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悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

思考を自分ではない、

感情も自分ではない、

 

思考と感情を見ている自分、

 

その状態でいられる時間が

半分以上になったが、

 

昔は、下記のような動画を見ても

それらが

理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

ムージ、

パパジ、

覚者と呼ばれる方々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々に見てみた。

 

なぜかというと

現実的な問題(問題と自分が思っているだけだが)

が起き、

思考がぐるぐるしかけていた。

 

現実的な対処は必要だとは思っていた。

(本当は、

 それは必要なかったかもしれない。

 それだけ、一時、

 その思考に入りすぎかけたのだと思う。)

 

 

 

あぁ

そういう思考がでたなぁ、

気づきつつ

ふと

覚者の動画を久々に見ようという

考えが浮かんだ。

 

 

悟りたくて

何本もみていた昔。

わけがわかららなかった。

 

 

でも今日は

内容がわかる。

 

 

「悟りたいんです」

とパパジに懇願している

オーストラリア人の

 

その” 思考 ”もよくわかった。

それが、見えた。

思考にとらわれているのが、見えた。

 

 

あぁ、

この方は

「悟りたい」

という思考に自分が同一化しつつ

そういう思考が

でているんだなぁと。

 

その思考(自分A)を見ている

自分Bや自分Cに

まだ意識をもっていけていないのだな、

 

と気づけた。

 

 

 

 

 

 

 

自分自身

以前より

だいぶ悟ってきたとは思うが

悟ったとも思ってはいない。

 

 

 

ただ、

思考や感情に

振り回される時間より

 

それを冷静に見つめられる

自分Bの時間が半分以上になったとは

思っているし、

 

平安があるとは思っている。

 

 

 

ムージの

「個人とは思考が寄り集まったもの」

はその通りだと思う。

 

 

「思考が自分」

と多くの人は

疑いなく生きていると思う。

 

 

 

それが悪い訳ではないと思っている。

それが人生で

そのまま死を迎えるのも

別によいのだと思う。

 

それもただの

現象でもあるし、

 

悟りに向かいたい人は

そういう風に

なるように

なっているのだと思っている。

 

これも

ただのそういう

現象なのだと思うし。

 

 

 

 

この今の自分で

さらに思考をみながら

よりよく生きたいが

 

それもある意味

そういう

思考が出ているんだ。

 

 

 

今をみつめ

自分の中にあり

自分を意識しつづけ

 

起こることを

起こったこととして

意識の中で

ただみつめる

 

そう

また

していきたいと思う。

(という思考がでた)

 

 

 

 

私も皆様も

より健康で平安で豊かで

より人々に喜ばれ

よき人に囲まれ幸多き人生でありますよう。

 

 

 

三木大雲和尚の動画。

後半13分ごろ。

 

●私たちは

幸せをどんどん作ろうとする。

車を家を・・・

手に入らないと苦しい世の中にする。

いつまでたっても満足にならない。

 

そうなのではなく

どんな状況かであってもも

「幸せだと思える心」

をつくることが大事。

 

 

 

最後のほうの動画で、

ゴミ拾いを和尚がしていると

話されていた。

 

そんな時に

「これも捨てといてくれと」

と和尚ぬ向かってゴミを捨ててくる人がいる。

 

そんな時、

怒ることはなく、

 

「いただいていいんですか?

 これを拾うと

 私の功徳(くどく)になりますけど大丈夫ですか?

 

 あなた私に功徳下さるんですか?

 あぁ、ありがとうございます。」

 

と思うそうだ。

 

 

 

そういう世の中になれば

不幸の人は少なくなるのではないかな、とのことでした。

 

 

よいお話ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

人の顔色ひとつを敏感に感じとり

 

相手を傷つけたのではないか

自分が何か悪い事をしたんじゃないか

 

そんな思考が出やすい。

 

HSPの診断

まではされないかもしれないが

 

十分普通の人より

HSPよりではあると自分のことを思っている。

 

 

 

 

 

 

 

昨日、

少し人の顔が曇ったことがあり、

 

自分を責める思考がでていた。

それも繰り返し。

 

自分Bが

自分Aを眺めていた。

 

 

 

 

 

自分Bとして

その思考(自分A)はとらえられ

 

巻き込まれそうになっても

あぁ出た出た!

と修正を何度もいれることはできたが、

 

まぁ10~20回は

出ていた気がする。

 

それ以上かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

自分責めの気持ち

 

その一方で

いや自分は間違っていないという気持ち

 

でもでも・・・と

混乱するような

反芻思考が

 

ふとした時に

パッ、パッ

とでていた。

 

 

何の脈絡もなく

忘れている瞬間に

突然でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分Bが

自分Aを

とらえられていたものの

 

なんだか

おかしいな???

 

と今日は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで

その自分Aの

” 自分を責める” 思考に

 

同一化し

巻き込まれまくっていた。

 

 

 

それが

「自分」

だと思っていたから。

疑いもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

厳密には

自分Aだけでなく

自分Bさえも

自分ではないのだが、

・・・

それは置いておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話を戻して、

 

そんなに

自分を責める気持ちの

思考って

 

なんなのかな?

 

と今日は思った。

 

 

 

 

 

 

 

それを自分と思っていたが、

そんなの

自分なのかな、

 

おかしいよ、

と思った。

 

 

 

 

 

 

足らない

まったく

ダメじゃないか

どうしてでそうしたんだ

どうしてそれをやったんだ

どうしてちゃんとできなかったんだ

調子にのって

あんなことして

もう少し気をつけられなかったのか

 

そんな思考が

ぱぱぱぱっーーーと一気にでて

 

それとともに

恐怖のような

不安のような

拒絶されるような

 

感情もでてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人にだって

こんな否定の仕方

されたことないし

 

自分も人に

こんなひどい否定や責め方

したことがないのに

 

自分にしているって

なんなのだ、

 

何様だと思って

自分を責めているんだ?!

 

ふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたうるさいよ!

 

そんな責めて何様ですか

 

私のこと

何も考えてないでしょう

 

言ってるあなたこそ

何ができてるっていうの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思考したら、

 

うるさいその思考(自分A)が、

目をそらしたような

 

黙って、

ふーんと

知らん顔したような

 

もう責任とらないような

関与していないような顔さえも

しはじめた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

この無責任な

責めをしていてこの態度。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり思考(自分A)って、

自分じゃないんだな

と思った。

 

 

 

 

 

 

 

私を応援するような

思考じゃないと

いらないよ、

 

応援するような

愛溢れる

 

ほうがいいから、

 

そんな風に思考(自分A)に

言っていた。

 

 

そしてそういうプラスの思考が

出始めた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなに

自分を否定している

思考って

 

いじめっ子

以外何者でもない。

 

 

他人から

今でも思い出せる

嫌な事は

いっぱい言われたことがあるが、

 

そのなの多くても

一番ひどい人でも

100回以内じゃないかな。

 

 

それよりも

この自分が自分を責める

思考なんて

 

今日だけで

反芻の数を考えたら

100回言われたような

状態だ。

 

 

自分が

一番

自分にヒドイことを言っていたし

 

それに傷ついて

いた人生だったのではないか

 

と思った。

 

 

 

 

 

 

自分Aに

同一化して

気づかなかったから

仕方ないけれど。

 

これからも

油断をすると

出るでしょうから

 

また自分Bの視点をもち

 

自分を褒める思考が

出やすくなることを探っていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

さらに

自分を意識していきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

(自分Aという)

いじめっ子の

言うなりになっていて

 

そりゃ大変な

人生に感じるはずですよね。

 

 

 

 

 

 

 

今日は、

いろいろあり

仕事が進まず

別件もよく進められなかった。

 

やることが多すぎて

逆に

現実逃避で

遊び出した。

 

それでもいいよ。

 

またいいアイデアが

浮かんできて

多すぎるやるべきことも

1つ1つ片付くはず。

 

よくやった。

 

 

 

 

 

 

 

私もみなさんも

健康で豊かでよき人間関係に囲まれ

ますます強運で幸せあふれる毎日でありますように。

 

 

笑顔☆彡(^-^)

 

 

毎日、マーフィー本の読書を日課にしている。

 

朝晩1行でも

読むようにしているが、

不思議なことに必ず学びがある。

 

今の本は

7サイクル目に入った。

 

20回ぐらいは読むようにと、

マーフィー博士は書かれていた。

 

 

 

 

今日の学び:

 

●「それは、

 

 偶然か、

 読書か、

 よい指導者によって、

 

 いつのまにか

 潜在意識の使い方をマスターした人です。」

 

 

 

 

成功した人は

本人に自覚があろうがなかろうが

潜在意識の使い方をマスターした人。

 

偶然と

よい指導者は

自分ではコントロールできない。

 

読書なら

自分で

まだコンロトール可能なものだと思う。

 

読書を

テーマにしよっと。

 

 

 

 

 

最近、2人の人に相談をされ、

1人の人の相談動画を見た。

それについて思ったこと。

 

 

 

 

動画は粋塾chというYoutube。

ひきこもり、不登校の子供を連れ出し

施設で共同生活支援している。

 

レンオウ君という小5のお子さんの

連れ出し、施設での生活を

追っているところをみた。

 

親御さんのご苦労

施設の方の寄り添い

レンオウ君の葛藤と成長

 

いろいろな視点でみられる

動画だったと思うが

 

自分的に

一番印象に残っていたのは

レン君が

「人から裏切られて辛くてこうなった」

「人が約束を守らなかったからこうする」

というような話の部分だった。

 

レン君の中で

人は裏切らないと思っていた。

人は約束を破らないべきと思っていた。

 

そんな印象だった。

 

 

 

 

 

 

 

約束についてだが、

 

守られない場合、

なぜそんなに怒りが生まれるのか。

 

約束は守られるべき、

のみの視点だからではないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのモノサシ。

本当ですか?

 

 

 

 

 

 

しかし、

世の中には、

実際には、

 

ごまんと

 

守られない約束

はあるし、

 

逆にだましまで入ってくる詐欺のような約束

もある。

 

 

 

 

 

それがひどい!

と思っていたら

 

約束が守られなかったら

 

人生でずっと都度

怒って

傷ついて

いかないといけなくなる。

 

 

 

 

 

「あぁ、

 約束が破られることもあるのだなぁ。」

 

その現実に対して、

自分はどうしていくかが

大事なのではないか、

 

私は思っている。

 

 

 

 

 

 

また、裏切りについても。

 

大人になれば

何度か裏切られたと

感じる経験はあると思う。

 

何度か裏切られた経験があると

「人は裏切る可能性がある」

 

として

人と付き合う。

 

 

 

 

 

約束を破ってしまう

そういう人間性の人もいる。

 

 

 

 

 

それも予想しながら

つきあう。

 

 

 

 

 

 

少し前に読んだ

 

幾社も

赤字から黒字にしてきた

経営コンサルタントの方の本。

 

 

大きなタイトルの1つに

 

「人は裏切るものだ」

 

というタイトルがあった。

 

 

 

 

 

 

その時私が思ったのは、

 

あぁ、

色々な人を見てきた人も

 

そう確信していのだなぁ、だった。

 

 

 

 

 

 

 

守破離。

 

子供のころ、最初は

「みんな仲良く」

「約束は守りましょう」

 

など

基本中の基本として習う。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

世の中は本当はそれだけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その守破離の

にあたることが

 

小学校低学年以降、

教育されていないのかもしれない、

 

と思った。

 

 

 

 

 

 

 

よって、

 

それと違う

不条理に思える事象を

身をもって経験して

 

それだけが

正しいと思っていたから

 

傷ついてしまう。

怒ってしまう。

 

 

 

 

 

 

そこで終わって

トラウマのようになる人も

出てしまうだろうし

 

 

 

 

 

 

 

それを学びにできて

 

違う常識も世の中にあるのだ、

 

それも許されており

いろいろな尺度が

世の中にあるのが普通なのだ、

 

と気づくこともある。

 

 

 

 

 

 

どちらにしろ

習っていないので、

 

そういう

身をもっての

荒治療でしか

 

気づけない仕組みに

世の中がなりつつあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

この現実の部分を指摘できる

大人も少なくなったのだろうし、

 

修身のような

心の教育が

戦後GHQに廃止された影響もあるだろうし、

 

核家族化や

近所づきも少なくなり

いろいろな価値観を学べなくなったし、

 

学生時代では

勉強だけ、

 

社会人になったら

お金や地位だけ、

 

そんな時代になってしまった

 

それが

こういう価値観の子供が

増えてきたせいのように思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モノサシが少ない。

 

そして

そのモノサシだけで

世の中を見てしまっている。

 

 

 

 

 

 

動画の彼は、

 

それを知らなかっただけではないかと思った。

それを教えてもらえる機会もなかった。

 

だから混乱している。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

信じられないことが起こっても

 

それを知らなかっただけ、

 

すべてが

学びのきっかけ、

 

ととらえたら

 

 

 

 

 

 

 

裏切りも

約束を破られなかったことも

 

つぎに生かすだけだけ

 

それは学び

今学べた

 

そういう

学びの経験

 

次に生かす

成長する

 

それの連続が

人生

 

ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、話は変わるが、

 

別件で2人の人に

悩んでいることを聞いてほしいと言われた。

 

 

 

相談と言っても

基本意見を求められないと

 

アドバイスはしないスタンスで

聞くことにしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで感じたのも

 

やはり

自分のモノサシだけで

世の中をみているということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば、

 

●旦那さんが家事を手伝わない

 → 手伝うべきというモノサシ

 

●旦那さんが皿を洗ったが、遅くてイライラする

 → 自分のようにテキパキ洗うべきというモノサシ

 

●親が忘れる、言い間違いなど

 ボケボケしていてイライラする

 → 親もしっかりして欲しいというモノサシ 

 

 

 

 

 

 

 

そういうイライラがある原因として

 

・ 家事・子育ての負担が大きく評価もされない

・ 仕事と介護の負担の両立が負担で限界

 

と、

 

一生懸命やっているのに

という気持ちも

 

両者とも持っていた。

 

 

一生懸命やっているが

なぜ苦しいのか。

なぜ苦しまないといけないのか。

 

 

 

 

 

 

全く別の見方をすると

それは本当に本当なのか?

 

とレン君の時のように

言えると思う。

 

 

 

 

 

違う

モノサシで見たら

 

以下のようにも

考えられないか。

 

 

 

 

 

 

 

●旦那さんは奥さんに

 自分の仕事を手伝え、

 とは言わない。

 

 自営業など除けば

 ほとんどの旦那さんはたぶん言わない。

 

 奥さんは家事以外の

 「旦那さんの仕事」については

 手伝おうとしていないのに

 旦那さんは家事は手伝うべきという考えがある。

 

 その考えはどこからきたか。

 

 マスコミや雑誌が

 イクメンをもてはやし書いているかもしれないが

 マスコミは本当に正しいのですか。

 

 そもそも家電が発達した今、

 ネットで買い物ができる今、

 いろいろな選択ができるようになった今、

 

 旦那さんに手伝ってほしくなるぐらい

 ほんとうは何が奥さんを

 そんなに忙しくしているのか。

 

 奥さんを忙しくしている生活全般で

 行っていることは本当に必要ですか。

 

 本当にしてほしいことは家事ですか。

 

 家事を手伝ってもらう夫婦関係が理想ですか。

 

 夫婦に求めることは何だから、

 そう思っていますか。

 

 

 

●奥さんは主婦を何年もしていて

 毎日皿をあらっていてプロになっている。

 

 旦那さんが皿を洗うのが遅くて

 イライラするのは

 

 めったにしない皿洗い

 素人のような皿洗いを

 プロの自分のようにできていないと比較して

 いないか。

 

 そのプロと素人の仕事の

 比較は正しいか。

 

 そのあまり適切でない比較で

 イライラすることは

 なぜなのか。

 

 

 

●親が80歳などならば、ボケてくるのは想定内

 の老化である。

 誰しもそう思う。

 

 それをボケボケしてとイライラし

 受け入れられていないのは

 自分のとらえ方や

 自分に負担大のところに

 ポイントはないか。

 

 親にイライラするのではなく

 それらを再考することが必要なのではないか。

 

などなど。

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

見ていると

 

 

 

 

 

 

3人とも

「自分A」

が前面にでてきて

 

自分Aとして生きているとも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”自分を意識する”

をしていない。

 

それもそういう常識(モノサシ)がないので

仕方がないが

 

 

 

 

 

 

自分に出る

思考や感情だけを

 

そのままとらえ

てしまっている。

 

 

 

思考のでるまま、

感情のでるまま、

 

再考することもせず、

 

延々と

でるだけその思考と感情そのものになり

 

それが自分自身となり

 

それらに

巻き込まれている。

 

 

 

 

 

 

 

えらそうに言っているが

 

自分だって

(自分と思っている自分だって)

 

巻き込まれることも

しょっちゅうだ。

 

 

ただ、

最近は、

 

自分Bが

多めなので

 

巻き込まれていることにも

結構な割合で

 

すぐに

気づける。

 

そして、

 

早めに

補正をかけるように

もっていけているので

 

落ち着いて

状況を見れたり

そのまま流せたり

再考して改善すべきときは

次への改善策を心に止められたり

 

する。

 

 

 

 

 

 

 

ある意味

自分Bが増えてから

 

冷めているというか

世の中をはじゃいで見れなくなったというか。

 

たんたんと生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分だけのモノサシで見ていないか

 

自分のモノサシだけが

正しいという視点になっていないか

 

その視点は本当ですか?

 

そこから学べることがあるとしたら何ですか?

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

自分Bを

より増やせる

 

そんな世の中への

一助になれたら

 

そんな思いもあり

 

今日のブログを終わりにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も素晴らしい人生で

ありがとうございます。

 

 

 

奇跡記録(とても運が良かったことの記録):

 

●親が熱を出していた

 氷嚢などもしたが

 

 体調がよくなるよう設定し、

 よくなるような気を入れた水も用意

 

 翌日、親は熱が下がって

 体調がよくなったとのこと。

 

 持病のせいか、

 クーラーあたりで風邪気味になったせいか、

 原因は不明だったが、

 

 親曰く

 「水をペットボトル2本も飲んだ。

  治る治ると思って飲んだ。

  水で治ったと思う」とのこと。

 

 やった。

 

 

 

 

●最近気づきが多いので

 人と話していても

 

 本質的な重要なことが見えやすく

 ポイントはここだなぁと気づけることが多い。

 

 そんなことで

 実家の家族と話していた際、

 ちょっとした指摘もしつつ話していた際、

 

 父から

 「すごいなぁ。

  どうしてそんな考えになったんだ。

  いい話を聞いた。」

 

 と2,000円をもらった。

 

 いいよいいよ!と言ったが、

 また話してくれればいい、と

 強硬に渡された。

 

 喜んでもらえ

 そして

 お金まで増えてしまった。

 

 ついています!

 

 

●昼食後15分の整理をしようと

 思いついた。

 

 眠くならなかったし

 キレイになった。

 

 思いついてありがたいなあ。

 

 

 

 

私も皆様も

ますます健康で幸せで豊かでよき出会いに囲まれ

よい人生でありますよう。

 

 

 

 

斜め読みだが読んだ。

 

自分にとってのまとめ:

●即断即決→事前準備、情報収集、決めておく

●3か月で提案する側になれる

 

 

 

学んだことのメモ:

 

●即断即決には事前準備(事前情報収集)が欠かせない

 即断即決能力とは事前準備能力のことである

 

●即断即決するには”先に決めておく”

 正しい即断即決が出来る人は

 事前にやるべきことを決め、吟味し、更新している

 

●即断即決とは

 急いで結果を出すことでも

 行き当たりばったりやってみることでもない

 

●たった3か月間、

 知識を入れる努力をするだけで

 「提案」する側に回ることができる

 他人の支配から解放され

 ビジネスの勝利者になれる

 

 

 

 

 

奇跡記録(とても運が良かったことの記録):

 

●人から会わないかと連絡あり

 

全く割り勘にするつもりだったが

何度も言ったがどうしても払うとのこと

 

おごってもらえた

かつ

お土産までもらえた

 

やっぱり

ついているなぁ

 

 

 

 

●お店に行こうと出発したら、

 

道で

自転車が自分の方に迫ってきたり

車が迫ってきたり

 

ついていないとか

少しイライラしかけた。

 

かつ、

「どうしてだろう」という質問をしかけたり、

自分が悪いのかな、

とも思いかけた。

 

 

すぐに気づき、

いやいやまずいまずい、と

 

自分は素晴らしく

すごいついているという

設定にし直したら

 

お店に入る際

相手の方がドアに近かったのに

 

先にどうぞと

道を譲ってもらえた

 

 

設定はすごい

ラッキー♪