僕の友人が小説を書きました。

彼の名は野口信行。
このブログにもよくコメントをくれます。

タイトルは『座右のメイ』

自転車世界横断!!TERU-TERU project-座右のメイ

僕自身まだ中身を読んだ訳ではないのですが、
タイトルから受ける印象とは違った世界観の作品の様です。

以下は紹介文の抜粋

夢を持って上京したものの、アルバイト先を解雇され、レコード会社の派遣社員として働くことになったカオル。なんのことはない、やっていることは雑用という名の過酷なパシリ。もちろん、やる気なし。そんな時、右肩に小さな女の子が現れた?その女の子が教えてくれるいろいろな言葉。その言葉でやる気になったり、つまずいたり…。

彼とは学生時代に京都で出会いました。

僕は京都造形芸大、彼は同志社大学だったのですが、
京都大学前でのチラシ配りのバイトで初めて出会い、
お互い不真面目にチラシをばらまいていました。

その後しばらくは何も無かったのですが、
2年後くらいに、カラオケ屋のバイトでたまたま一緒になり、
音楽好きだった事もあって仲良くなったのを覚えています。

大学卒業後はお互い東京で働く様になり、
彼はエンターテイメント業界で活躍し、
僕はデザインに没頭していたのですが、
それでも年に何回かはあって話をしました。

まさか作家デビューするとは思ってなかったのですが、
物作りが好きな人は、どんな分野であってもクリエイトし続けるので、
彼の次の動きも気になります。

知人の本を読むのは少々照れくさいので、
読んだ方は感想をお聞かせください。

そしてノグッちゃん出版おめでとう!

次なる作品がどんな分野になるかは分からないけど、
センセーショナルな扉を開く事を期待してます。

皆さんぜひチェックしてみて下さい。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村
クロアチアを走りまくって現在は首都ザグレブにいます。
色々な記事は後ほどアップしますので、少々お待ちください。
アドリア海をボスニアとクロアチアの国境にある崖から眺める。

数日振りに見る空を、夕日が紫色に変えようとしていた。

目下に広がる光景は、しばらく山地を走ってきた僕らを
一瞬にしてその場所に釘付けにした。

ダイナミックに急降下する崖に張り付く自然の景色と、
久しぶりに見る海と青空の対比があまりにも美しく、
クロアチア国境の1km手前で僕らはしばらく足を止めた。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik01


周囲には数え切れないほどの『地雷地帯危険マーク』があるのだが、
目の前の光景からは、そんな物騒なイメージを持つことは出来ない。

ここから『ドブロブニク』までは8km程度なので、
国境越えをした後、一気に街を目指した。

『ドブロブニク』手前にある崖沿いの展望台に着いた頃、
夕日は最高のポジションに位置し、更に僕らを足止めさせる。

アドリア海に沈もうとする夕日に、『ドブロブニク』の旧市街は
オレンジを背後にシルエットとして浮かび上がっていた。

『ドブロブニク』へ来る予定は当初なかったのだが、
ここに立ち、本当に来て良かったと心底実感する。

あんなに美しい夕日はそう滅多に見ることは出来ない。

数日続いた雨が、大気の不純物を洗い流したかのように、
澄んだ空気の中に浮かぶオレンジは静かに海へと沈んだ。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik03

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik02

街へと入りフラフラ自転車を走らせると、
一人のおばちゃんに声をかけられた。

この辺りではホテルに泊まるというよりは、
「SOBE」と呼ばれる民泊が主流なのだが、
その中でも2人で一泊25ユーロはかなり安い。

感じも良く親切で、設備も立地条件も良い。
「本当に運が良かった。」と、僕らは喜び、
結局そこのお宅に4泊することにした。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik06

『ドブロブニク』は15世紀にはラグーサ共和国として、
アドリア海の交易都市として栄え、大きく発展した。
中世の街並みが残る旧市街は世界遺産にも登録されており、
世界中から多くの観光客がひっきりなしに押し寄せる。

物価はボスニアと比べると倍近く高く、
待ち行く人の服装を見ても裕福そうな人が多い。

「アドリア海の真珠」とも称される街は素晴らしく、
コバルトブルーの海はどこまでも深く青い。
1979年に一度世界遺産に登録された『ドブロブニク』は、
1991年のクロアチア独立戦争の際には、独立を阻止する
旧ユーゴスラビア軍からの攻撃を受け、多大な被害を受けた。

情勢不安から住民人口も一時期は激減し、
「危機にさらされている世界遺産リスト」に挙げられたのだが、
独立後に復興が進み、1994年に再び世界遺産に登録された。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik12

「コンパクト」というよりは、城壁内に詰込まれた様な旧市街は
目抜き通りのプラツァ通りを中心に、中世の姿を今に残している。

複雑に絡む細い路地に入ると、方向感覚を完全に失い迷うのだが、
決して不安になる事はなく、余計に好奇心を刺激しながら、
更に旧市街の中を楽しみながら迷い歩かせるのだった。

そんな中世ヨーロッパの雰囲気に完全に呑まれた僕は、
奮発してビストロでシーフードリゾットとワインを注文した。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik04

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik11

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik08

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik07

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik05

街を囲む城壁に上り、一周4kmの城壁を歩いて周る事が出来る。

そして、この街に来たならば城壁を歩かなくてはいけない。

目に映る景色に対して言葉などは何も必要ないだろう。

感嘆のため息や驚きしか出てこない。

城壁の最も高い塔から街を見下ろすと、
旧市街はぎっしりと敷かれた朱い屋根のペーブメントに変わる。

その先にはどこまでも深く青いアドリア海に島々が浮かぶ。

全方向から刺激を与え続ける強力なインスピレーションからは、
ガード不可能な程、決して逃れられなく打ち続けられる。

感動に疲れた僕は、日が暮れるまで旧市街で時間を過ごしたのだった。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik10

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Dobrovnik09


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
↑「クロアチア」と、聞いてピンと来ない人も多いとは思いますが、
是非一度はここを訪れることを強くオススメします。
沢山の写真があるのですが、それは後程まとめて紹介します。
自転車世界横断!!TERU-TERU project-フォチャ1

ボスニアを南北に伸びる道を一気に南下する。

バルカン半島南部に広がる山地は広大であり険しくも、
多くの自然がそのままに残り、緑は美しく燃えていた。

山脈にはいつも分厚い雲がかかり、毎日のように雨を降らす。

天候が優れず、結局サレエボに一週間滞在した後、
満を持してそびえる山へと自転車を走らせた。

ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア、モンテネグロ国境付近には、
セルビア人が実質統治しているセルビアンテリトリーがいくつかあり、
その中の『フォチャ』と言う町まで山道を約80km走る。

深い山奥にひっそりと佇む町にはエメラルドグリーンの川が流れ、
川沿いに自然と同化しながら連なる古い家々を眺めていると、
どこか日本の温泉地を思い出させ、郷愁に切なさを感じた。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-フォチャ3

相変わらず、何時雨が降り出すか分らない空模様の下、
宿で休んでいると夜には大雨が降り出す。

翌朝には雨はなんとか上がっていたものの、
真っ白な雲はすぐ目の前まで落ちてきており、
天気を危惧しながら再び山の中へと進んだ。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-フォチャ2

この日は川沿いの山道を登りモンテネグロへと入国する。


予定だったのだが、


急な坂道を10km程必死に自転車を押して登りきった所で、
道が思っていた方向と違う方向を向いているのに気付く。

走ってきた道とは別に、川の向かい側に道が平行に通っており、
そっちを走るべきだったのだが、完全に道を間違っている。

少々悩んだものの、登った道を引き返すのは腹立たしいので、
ルートを急遽変更し、このまま進みクロアチアを目指すことにした。

こう言った時の気持ちと予定の切り替えは以前からあっさりとしており、
モンテネグロ北部にある世界遺産の自然公園も見たかったのだが、
割とマイナーで行く人も少ない、ヨーロッパでも最大級の森が存在する
『Sutjeska National Park』を通って南下する事に決めた。

下り坂が数km続き、ナショナルパークの入り口にあるカフェで休憩する。

気温が低く湿度が高いので汗は乾かず、一気に体温が奪われる。

僕らはスープを飲んでいると天気が崩れだし、大雨へと変わり、
結局雨が止むまでそこで約3時間以上雨宿りする事となった。

自然の猛威は周囲を暗く険しく変化させ、美しい自然が併せ持つ
強大なエネルギーには恐怖すら感じる。

深い森に降り続く雨は、この先も森を成長させるのだろう。

雨が止んだ後も、続く山々の上から雲が消え去る事はなく、
判断を間違えば大事故にも繋がる深刻な状況の中、
僕らは行ける所まで先へと進む事にした。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sutjeska01

濡れた緑はより濃く映り、高圧的に周囲を取り囲む。

中国の大自然を彷彿させる荒々しい岩山は、川に沿って谷を作り、
岩の隙間からは所々に木々が生え、コケの様に張り付いている。

サファイヤが解けたような、薄い水色のグラデーションを見せる
川の水は冷たく限り無く澄み、幻想的な流れを作っていた。

景色を楽しみながらナショナルパークを走り抜ける。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sutjeska04

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sutjeska03

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sutjeska02

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sutjeska08

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sutjeska07

延々と坂道が続き、距離を伸ばせぬまま、気が付くと7時を過ぎていた。

道は更に険しさを増し、何箇所も土砂崩れが起きている。
きつい勾配の坂道では自転車を押して上るのもままならない。

ポキポキと心が折れる音が聞こえる中、無心で頂上を目指した。

上から下ってきた車が僕らの横に止まり、
「あと5kmだ!がんばれよ!」

「・・・・・・・ありがと。」

もう返す言葉もない位に疲れている。

ここから5kmかぁ。。。

どうにか日が暮れるまでには頂上につけるか?

周囲には『地雷注意』の看板も目立ち、
大雨の危険もあるので野宿は避けたい。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sutjeska05

無心に重い自転車を押しながら必死に頂上を目指す他なかった。

辺りは暗くなり始め、分厚い雲はよりどす黒く映る。
風が強く吹き気温も下がり、雨も少しずつ降り出した。

全ての悪条件が整った頃にてっぺんに到着。

周囲には数件の民家があり、少しホッとした。

しかし雨が何時降るか分らない状況と、
明日もおそらく天気が悪いだろう。と言う読みもあり、
僕らはそのまま休む事無く坂を下り街を目指す。

しばらく進むと工事現場が現れる。

雨もパラパラ降り出したので、泊めてくれるか聞いてみた。
「泊めることは出来ないが、ストーブもあるし休んでゆきなさい。
次の街の『ガスコ』までは12kmで、ホテルもあるよ。」

と、言われたのだが、僕らに休んでいる余裕はなく、
再び自転車にまたがり先を急ぐことにした。

既に周囲は完全な夜だ。

夜よりも深い闇を作る深い山の中、
真っ暗な細い道を小さなライトを頼りに走る。

あれだけ坂を上ったのだから、よっぽど下り坂が続くと思っていたのだが、
意外にも上り坂がきつい。

最後の力を振り絞るように、僕らは何か叫びながらペダルをこいだ。

スピードメーターも暗くて見えないので、
12kmがその数倍のように長く感じる。

山の向こうに、町の明かりが雲に反射している。

最後の上り坂を登りきり、道が右にゆっくりとカーブを描き、
それに沿って少し走った瞬間に、突然無数の光が視界に飛び込む。

目下に広がる街の明かりを見た瞬間に、
僕たちは本当に心底から歓声をあげた。

「光」を「希望」にたとえる詩は数知れずあるが、
まさに目の前には希望の光が散らばっているように感じた。

たった半日ではあったが、文明の光がこんなに尊く感じたことはない。

坂道を一気に下り『ガスコ』の街に入り、
逃げ込むようにホテルにチェックインした。

よくまあ五体満足でここにたどり着けた。

疲労感をも凌駕する達成感に、軽いトランス状態に陥りながら、

やはり何事も諦めない事は大事だ。と実感する。

興奮冷めやらない僕達は、この夜奮発して
皿一杯のミックスグリルを食べまくった。

たまにはこう言った無茶も楽しいが、
運が良かった部分も大きい。

この旅を始めて最も過酷な一日を過ごした僕は、
疲れていたのだが脳が興奮して朝まで寝付けなかった。

結局次の日も雨で、延泊して体を休めた。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sutjeska06

ボスニアの自然は、その野生をむき出しに
美しくも時には恐ろしく牙をむく。

うっそうと茂る森の中で、人間は限りなく無に等しい存在だ。

そんな事を思い知らされると共に、
「自転車で旅をする。」
と言う事の醍醐味を、改めて実感できた一日であった。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
↑ボスニアを走りきり、現在はクロアチアに居ます。
ボスニア国境付近には、無数の地雷注意マークがありました。