②インフレで賃金が上昇するメカニズム

 

 インフレが適度のスピードで進むと、すぐに事実上の完全雇用が達成され、賃金がインフレ以上のスピードで上昇するようになります。

「事実上の完全雇用」とは、完全雇用が賃金に対して作用すると同様の効果をもたらす雇用率の達成という意味です。

 賃金が、ゆるやかなインフレ時に、インフレ率以上のスピードで上昇する理由は、完全雇用による労働者の立場の向上、および、物価に対する利子率変動の遅行性に存在します。

 インフレになると、まず、企業の売上が増加します。このとき、売上の分配先の「売上=仕入費+利払い+地代+人件費+利益」において、売上と仕入費は同率でインフレ率に比例して上がりますから、「利払い+地代+人件費+利益」の合計もインフレ率に比例して上がります。

 しかし、金融機関は変動金利による貸付金については、インフレが十分進んだのを見計らってしか、利子率のアップを要求出来ません。インフレが起こりそうだと予測して早めに利子率のアップを要求すると、当局の疑惑を招くだけでなく、債務者に訴えられかねないからです。また、固定金利の貸し付けの場合は全く金利を動かすことが出来ません。

 地代も利子率と同様のポジションにあり、インフレが目立って大きくならない限り、借地人に地代のアップを要求出来ません。それどころか、インフレがかなり進行している場合でも、借地人はなかなか値上げに応じません。家賃も同様です。地代や家賃はインフレになってもほぼ値上げできないと言っても過言ではありません。

 「利払い+地代+人件費+利益」がインフレ率に比例して増加したときに、「利払い+地代」は上がらないのですから、「人件費+利益」の合計はインフレ率以上のスピードで増加します。

 このとき、最初は、株主は知らん顔をして増加分を自分のポケットに入れますが、やがて、完全雇用によって人手不足が深刻になると、人件費のアップを渋っていれば、他の企業との人材の争奪戦で負けてしまい、企業が潰れかねませんから、株主はギリギリまで自分の取り分である利益の増加を譲歩し、人件費に回すこと承知せざるを得なくなります。

 正に、このことによって、賃金は物価の上昇率以上の上昇率で上がるようになります。

 そして、まったく同時に言えることは、賃金が物価より上昇しているときは、その分、株主つまり投資家の取り分減っているということです。

 投資家と労働者は、「利払い+地代」の増加が抑えられている間は、売上の増加分について自分たちの取り分を取り合い、「事実上の完全雇用」状態になると、労働者が強くなり、経営者は、労働者の賃上げに応じるようになります。

 このインフレのときに起こる現象は、いくら強調されても、強調しすぎるということはありません。

 なぜなら、だからこそ、投資家はインフレを嫌がり、インフレ阻止のために政治家とマスコミを抱き込み、あらゆる妨害工作を行い、デフレを維持しているからです。

 そして、正に、労働者と投資家との戦いも、資本主義が揺ぎ無いものとなった21世紀に至って、それはインフレを起こすか起こさないかの戦いに変貌しています。

 ちなみに、オイルショックなどによるスタグフレーションを例に出して、インフレは賃金を下げるかのような誘導をする者もいますが、スタグフレーションは基本的にデフレであって、スタグフレーションをインフレの例とするのは間違いです。

 なぜなら、スタグフレーションのときは、名目GDPは上がっていないので、GDP=PQ(物価×物量)において、PおよびQもまた上がらないので、貿易や天災によって燃料や食料など一部の商品が上がっているのなら、貿易や天災の影響を受けにくいコアコアCPIと呼ばれる生活必需品の物価は下がっているはずだからです。

 コアコアCPIが下がっていれば、たとえ、燃料や食料などの輸入物資が上がっていようと、全体はデフレです。

 スタグフレーションの場合は、「売上=仕入費+利払い+地代+人件費+利益」において、まず、仕入費が上がります。この仕入費は、石油製品を生産または販売する企業にとっては売上ですが、石油製品を生産または販売する企業にとっても、原油輸入費の高騰により仕入費は上がっているので、利益が増えるわけではありません。

 輸入の増加は、マネーストックの減少であり、そこから起こる経済現象はデフレです。

 1973年のオイルショックのときは、石油製品を生産または販売する企業でも粗利が減少し、最も弱い人件費にシワ寄せが行き、スタグフレーションというデフレの現象として賃金が下がりました。

 石油関連以外の企業は仕入費の増加と共に、売上も下がります。

 なぜなら、消費者は、石油製品が値上がりすれば、石油製品の値上がり分を賄うために、他の商品の消費を控えることは間違いないからです。

 買い控えをされるものを生産し、販売をしている企業は赤字となり、解雇や賃下げの圧力が発生します。

 ただし、過去の例では、その混乱を利用して一儲けしようと、便乗値上げなどが起こり、利益や雇用に与える影響は変則的なものになっていす。

 原油の値上がりによるスタグフレーションの正しい解決策は、石油製品の値上げを止める条件で、原油の値上がり分を政府が補填することです。このとき、決して、石油製品の値上げを野放しにしたまま、石油会社の利益減少分を補填してはいけません。そんなことをすると、石油会社は、石油製品の値上げを止めないままに、補助金を利益に補填します。石油会社は自分たちが儲かるように補助金を利用します。

 1973年のオイルショックのときは、その正しい政策が行われずに、代わりに、単なる財政や金融の緊縮という間違った政策が行われ、景気の急激な悪化を引き起こしました。

 全ての経済活動は政府のコントロール下に置かれなければならないというケインズ的な思想を理解していれば難なく正しい政策導くことが出来たはずです。(※詳しくは、後述の「スタグフレーションの万能の解決策」を読んで下さい。)

 逆に、デフレにおいては、利子の変化の遅行性から、デフレ率を超えるスピードで賃金が下がります。

 「売上=仕入費+利払い+地代+人件費+利益」において、デフレが起こった場合、売上と仕入費は同率でデフレ率に比例して下がりますから、「利払い+地代+人件費+利益」の合計もデフレ率に比例して下がります。

 しかし、今度は、金融機関はなかなか金利を下げようとしません。デフレで企業の業績が悪化して来ると、さらに、金融機関は鬼のような形相でリスクが高まったと言いながら、金利を上げようとする始末です。これが、デフレによる債権および債務の実質価値の増大です。

 デフレの時に金利が下がると思うのは、金融緩和を行った場合に政策的に金利が下がるのであって、デフレによって金融機関が優しくなって、または、実質金利を気遣って金利を下げてくれるわけではありません。

 つまり、デフレのときに金利が下がるのは、政府がデフレ対策として金利を下げる金融政策を行うから下がるのであって、政府がいつまでも下げる決心をしないときは、金融機関は簡単に金利は下げてくれません。

 地代も、今度は、貸主に地代を下げてくれと言ってもなかなか応じてくれません。家賃も同様です。地代や家賃はインフレであろうが、デフレであろうが、変動はほとんど有りません。

 利払いと地代がなかなか下がらないからには、「人件費+利益」の合計がデフレ率を超えるスピードで減少します。

 しかし、このときは、不景気によって不完全雇用が起こっていますから、労働者より株主の立場が強くなっています。

 それに加えて、現代は雇用の規制緩和によって解雇しやすくなっていますから、労働者は賃金のアップを要求できないどころか、首にならないように、どんな割の合わない仕事でも受け入れざるを得なくなっています。

 インフレからデフレに変化するときに、この力関係は逆転し、この力関係の逆転によって、株主の利益は守られ、労働者の賃金だけが下げられるようになります。

 賃金を下げる場合は、既存の雇用者の一部の賃金を守りながら、人員整理や新規雇用者の賃金を下げることで行われます。

 だから、賃金が上がるときは、全体の賃金が上がって行くのに対して、賃金が下がるときは、正規雇用、非正規雇用、失業者でバラツキが生じ、最も弱い階層の賃金が下がることで、全体の平均値が下がるという現象が起こります。

 このようにして、労働者の賃金はデフレ率以上のスピードで減少するのです。

 また、株主や古参の正規社員の所得水準が守られ、新入りの若年労働者や非正規雇用の賃金が下がることで、すなわち高消費性向家庭の所得が下がることから、国民の平均の限界消費性向は急激に下がります。

 よって、賃金の減少に対応するマイナスの乗数効果が発生すると同時に、限界消費性向の低下によってもマイナスの乗数効果が発生します。

 つまり、デフレが進行しているときは、「GDPの減少→賃金および限界消費性向の減少→GDPの減少」というメカニズムが作動し、デフレはスパイラルします。

 このデフレこそが、労働者にとって最も恐れるべきものなのですが、しかし、労働者はそのことを判っていません。

 ゆえに、政治家は、労働者はデフレについて何も言っていないので、労働者からは聞くべきことは何もなく、常にインフレはダメだと言い続けている富裕層の言うことを聞き、デフレのままにしているのです。

 

 

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