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被害者意識を卒業し、自立するまでの1461日

人生がうまくいかないことを人のせいにし続けてきた私が、現実は全て自分が創っているという考え方に出会い、自立するまでの記録。

高校生になり環境が変わると、中学からの友達には「性格が明るくなったね」と言われるようになりました。
 
人見知りな性格は相変わらずでしたが、友達が増えて世界が広がった気がしたし、部活も頑張っていたし、学校生活は楽しかったんですよ。
 
でも、いつも寂しさを抱えていました。
学校生活が楽しかったおかげで、寂しさに蓋をできる時間はありましたが、ふとした時に寂しさを感じていました。
 
 


高校生になってしばらく経つと、食事量もお菓子の量も増えてしまい、プクプク太ってしまいました。
ピーク時には、156センチで60キロ近くありました。


今思うと、寂しさを埋めるために食べ物で誤魔化していたのだと分かるのですが、当時は母の作る食事のせいにしていました。

 

脂っこいものが多く、野菜の量が少ない献立。

そのせいで太ってしまったと思っていました。

 

 

もっとまともな食事作れよ!

 

あんた(母)が毎日お菓子を食べる習慣を植え付けたせいで、こんなに太ってしまったんだよ!

 

そう思っていました。

 


いい出来事は全部自分のおかげ、悪い出来事は全部他人のせい。
自分で何とかしようという意識はなく、おかげ様の精神もなく、本当に傲慢な人間でした。
 
 


学校の成績は悪くはなかったのですが、上には上がいます。
頑張って勉強しても、上位の子たちには敵わない。
 
何でこんなに要領が悪いんだろう・・こんなに頑張っているのに、結果が出ない私って可哀想だと思っていました。
 
こんな風にダメな自分探しを続けては、自信をなくしてやる気も失うパターンを、勉強面以外でも繰り返していた気がします。
 
 
 
この頃になると、私も弟たちも、父の事がますます嫌いになっていました。

父が家にいない時は、私と弟たちはリビングで自由に過ごしているのですが、父が帰ってくるとサーッと自分たちの部屋に入っていく状態でした。
 
 

その様子を見た父は機嫌が悪くなり、そんな父をさらに嫌いになりました。

 

機嫌が悪い父は悪い人で、父の顔色を伺ってビクビクしている母は、バカで可哀想な人だと思っていました。

 

 

 

母は何でこんな人と結婚したのだろうか?

ほんと、結婚ってロクなことないな。

 

こんな親の元に生まれた私は可哀想だと思っていました。