図書館主義者の平穏。 -3ページ目

図書館主義者の平穏。

夢破れた図書館主義者の徒然ブログ。恋に勉強に大忙しと思いきやそうでもない高校に嫌気がさし、図書館に入り浸りな毎日。

今日は金曜日である。




金曜日は九時である。




そして、私は学生である。






平日のかの時間帯にブログ更新していいのか。







いいのである。














私は風邪を引いた。



だから、登校せず、由乃の前でキーボードを叩く。








嘘である。


















実は、今日は学校をさぼってしまった。




主要科目といえば数学ぐらい、どうせ出なくとも変わるまい。


せっかくの人生、ゆとりをもって歩みたいのだ。








虚言である。



















アメーバのシステムが変わり、いくらか経った。


今では、スマートフォンからもブログが更新できるらしい。


そこで私は授業間の僅かな休み時間をもって、更新を開始した。



しかし、短きかな授業の合間の10分は。これでは私の崇高な文章は完成に至らないばかりか、稚拙にも見えてしまうやも知れぬ。










これも戯言である。














真を言えば、





今日は何かの振り替え休日だそうだ。なんのかは知らぬ。


分からぬし、分からずとも休める。



これは真である。











そして、来週にはテストが侍り。



大方この三連休にて、己の欲望と闘い、葛藤し、克己して勉学に励ませようという魂胆らしいが、



私はそう簡単に負けぬ。屈せぬ。



私はこの十数年間を費やし、己の正義感と対峙し、いかに現実逃避を敢行するかを身に付けた。



罪悪感、正義感は強敵だ。


敵は虎視眈々と我を狙い、間隙あらば入り込む。



「俺はこんなことをしてていいのか。一念発起、頑張れ自分」そのようなことを呟く。



このままでは正義感の大勝利である。危うい。実に危うい。



そのとき、自我の欲望が目を覚ます。


「お前はそんな安っぽい人間だったのか。自分のしたい事を押し殺し、周りに流される。


それで価値のあるものになれると思うか」



やはり、正論は強い。こうなると、論理性を欠く「セイギカン」とやらは勢いを失い、


虎の前の兎の如く縮こまる。










「少年老い易く、学成り難し」という故事を聞いたことがあるだろうか。




人は気付かぬ間に老いていき、学問は成り難い。



だから、学問を究めるより、自分のやりたいことを極めた方が人間らしい、という意味である。





現代社会の問題点が、じりじりと見え始めた今日この頃であった。









何やってんだ、俺。勉強しろ。