①管理通貨制度と政府支出の財源の変化
金本位制下においては、政府支出の財源を調達する方法は税金しかありませんでした。(ただし、金鉱山から金(gold)を増産した場合か、貿易黒字によって外貨を取得した場合は、それに見合う兌換紙幣を発行することが出来ます。)
金本位制下における場合の国債発行による資金調達については、償還するときに金準備高を超える可能性があるので、税収に見合う一定水準を超える利用は出来ません。よって、国債発行についても、いつかは税収によって返済しなければならないという意味において、税収が財源となります。
しかし、税金を集めようにも、低所得者や貧困層に増税すれば、そもそも低所得者や貧困層に所得再分配するための政府支出が意味を成さなくなります。
だから、どうしても、高所得者(富裕層)への課税を中心にしなければなりません。そこに余った貨幣(担税力)が存在しているからです。
ところが、富裕層への課税は、富裕層による政治家や経済学者の抱き込みなどによる抵抗が激しく、なかなかうまく行きませんでした。
したがって、金本位制の下では、低所得者や貧困層に所得再分配するための政府支出の財源は、常に困窮せざるを得なかったのです。
そこで、業を煮やしたケインズは、金本位制を廃止し、政府が自由に貨幣発行を行い、政府支出を自由に行えるようにしようと主張しました。そうすれば、富裕層への課税が困難でも、紙幣を印刷することによって低所得者や貧困層に所得再分配を行えるようになるからです。
そうするとインフレが起こりますが、インフレこそ、富裕層の預金と債権に対するインフレ税(預金と債券の実質価値の減少)という富裕層の資産の強制的な回収そのものになります。
ケインズにとって、金本位制からの離脱は、富裕層への課税が出来ないことに対する対抗手段でした。
金本位制から管理通貨制度への転換は、ようやく、ケインズの死後25年経って、1971年のニクソンの兌換停止宣言で最終的に達成されました。
そして、金本位制を廃止した1971年以降、政府は財政破綻を心配することなく、低所得者や貧困層への所得再分配政策を行うことが出来るようになりました。
それは、経済史上の体制的転換であり、経済政策の地動説的転換になるはずでした。ところが、世界の経済学者の誰もそのことを言わなかったのです。むしろ、世界の経済学者の誰もが、その体制的転換を国民の誰にも気付かれないように、息を殺して平常を装い、時が過ぎ去るのを待っているかのようでした。
経済とは何かを考えるときに、一体何をしたいのかの問題意識がなければ、経済学は、あるインプットによって、あるアウトプットが得られるかという、ゲームにすぎなくなってしまいます。
経済学ではそうしたゲームのような論争が延々と続きますが、そうした論争によって、むしろ、その経済学者が何を目指そうとしているか、どこに誘導しようとしているかに注意し、場合によっては警戒しなければなりません。
そういう視点を持って経済学を眺めれば、主流を成す新古典派経済学は、投資家と債権者に利益をもたらすための経済理論しか眼中に無く、これと対立して、ケインズの目的はまさに低所得者や貧困層を救うための経済学であることが明白になります。
もちろん、それは低所得者や貧困層を救うことによって経済成長が可能となるという、経済成長至上主義者たちの要求を満たすことで正当化されるという当時の空気の中での論争になりましたが、ケインズの理論は「内需によって低所得者や貧困層を救うことが経済成長政策そのものである」という理論であり、それによって経済成長至上主義者たちの論争の前提条件を満たし、ケインズ経済学は経済学的に受け入れられたのです。
金本位制当時の経済学の第一の目的は安定的な経済成長でした。しかし、そのときの経済成長理論はあくまで、投資家たちの富の獲得という願望が学問という形式で表現されただけのものであって、あらゆる角度から真実を検証する意味の学問としての実態はありませんでした。
現代の日本の自民党政権の論理は、「経済成長」を達成すると言うだけであり、その場合、富裕層たちが経済成長を牽引するという論理が強調され、1990年のバブル崩壊以前まで日本に存在していた「労働者を守る」という気概は、会社がつぶれるよりはマシだろうという論理に取って代わられています。
当然ながら、「内需によって低所得者や貧困層を救うことが経済成長政策そのものである」という理論は完全に葬り去られ、経済成長のためには、国際的な自由競争の中で企業が生き残って行くしかないという「投資家の論理」が政治家たちによっても、マスコミによってもプロパガンダされています。
つまり、内需拡大であろうと、経常黒字であろうと、どちらでも構わなかった経済成長の理論は、経常黒字による経済成長しかあり得ないという理論へと、「投資家の要求」によって歪められているのです。
そして、国民のための経済成長戦略と言いながら、国際的な自由競争に勝って、投資家が利益を上げることが何よりも優先されており、日本の政治家やマスコミなどからは、内需中心による経済成長理論は否定されています。
投資家は富裕層を形成します。すなわち、一般的な国民ではなく、富裕層が主人公となる社会こそが、現代の自民党の目標であり、これは、全世界で蔓延している病気でもあります。
自国が戦争に巻き込まれているときは、そうも、言っていられませんでしたから、軍需産業や公共投資に資金が集中され、結果として、そこで働く労働者たちにも所得が分配されていました。
また、戦争準備中は、金本位制は一時停止され、紙幣が増刷され、その結果、むしろ、低所得者や貧困層への所得再分配を伴う経済成長が起こりました。
もちろん、富裕層はそこでも儲けましたが、利益を独占するところまでには至りません。戦争中は富裕層もまた犠牲を強いられたのです。
終戦後は軍需産業が縮小されたときに、その労働者は戦災復興のための公共事業などに振り向けられ、所得はさらに低所得者や貧困層へ分配されて行きました。
富裕層もある程度の利益を上げ、それで満足しているようにも思えましたが、富裕層の望むことは、自分たちだけが永遠に繁栄する経済体制を創り上げることであって、低所得者や貧困層への所得の分配は、その可能性を薄めるが故に忌々しいものでしかありません。
富裕層が政府に所得再分配政策を止めさせるためには、ある種の大義名分が必要でした。
それが、日本においては、バブルの崩壊から現在に至るまでのシナリオ、すなわち、金融機関や企業の倒産を演出し、企業が生き残らなければ雇用もなくなるので労働者は賃金が安くても文句を言ってはならない、そして、政府財政が危機的な状態にあるので、所得再分配も我慢しなければならないという練り上げられたシナリオです。
これらは、国際投資家グループによって描かれたシナリオであり、そのシナリオは自民党政府によって演出・興行され、バブルの崩壊、金融機関や企業の倒産といったパフォーマンスが公演されました。
このような流れの中で現在の財政均衡主義が存在します。
それは、正に、金本位制下の財政均衡主義と全く同じものです。
管理通貨制度への移行で、政府財政にデフォルトが無くなったので、財政均衡主義者たちは、こんどは、デフォルトが起こるとは言わずに、ハイパーインフレが起こるので財政均衡(財政の黒字化)が必要だと言っています。
投資家が富を独占するための必須の政策が、ハイパーインフレ回避のための財政均衡と、ウソの成長理論である国際競争力強化です。
国際競争力強化とは貿易における価格競争力強化であり、自国の労働者の賃金を下げ、自国をデフレにする政策ですから、輸出企業が儲かるだけで、労働者は貧困化します。
国内の消費が減少するので、国内に生産設備のない後進国ならいざ知らず、少なくとも、先国内に生産設備が潤沢な進国においては、経済成長が損なわれます。
財政均衡と国際競争力強化は橋本龍太郎内閣以降の自民党の公式の世界観であって、現在に至るもこの路線はまったく揺らいでいません。そして、財政均衡と際競争力強化で国際投資家は儲かり、国民の大多数は貧困になって行ったのです。
しかし、どのように、経済学のあらゆる知恵を引っ張り出して考えて見ても、先進国において「財政均衡と国際競争力強化」と「経済成長」は両立しません。
1930年代当時のケインズにとっても、財政均衡と国際競争力強化を唱える新古典派という現役王者に対抗する挑戦者としてリングに上がるためには、少なくとも経済成長に関する議論で戦わなければなりませんでした。
ケインズは、しばらくの間は、経済成長理論をテーマとして学会で論争することになります。
それは、経済成長の手段として、低所得者と貧困層を失業から救い、お金を持たせれば、消費性向および(投資家の意欲としての)資本の限界効率が上がり、経済成長が達成されるという理論と、貨幣の貯蔵はむしろ経済成長にとって良くない方向に働くという理論によって行われました。
ケインズ経済学は、次第に新古典派を論破し、遂にケインズ経済学がマクロ経済学を創設するに至りました。
この傾向は現在も続き、マクロ経済学とはケインズ経済学のことを指します。
しかし、1973年のオイルショックをきっかけにして、徐々に、新古典派総合やニューケインジアンなどと呼ばれる裏切り者や工作者の手によって、ケインズ経済学は危機のときには役に立たないとプロパガンダされ、あるいは、ケインズ経済学は時代遅れの古い経済学と言われ、主流から追いやられています。
しかし、この時、ケインズ政策の実施については、新古典派勢力との抗争で著しく妨害され、それまで認められていた財政政策や金融政策、つまり、低所得者や貧困層への所得再分配は妨害され、財政の緊縮と金融の引き締めしか実行出来なかったのです。
したがって、適切な対応とはならず、不況から脱出出来ませんでした。
それを、投資家と債権者に追従する政治勢力やマスコミからケインズ経済学の誤りとされたのですから、この戦いというものは、無知な国民を騙す、相当にタチの悪いプロパガンダ合戦の様相を呈していたのです。
しかし、ケインズ経済学およびそのための経済学論争は、低所得者と貧困層の救済に向かうためのものであるからには、投資家や債権者に激しくののしられ、タチの悪い攻撃を受けることは最初から覚悟の上のものでした。
そして、いまだに、ケインズ主義は多勢に無勢であり、そうした劣勢から立ち直っていないのです。