悟りへの道 -27ページ目

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

奇跡記録(とても運が良かったことの記録):

 

●電灯切れに気が付いた

 

散歩をやめようかと思っていたが

郵便物を出すついでに・・・

と思い腰が上がった。

 

でも、散歩しはじめると

「こんな幸せでいいのだろうか」

という気分になる。

 

おまけに、

今日は何となくこちらのルートにと思ったら

電灯切れ等に

 

たまたま気が付けた。

 

ついていてありがたいなぁ

 

 

 

●仕事マニュアル

 

仕事が煩雑なので

どうにかしたいと思っていたら

 

あるマニュアルを真似ることを

思いつく。

 

まとまってきた。

 

ありがたい。

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

奇跡記録(とても運が良かったことの記録):

 

 

●ゆっくりしたらよくすすんだ

 

仕事が溜まり過ぎたと思っていた

 

1つ1つやるしかないのだが

ゆっくりやるようにした

 

すると

・疲れない

・なにげなーくよくすすむ

・結局ほとんど処理できていた

 

という状況になるのを発見した

 

ダラダラ&リラックス&ゆっくーり

大切にしていこう♪

 

ありがたい

 

 

 

●散歩ができた

 

散歩したいと思いつつ

忙しい

忙しいゆえにどうでもいいことでストレス解消

のループで散歩ができなかった

 

久々に散歩ができた

ありがたいなぁ

 

 

 

●修繕業者さんの対応

 

業者さんが修繕のため来訪

 

よkやっていただき

ありがたい

 

 

 

●庭の整理

 

暖かくなり草花がぐんぐん伸びる時期

 

処分しないと思っていた

草花を整理できた

 

よかったぁ

 

 

 

 

 

ありがとうございます。

・・・前回のつづき。

 

 

 

 

 

 

 

結局、

あちこち手をだしていたのは

 

焦っていたのだなぁ、と思う。

 

 

 

 

 

 

今の自分に満足していない、

今の自分を良しとしていない、

自分の外ばかりを見て心が揺れていた、

 

ように思う。

 

 

 

 

 

 

学校や社会からの洗脳はあったとは思うが

すっかり身に着けた価値観の

 

もっと持つべき

もっと得をしたい

 

比較比較比較

 

それが当然だと思っていた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

どこまで持てば満足しますか?

 

 

 

 

 

 

 

どこまで得たら満足しますか?

 

 

 

 

 

 

 

そこに

「ここまでです」

 

と答えられるか?

 

 

 

 

 

 

最低限の

自分の

 

「幸せの基準」はあるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

その「ここまで」が

 

幸せになれる基準だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

真剣に考えた

 

最低限これがあればというOKと

 

自分で決めた

 

「ここまで」。

 

 

 

 

 

 

 

 

先日自分の顔については

 

「人に悪意あることを考えた顔でなく、

よいことを考え

温和な表情でいれたら

 

自分の顔に OK! を出そう」

 

と基準を決めた。

 

 

鏡を見てのダメ出しが

激減した。

 

イコール、

よい思考が増えることにもなった。

 

 

 

 

 

 

 

そういう基準を

人生に決めていきたい。

 

決めていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

学びは、

悟りと今の仕事について学べれば、

まず良し。

 

それら学びだけで

人生が終わっても

良し。

 

 

 

 

 

 

 

仕事は

今の仕事で1日の中で、

1つでいいので進められれば満点。

良し。

 

1つ新たに本で1行でも学べたら、

200点で

強運のポイント増加、

 

ぐらいのレベルにしたい。

 

 

 

 

 

 

家族には

アレコレしてあげたくなるが、

役にたたなくてもいい、

行動できなくてもいい。

 

ただ、

言葉を大切にし

否定せずいられたら十分。

(聞かれての必要な助言はする)

 

 

可能なら否定しない上

家族の良い面を見て優しい言葉を1つでもかけられたら、

 

それができたら

強運ポイント3倍。

 

このくらいでいこう。

 

 

 

 

 

 

 

つづけて

いろいろな分野について

 

ダラダラ&リラックス&たのしくゆったり

 

考えてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

こう考えられて

ありがたい。

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

アレも重要、コレも重要かも

 

といろいろな分野の知識を得ることを

しようとする傾向があった。

 

最近、

きっかけがあり

学ぶ分野を「本業」と「悟り」に8割方絞っている。

 

とてもよいなぁと感じている。

 

 

 

 

 

悟り悟りといいつつ

欲がいっぱいあった気がする。

 

 

 

 

 

なぜなら

単純に知りたいとか

徹底的に多くの分野の知識を得たいとか

ならまだよいと思う。

 

そうではなく

 

知っていくと得、

知っている方がいいことだ、という価値観、

知っておいた方が良いことがありそうという何かへの期待、

 

が背景にあった気がする。

 

 

 

 

 

 

最近、

誰だか忘れたがこんなことを言っていた。

 

「1つのことに力をそそげばいい。

 

 あれこれ知っていた方がいいように思いがちだが

 行きつくところは同じ。(同じ学びがある)

 

 1つの分野で力をつけたら

 分野が違うだけで

 重要な学びや気づきは一緒のものでしかない。

 

 

 

 

 

そこから絞ろうと思った。

 

その通りだと思う経験が

思い起こせばあった。

 

 

 

 

 

 

以前、

興味があってPCのプログラミングを習っていた。

 

仕事と無関係で、

 

家族から”無駄なことをして”と

言われることもあった。

 

 

 

 

 

しかし、そこで

プログラムを組み立てる際に

何度も行った「自分独自の手順」があり、

 

その方法が、

 

その後の人生の(今も)

いろいろな場面で活かされることになった。

 

 

 

 

 

 

1つの分野だけでいい。

本気でとりくむ。

 

それは7-8割がた

他分野にも適用できる。

 

 

 

 

 

 

ただ、

守破離で「破る」時期がきたら改善したり、

 

状況や時代などに応じて

トライ&エラーは必要だと思う。

 

 

 

 

 

 

ここまで書いて

少し気づいたことがある。

 

結局、あちこち手をだしていたのは

焦っていたのかもれいない、とふと思った。

 

 

 

 

 

 

これについては次回考察したい。

 

 

 

 

 

つづく・・・

思考を見張り続けていて気付いた。

 

こんなに自分の顔に

ダメだしをしていたのかと。

 

 

 

 

最近、年齢や疲れなどのせいか

”疲れている顔”をしていると思っていた。

 

 

 

 

「あの人はひどい」

「アレもコレもしないと」

「また出来なかった・・・」

 

そういう思考はすぐに気が付く。

そして、そこで終われる。

 

 

 

 

しかし、今日、

鏡に映る自分に、

すごいダメだししているのに気が付いた。

 

・このシワいやだな

・位置がもっとこうだったら

・この顔はまだまだ・・・など。

 

 

 

 

 

顔についてダメだし思考が

出ていることを見逃していた。

 

鏡を見る時の思考は

盲点に入ってしまっていた。

 

それに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

「どうだったら

ダメだししない顔なのか?」

 

女優さんのようにきれいで

8割ぐらいの人が美人という顔なら

 

という考えが頭に浮かんだ。

 

 

 

 

そんな顔の人いるのかな、

とさらに思った。

 

 

 

 

女優さんでも顔は個性があり、

良いと思う人も思わない人もいる。

 

8割の人が美人と評価する女優さんだとしたら

日本に数人しかいないだろう。

 

また、TVなどで芸能人の顔を見た後

自分の顔を見たときも

 

ダメだしを自分にしていたのにも

気が付いた。

 

 

 

 

 

この思考に

まさに自己否定ではないか。

 

 

 

 

 

ではいったい

どこで自分の顔にOKをだすのだろう。

 

自分なりの美の基準はなんだろう???

 

 

 

 

造作を言っていたらきりがない。

顔は整形でもしないと変えられない。

 

 

 

 

最低限の化粧や清潔さはあるとして、

 

変えられるとしたら・・・

「表情」

かなと思った。

 

 

 

 

常に笑っていなくてもいい。

 

ただ、

 

人にイジワルをしようと考えているような顔、

粗探しをしてやりたいと思っているような顔、

あとで悪口を陰で言おうと思っているような顔、

 

そういう

「嫌な顔」

じゃなく穏やかな気持ちでいる顔をしていれば

 

十分綺麗なんじゃないかと思った。

 

実際鏡で試してみたら

その両者はぜんぜん違い、

後者は本当によい顔になると思った。

 

 

 

 

 

そういう嫌な考えをしていない顔なら

自分なりに今日は「美人」でいいじゃないかと思った。

 

 

 

 

 

悟り=幸福じゃない

悟ってからがスタート

 

と最近書いたが、

ほんとうに悟り的視点がでてきてから

考えてもみなかった

見逃し続けていたことへの

発見がある。

 

 

 

 

 

自分の美への基準が変わったように

さらなる盲点との出会いを楽しみにしたい。

 

 

 

 

1台のPCのデスクトップをGoogleドライブ(グーグルドライブ)と同期させている。

 

大変便利なので、他のPCもできるのではないかとやってみたらできた。

 

データをなくさないようB/Uのために保存していたが、その必要がなくなった。

 

 

同期させる方法↓

 

先日こんなブログを書いた。

 

 

 

 

 

 

 

・リラックスすることが大事

・それもすぐ忘れるから思い出すことが大事

・つまり、意識しつづけることが現実化には大事

 

こんなことを書いていた。

 

 

 

 

 

早速その日に

「ダラダラ&リラックス」について

付箋を書き、机に貼った。

 

毎日毎日目にして

あっ!そうだ!ダラダラ&リラックス!

 

と実行していた。

 

 

 

 

大変調子が良い。

 

 

 

 

いつも肩にいかに力が入り

頑張りや努力や集中や必死さで

 

物事をこなそうとしていたかが分かった。

(そういう価値観があった)

 

 

 

 

何よりうれしいのは、

仕事の本が読めるようになったこと。

 

ブログは書いているくせに(笑)、

本が読めないと思っていた。

 

ブログは気分転換というか

感じたことをアウトプットしたい

自分の記録として趣味的に気楽に書いていた。

 

しかし、

仕事の本は集中して真面目に読むものだと思っていた。

ましてや仕事の本は娯楽ではないので、

覚えて成長する必要があるし

実行しないといけないから、

生半可な気持ちで読めないような気がしていた。

 

まとまった時間も必要だと思っていた。

 

 

 

 

そういう

・価値観

・思い込み

・くせ

・モノサシ

で行動を選択していた。

 

苦しさや不満の裏には、

自分の価値観があると最近書いているが、

 

行動の裏にも価値観があった。

 

 

 

 

 

それが、

「ダラダラ&リラックス」が大事!

と毎日意識していたら、

 

力みそうになったら

「だらだらでいい、リラックスして適当でやろう」

と意識を変え

 

とりくんだ。

 

本も5分読めばよいと

目に見えるところに置き

 

一服するときに

ただ本を開くようにした。

 

 

 

 

すると

読める読める

かつやはりおもしろい。

 

漠然としてしていた仕事のことを知れると、

こうだったのか、と

実戦に直結するので

 

読み過ぎるのをセーブしながら読むぐらいになった。

 

 

 

 

私にはそういう

”リラックスが不足していた”

 

ということなのだと思う。

 

もうすでにリラックスしている方は

別のさらによくなるやり方があると思う。

 

 

 

 

 

●意識しつづける大切さ

●ダラダラ&リラックスの大切さ

 

さらに続けて、検証したい。