信長様が呼んでりゃーす③ | 散策侍

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様々な歴史建造物を建築目線で再確認するブログです。たまに美味しいものなども・・・

こんにちは。爆  笑

梅雨はもうすぐ明けるのでしょうかネエ~。くもり

夏が早かった分、このまま秋が来そうな感じもしますが・・・。

 

さてさて前回からの続きにて。

 

下矢印総見寺の裏手に鐘があり、「願いを込めて御自由にどうぞ」とのこと。安土山に響き渡る鐘の音が何ともノスタルジックな振動となって耳に残ります。おねがい

 

 

下矢印石段はまだ続くのですね。そろそろエスカレーターが欲しくなります。あせる

 

 

下矢印直線の大手道を登って折れ曲るあたりに「武井夕庵邸」(たけいせきあん)があります。あまり馴染みのない名前ですが、武将というよりは官僚、右筆や茶人として活躍した御仁ですな。

 

 

下矢印奥に井戸跡があるようですが蛇を見てから及び腰なのでやめておきます。汗

 

 

下矢印もうちょい上に行くと「信忠邸」もありますが、こちらは整備されていないようで石碑のみ。御一族の邸宅は上の方にあるのですね。

 

 

下矢印道幅が広いので城というよりもお寺に向かっているような感じです。数人の方か登っていましたが中にはパンプスで歩いている女性もいましたよ。捻挫しそうで見ていて怖いです。あせる

 

 

下矢印織田信澄邸と森蘭丸邸跡です。こちらも整備されていないので石碑のみ。蘭丸は一族と同格の扱いなのですね。

 

 

下矢印登るにしたがって大きな石が目につくようになります。ポーン

どこから運んできたのでしょうか。

 

 

下矢印いよいよ黒金門です。この門の内側からが安土城の中枢部なのです。

またこのあたりからは建物も多く建っていたようで焼けた石垣の表情にも注目しながら歩きます。

 

 

下矢印野面積も角が命!

 

 

下矢印二ノ丸にある秀吉が建てたと伝わる信長廟。

無事手を合わせることができて感謝であります。お願い

 

 

下矢印いよいよ天主です。足と尻がパンパンです。笑い泣き

 

 

下矢印ついに天主跡であります!礎石一つ一つが色々と話しかけてくるようで身震いがします。(私、おかしなこと言ってますかね?汗

絵図では周囲の石垣の上に櫓が組まれているのでここは地下室だったと思われます。

 

 

下矢印中央には礎石がないことから吹き抜けか心柱が無い画期的な木造高層建築だったかと想像できます。

熱田の宮大工、岡部又右エ門が作事を担当したことから現在の「城」よりも「寺」に近い外観だったのではないかと勝手に思っています。

 

 

下矢印こちらは本丸御殿の礎石跡。京都御所内の清涼殿の礎石配置とソックリなんだとか。帝をお迎えするためと云いながら、自らが・・・。ハッうかつを申してはいけませんが、このあたりが惟任日向殿の心配事だったやもしれませんな。

 

 

下矢印すっかりこのイメージが定着していますが図面も絵図もないのであくまで想像にすぎませんからね。(画像はお借りしました)

ルイス・フロイスの記述と礎石跡からこんな感じになるのでしょう。

 

 

下矢印天主跡からの景色。遠くに琵琶湖が見えますな。

信長様もこんな景色を観ていたのでしょうか。

 

ここまでありがとうございました。

次回は下山しますのでその模様を。走る人

同じルートを通らずに下山できるのも魅力ですね。