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野ざらし1人旅~漂泊への憧憬~

西行の漂泊の旅に憧れ、主に青春18きっぷを使い、いろいろな景色を巡って1人歩き続ける旅の記録

延暦寺を後にして、前年と同じく敦賀、福井と乗り継いで金沢に向かいました。

 

前年福井から先は初めてのため、金沢行き最終の普通列車に1人揺られていると強い不安を感じたのを思い出します。

 

外は真っ暗で何も見えず、いったいどこへ向かっているのか、本当に金沢に向かっているのかわからなくなってきたのです。

 

そんな不安も2回目の今回は払拭され、予定通り23時半過ぎに金沢に着きました。

 

そしてまた前年と同じように兼六園の道順を確認した後、金沢駅に戻り、夜明けを待ちました。

 

4時を過ぎてそろそろ夜が明けるころ出発し、まず金沢城公園へ。尾上神社から入りました。

金沢城公園は広々としていて、夏の早朝に散歩するにはうってつけです。

高みから見た金沢の町並みを見ると、久しぶりにすがすがしい気分を感じられたように思います。

とはいえ、前日は横川から東塔へ数㎞歩き、夜も1度兼六園まで歩いていて計5~6㎞歩いていました。

 

しだいに足が痛くなり、楽しめる気分でなくなってしまいました。やはりもう少し余裕を持たせた方がよさそうです。

 

金沢城公園と兼六園は橋でつながっています。7時の開園時間まで休憩しながら過ごしました。

 

 

 

 

 

17:00の叡山ケーブルで下山したのですが、途中もたて山駅には紀貫之の墓があるといいます。

 

前年ケーブルに乗ったときに知りましたが、時間の都合で立ち寄ることはできず、今回ぜひ行こうと思っていました。

17:30発の最終便があるので、途中下車し行ってみることにしました。

 

しかし案内板に沿って道を進んだところ、それらしきものはあったのですが、本当にそうなのかはっきりしません。

 

一応「是貫之朝臣之古墳也」と書かれているのですが、ちょっと違うかなという気がしました。

何やら歌碑らしきものが建っていましたが、何が書いてあるかはまったく読めませんでした。

 

これ以上先に進む道もなく、最終便の時間も迫っているのでやむなく戻りました。

 

帰京後、Webサイトをもう一度見ました。そこに載っている墓とはまったく違うものでした。

 

個人的には横川よりもこちらの方が目当てだったので、残念なことでした。次行く機会があればもう1度見に行きたいものです。

 

ちなみにこちらは叡山ケーブルのほうらい丘駅通過時に撮った祠です。

 

中央左の灯りのところが祠になっていて、比叡山焼き討ちで犠牲になった人を祀っているそうです。

 

 

 

 

 

延暦寺三塔(東塔・西塔・横川)のうち、横川は東塔から5㎞ほど離れていますので、東塔エリアからバスで移動します。

 

横川に着いたのは15時ごろ。16時10分のバスが最終のため、1時間ほどで足早に回ります。

 

まず目に入ってくるのが横川中堂、これが本堂にあたります。朱塗りになっているので目を引きます。

それに比べると元三大師堂は目立たなく見えますが、日本の美は詫び寂びにもあります。古びた佇まいも趣を感じます。

こちらは鐘楼。鐘をついてよいのかわからなかったため、素通りです。

こちらは恵心堂。近くに『源氏物語』の横川僧都遺跡の石碑が建っています。

 

石碑に書かれてますが、横川僧都が浮舟を助けるなど延暦寺は『源氏物語』とも深くかかわっています。

 

30分くらいで回れるだろうと思っていましたが、意外と時間がかかり、最終のバスにぎりぎりになってしまいました。

 

慌てて戻ったものの、ちょうどバスが発車してしまったところでした。

 

仕方なく歩いて東塔まで向かいましたが、途中山内を巡回車で魔回っている方から「この道路は歩行禁止ですよ」と言われました。

 

帰りのバスがなくなったことを伝えると、「気を付けて行ってください」と言って一度は去っていきました。

 

しかしその後戻ってきて、東塔まで巡回車で運んでくれました。5㎞の道を歩き通さなくてはいけなかったので助かりました。

 

移動中、こういう時はタクシーを使うか、あとは堅田方面のバスが残っているのでそっちを使ってくださいと言われました。

 

東塔に着いたあとお礼を言いましたが、ただただ恐縮です。余裕を持って行動せねばと反省しきりでした。