ではあったものの、規模も大きすぎず自然も間近に感じる
とても居心地の良い町だったので1泊の予定を変更し2泊した。

すっ飛ばせばあっという間に通り過ぎる事が出来る地域を、
ダラダラしながら10日程かけてゆっくりと旅する事で、
体を休める以上に気持ちをリフレッシュする事が出来たと思う。

海や水のある風景と言うだけでも気持ちが落ち着き気力が湧く。

しかしここから先、2011年の締めくくりは悪評高い『ナイジェリア』にて
4日間過ごし大晦日の日にカメルーンに船で入国するつもりだ。

どうなる事かは分からないナイジェリアは不安要素が多すぎる。

どのサイトを見ても良い事など一つも書いてない、
大使館の印象からしても最低最悪の国なのだろう。

緊張感を切らさずに、久々にアウトローなスイッチを入れ、
ナイジェリアの4日をストイックに乗り切ろうと思うのだった。

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自転車世界横断!!TERU-TERU project-2012-07

自転車世界横断!!TERU-TERU project-2012-08


新年あけましてオメデトウございます。

昨年は日本にとっても世界にとっても、非常に大きな変革と改革の年だったと感じております。
震災を体感し実家のある福島でその惨劇を目の当たりにした時は、この先あれほどの衝撃が起こる事はないだろうと感じました。
世界も経済活動、文化活動においてめまぐるしく改革が行われている中、資源を巡り世界が最も注目しているアフリカに身を寄せて半年以上が過ぎ多くの事を感じさせられます。
まだまだ旅は続きますが、今後も良い部分、悪い部分も含めて、歯に衣着せず伝えて行こうと思います。
現在はとある地域の小さな港町のサイバーカフェにて新年一発目の更新をしております。ここに辿り着くのには多くのストレスと苦難が立ちはだかり、殺意の混じった緊張感を数日間持ち続けながら生活しておりました。そしてようやくその緊張からも解き放たれ、とても地味な新年ではありますが、ホッとしております。

毎年の事ながら「今年も良い年に~」と言っているのもどうかと思いますが、良い年を想像する事が出来る一年になれたらと思っております。

2012年もよろしくお願いいたします。

箭内孝行