名目賃金の削減で雇用を増やすことは出来ない

 

 ケインズは『名目賃金削減は一時的に企業の利益を増加させ、投資家としては雇用や新規投資の拡大の意欲が高まりますが、そのことがゆくゆくは社会全体の消費性向に影響を与えるか、資本の限界効率に影響するか、金利に影響するかしない限り、消費は先細りしますから、名目賃金削減は長期的に雇用を増やし続ける影響は持ち得ません』と言っています

 また、名目賃金削減の影響を分析するには、名目賃金削減がこれらの三つの要因に与えるかもしれない影響をたどるしかないとし、次のように言っています。

 『これらの要因に対する最も重要な影響は、実務上は以下のものになりそうです

(1)名目賃金の削減は、多少は物価を引き下げます。ただし、この再分配が社会全体の消費性向に与える影響は、賃金労働者から他の要素(事業者)への移転となり、たぶん(総所得全体に対する)消費性向を下げるでしょう。

 さらに事業者から金利生活者へ移転した場合は、はっきりしない部分があります。でも金利生活者たちが全体に社会の豊かな人々をあらわし、その生活水準があまり柔軟でないとすれば、その影響はやはりマイナスに働くでしょう。

 いろいろ考えて差し引き結果がどうなるかは、当て推量でしかありません。でも、プラスよりはマイナスの影響が大きい可能性が高いものと思われます。

(2)閉鎖経済でない場合、名目賃金削減は、外国と共通の単位で見たときに、外国の名目賃金に比べての削減なのであれば、この変化は輸出企業にとって投資に有利なのは明らかです。なぜならそれは国際競争力を高め貿易収支を高める方向に動くからです。

 伝統的に、名目賃金を減らす方が雇用を増やすのに有効だという信念は、アメリカに比べてイギリスのほうが強いのですが、それはたぶんアメリカのほうが、イギリスに比べて閉鎖経済だからなのでしょう。

 イギリスは貿易依存度が高いので、名目賃金削減により国際競争力が高まることによって、いっそう、投資が有利になります。

(3)しかし、閉鎖経済でない場合、名目賃金削減は貿易収支を黒字方向に動かしますが、貿易黒字に対して(関税の引き上げや為替操作などで)他国は防衛しますから、交易条件は悪化する可能性があります。

 だから、一旦貿易黒字によってインフレに傾斜するものの、やがて貿易収支は悪化し、賃金が下がったからには内需も低迷せざるを得ませんから、結果的に実質所得は下がるでしょう。 

 例外は、新規に雇用された人々で、この人たちは消費性向が高まるかも知れません。それによって、ある程度は景気の落ち込みを支えられるかも知れませんが、貿易収支の悪化によって再び失業するかも知れません。

(4)もし名目賃金の削減が、一時的な削減にすぎないと期待されたら、すぐにまた上がるということですから、その期待は、将来の消費性向の上昇が期待されることで、投資に有利なものになります。すでに見た通り、それは資本の限界効率を高めるからです。

 逆に名目賃金削減が、この先もっと賃下げが起こるという予想、またはそうなるかもしれないという真面目な可能性につながれば、それはまさに正反対の影響を持ちます。投資も消費も先送りされ、それは資本の限界効率を減らしますから、景気は悪化して行きます。

(5)手取り賃金の減少が景気悪化のサインとなる場合は債権者も金利を下げざるを得なくなり、金利が下がった分だけ投資にとっては有利になります。

 しかし、もし賃金削減が人々の不満を引き起こして世間の安心感を乱すなら、誰も証券に投資せず、これによる流動性選好の増加は、新規投資によって放出された分を相殺するほど現金を吸収してしまうでしょう。そして、それは、大企業の投資にとってさえ不利になります。もちろん、それは景気の悪化をもたらします。

(6)個別の事業者や産業にとっては、名目賃金の特別な引き下げは常に有利に働くので、全般的に賃金が下がっても(影響はいろいろ変わってきますが)事業者はそれがありがたいことだと思うかもしれず、これが資本の限界効率の無用に弱気な見積もりという負のスパイラルを打破して、もっと普通の期待に基づいて物事を動かしはじめるかもしれません。

 一方、もし労働者たちが全般的な賃下げの影響について雇い主たちと同じまちがい(今の賃下げは企業の業績を向上させ、将来の名目賃金を上げるだろうというまちがい)をしていたら、(つまり、経営者の夢物語を聞いてしまい、妥協してしまったら)、労働争議が沈静化してしまうかもしれません。

 むしろ、平等な名目賃金引き下げを、同時に全産業で確保する方法は一般にあり得ませんから、あらゆる労働者としては、自分の場合だけは賃下げに抵抗する方が利益にかなっています。

 実際に、雇用主が名目賃金交渉を下方修正しようという動きをすれば、物価上昇の結果として自動的に実質賃金がだんだん下がるのに比べて、現実として名目賃金交渉への抵抗はずっと激しくなります。

(7)しかし、もし賃金低下と物価の低下が進行すれば、デフレとなり、借金の多い事業者は返済が困難になり(実質債務の増大)、やがては倒産の憂き目に達するかもしれません。そして投資へのマイナスの影響はきわめて大きくなります。

 さらに、国の債務と、ひいては税金の高さに対して低い物価水準が与える影響は、事業者の安心にきわめてマイナスに作用するはずです。

 以上の(1)から(7)まで、これは複雑な現実世界で、賃金引き下げに対する可能な反応すべての完全なカタログではありません。しかし、重要なものはこれでカバーできていると思います。

 だから、名目賃金低下による影響として、新古典派の想定するものと正反対のことしか期待できないと想定するのであれば、雇用に良い影響が出る唯一の希望は、(4)で見た資本の限界効率の増加か、(5)で見た金利低下による投資増からやってくるものと期待しなくてはなりません。

資本の限界効率向上に有利に働く条件は、名目賃金が底を打って、これ以上変化があるとしたら賃金は上昇するだろうと期待されるということですもっとも不利な条件は、名目賃金がジリ貧で下がり、下がるごとにそれ以上は賃金が下がらないという自信が減っていくような場合です。

 また、事業者にとって名目賃金が2%下がるということは、支払金利が2%下がるということと同じです。だから少なくとも理論的には、賃金を変えずにお金の量を増やしたときの金利への影響とまったく同じものを、賃下げにより生み出すことはできます

 (5)の金利低下については、お金の量を少しだけ増やしても、長期金利には十分な効果が出ないかもしれず、またお金を少なからぬ量だけ増やしたら、信頼性を乱す効果によって他の長所を相殺しかねません。

 それと同じく、名目賃金をちょっと減らしても不十分で、大幅に減らすなどということができたとしても、それは経済主体すべての安心を潰してしまいかねません。何よりも国民の多数を占める労働者が不幸になります。

 したがって、(頻繁に名目賃金を上げたり下げたりする)「柔軟な賃金政策が継続的な完全雇用を実現できるという信念には根拠がありません。』(山形浩生氏訳)

 ケインズは、『人間の本性といまの貨幣制度を考慮するなら、お金の量を変える「柔軟な通貨政策」は、ほとんどの政府がいまでも十分にできることなのに、雇用の自由化によって「柔軟な賃金政策」を欲しがるなど、バカとしか思えない』(山形浩生氏訳)と言っています。

 「柔軟な通貨政策」とは、通貨発行によって減税をしたり、公共投資を増やすことですが、これによってインフレ圧力が生じます。これは雇用政策であり、完全雇用の方向性を持ち、賃金が上がり、株主側は損をしますが、労働者は得をし、豊かになります。

 「柔軟な賃金政策」とは、株主にとって使い勝手の良い労働者にするために、解雇や賃金の削減を容易にする政策です。これはデフレ圧力が生じます。

 政府は、インフレによっても、実質賃金を下げることが出来、中小企業の投資を引き出すことが出来るのに、大企業の投資家(富裕層)の利益のために、インフレを忌避して、デフレを維持しながら、雇用の自由化によって名目賃金を下げようとすることは、以上の数々のシミュレーションから、経済政策として正しいと信じる根拠はありません

 しかし、ブログ主が考えるに、「柔軟な賃金政策」を欲しがるのは投資家と債権者が所得の分配において儲かるからで、正に、投資家と債権者が欲しがり、それゆえ、投資家と債権者に従う政府が実行し、あたかも、他のあらゆる政策と同様に、消費税の増税すらそうであったように、国民が要望しているかのように演出されるのではないかと思われます。

 政府が「柔軟な通貨政策」によって、失業や低賃金に対する雇用政策を行う意欲を持てば、ケインズの望んだ所得再分配型社会の到来が実現可能となります。

 しかし、投資家と債権者はそれだけは絶対に嫌であり、国民を「解雇の自由を伴う柔軟な雇用政策は合理的で素晴らしい」、「柔軟な賃金政策は働きたいだけ働けば良いという自由があるので素晴らしい」というように暗示にかけ、妨害するのです。

 しかし、日本において露呈している事実は、柔軟な雇用政策(働き方改革)とは、自民党の法改正によって労働基準法も骨抜きにし、経営者が労働者を雇用したり、首にしたりする自由を示しているのであり、自民党政府が外国人の移民などで不完全雇用状態を作ってやるので、経営者は安い賃金で誰でも雇え、自由に賃金を下げたり、首にしたり出来る「経営者側の自由」を言っているのです。

 だから、経営者は「柔軟な賃金政策」を欲しがり、経営者の自由に出来ない「柔軟な通貨政策」を忌み嫌い、政治家にそれだけは行わないよう要望するのです。日本の自民党の緊縮財政政策がそのために行われていることです。

 ケインズは、「柔軟な通貨政策」ではなく、「柔軟な賃金政策」を欲しがるなど、バカとしか思えないと言っていますが、それは政府が国民全体のためを考えている場合であって、日本の自民党のように経団連のことしか考えていないならば、「柔軟な賃金政策」をこれからの未来の国の目的として高らかに宣言し、「柔軟な通貨政策」を誰の目にも付かないように暗闇の中に葬り去ってしまうのです。

 

 

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