6月19日は福岡大空襲の日 | 井上政典のブログ

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 歴史ナビゲーターの井上政典がお贈りする祖国日本への提言です。
 
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 昭和20年に入るとアメリカ軍の超空の要塞B-29は本格的な日本本土爆撃を行いました。

 

 3月10日には東京大空襲。

 

 一夜にして十万余の日本人同胞の命が燃え尽きました。これは戦時国際法に反した軍事目標ではない一般市民を狙った無差別爆撃でした。

 

 もともとB-29は高高度を飛べる特性を活かして戦闘機が上がってこれない1万メートル付近からの高高度爆撃をしていましたが、日本の防空体制の脆弱性を知り、さらに爆撃精度を上げるためにカーチス・ルメイが1500メートルから3000メートルの低空からの侵入に切り替え、より正確に目標を爆撃できるようにしました。

 

 B-29爆撃機は高高度を飛ばないためにより多くの爆弾を搭載することができ、その爆弾も通常爆弾ではなく収束型の焼夷弾をメインにして木と紙でできた日本の家屋を効率的に燃やすことができるように東京の模型まで作って爆撃方法を研究したのです。

 

 人間を効率よく殺戮するという非人道的な作戦をハンセル准将に代わって指揮を執ったカーチス・ルメイが命令し、文字通り東京を火の海と化し、10万余の人間を焼き殺したのです。

 

 人間を効率よく殺害するという発想は、ナチスのアウシュビッツと同じ発想です。アメリカがナチスドイツを責めることなどできないはずです。

 

 その後、日本の各地方都市にも爆撃を行い、78年前の今日福岡がB-29の大規模空襲に見舞われたのです。被害者は約1000人ほどですが、都心部のほとんどの家が焼け、多くの人々は家族が集う家を失ったのです。

 

 個別のお話をしていけばいろんな悲劇があります。たくさんのお話を聞いたのですが、どれ一つとっても涙をこらえながら聞いてきました。

 

 なぜこんな酷いことができるのでしょう。

 

 そこから「戦争は絶対してはいけない」とか「攻めてきたら手を挙げて降伏すればいい」というような論調が戦後左巻きを中心におこりましたが、私は昔からその手の意見に同調することができません。

 

 「戦争をしてはいけない」までは一緒です。私も人を殺すことなどしたくないし、殺されることも嫌です。

 

 そのために、そういう状況に陥らないようにしなければなりません。それは武力を全部捨てるのではなく、しっかりと外敵に備えて、一ミリでも領海や領空を超えたら直ちに撃破するという準備をしなければならないと思っています。

 

 日本人は先の大戦で大勢の人が死に、その過ちを繰り返さないと誓った国です。

 

 ですから、なぜ先の大戦で大勢の人が亡くなったかを検証しなければならないのです。

 

 では、なぜ日本は無差別爆撃をされたのか?

 

 その答えは、日本にその反撃能力がなかったからです。もし、その能力を持っていたら自分たちの都市が無差別爆撃を受けるかもしれないと抑止力が働くのです。

 

 これと同じ原理で日本はどうして原爆を落とされたか?という問いには、日本には核兵器での反撃能力がなかったからというのが答えになります。

 

 その論理で今を見ると、北朝鮮がまだ完全に兵器として使えるかどうかわからないけれど、いちおう核兵器を持っているためにアメリカからにらまれていますが、簡単には攻め込まれません。そして非核化というカードを使って体制の維持と経済の発展という報酬を手にいれよとしています。

 

 金正恩氏は今日もCHINA詣でをして習近平氏と今までにない密接な関係であることをアメリカに見せつけています。

 

 こういう状況下、北朝鮮がおいそれと簡単に非核化をするとは到底思えません。

 

 それならば、拉致問題を解決して日本から経済援助を勝ち得る方が早いと思うのですが、拉致問題は解決済みだとか揺さぶりをかけてきます。またそれに呼応するかのように河野洋平のような売国奴が利敵行為になる発言を連発しています。

 

 今ここで安倍政権というよりも日本政府も高度な外交交渉手腕が問われているのです。拉致被害者やその家族のためにもここは野党もマスコミも協力して挙国一致で拉致被害者の救出を果たさねばなりません。多くは要求しません。ただ黙っていてくれと願うだけです。

 

 北朝鮮は巧みな外交によって米軍の攻撃という最悪の事態を脱しようとしています。ここで日本がバラバラになっていてはせっかくの機会をみすみす逃してしまうことになります。ぜひ、与野党一致して拉致被害者救出のために団結できませんか。

 

 昨日の大阪北部の地震で9歳の少女が学校で塀の下敷きになって亡くなられました。かわいそうでたまりません。親御さんの気持ちも考えるとその気持ちはなおさらです。

 

 また義理の父親と実の母親に殺された5歳の子供は写真見るたびに嗚咽がこみ上げてきます。

 

 こういう事件を見るたびに悲しさと怒りがこみあげてくるでしょう?

 

 それと拉致事件も同じように考えられませんか。普通の生活をしていた人が急にいなくなるのです。周りの家族はしばらくはいったい何が起きたのかわからなかったそうです。

 

 なぜあの子は帰ってこない?なぜあの子はいなくなったのか? あの子は今どこで何をしていると五里霧中で心当たりのあるところを手あたり次第探したと被害者の家族の方々が口々に言われています。

 

 そして心無い人は「蒸発事件」だとその人がその人の意思でいなくなったと拉致被害者の方々に冷たく酷い言葉を浴びせてきました。

 

 その一人が土井たか子であり、先日落選した新潟県知事候補の池田氏であり、今回地震で被害を受けた高槻が地盤の辻元清美です。

 

 またあのテリー伊藤も先日の番組で被害者の家族がいる前に暴言を吐いています。

 

 どんな人でも愛する家族が突然いなくなったら、そしてそれが北朝鮮という国家犯罪だとわかったら、日本人の同胞として何かをしたいと思わないのでしょうか。

 

 先日の新幹線の車内で起きた事件でも、もしあの場に自分がいたらあの勇気ある男性のような行動がとれただろうかと自問自答しています。日ごろはこのように勇ましいことを書いていますが、実際にそんな場面に直面したら自分はいったいどんな行動をとるのでしょう。

 

 何事も自分の身に置き換えてみれば、それらの事件が身近なものになり、イデオロギーを超えて何とかしなければという思いが高まるはずです。

 

 左巻きの一部の狂信者たちは今回の地震も安倍総理が地震兵器を使って起こしたものだとツィッターでつぶやいているそうです。

 

 そういう人は相手にもしたくありません。

 

 いろんな事態に備えなければ、その瞬間に後悔のない行動などとれません。だから自衛隊では何度も何度も演習訓練を行い、どんな状況下でもできるようにするのです。

 

 自分から攻めていくことはありませんが、相手がもし来た場合は銃をもって立ち上がりたいと思っています。

 

 自分の大切な人たちを守るために、喜んで侵略者の命を奪いに行きます。そうしないと愛する人たちに危害が及ぶからです。

 

 そういう覚悟を持つことが今の日本人に必要なのでないでしょうか。

 

 いまは拉致事件の解決の正念場だと思います。ここしか北朝鮮が生き延びる道はないのです。ですから挙国一致体制をとって北朝鮮と交渉すれば被害者の多くは帰ってくると思いますし、その人たちから他の被害者の消息を聞くこともできるでしょう。

 

 もしそれを北朝鮮が誠実に果たさない時は、日本国民の誇りにかけて実行させるようにしなければならないと思います。

 

 安倍政権、がんばれ! そして空襲の犠牲者に哀悼を誠をささげ、二度とこのようなことのないようにしていきたいと思っております。