②消費税は生産面に課税されている

 

 課税をめぐる対立軸は「富裕層の余剰資金」対「低所得層の生存資金」との両端にあります。経済主体(人間)に置き換えれば「投資家・債権者」対「中小企業・労働者」の対立です。これは、ケインズの二階級観でもあります。

 貨幣は、営業利益によって企業に吸い上げられ、企業の営業利益は投資家のものですから、あらゆる経済活動の終着点として、貨幣は富裕層に集中して行きます。それが経済活動というものだからです。

 ただし、ここで、それを批判するつもりはありません。経済活動というものがそもそも搾取の本能に動機付けされるものですから、搾取の全てを否定すれば経済活動が止まってしまうからです。だから、搾取そのものが悪いと言っているのではありません。

 しかし、搾取のレベルが問題なのです。

 経済活動から起こる富裕層の余剰資金の増加は、一方で低所得層の生存資金つまり消費資金の不足を生じさせます。そして、消費性向の高い低所得層の資金が減少しデフレが始まります。

 理屈としては、デフレの原因は低所得層の消費資金不足にあるのであって、富裕層がいくらお金を溜め込もうが、低所得層の消費資金が十分に大きいものである限り問題ではありませんが、現実世界では、富裕層にお金が集中すると、他方で、必ず低所得層の消費資金不足が起こることになっています。

 なぜそういうことが起こるかというと、富裕層は、お金を溜め込むと同時に、溜め込んだお金がインフレによって価値が下がらないよう、政治家を使って低所得層における貨幣不足の状態、死ぬか生きるかの瀬戸際の状態を維持しようとするからです。

 つまり、富裕層は、本能からインフレを嫌い、低所得層や貧困層が豊かになることを妨害するのです。

 そもそも、政府が行う経済政策とは所得再分配であり、本来、低所得層および貧困層などの弱者を救うために行うものでした。たとえ、行政サービスの対価という理屈であろうと(このブログで何度も言っているように、その理屈は間違っているのですが)、近代税制の趣旨からは、所得再分配の趣旨において低所得層や貧困層の可処分所得を減らすような増税は本末転倒です。そんなことをすれば、何のための行政サービスなのか分からなくなります。

 ちなみに、税金に行政サービスの対価という目的は本質的に存在しませんから、この理由づけは無視して、合理的理由であるインフレ対策だけを取り上げるならば、たとえ低所得層への増税より効果が薄いにしても、富裕層の余剰資金に対して増税し、貨幣を回収しなければならないのです。

 何度でも言いますが、税金はインフレを抑制するために財市場から貨幣を回収する手段であり、それ以外のものではありません。したがって、懲罰効果そのものを目的として課税する場合を除き、余程のことが無い限り、つまり、例えば、道路建設が接道する土地の価格を上昇させ、土地の所有者が他の国民に比べて格別の利益を得る場合、公平を図るために土地の固定資産税を懲罰的に課税すること、または、健康や社会生活に好ましくない影響を与える酒、煙草などに対して懲罰的に課税するという理由でも無い限り、担税力を無視することに課税の正当性はあり得ません。

 担税力はどこに存在するかということですが、これは「分配面のGDP」にのみ存在します。

 GDPの三面等価の理論は、同じ一つの経済活動を段階ごとに表現したものです。

(1)支出面のGDP=個人消費+企業投資+政府投資+純輸出

(2)生産面のGDP=生産-中間材

(3)分配面のGDP=企業利益・地代・利息+雇用者報酬+固定資本減耗+生産・輸出品にかかる税

または、

(3)分配面のGDP=消費+貯蓄+租税

 この三面の貨幣の概念上の移動は、支出面からスタートすれば、支出面(消費と投資)→生産面(付加価値)→分配面(企業利益と個人所得)となります。

 支出段階ではまだ貨幣は移動中(フロー)で誰のものにもなっていません。生産段階でも、貨幣は移動中(フロー)でまだ誰のものでもありません。分配段階で、ようやく、貨幣は停止してストックとなり、個人か企業かのいずれかに所有者が決まります。そのとき、始めて、その人が消費するときに、その所得が十分なものであるのか、まだ不足しているのか、贅沢が出来るほどに十分すぎるのかが判ります。すなわち、ストックとして落ち着くところに担税力の判断が存在します。そこ以外に担税力の判断はあり得ません。

 人件費は労働者の所得(個人所得)に、企業利益は企業の内部留保金(企業利益)と株主配当(個人所得)に、利子は金融法人の利子収入という売上を経て、金融法人の労働者の所得(個人所得)、内部留保金(企業利益)、株主配当(個人所得)に分配されます。

 このようにして、全ての生産物は企業利益または個人所得になります。そして、分配されたところに担税力が存在します。ゆえに応能税として、企業利益には法人税、個人所得には所得税が課税されているのです。

 法人税と所得税で全ての担税力を網羅出来ます。

 ちなみに、なぜ、企業の利益が担税力と言えるのかというと、賃金を支払った後の残余だからです。人間が生存出来るだけの生存物資を除いた残余であるから担税力というのです。

 個人所得が担税力となるのは、基礎控除のほかに、医療費控除や扶養控除など生きて行くための様々な費用が控除されるからです。今、所得税の基礎控除は38万円しかありませんが、理論としては生存できるだけの資金を控除していることになっていて、残りは余力という解釈になっています。(実際はそれだけの控除では生きて行けませんので、控除額を200万円ほどにすれば、低所得者は生存確率を高めることが出来ます。低所得者から、インフレ回避のためにすぎない税金を血眼になって取る必要はどこにもありません。)

 低所得者に対して重い税金をかけようとすると、通常は、国民から批判を浴びることになります。政府としても、露骨に低所得者の賃金への課税を増やすようなことは出来ません。

 そこで、シャウプは、狡猾にも、「生産面」つまり企業の生産する付加価値に課税することにすれば、株主としての利益を守りたい経営者は、必ず、労働者の賃金を削り取り、消費税の支払いに回すはずだから、そのことによって、事実上、労働者の賃金に課税することが出来ると考えたのです。

 

 

発信力強化の為、↓クリックお願い致します!

人気ブログランキング