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両親の老いについて
また私が面した老いについて綴っています。
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2025年 夏
父は88歳 米寿を迎えました。
家族一同 総勢14名で誕生日のお祝い。
父は洋服屋さんなので
「洋服」のクッキーであしらった
大きなケーキでハッピーバースデー♬
その頃 父はよく8ミリの話をしていて。
私たちが子供の頃
祖父と父が撮影していた8ミリ。

私が子供の頃はよくこの映写機で夕食の後などに
祖父母も一緒に家族で上映会をしました。
60年前に祖父が兄の誕生時に購入したそうで
以来 家族の記念の出来事や旅行はもちろん
なんてことない日常の様子もたくさん記録されています。

懐かしそうに8ミリの話をする父を見て
(きっと父は家族みんなで
あの頃のように8ミリを見たいんだろうな)
と思い 誕生会の後に上映会をしたのです。
孫たちは8ミリを見ること自体が初めてで
じぃじとばぁばの若かりし姿や
会ったことがないひいおじいちゃんとひいおばあちゃん
兄 私 妹が赤ちゃんだったり
今の自分たちより幼く登場するシーンに
わーきゃー騒ぎまくり!
父は「あの時 だれだれが○○したんだよ」
「あれはどこどこの○○さんだね」
などと当時のことを解説したり
笑いあったりして それは楽しそうでした。

父が米寿を迎えた後
私は実家に行くたびに
父の短期記憶が落ちていることが気になったんだよね。
几帳面で あまりにシッカリ!な父のことを
おおらかで おおざっぱで 楽観的で
「適当にやって~」
が口癖だった亡き母は
「お父さんは堅物でキッチリ過ぎるのよ」
とぼやいていたけれど
その母にどうも似てきた節がある。
サランラップを10本以上保管していた母のように
食品の戸棚に同じものが何個もあったりね。
以前は「買い物メモ」があって
小さな字でびっしり書いてあったけれど
それはもうなくなっていて
父は最近
必要な物をチェックするのを忘れて
買い物に出かけてしまうそう。
それに以前 自転車でケガをしたのを機に
シルバーカーを使うようになってから
買い物に行く時間が倍以上かかるようになったこともあり
「○○はもうなかったかもしれない」
と日常よく使う物をつい買ってきてしまう。
初めてその話を父から聞いた時 私は
「もしもスーパーに行って
家にあったかどうかわからない
買おうかどうしようか迷うって時は
いったん買わずに帰って確かめた方がいいよ」
「これだと無駄使いになっちゃうし
保管の場所もとっちゃうから」
と言ったのね。
「そうだね そうした方がいいね」
と父も同意していたけれど
今回 実家に行った時は強力粉が
1か月ずつずれた賞味期限で5袋あった。
一番長い賞味期限で向こう約4か月。
がんばっても使いきれないだろう。
「パン焼き機で焼いたパンはおいしいから
食べたくなってつい買ってきちゃうんだよ」
という父の言い分に苦言は呈せず
パン焼き機を操作出来るなら まあ いいか。
一応 前回と同じように
迷ったら買わずに一旦帰宅案も再度話したけれど
対策変更!
二世帯同居の兄と義姉さん 姪っ子
たまに実家に来る妹と義弟 それぞれに
「あそこの戸棚を見て 在庫がたくさんあったら
使えるもの もったいないから持って行って!」
と伝えておきました。
こんな風に父の最近の記憶はどんどん落ちて
同じ日に同じことを何度も話したり
私に同じ質問を繰り返すこともある。
父自身も記憶が落ちていることを自覚していて
「自分が自分じゃない
そう思う時があるんだよ」と。
けれども 8ミリを見ていた時のように
はるか昔の人の名前や行った場所はスラスラ出てくる。
その時どんな様子だったかまで
古い記憶は俄然ハッキリしている。
父のアルバムを一緒に見ていた時
小学校時代の担任の先生を指さして
やっぱりフルネームで言っていて
「この先生とこんなことがあったんだよ」
なんて幼き父の思い出話をしてくれたりね。
母も最期まで
「子供の頃や若い頃の記憶」はしっかり残っていたし
「美味しいお店がどこにあるか」のテストがあったら
100点満点だった。
そんな様子を見て
認知症って何を持って言うんだろうな
と思ったことがある。
亡き母は認知症の症状を抑えるために
薬を服用していたけれど副作用が大きく
怒号を飛ばしたり激高した時期があった。
薬をやめたことで認知症の症状は一気に進んだけれど
母の性質にはその方がよかった。
「お花見に行って桜がきれいだったのー」
「運動会に出ていたからつかれちゃった」
「私が作ったお弁当 みんな喜んでくれた」
「山登りしてきて 気持ちよかったぁ~」
などなど ベッドの上で動けないにもかかわらず
楽しい妄想の中で日々穏やかに生きていたから。
ある時は病院の看護師さんたちに
「バーベキューするから肉買ってきて!」
と頼んだそうで
「でも 今日は何言いだすかって楽しみです 笑」
なんて言われて人気者になっていたし。
母の朗らかな生き様を目の当たりにして
認知症は治さなければいけないものではないな
とも思っている。
でも 母とは正反対の性格の父。
「介護老人にだけはなりたくない
介護されるようになるなら死んだ方がいい」と。
父の兄姉で苦しまずに突然亡くなった方々がいるので
「おじさんおばさんみたいにぽっくりいけるといいね」
と返したら
「本当にそうなったらいい」
と笑っていたけれど。
母に似てきていることは決して悪いことじゃないと思う。
やっとゆるんできているということだし
むしろ喜ばしいことなんじゃないかな。
「歩けなくなったらダメだ!」
と毎日の散歩を欠かさない
まだまだキッチリな父にとっては
母に似てきたなんて認め難いだろうし
それが父らしいのだとも思う。
身体も日増しに動けなくなって
でも その衰えをはっきりと実感している父。
今が辛い時かもしれません。
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