被害者意識を卒業し、自立するまでの1461日

被害者意識を卒業し、自立するまでの1461日

人生がうまくいかないことを人のせいにし続けてきた私が、現実は全て自分が創っているという考え方に出会い、自立するまでの記録。

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前回の続きです。


借金の件で両親は離婚しました。

(書いていないけど、実は父の不倫も離婚の原因の一つだった)



その後、父から家を追い出された私たち(母・私・弟二人)は、家を借りて4人で生活を始めます。

 

しかし、母は父から一円も貰わず離婚したので、当然お金はありません。

電気やガスが止められることが何度かありました。




母は、私や上の弟の給料日には「お金貸して」と言ってくるのがお決まりのパターンで、下の弟はその時高校生でしたが、下の弟のバイト代まで貰おうとしていました。

そんな母に対して、心底嫌気がさしました。



「家具屋では高くて買えないけど、リサイクルショップでなら買える」

「普通のお店では買えないけど、100均でなら買える」


と、お金がないといいながら、家具やインテリア雑貨を買い揃えている母の行動が、全く理解できませんでした。




両親が離婚するまでは、家にお金を入れなかった父が悪いと思っていて、母を守らなければ!と思っていたのですが、次第に


『生活費が足りないことをきちんと父に伝えなかった母も悪い!』

『子供を借金に巻き込んだ母は最低!』


と思うようになってきました。


(父は全く家にお金を入れなかったのではなく、給料の中から自分の取り分を引いて、毎月決まった金額を家に入れていたようです。

ボーナスは一円も入れていませんでした)




母は、


「あんたたちがお金くれなかったら、お母さんは首〇って〇ぬしかない」

「お母さんを何だと思っているんだ!」


と、泣きながら罪悪感を刺激することを言ってくるので、母を助けてあげられない自分が悪いのではないか?と、自分を責めることも多かったです。




お金がなくて困っている人にお金を渡したところで、何も解決しないことは分かっていたのですが、罪悪感に負けてしまい、生活費とは別にお金を渡す日々が続いていました。


貸したお金が戻ってきたと思ったら、またすぐに「貸して」と言われたり、そのまま返ってこないことが増えてきました。




このまま母と一緒に居たら、全員が共倒れしてしまう。

そう思うようになってきました。




その後上の弟は、母が上の弟名義で借りた借金を


「これは俺が返すしかない。家を出て給料のいい仕事に転職して返すから、今後はお母さんの面倒は見れない」


と言って、県外に出て行きました。




そして私は、家出を決意したのです。