今日は金曜日である。
金曜日は九時である。
そして、私は学生である。
平日のかの時間帯にブログ更新していいのか。
いいのである。
私は風邪を引いた。
だから、登校せず、由乃の前でキーボードを叩く。
嘘である。
実は、今日は学校をさぼってしまった。
主要科目といえば数学ぐらい、どうせ出なくとも変わるまい。
せっかくの人生、ゆとりをもって歩みたいのだ。
虚言である。
アメーバのシステムが変わり、いくらか経った。
今では、スマートフォンからもブログが更新できるらしい。
そこで私は授業間の僅かな休み時間をもって、更新を開始した。
しかし、短きかな授業の合間の10分は。これでは私の崇高な文章は完成に至らないばかりか、稚拙にも見えてしまうやも知れぬ。
これも戯言である。
真を言えば、
今日は何かの振り替え休日だそうだ。なんのかは知らぬ。
分からぬし、分からずとも休める。
これは真である。
そして、来週にはテストが侍り。
大方この三連休にて、己の欲望と闘い、葛藤し、克己して勉学に励ませようという魂胆らしいが、
私はそう簡単に負けぬ。屈せぬ。
私はこの十数年間を費やし、己の正義感と対峙し、いかに現実逃避を敢行するかを身に付けた。
罪悪感、正義感は強敵だ。
敵は虎視眈々と我を狙い、間隙あらば入り込む。
「俺はこんなことをしてていいのか。一念発起、頑張れ自分」そのようなことを呟く。
このままでは正義感の大勝利である。危うい。実に危うい。
そのとき、自我の欲望が目を覚ます。
「お前はそんな安っぽい人間だったのか。自分のしたい事を押し殺し、周りに流される。
それで価値のあるものになれると思うか」
やはり、正論は強い。こうなると、論理性を欠く「セイギカン」とやらは勢いを失い、
虎の前の兎の如く縮こまる。
「少年老い易く、学成り難し」という故事を聞いたことがあるだろうか。
人は気付かぬ間に老いていき、学問は成り難い。
だから、学問を究めるより、自分のやりたいことを極めた方が人間らしい、という意味である。
現代社会の問題点が、じりじりと見え始めた今日この頃であった。
何やってんだ、俺。勉強しろ。