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被害者意識を卒業し、自立するまでの1461日

人生がうまくいかないことを人のせいにし続けてきた私が、現実は全て自分が創っているという考え方に出会い、自立するまでの記録。

小さい頃から母に「大学には絶対行くなよ」と言われていたので、その通りに高校を卒業して就職しました。


就職して数カ月が過ぎた時、母から


「クレジットカードは持っておくと便利だから、あんたも作りなさい」

「作ったカードは、お母さんが管理しておくから」

と言われたのですが、その時は特に母を疑うこともせず、言われた通りにカードを作って預けていました。


このカードの件以降、度々母から
「ちょっとお金貸して。給料日来たら返すから」

と言われるようになりました。

実家に住んでいたので、生活費は入れていたのですが、それとは別にお金を貸してほしいと言ってくるようになったんですね。


あれっ?なんかおかしい・・・


小さい頃から「うちにはお金がないから」という言葉はよく聞いていたのですが、本当に家計が大変な状態なのかもしれないと感じました。


しばらく経ったある日、父の職場に借金の督促の電話がかかってきた事で発覚したのですが、母は

 

「お父さんが家にお金を入れてくれないから、お金が足りなかった」

 

という理由で借金をし、その借金を返済する為に借金を繰り返していたのです。

 

 

母の名義で借金ができなくなると、勝手に父の名義を使って借金し、私が就職してからは、私の名義も勝手に使って借金を繰り返していたことが分かりました。

私のカードも、生活費の穴埋めのため使っていたことが分かりました。

 

 

そこからは家庭内は荒れ放題、両親は毎日喧嘩をしてしました。

母に暴力を振るう父に対してキレた弟たちは、家の中で大暴れ。

 

家族の誰かが口を開けばお金の事で喧嘩が始まるので、家にいても全然落ち着かないですし、家庭内でいつ〇人が起きてもおかしくないほど、家の中は荒れていました。

 

 

 

どこにいくら借金があるのかを知りたくて、暴力を振るって母から聞き出そうとする父。

それが怖くて、泣いて怯える母。

 

父「これで借金は全部だな?他にないよな?」

母「他にはない」

 

と言ったにもかかわらず、次から次へと借金の督促が来ることに我慢の限界が来た父は、ついに母の首を〇めました。

 

 

その現場を私と弟たちは見ていないのですが、後日母からその話を聞いたとき、母の首にはその跡が残っていました。

 

その跡を見た私は、今までに感じたことのない強烈な怒りが湧いてきて、体が震えました。

咄嗟に父を〇そうと思い、父がいる寝室に無理矢理入りました。

 

上の弟が止めに入ってくれたので、何事もなく終わりましたが・・・。

 

 

この事件が起きて以降、毎晩眠るのが怖くて仕方ありませんでした。

寝ている間に父に〇されるのではないかと思ったからです。

 

もし寝ている間に父に〇されそうになったら、二階の部屋の窓から飛び出してでも逃げようと思っていたので、

 

●部屋のカギを閉めて、ドアの前に本棚を移動させる(父が部屋に入ってくるまでの時間稼ぎのため)

●すぐに逃げられるように、枕元に靴を置いておく

●すぐに通報できるよう、携帯を握りしめる

 

この状態で、毎晩泣きながら寝ていました。

 

 

 

家の中は荒れ放題で、居場所がなくて寂しい。

仕事をしていても、友達と遊んでいても、なぜか寂しい。

 

私は一体何のために生まれてきたのだろうか?

何でこんな未熟な両親のもとに生まれてきたのだろうか?

何でこんなに不幸な人生何だろうか?

 

こんな人生もう嫌だ。

未熟でバカな両親も、自信も自己肯定感も持てない自分の事も、すべてが嫌になっていました。