昨日、高畑勲監督の「かぐや姫」がありました。
この作品はとても好きで、我が家の階段には、かぐや姫と桜の絵葉書が飾ってあります。
以下ネタバレあり
劇中でかぐや姫が、なぜか知っている、と言って、歌う歌があります。
【まわれ まわれ まわれよ 水車まわれ
まわって お日さん 呼んでこい
まわって お日さん 呼んでこい
鳥 虫 けもの 草 木 花
春 夏 秋 冬 連れてこい
春 夏 秋 冬 連れてこい
まわれ まわれ まわれよ 水車まわれ
まわって お日さん 呼んでこい
まわって お日さん 呼んでこい
鳥 虫 けもの 草 木 花
咲いて 実って 散ったとて
生まれて 育って 死んだとて
風が吹き 雨が降り 水車まわり
せんぐり いのちが よみがえる
せんぐり いのちが よみがえる】
この壮大な宇宙は、全て循環と再生でできています。
常なるものはなく、全てのものは無常です。ですがそれと同時に、全くの無ではなく、巡ります。
この歌には続きがあり
【まわれ めぐれ めぐれよ 遥かなときよ
めぐって 心を 呼びかえせ
めぐって 心を 呼びかえせ
鳥 虫 けもの 草 木 花
人の情けを はぐくみて
まつとしきかば 今かへりこむ】
とあります。
「まつときしかば 今かへりこむ」
は、古今和歌集にも出てくるそうで
待っていると聞いたならば、すぐ戻って参りましょう
という意味です。
かぐや姫は地球から月へ帰る時、
人間の事をこう説明しようとします。
「汚れてなんかいないわ。喜びも、悲しみも、この地に生きるものは皆彩りに満ちて、鳥、虫、草や花、人の情けを…」
ここでもう、天の羽衣を着せられ、人間のような感情や記憶はスっと消えます。
人間は時に、愚かで、汚れそのものになる時もあります。
劇中でも、嘘や見栄を張ったり、欲に塗れたり、外見で判断したり、人を独占しようとしたり、家族を裏切ったり、
そのような描写がずっと続きます。
それとの対比で、虫や草花も描かれます。
でも、その全てを、地球というまるっと全てを、かぐや姫は、
「汚れてなどいない」と言い切るのですね。
高畑勲監督は、もはや説明不要ですが、“火垂るの墓”を作られた方です。
彼がわざわざ
「まつとしきかば、今かへりこむ」という言葉を入れた意味。
この作品と、火垂るの墓を繋げてみると、それは本当に、悲しい中にも、少しの希望を残す余韻になります。
あの世に旅立った人々は、いつもこうして、残した人々の想いに応えたいと、思っているのではないでしょうか。
地球と宇宙の真理がギュッと詰まった、大変美しい作品です。
まだご覧になっていない方も、ぜひぜひ一度、ご鑑賞ください![]()
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