通貨発行権に排他性が必要な理由

 

 日本国内で、外国の通貨が流通していないのはなぜでしょうか。ドルほどの信用の高い貨幣ならば、日本国内に流通していても変では無いはずです。

 ちなみに、日本国民が信用さえすれば、どんな政府の貨幣でも日本国内で流通します。それどころか、ギリシャにおけるユーロのように、アメリカに中央銀行の機能を委託することにより、米ドルを日本の本位通貨として採用することも出来ます。

 必ずしも、本位通貨でなくても、信用貨幣としての役割は果たせます。江戸時代に発行されていた藩札、戦時下の軍票も貨幣として流通していました。また、民間が発行する商品券クーポン券でも、仮想通貨でも、何かの商品と交換できると信じることが出来れば、貨幣として通用します

 バレなければニセ札であろうと貨幣として機能し、大量であれば金融政策や財政政策の役割も果たせます。

 商品貨幣とか本位貨幣であるとかには関係なく、国民がいつでも何にでも交換できるということを信じさえすれば、どんなものでも貨幣になります。

 それにも関わらず、日本国内で、円通貨以外の通貨が流通していないのは、日本政府が決済手段の障害を設けるなどによって、市場から意図的に円通貨以外の貨幣を排除しているからです。

 もし政府が気を緩めると、どんなものでも貨幣として流通してしまいます。

 ただし、政府がいくら頑張っても、外貨や仮想通貨の流通を阻止する決定的な方法はありません。租税公課が円建てであることは決定的な障害にはなりません。納税の時だけ指定通貨に換金すれば済むからです。

 国内における外貨や仮想通貨の使用を法的に禁止するというのも一つの手ですが、貿易や観光客との取引において両替が自由である限り意味を成しません。

 やはり、国民の自由意志による決済手段の選択の結果として自国通貨以外の貨幣を市場から排除するという方法以外に手段はありません。

 現在の日本の市場で外貨や仮想通貨がほとんど流通していないのは、日本政府が納税だけでなく、会計制度や店頭払いの不便さなどいろいろな手段を併用して、円通貨以外の貨幣の流通を妨害した結果、日本国内において、円通貨以外の貨幣がいつでも何にでも交換できる利便性で円に劣るようになっているためです。

 もちろん、他国の通貨が自国内を自由に流通するような事態は阻止すべきであり、それは間違ったことではありません。

 今幸いにして、外国通貨は、日本国内においていつでも何にでも気軽に交換できるという条件を満たすことが出来ていません。

 その最大のハードルとして、企業が独力で外国通貨の為替変動のリスクに対するシステムを作ろうとしてもコストが合わないので、店舗の決済機能が円通貨以外の貨幣を受け付けなくなっていることがあります。

 そのハードルを乗り越えてドルでも良いという店が現れれば、日本国内で外国通貨の流通が可能になります。

 外国通貨が日本国内で自由に流通することが、いかに危険なことなのかの例として、円と米ドルの両方を貨幣として使える社会を考えてみれば判ります。(米ドルをビットコインと置き換えても同様のことが言えます。)

 円は日本国政府が発行する貨幣で、米ドルはアメリカ政府が発行する貨幣です。この二つの貨幣を同時に流通させようとすれば、為替相場によって変化する円と米ドルの交換比率を瞬時に反映させるシステムを導入し、あらゆる商品に円と米ドルの二重に価格を付けるようにすれば可能です。

 あるときは(150円=1ドル)であり、あるときは(10円=1ドル)と表示されるのです。その時持っているほうの貨幣で買い物をすれば良いのですから、客としては、それが不便と言うこともありません。それに、表示価格は為替相場に従っているのですから、損も得もしないのです。そういう店も稀ですが存在しますから、制度として成立する可能性はあるわけです。

 では、なぜ、政府はこうした円以外の貨幣の流通に消極的なのか、つまり、ほとんど忌み嫌っているのかというと、それは決してややこしいという理由からではありません。

 為替相場は時間と共に変動していきます。アメリカは米ドルを自由に印刷できますから、もし、アメリカが金融緩和を行い、米ドルを大量に印刷すれば、モノの価格表示は円高となり、ドル安の表示になります。

 そうすると、日本国内で、米ドルで持っていた人たちは、ドル安となる過程で大きな損をします。そしてドルによって支払いを受けることを嫌がるようになります。数日後にはさらに価値が下がるだろうと予想するからです。

 逆に、日本が円通貨を大量に増刷すれば、物価は円建て面が上昇し、ドル建て面は変わりません。そうなると、ドルで持っているほうが得ですから、誰も円を受け取るのを嫌がります。日本国内でこういうことが起こります。

 企業も国民もどちらが得かを常に天秤にかけながら判断します。

 このように、日本国内でドルの流通を認めてしまえば、日本国内のどのような些細な商取引の現場でも、耐えられない水準で、アメリカの金融政策や財政政策の影響を受けることになるのです。

 ドル高円安が進行している状況下で、日本政府が財政政策を行おうとすると、国民が円建て決済を嫌がり、円を投入しても資源や人材を集めにくくなります。

 すなわち、政府は財政政策のための資金調達を行おうとしても、円建て国債の価格が下がっている状況では政府支出においてさえドルを調達するようにしなければ、日本国内において物資が調達しづらく、公共投資がやり辛くなるという事態が起こってしまうのです。

 そのときは、円を使った政府投資だけでなく、円を使った民間投資も不利になります。これは、自国通貨の国内における貨幣としての機能の一部が損なわれるということであり、政府が自国における財政政策や金融政策の指導力を失うということでもあります。

 したがって、日本政府は、ドルが日本国内でそう簡単には流通しないよう、故意にドルの流通を妨害しているのです。

 この自国内で自国通貨を排他的に流通させる政策は、国内市場において、自国通貨が指導力持ち、財政政策や金融政策を機能させるために非常に重要なことです。

 ゆえに、どこの国でも、他国の通貨が国内に流通することを拒みます。ほとんど、このことは意識すらされることなく、当然の慣習として行われています。

 逆に言えば、このことは、自国政府に自国の財政政策と金融政策を主体的に運用するという意思がなければ、国家主権とその発露たる通貨発行権何の意味も持たないということを意味しています。

 財政政策(税制を含む)と金融政策(金融制度を含む)は国家が国民生活を守るための最重要の手段の一つであり、の主体性を確保するための唯一の手段が、排他的な通貨発行権なのです。

 

 

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