A Votary of V4V -13ページ目

A Votary of V4V

映画 V FOR VENDETTA にハマってしまった自分のための備忘録(ネタバレ)

Vのナイフって、他では見たことないですよね。あれはダガーっていうんですか?細長くてその両側が刃になっているようですよね。

これを使って舞うように闘うVの姿も美しくてカッコ良いんですけど、ナイフをシャキーンシャキーンと出したりしまったりするのが好きなんです。めちゃくちゃカッコ良い!

映画が始まってすぐ、鏡台の前で身仕度を整えるVがベルトにナイフをカシャン!と挿しますよね、ここが初めてナイフを目にするシーンですね。

このナイフ、鞘に収まってないのですよね、なにやら輪っかみたいのに通すだけで、刃は剥き出しのまま!これ絶対Vのお手製ですよね!見た目の格好良さと使い易さを極めてこの形になったんでしょうよね。しかし、剥き出しの刃の先がマントに当たって破けたりしないのでしょうか?

From Scrip to Film を読んでいますと、このVのナイフについても書かれていて、最初はもっと高い位置にナイフを着ける案があったけど、ガンマンみたいに見えるようにしたくて今の位置に落ち着いたそうですよ。確かに、ナイフを手にとってクルクルクルっと回す仕種さも西部劇のガンマンみたいですよね。

そう、このナイフをクルクルさせるのカッコいいわ~!余裕を感じさせますよね。

イヴィーを襲うフィンガーマンたちに近づいて行くとき。フィンガーマンたちには無視されちゃうけど、マントからシャキーンとナイフが!キラリと妖しく光ります。カッコ良い!

最後のフィンガーマンの喉元に、まるでフェンシングみたいな手首の角度で刃先を当てて、そしてなぜか納刀しちゃうんだけど、あんな小さい輪っかみたいなとこによくシャキーンと一発で挿せますよね。

そして!あの小芝居のような自己紹介の途中でやおら壁のポスターを斬りつけるV!ジャキーーーンジャキーーーン!として、そして目にも留まらぬ速さで再び納刀!かっこいい!けどほんとどうやってるんだ?!

BTNではナイフを投げて使ったりもしてたけど、そのあとは引き抜いて帰ったんですかねー。そのままにしとくと証拠を残すことになるしね。

シャドウ・ギャラリーであのナイフを研いだりしてメンテナンスしてるのかなあ。鋭く光っていてあの形も美しいし、Vはこだわり屋さんですなあ。

最初に映画を観て、それから原作コミックやノベライズなどに手を出してだんだん作品への理解を深めて行くにつれ、Vの死についてもいろいろと考えるのです。

肉体は朽ちても思想は死なない。
そうV本人が言うのだし、悲しんでばかりいてはいけないのだろう。

最後に愛する人に出会い、その人の腕の中で、その人の顔を見つめながら死んで行ったのだから、きっとVにとってそれは、計画外に幸せな死だったはずだ、とか、

空に打ち上がる"V"の文字を見上げる群衆を見て、その中にゴードンや少女、ヴァレリーや当時のロンドンには居られなかったはずの黒人たちを見つけて、Vは、思想そのものであるVは、ただその肉体が散っただけなのであり、彼が皆に伝えた思想が生き続けるのと同じように、強烈に心に刻まれたVの言葉や行動もなんら変わりはしないのだとか、

考えてみたり。

でもやっぱり悲しくて、Vのそれまでの20年間や、最後の一年間の心境の変化、宿命の日に向けた覚悟を思うと、

最後、彼の音楽が聴こえてきて、優しく微笑んでいる様に見える彼の顔が、閃光に包まれ、そして散って行ったのだと知ると、

前はこの映画を見てこんなに涙が出ることなかったのに、もっと清々しい気持ちの方が強かったと思うのに、すっかり涙の量が増えてしまった。

Vは20年間、復讐だけを考えてそのために生きてきたけど、最後にイヴィーに出会い愛を知り、愛する人が生きる未来のために自分の復讐を捧げたんだ。

人を愛することの喜びや苦悩を味わいながら、自分の生きている意味やこれから為そうとしていることの意義を考えた最後の数ヶ月だっただろうけど、愛する人の死を見届けるイヴィーの哀しみまでを、Vは想像できてたんでしょうか。


処刑されるガイ・フォークスをその目に涙を溜めながら見守るあの女性と、トンネルの先に消えて行くVを見送るイヴィー。

強い意思を持つ男に置き去りにされたのですね、二人とも。やっぱり、巌窟王のハッピーエンドは「映画なればこそ」のものだったんだろう。

Vには、まだその帰りを待つ木があったはずなのに、イヴィーがあのキスでそれを教えようとしたのに、Vの強力な意思の力がそれを否定したんでしょうか。



もう。
この映画のラストは卑怯です。
Vが、仰け反るように、すこーしだけ体を後ろに倒す。

これ好きなんです。
分かりますか?

協力するという話はまだ生きてるかな?とイヴィーに確認しにきたとき。
"I believe you will." と言って少し後退して部屋を離れるV。

イヴィーへのフェイク拷問のあと。「“幸いにも”わたしが先に君を見つけた」と言ってイヴィーにキレられたとき。黙って、ゆっくり後ろへ仰け反り、そのままピアノを撫でながらイヴィーの非難を受け止めるV。

イヴィーが再びシャドウ・ギャラリーに帰ってきたとき。「あなたが私にしたことは、思ってた以上に私を変えたみたい」と言われて、フェイク拷問を施した罪悪感からか、わずかーに後ろへ下がるV。

地下鉄のレバーをイヴィーに託したとき。そのままスっと、体を後ろへ倒しながら、その場を離れていくV。

Vが、音もなく、わずかに、体を仰け反らせて、離れて行ってしまう。

私、そのときのVが大好きなんです。なんていうか、美しいのですよ~。勿体つけたような、溜めの仕種っていうかね。または罪悪感からのたじろぎですかね。

イヴィーに協力を要請するときのVは、他のときとは違ってちょっとワクワクしてる風で、なんかカワイイなーと思うのですよ。

もう。
ニヤニヤしちゃいます。


Vが料理をしているシーンはこの映画のファンなら誰だってお気に入りだと思うんですけど、何度見ても可愛いですよねえ。

Vはガタイが良いからか、エプロンの紐の長さがギリギリっぽくて、腰で小さいリボン結びになっているところが可愛らしい。そしてなぜ肩にフキンを…。もう、狙いすぎだと思うんです。堪らんでしょ!

"People should not be afraid of their governments, governments should be afraid of their people." の名言も、実はこのエプロン姿で語られるなんてね~!なんというか大サービスですね。(?)

やっぱキッチンでは手袋はしないのですねえ。水使うしねえ。普段は手袋に隠れて見えない袖口から、グレイのインナーらしき服が少し見えているところも見逃せません。あと、イヴィーが何やら話そうとしているのを聞くのに、いったんフライパンを置いて、ちゃんと相手の方を向くのはエラいぞ!Vてほんと品が良いのです。でもガスは付きっぱなしだな。

イヴィーに素手を見られてしまったVですが、イヴィーに言われるまで手袋をし忘れていることにまったく気付いていなくて、言われてから初めて、ん?といった感じで自分の手を見るところが好きです。

黒革手袋をしていなくっても、火傷でただれた手であっても指先の優雅な動きは変わりませんね!

Yes て言って華麗にターン。
鼻歌を唄いながら手袋装着。
振り返って手を表裏させながら「これでよし」

さらに、字幕だと「気にしないでほしい」だけど、英語では「食欲を損ねてなければ良いんだが」って言うんですよね!

なんて優しいんだろう!って思うんです。

きっとVは慌ててたんだろうけど、『いけないものを見てしまった』とイヴィーに思わせないように気を遣ってる感じがする。せっかく鼻歌ルンルンで機嫌よく料理してたのにションボリしちゃったんじゃないかと、逆にこっちが気を遣いますよ?

「大丈夫なの?」とイヴィーに聞かれて Yes, yes, yes. と3回も言うんですよね。めっちゃ慌ててますやんか。かわええ!!サッとコンロに向き直るのも、動揺を隠すためのようでその背中により一層愛おしさが増します。

「何があったの」と訊かれて、「火事があった」とV。
Vって、嘘はつかないですよね。絶対に。多くを語らないだけで(自己紹介はあんなに長いのにw)、嘘をつくことはないよなあ。「何があったの」かと聞かれても、Vからしたら『どう答えたもんかなー』という質問でしょうけど、ちゃんと答えているところがV、やっぱ男前です。

あ、でも冒頭で「私は実は音楽家で」、とか「打楽器が専門だ」とか言ってたか!調子よくサラっとV流ジョークをかましていましたよね~かわいいなあ。

小説ではイヴィーは、食事を済ませたあとVを残してキッチンを出て行くんですって。Vが食器を洗ったり片付けたりしたのか~、また手袋を外してイヴィーが戻って来ないうちに超特急で済ませたんですかね。もう、いちいちニヤニヤさせられますよ。

大好きですw
Vはラークヒルで受けた実験の影響によって、それ以前の記憶を失ってしまっているということになっていますよね?

「自分が誰だか分からないようだ」とデリアの日記に書かれていましたよね。
でも私はこれは怪しいと常々思っているのです。

映画ではデリアの日記の部分がだいぶ省略されてしまっているので、ラークヒルでのVの様子があまり分からないのですよね、残念ながら。なので映画だけを見ている感じだと、『そうか、Vは自分のこと何も覚えてないのか』で終わっちゃうと思うんですが、原作ではもっといろいろと書かれているのですよね。ノベライズではその大部分が補完されています。
なのでここからは、原作の情報も込みで書いていきますよ。

人体実験の結果、Vの体に変化はないものの、反射神経と運動感覚が向上した、とのことでしたよね。では精神的にはどんな影響を与えたんでしょうか。

まず、ラークヒルでのVの精神状態について映画と原作でそれぞれどう表現されているかというと、
映画:「自分が誰だか分からないようだ」
原作:「完全に正気を失ってしまっている」
となっています。

原作によればデリアは、反射神経と運動感覚の向上以外は特にVの体には変化が無いものの、その人格が変わったと書いていますね、「大変…魅惑的になったのだ」と。これを「分裂病患者に見られる稀有な副作用」とデリアは記しています。

さらにデリアはVについて、「極端に寡黙だが、彼の人格には不思議な吸引力がある」と言います。

それって今のVと同じでしょうか?今のVって、とーーーっても魅惑的で吸引力があるのは異議なし!認めますけど、寡黙かと言うとそうかな?と思ってしまいます。だってVはよく喋りますし…あの魅力的な声で!

本当に実験がVの精神に影響を及ぼしたのかもしれません。現にデリアはそう考えたのですしね。

しかし、故意にそう思われるような演技をしたということって考えられないのでしょうか。


Vはヴァレリーの手紙を読んで今のVに目覚めたのは間違いないですよね。Vの人格が「魅惑的になった」のはその頃なのだろうと私は思います。つまり、投与された薬による作用ではなく、Vの心境変化に伴うものだったんじゃないのかと思うわけです。

というか、Vのあの堪らなく最高に魅力的なキャラクターが実験の成果物だなんて思いたくないのです、単純に。イヤだわそんなの!ラークヒルで地獄のような思いをして、その後長いこと独りで過ごしたことが今の彼のちょっと奇妙な言動の原因なのかも、とは思うんですけど、実験で投与した薬の影響でコロッと人格が変わるなんて…。なんか違う気がする。

最終的にVは、手製の爆弾(と毒ガス。原作コミックによればナパームとマスタードガス)でラークヒルの施設を爆破し、脱出します。その材料となる肥料用の薬品を不審に思われないように自室に持ち帰り、溜めていたんですよね。幾何学的な模様を描くように部屋に撒いたりして。プロセロは怒ってたみたいだけど、デリアはVが見せる特異な行動に研究欲が高まり、その意味を理解するためにVの行動を最後まで見届けたいと思うんですね。Vはデリアの研究者としての欲求を利用しながら、爆弾の材料を自分の部屋に蓄積していってたということですよね。大胆ですよねー、そして計画的です。

そもそもVは、爆弾を作る知識をどうやって得たのでしょうか?ラークヒルの終盤ではVはだいぶ自由が許されていたようですが、流石に爆発物関連の書物なんて読ませて貰えませんよね?

Vはもともと、収容される前からそのような(化学的な?)知識がある人だった。そのことがデリアたちに気付かれない&警戒させないように、自分の素性が分からなくなったフリをした…のではないでしょうか。

そうやって関係者らの目を欺きながら、爆弾を作っていたんじゃないでしょうか?極端に寡黙だったというのも、不用意な発言から彼の計画がバレてしまわないようにと謀ってのことなのかもしれない?


でもやっぱり、本当に何も覚えてないという可能性もあると思うのです。

過去の自分に関する記憶を失っても、それ以前に身につけていた知識(爆弾を作るための)は消えなかったのかもしれないし?

自分の名前すら覚えていないから、あの扉に刻まれた"V"の文字が唯一のアイデンティティとして彼の脳裏に深く刻み込まれ、あんなに"V"に固執するようになったのかも知れない。

愛し愛された家族や恋人の記憶もすべて失ってしまったから、Vにはヴァレリーの手紙がより一層心の支えになったのかもしれないし、だから彼はヴァレリーを今でもあんなに神聖視しているのかもしれない。

過去をすべて奪われて空になってしまった自分を埋めるかのように、あの大量の書物を貪るように読んだのかもしれない。…(そのとき気に入って読んだ古典の影響のせいで、あの芝居がかった言動が身に付いたとか?)

Vはシャドウ・ギャラリーにヴァレリーの部屋を作って、厳粛に、丁寧に、大切に、今でもスカーレット・カーソンを絶やさず手向けています。

もしかしたらVの家族についても、シャドウ・ギャラリーのもっと奥深いところに大切にしまってあるのかも知れないし、やっぱり無いのかも知れない。記憶を失っているなら、やはりヴァレリーこそがVの心に刻まれた唯一の人だったのだろうと思う。

でも、「かつては自由に考え話すことができた」時代をV自信が知っているからこそ、その自由を取り戻すためにVはあれほどの行動力を以てこの革命に取り組めたのではないだろうか?とも考える。記憶を失っているなら、Vは一度も本当の自由を謳歌することなく死んでしまったことになりますよね?なんだかそれはしっくり来ないのです。


結局、どちらか分かりません…。考えが二転三転してしまう。
どちらがVにとってはマシなんだろうか。
いっそ覚えていない方がマシなんだろうか?
Vはあのマスクの下で、どんな想いでいたのでしょうね。


けど、思い出したぞ。えっと、小説にこんな記述がある。
Eggie in the basketを作ったときの記事にも書いたけど、小説では、「英国の彼の出身地では、これをエジプト風フィッシュアイ・サンドイッチと呼んでいた。」とあり、さらに「~省略~、絵が浮かぶようなこの名称を、彼は気に入っていた」と続くのです。

あれ、これって、故郷の記憶が残ってるってことなんじゃないの…?!

やっぱVは、ラークヒルではデリアらの目を欺く為に演技をしてたのでしょうか?!


あのマスクの下には、明かされていない彼の秘密がまだまだあったのでしょうよね。