野ざらし1人旅~漂泊への憧憬~ -18ページ目

野ざらし1人旅~漂泊への憧憬~

西行の漂泊の旅に憧れ、主に青春18きっぷを使い、いろいろな景色を巡って1人歩き続ける旅の記録

1日目は本四備讃線の児島駅を目指してひたすら移動です。池袋を4:34に出て、児島に0:15頃着くという長征です。

 

米原までは東海道本線で進み、北陸本線で敦賀に出ます。ここまでは乗ったことがありますが、この先は未知の世界です。

 

14:15分発東舞鶴行きの小浜線で福井県を横断。東舞鶴駅には16:16着。そこで舞鶴線に乗り継ぎます。

 

東舞鶴駅を17:02に出発。舞鶴線自体は綾部駅までですが、福知山まで直通、17:54に着きました。

 

次の山陰本線への乗り継ぎまで30分くらいあるので、駅周辺をぶらぶらしました。

 

駅前には大きな蒸気機関車が設置されています。かつて使われていたターンテーブルを保存するためのようです。

 

もう夕方ですが、移動はまだまだ続きます。山陰本線浜坂行きに乗って和田山へ。着いた頃には日も暮れて暗くなっていました。

 

ここで19:37発の播但線に乗り換え兵庫県内を南下、寺前駅で乗り継いで姫路駅に向かいます。

 

姫路からは21:40発の山陽本線岡山行きに乗り、岡山駅に向かい、23:06に到着。

 

最後に23:43の本四備讃線快速マリンライナーに乗り、児島駅に0:12到着しました。

 

長い移動になりましたが、小浜線、舞鶴線、播但線を乗り通すこという目的を達成できました。

 

 

 

 

 

 

 

今年の夏は忙しく、18きっぷを使った旅行は1回きりでした(昨年は3回)。しかし密度は濃かったと思います。

 

行先は、昨年雨にたたられ日の出が見れなかった王子が岳。1年越しの再訪です。

 

天気予報を見ると、曇り時々晴とあり、ちょっと心配な気がしましたが、晴れてくれる方に賭けることにしました。

 

王子が岳だけであれば1泊2日に収まりますが、どうせなら小豆島に行った帰りに寄れなかった京都に寄ろうと思いました。

 

大磯で鴫立沢を見て、隠者の郷を訪ねたい気持ちが高まりました。京都には方丈庵跡があります。

 

これは『方丈記』で有名な鴨長明が隠者の住まいとして建てたもので、日野というところに跡地があります。

 

これとは別に下鴨神社内の河合神社に復元された方丈庵があるのでそこにも行ってみることにします。

 

他にも、『徒然草』で有名な吉田兼好ゆかりの吉田神社など方丈庵近くの名所を回るとしました。

 

●1日目

いつものように品川始発の東海道線で岡山へ。昨年は、中央本線経由で名古屋へ出て、そこから関西本線で大阪に出ました。

 

今回は米原から北陸本線で敦賀、小浜線で東舞鶴、舞鶴線で福知山、山陰本線で和田山、播但線で姫路に出ることにしました。

 

姫路から先は山陽本線で岡山に出て、最後に本四備讃線マリンライナーの終電で児島まで進みます。

 

●2日目

夜のうちに王子が岳登山口に徒歩で移動(約8km)。空が白んできたら王子が岳に登り、日の出を眺めて過ごします。

 

8:25のバスに乗り児島駅へ戻り、電車で岡山まで出ます。京都には夜に着けばよいので、また大回りをします。

 

まず吉備線に乗り総社へ。伯備線に乗りかえ新見に出ます。ここから芸備線に乗って備後落合を見に行きます。

 

存廃が協議される芸備線は、需要が著しく低く、近いうちに廃線になる可能性があるため、乗っておこうと思いました。

 

備後落合から折り返して岡山に戻り、山陽本線で京都へ。奈良線に乗り換え稲荷駅で降りて伏見稲荷神社に立ち寄ります。

 

その後また奈良線の最終に乗り六地蔵駅で下車。この日はここまでになります。

 

●3日目

夜のうちに徒歩で日野へ移動。方丈庵跡地のある山の入り口で夜明けを待ちます。

 

夜が明けたら山道を登り方丈庵跡地を見ます。その後奈良線で京都に戻り、バスで下鴨神社へ行き、方丈庵を見ます。

 

あとは近くの花の御所跡地を見て、バスで京都に向かいますが、途中吉田神社に立ち寄ります。

 

昼前には京都駅に戻り、18きっぷで在来線を乗り継ぎ、21時ごろ帰京という計画にしました。

 

舞鶴線車中から見えた福知山城

 

 

 

 

 

 

 

平安時代後期の歌人西行は、漂泊の旅に生き、旅の中で自己の内面を見つめたと言います。旅は人生そのものです。

 

心なき/身にもあはれは/知られけり/鴫立つ沢の/秋の夕暮れ

新古今和歌集の三夕の歌として名高い西行の作品です。

 

風流を理解する心のない自分のような人間にもしみじみとした情緒を感じる心があったのか。鴫立つ沢の秋の夕暮れよ

 

自己の内面を透徹した眼差しで見つめなおすことは、旅の目的の1つです。

 

また先人の歌に詠まれた地を訪れるというのは、今日の聖地巡礼にも通じる旅の醍醐味です。

 

この歌は、相模の国を訪れた際に詠んだとされ、それが大磯であると伝えられています。

実際、大磯駅から国道1号を西へ数百mほどのところに石碑が立てられています。

そばには沢と言えなくもない小川が流れています。ただ当時の面影があるかといえば微妙なところではあります。

数十mくらい先には相模湾があり、この小さな流れは相模湾へと続いているようです。

 

漂泊の旅に生きた西行の姿は中世日本人の憧れの的であったといいます。

 

人間関係のしがらみから逃れたいという思いは、いつの時代でも変わらないということなのでしょう。