あれれ、今日のサンモニ、相撲のことにあまり触れなかったぞ! | 井上政典のブログ

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 歴史ナビゲーターの井上政典がお贈りする祖国日本への提言です。
 
 ご意見は賛成反対を問わずどんどん書いてください。

 ただし、社会人としての基本的なマナーは守ってくださいね。

 先日の舞鶴場所での出来事をサンデーモーニングはどう放送するのか楽しみに見ていましたが、ちょっとだけ触れあまり突っ込みませんでした。何か肩透かしを食った感じです。

 

 やはり番組スタッフもネットでの評価を気にしているのでしょうか。その事件をネットでどう扱っているかを調べている様子がうかがわれます。

 

 ただ大勢の方が指摘されるように日本相撲協会の危機管理体制はずさんすぎます。土俵上で倒れるという出来事は前代未聞だったかもしれませんが、100キロを超えた大男が全力でぶつかり合う相撲です。もうすこしちゃんとした危機管理体制をとるべきだと私も思います。

 

 「命と伝統のどちらが大事か」というような記事で初めはどっと流れていましたが、その後その勢いは衰えて冷静に判断する人が多くなってきたと思っております。

 

 この動画を何度も見ましたが、やはり最初の女性医療関係者はきちんと上がってもいいですかと断り、土俵上の人もそれを緊急事態だからとすぐに受け入れています。

 

 その後土俵上が混乱の極みに達している時に「女性は下りてください」というアナウンスが流れています。これは救命措置をしている女性にあてたものではないと明確に判断できることでしょう。

 

 もし、あの動画がなければ私もここまで書かなかったでしょう。やはりネットの力はすごく、以下にマスコミや日本が嫌いな勢力が日本の伝統や文化を破壊しようとしているかが如実に理解できた事件だと思います。

 

 コメント欄には医療関係者の方から「できれば気道確保をする人がもう一人いればよかった」とありましたが、その通りです。冷静に見ている人たち二はいろんなものが見えてきますが、現場では混乱していたのでこういう事態が起きた時に適切に指揮をする医療関係者の常駐というのが今後期待されます。

 

 日本相撲協会というよりもその現場にいた人は人命優先でこの場を対処していたと言えると思います。

 

 ここからが問題です。これを土俵が女人禁制とされているから「女性差別」だという論調にもっていこうとする左巻きの勢力が暗躍していました。とても分かりやすいのがその後に行われた宝塚市の興行で女性市長がこの事件の後に土俵の上で挨拶をさせろと申し入れたことです。

 

 この中川智子宝塚市長は、元社会党の国会議員で土井たか子氏が党首の時に社会党が大幅に勢力を伸ばした時に当選したいわば「土井チュルドレン」の一人で、福島瑞穂や辻元清美と同類の人です。

 

 土俵に上げてもらえないのが女性差別ならば、ちょっと前に話題になった女性専用車両に関してもこの人たちは反対するのでしょうか?

 

 私はこの女性専用車両も女性を守るという崇高な目的から男性が我慢をして成り立っているものだと理解しています。

 

 首都圏で仕事をしている時に通勤であの殺人的な満員電車を経験したことがあります。特に今からの暑くなる時期には不快指数がどっと上がり、車内での喧嘩も耐えません。

 

 私のような温厚な人間でも何度かそういう場面に出くわし、殴られたことはありませんが、殴ったことはあります。ただその殴られた人は明らかに法律違反をしていたために駅員と一緒に事務所に行こうとしたときに逃げて行ったので、私も無罪放免になりました。

 

 痴漢もたくさんあると聞いていますが、あの身動き取れない満員電車ではどうすることもできない時が多々あります。経験されている方は重々承知ですよね。そこから女性を守るというのは仕方のないことだと思いますが、明らかに痴漢など合いそうもない人が声高に権利を主張するのを見ると我慢したくないと思う気持ちもわかります。

 

 女性だけが差別されているとよく言われますが、男性も差別されています。

 

 トイレやお風呂なども男女別々です。よくジェンダーフリーを標榜する人と議論をする際に、「究極の男女同権があるけど実践しませんか?」というと「ぜひ」と言われるから、「では一緒に混浴温泉に行きましょう」というと「いやだ」と言われます。

 

 「なぜ嫌なのですか?」と聞くと、「親しくもない男性と一緒にお風呂に入ることなんて」と言われますから、「あなたはそこに性差を見ているのですね。」というと、下を向いてしまわれます。

 

 ヨーロッパでは同性でも裸で一緒にお風呂に入る習慣がないところもあり、日本の大浴場が恥ずかしいと思う人が大勢いるそうです。そういう人が大浴場の解放感を感じると大好きになったと複数の大浴場に聞いていた外国人から聞いたことがあります。

 

 また彼らは掃除やサウナのマットを交換に来るおばちゃんが入ってきてもびっくりするそうで、すごく恥ずかしいといっていたので初めは理解できませんでした。

 

 昔は女性のお風呂にも三助さんという背中を流す職業の人がいてほとんど男性だったと言います。

 

 混浴でもじろじろといやらしい目で見る人はいません。心の名かはわかりませんが、そういう態度を表にあらわさないのが日本の文化だと思っています。

 

 別府温泉は混浴温泉がたくさん残っている温泉地です。そこでイギリス人の若い女性が入ってきたので、話しかけてみると露天風呂が大好きで混浴も気にならないと言っていました。とても美しい女性だったのでみんな大喜びです。でも、決して私も含めていやらしい目では彼女を見ません。

 

 若干、鼻の下は長くなっていたかもしれませんが・・・。

 

 相撲も土俵の上が明治になってから女人禁制になったという左巻きか物事の心理がわかっていない自称識者がしゃべっています。

 

 「たかが百年くらいの習慣を伝統とは・・・」というのですが、日本には100年以上続く会社が3万社ほどあります。その数は圧倒的に世界一です。会社でさえ、世界の常識では100年も続く会社はあまり存在しないのです。

 

 それをきちんと100年以上も伝統になるまで継続できることというのはとても大変なことだということがわからないのでしょうか。

 

 歌舞伎は今でこそ梨園とかいってとても高級なお芝居のようになっていますが、江戸時代は河原乞食、傾奇者という言われるほど身分の低いものでした。明治になって薩長などの田舎侍が政治の世界に跋扈した時に、当時の理事長が「江戸の文化は歌舞伎にござい」と耳元でささやき、その後明治の顕官たちはこぞって芸者などを大勢引き連れて歌舞伎見物をしたために、一気に隆盛になったと言われるほどです。

 

 その歌舞伎も女性の役者は舞台に上がることはできません。

 

 宝塚歌劇団で男性が舞台に上がれないのと同じです。でも、宝塚の男性役の役者は私から見てもかっこいい!

 

 いろんな団体があり、いろんな文化があるから男性が入れない場所、女性が入れない場所があってもおかしくないでしょう。

 

 それを左巻きが好む多文化共生社会というのではないのでしょうか?

 

 70年代アメリカの大学ではウーマンリブ運動が盛んになり、私の先輩が留学した先の大学ではシャワー室が男女一緒だったそうです。薄いビニールのカーテン一枚で仕切られているので、いろんな事件が絶えなかったと聞いています。そこで元に戻りましたが、一昨年オバマ代大統領がトイレを男女どちらが入ってもいいことにするという命令を出して議論となり、トランプ大統領になって撤回されたとうろ覚えながら聞いています。

 

 究極のジェンダーフリーのもう一つは、軍隊の最前線に女性が銃をもって参加するです。

 

 私はこれに対して大反対です。

 

 女性は男性とは違って命を産み出す存在です。その女性が人を殺す仕事をすることには大反対なのです。

 

 最近は護衛艦の艦長に女性が就任していますが、女性に実際の戦闘に参加してほしくありません。ジェンダーフリーが進めば軍隊の半分は女性兵士になってしまいます。それでいいのでしょうか?私はいやです。

 

 男性・女性という性差は動物の本能としてあるもの。それを人間の倫理観や概念だけで変えていいものでしょうか。

 

 相撲が土俵上は女人禁制としていること。プロ野球が女性の選手を拒否していること。柔道やレスリングで男女別の試合が行われること。

 

 当たり前ではないでしょうか。

 

 吉田沙保里選手や伊調馨選手がどんなに強くても同級の男性の金メダリストにはかないません。スキーのジャンプも男女差があります。

 

 それも反対するのなら論理が一貫していますが、そんなことは置いといて相撲だけを反対するのは全くのおかしなことだと思いませんか。

 

 まあ個人的は混浴風呂は大歓迎ですが。