岸信介研究その6 | 歴史エッセイ集「今昔玉手箱」

歴史エッセイ集「今昔玉手箱」

本格的歴史エンターテイメント・エッセイ集。深くて渋い歴史的エピソード満載!! 意外性のショットガン!!

岸の弟、佐藤栄作は、鉄道省の運輸官僚で、大蔵官僚
の池田隼人と共に、吉田学校の代表格だった。第2次
吉田内閣では非議員で入閣して官房長官に抜擢される。
1949(昭和24)年に衆議院初当選し、鳩山一郎
引退後、岸内閣で党総務会長。(政調会長・三木武夫) 
岸内閣に続く池田内閣でも要職を歴任する。

1964(昭和39)年7月、池田の三選阻止を掲げて
総裁選に立候補。選挙は池田の辛勝に終わるが、11月
に池田が病気退陣し、政権を佐藤に禅譲する。以後佐藤
は、7年8ヶ月の長期政権を維持する。この期間自民党
政権を支えたのは、三角大福中と呼ばれる三木武夫、
田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘。さらに
鈴木善幸、宮沢喜一、竹下登と、総理経験者の名がズラリ
と並ぶ。

このうち福田赳夫と田中角栄が、岸の愛弟子と言われ、
大蔵官僚の大平正芳は満州人脈で繋がっている。岸は
力関係において、頂点に君臨している。その影響力
ゆえに政界の黒幕と言われ、児玉など裏社会の人脈を
操る不気味さゆえに、昭和の妖怪と囁かれた。

1969(昭和44)年の第32回総選挙での事。石川2区
から立候補した森喜朗は、自民党公認が得られずにいた。
森は岸の秘書・中村長芳を通じて岸に応援を要請する。
岸は快諾して森は初当選を果たす。この恩義を、森は
生涯忘れずにいるという。第32回総選挙の自民党
幹事長は田中角栄。岩手2区から立候補した小沢一郎が
初当選を果たし、田中派に所属している。

岸は1987(昭和62)年8月7日、91年の生涯を
終える。岸にとっての心残りは、歴代総理に、娘婿の
安倍晋太郎の名が無い事だった。それゆえ森喜朗に
孫の晋三を頼むと懇い、森も恩返しとばかりに安倍晋三
を総理に据えたのだろう。だが、福田の子と吉田の孫の
世襲3兄弟によって自民党が崩壊しようとは・・・
長かった岸政治の終焉か・・・いや、まだ田中角栄の
直弟子・小沢一郎が残っていたか・・・

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