こんばんは。



昨日、ある男女共同参画センターにお邪魔させていただき、今後のことや現在計画中のことなど色々とお話をさせていただきました。



ついつい深い話になり、普段は話さない自分のなかの葛藤や伝え手としての難しさや自分のこの活動に対する思いなどの話になりました。



私がデートDV防止プログラムを提供すると目の前には必ずDV家庭のお子さんがいらっしゃいます。



DVの加害者が自分の父親であったり母親であったりするということです。



私は暴力は容認してはいけないと話をします。



しかし、受け取る側からすれば、自分の父親や母親を否定されるような気持ちになるのではないか?と…



いつも自分の中で葛藤し、とても気を使う部分でもあります。



暴力をけっして肯定してはいけないけど、その暴力行為とその人の価値は切り離して見ること。



そういった内容のこともお伝えするのですが、伝わっているかなと。



まだ自立していない子どもからすれば、自分の半分は父親、半分は母親です。



家庭内の暴力を当事者の子どもたちに伝える難しさがありますが、それでも私は暴力と、子どもたちと、真剣に向き合って話をしていきたいと思っています。



加害者はジェンダーのしばりが強いです。



というのも多くの加害者更正プログラムに携わるファシリテーターが口にしますし、私も実際加害者の言動から感じます。



父親だから、世帯主だからなど男らしさで自分をしばり、



いつも自分がお金を出さないといけないと(外面がすごくよいので)実は借金だらけであったり、



家族を従わせることが自分の役目だと感じていたり、



家族が失敗したらしつけや指導として、罰を与えなければならないと考えていたり、



弱音を吐いてはいけない、泣いてはいけない、



家事育児は女の役目だと押し付けていたり、



そこを被害者が指摘したり反論すると、責任転嫁をしたり、無視をしたり、怒鳴ったりなど、



あらゆる暴力を使い、被害者である相手をコントロールしていきます。



自分の権力や力を利用し上に立ち、親密な相手に対して暴力を手段としコントロールすること。これがDVです。



こういった加害をしてしまう背景にはこの日本社会のジェンダーのしばりや暴力を容認する考え方があり、



加害者の価値観を多くの男性たちに刷り込んでいます。



子どもたちにはそういったことを伝えます。



個人的な問題や責任ではなく、社会に責任があります。



私も「女の子はいつも笑顔」「女性は支える立場」「男性をたてなさい」などあらゆる人たちから「女性らしさ」を求められてきたので、



ジェンダーバイアスに私自身今も縛られていないかと自問自答しながら過ごしています。



ふとしたときについ出た言葉が、今のは差別ではないだろうか、自分の考えを相手に押し付けていないかなど、不安になったり反省することもあります。



いつもいつも自分のジェンダーバイアスと向き合うこと、



ジェンダーを子どもたちに伝える立場としては当然努力していかなければならない点だと思います。



早く多様性を前提としたジェンダー平等な社会、価値観が当たり前になってほしいと思います。



今日もお読みいただきありがとうございました。