①スタグフレーションの万能の解決策

 

 ケインズ政策デフレから脱するための理論で、インフレは解決出来ないので、ケインズ政策だけで、経済のコントロールをするのは間違いだと言っているのが、新古典派総合やニューケインジアンと呼ばれるグループです。

 ケインズ政策がとりわけ否定され始めたのは、1973年のオイルショックからで、そのときに起こったスタグフレーションに対して、ケインズ政策ではうまく対処できなかったためだと言われています。

 しかし、うまく対処できなかったのは、このとき、政策担当者の怠慢、法律の整備の限界、政治的な弊害などの諸要素が絡み、政府の積極的な指導というケインズらしいやり方が妨害されたからだと見るのがまともです。

 政治家や経済学者が怠惰で、その重要な分析をやらないから、いまだにケインズ的な政策ではインフレを沈静化させることが出来ないなどと、ケインズを良く知りもしないくせに、無知なことを言っているのです。

 そもそも、ケインズ政策とは何かというと、国家が税制、金融制度、財政政策、金融政策などの全てをコントロールして行う、民間経済への究極的な介入のはずです。

 ところが、現在のアメリカや日本において、経済学は、経済を自然現象のように見て、政治のせいではなく、政治が介入するようなものではないという論調一色となっています経済を自然現象のように見るのは新古典派経済学の特徴です。

 しかし、現在に至る税制、金融制度を創って来たのは政府自身であり、財政政策や金融政策でミスリードして来たのも政府自身なのです。

 それにも関わらず、今度は、経済は自然現象なので、国民一人一人が対処しなければならず、政治に頼るのは間違いだと言い、ケインズ政策をもって、規制の制度の財政政策や金融政策を変えてまでやるのは、自然に逆らうもので、現実的でないと一蹴されます。例えば、『古臭いことを言うな』とか『知識が古いので勉強しなおせ』などと言われます。

 このような空気の中で、というよりも、このような国際投資家や政治家やマスコミの圧力の中で政治が機能しくなっているのです。

 すなわち、ケインズ政策が誤りなのではなく、そもそもケインズ政策を使わせてもらえないのです。

 日本においては、ケインズ政策は1950年代および1960年代(日本では吉田内閣から田中角栄内閣を経て大平内閣までの時代)に採用され、アメリカをはじめとする世界の経済成長と共に、順調に経済成長を遂げることが出来ました。これは、意識して行われたかどうかに関わらず、結果として、税制や社会福祉などにおいて限界消費性向や資本の限界効率が高まる政策が行われていたということです。

 しかし、1973年にアラブ産油国が原油の大幅な値上げを行ったことによって、石油輸入国に悪性のインフレと呼ばれるスタグフレーションが起こりました。

 この時、ケインズ政策を支持して来た者がスタグフレーションに対応しようとすると、政府は最小限にしか民間経済に介入してはならないという勢力との抗争で著しく妨害され、それまで認められていた財政政策や金融政策、つまり、財政の緊縮と金融の引き締めの範囲内でしか実行出来ませんでした。つまり、政策担当者の怠慢、もしくは、政治的な妨害です。

 したがって、適切な対応とはならず、不況から脱出出来ませんでした。

 そのため、一定の原材料の値上がりによるスタグフレーション(コストプッシュインフレ)に対して、デマンドプルインフレを抑制するという見当違いな対策が行われ、ケインズ主義は無力であると見当違いな批判をされたのです。

 オイルショックを契機にして、未熟であった者がほとんどだったので、ケインズ主義は否定され、この世に真っ当なケインズ主義者はいなくなりました。

 そのとき、同時にケインズ主義の精神面の主張であるところの、国民の平等という理想も失われました。

 ケインズ政策を妨害したのは新古典派経済学です。新自由主義とも呼ばれます。彼らは確信的に国民の平等という理想を葬り去ったのです。

 世界中の政府にこうした新古典派経済学を盾に取る勢力が居て、オイルショックやバブルのたびに、ことさらにケインズ政策のようで、ケインズ政策とは異なる政策を行い、それにも関わらず、ケインズ政策の責任に転嫁し、そして、ケインズ政策を悪者に仕立て上げ、巧みに、新古典派の政策に誘導して来ました。

 一般的に、インフレとスタグフレーションの違いは、前者は従来どおりの商品の配分比率が維持されたままのインフレであるのに対し、後者は賃金以外の特定の輸入品などの原価が先に上がるタイプの、原価の配分比率の変化を伴うインフレであると説明されています。

 しかし、スタグフレーションは、外国に流出する貨幣が増えた分のマネーストックが減少することで、デフレの一種にすぎないものであって、よって、インフレへの誘導政策が採用されない限り、輸入商品の狂乱物価が沈静した後もデフレ不況が続くと考えるべきです。

 このことは、以下の説明で明らかになります。

 普通のインフレは、減税や公共投資などで、主として低所得層の持つ市場の貨幣の量(ケインズのM1)が増え、全体的な物価の上昇となります。このタイプのインフレは、はじめは値上がり分の差益は株主が独占しますが、インフレは物不足のサインですから、他の企業も生産に参加して来て雇用を拡大するので、ほぼ完全雇用が達成され、労働力の希少性から賃金が上がるようにな結果的にバランスの取れたインフレになります。そして、このタイプのインフレが数年続くことで、商品の値上がりから賃金の上昇までの流れは、労働運動などによってスムーズに行われるようになります。

 このように、市場の貨幣の量が増えるインフレをデマンドプルインフレと言います。全体の物価と賃金が並行して上がって行くイメージです。

 オイルショックにおけるスタグフレーションの場合は、市場の貨幣の量が増えているわけでもないのに、例えば原油価格の値上がりなど、原価のどれかが値上がりし、そのため一部の商品の値上がりとなるものです。このタイプのインフレをコストプッシュインフレと言います。

 輸入製品の値上げで起こるコストプッシュインフレは、財市場の貨幣(マネーストック)の海外への流出であり、それは金融機関または政府部門が行う外貨との交換による円通貨の回収でもありますから、したがって、その本質はデフレです。

 消費者も今までの配分を変えて消費したりし、他のものを節約しなければならなくなり、他の商品価格においてはデフレの性質が表面に出て来ます。

 企業も仕入が高くなった分、賃金を下げるというように投資の配分を変えます。

 スタグフレーションというデフレの最大の影響を受けるものが賃金です。よって、スタグフレーションでは賃金は下がます。

 スタグフレーションによって賃金が下がるメカニズムを詳しく説明すると次の通りです。

 企業内では、売上の分配先「売上=仕入費+金利+賃金+純利益」において、まず、石油製品に関連する「仕入費」が上がります。しかし、「金利」は適正に下がりませんし、経営者は「純利益」を下げようとしませんから、というより、純利益が出ている企業の方が少ないので、商品価格を上げることで「売上」を上げるか、それが出来ない場合は「賃金」を下げるかして、切り抜けるしか方法はありません。

 普通、「売上」を上げる努力はなかなかうまく行きませんから、賃金を下げようとします。

 市場に与える影響はそれだけでは止まりません。必ず、石油製品の値上がりに便乗しようとする者が現れて来ます。

 したがって、世の中は、石油製品の値上がり、それに便乗した商品の値上がり、賃金の下落という混乱が起こります。

 日本では、1973年のオイルショックの時、原油価格が引き上げられたことで、原油を原材料とする商品をはじめとして、トイレットペーパーなどの広範な商品の価格が上昇し、市場は混乱しました。

 このときは、狂乱物価などと呼ばれましたが、一部の商品に限って起こった物価上昇にすぎません。

 スタグフレーションは基本的にデフレなのに、時の政権は、さらにデフレに誘導するための財政緊縮政策と金融緊縮政策で追い打ちをかけるという馬鹿ことをやり、長期景気の低迷に陥りました。

 このときは田中角栄内閣末期であり、公共投資や金融緩和による貨幣量の供給が過剰であると批判されていましたので、オイルショックにかこつけて、いきなり需要抑制政策が行われたのです。

 それは、スタグフレーションに対する対応をたまたま間違ったというより、確信犯的にインフレを忌み嫌う経団連などの富裕層の圧力で、オイルショックの圧力で闇雲にインフレ抑制政策をやらされたという見方が妥当でしょう。

 しかし、そもそも、スタグフレーションはデフレの一種ですから、インフレ抑制政策を行うほうがどうかしています。しかし、日本の経済学者と政治家はそれを受け入れたのです。

 日本ほどではありませんが、世界的にもこの傾向が存在し、スタグフレーションに対て、現代の複雑な不況においては、公共投資などのケインズ政策は効果が無く、むしろ構造改革を行い、緊縮財政や規制緩和などの新古典派経済学的な方法が正しい政策であるとして、ケインズ経済学と新古典派経済学を融合すると称する新古典派総合やニューケインジアンなどの学説が台頭しました。

 しかし、この新古典派総合やニューケインジアンの言っていることは、国の税制、社会福祉制度、金融制度による所得再分配を軽視し、規制を緩和して行く点において新古典派経済学と同じ精神性を持っており、彼らは、制度的枠組みを重視するケインズ主義とは似ても似つかない似非ケインジアンなのです。

 一般的な貿易赤字の場合は、全ての輸入が民間の貨幣で行われ、マネーストックが減少しますから、国内にデフレ圧力がかかります。貿易赤字によるデフレの場合は、単純なインフレ誘導政策を行えば良く、つまり、内需拡大政策によって財政支出を増大させ、マネーストックを増大させれば解決します。

 アメリカは常に貿易赤字の状態ですが、順調に経済成長を続けています。

 スタグフレーションも基本的にはデフレなのですから、政権は、正当な財政政策と金融政策で対処しなければなりません。

 オイルショックから起こるスタグフレーションの万能の対応策は、オイルショックが起こった当時の各国政府の採用したあらゆる政策と異なります。

 それは、原油の値上がり分を政府が補助金を出して補填することです。そうすると、原油の値上がりが、原油を原材料とする商品の市場価格に影響を与えることは無くなります

 石油値上がり分を補填するときに、政府が直接外国石油会社に代金を払う方法と、一旦、企業(石油輸入業者)に支払わせ、あとで政府が企業に石油値上がり分を補填するという方法がありますが、このとき、間違っても補填するかどうかを企業に決めさせてはなりません。なぜなら、企業は、石油の小売価格を上げたままにし、補助金を利益に回すからです

 前者では、まず、政府部門の保有している外貨準備を使えば、政府が外貨を抱え込むときにすでに貨幣は市場に放出されていますから、改めて政府債務は拡大されず、円も追加発行されず当面は何も起こりません。これは、有効な外貨の使い道でもあります。

 しかし、外貨準備を使い果たせば、政府は貨幣を発行し外貨をどこかから買い取らなければなりません。このとき、政府は金融機関から外貨を買い取ることになります。

 金融機関から外貨を買い取るときにマネタリーベースが増加します。外国の金融機関から買い取るときは、外国の金融機関の保有する円通貨はマネーストックであり、マネタリーベースでもありますから、マネーストック、マネタリーベースが共に増加します。

 政府による外貨の買い取りに応じた金融機関の準備預金(マネタリーベース)が増加すると、金融機関は、減った外貨を外国人や外国の金融機関から買い取り補填するかも知れませんし、それをビジネスチャンスにしようと思い、増えた準備預金を元手に国内融資をしようとするかも知れません。

 そのいずれの場合でも、今度はマネーストックが増えます。円の保有者が外国政府や外国の金融機関であろうとマネーストックにカウントされます。

 つまり、金融緩和と同様のことが起こり、間接金融が健全であれば、国内はインフレに誘導されます。しかし、このインフレは金融緩和においてマネタリーベースの増加によって起こるインフレと同じものです。

 一連の政府による石油値上げ分の補填によって、スタグフレーションは消え去り、金融緩和によるタイプのインフレとなり、賃金が同時に上がる良いインフレつまりデマンドプルインフレに変化します。

 だから、そのとき同時に、この良いインフレに対して、あえて、インフレ率を抑えたいならば、なじみの財政や金融に関する緊縮政策を行えば良いのです。

 確かに、原油価格の値上がり分を政府が補填した場合、金融緩和のタイプのインフレだけでなく、貿易黒字のタイプのインフレも併発する可能性があります。

 なぜなら、原油値上がり分は産油国が豊かになっているということであり、産油国は日本からの輸入を増やすかも知れないからです。そうすると、日本は輸出量が増加し、貿易黒字によるインフレ圧力がかかるかも知れません。

 インフレになれば輸出競争力が下がります。しかし、その場合でも、このブログで一貫して主張しているように、輸出企業のために、インフレを抑止する政策、すなわち、低所得者や貧困層に対する増税や政府支出の削減を行うことは間違いです。

 それは本末転倒だからです。なぜなら、低所得者に対する増税や政府支出の削減国民の貧困化を招くからです。

 あとは、政府が原油価格の値上がり分を補填し続けても良いし、毎年少しずつ補填を減少させても構いません。ちょうど良い機会ですから、そのまま原油輸入業を国営化すれば良いでしよう。ケインズは基盤産業の国営化を主張していました。

 毎年少しずつ補填を減少させた場合、その少しずつ起こる国内の石油製品の値上がりで、消費者は今までの配分を変えて消費し、他のものを節約しなければならなくなります。

 しかし、やがて、新しい原油価格が経済体制に組み込まれ、国民にも消費の分配の要領が解って来ると、再び経済は落ち着きを取り戻します。

 それまでの間の対策が、「政府による原油価格高騰分の補填」であり、つまり、「コストプッシュインフレからデマンドプルインフレへの転換」なのです。

 輸入食料品の価格高騰の場合においても、この手法が使われるべきです。

 ここで言うスタグフレーションの解決策は単なるアイデアの一つなのではなく、ケインズ経済学の核心です。

 急激な消費の配分の変化において、スタグフレーションに対するケインズ経済学の示す唯一の選択肢が、管理通貨制度への体制的変更、および、通貨発行権の行使をもって行う「政府による原油価格高騰分の補填」であり、「コストプッシュインフレからデマンドプルインフレへの転換」です。

 ちなみに、ケインズは、管理通貨制度への体制の変更さえ行われれば、世界から恐慌は無くなるだろうと言っています。

 ケインズは、まさか、後世の者が、(ようやく1971年に金本位制から管理通貨制度となったのですが)、管理通貨制度となったにも拘わらず、(例えば1973年にスタグフレーションが起こったときに)、世界各国の政府が不況の解決策として通貨発行権を行使することなく、大失敗をやらかすなどとは、夢にも思わなかったでしょう。

 

 

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