③いろいろな貨幣の定義

 

 物々交換において、例えば米と魚の交換といった取引を通じて、米が通貨の役割を果たしているという時、それは米の魚より高い貯蔵性を指しています。

 金銀財宝は永久に腐りませんから、米以上に貨幣の役割を果たします。

 そして、この貯蔵という性質が、経済に対して非常に重要な影響を与えることになります。新古典派経済学とケインズ経済学との対立も、貨幣の貯蔵の役割をめぐる対立であると言って過言ではありません。ただし、その場合、問題になっているのは民間の貯蔵です。政府が保有している貨幣は、回収され、消滅したものと見なされ、貯蔵されているとは言いません。

 政府部門(政府および中央銀行)が発行して、全ての貨幣は、民間の持ち主によって区分されます。

 ①マネタリーベース:政府部門(政府および中央銀行)が発行した貨幣で、金融機関が保有している貨幣のことです。すなわち、日銀に開設している当座預金(準備預金)および金庫等に保有する現金、および金融機関以外の民間が金庫や財布に保有している現金を言います。

 ただし、日銀に開設している当座預金(準備預金)は本来的に現金ですが、国債などの購入に使いまわされ、形式が変化していますから分かり難くなっています。国債などの購入は通貨の新規発行によって行うことが可能ですから、当座預金(準備預金)の預り金は現金という形式のまま保持することもまた可能です。

 マネタリーベースはハイパワードマネーとも言います。マネタリーベースをH、現金をC、準備預金をRとすると、H=C+R。この場合の現金は、金融機関は保有する現金すべて日銀に預けられているものとしよって、準備預金にカウントし、現金Cは金融機関以外の民間の持つ現金のみを計算します。だから、マネタリーベースとマネーサプライにおける現金は一致します。(マネタリーベースは以下「MB」とも表示します。)

 ②マネーサプライ:民間部門の金融機関以外の主体が保有する貨幣、つまり、民間の企業や個人が金融機関に預けている預金、および民間の企業や個人が金庫や財布に保有している現金を言います。現在では、マネーサプライという呼称は、統計に取り入れる預金の種類を変更したときにマネーストックという呼称に変更されています。

 マネーサプライをM、現金をC、預金をDとすると、M=C+D。この現金Cはマネーサプライの定義上金融機関以外の民間の持つ現金を指します。(マネーストックは以下「MS」とも表示します。)

 ③現金:「H=C+R」や「M=C+D」におけるC(現金)は金融機関以外の民間が金庫や財布に保有している紙幣と硬貨を指します。

 国民の経済活動で重要なのはマネーサプライです。マネーサプライは財市場の貨幣とも呼び、すなわち生産に参加している貨幣と考えられているからです。

 マネタリーベースは信用創造によってマネーサプライとなります。民間が金融機関から借入すること、政府が国債を発行して、金融機関その他から借入して政府支出をすることは、いずれも信用創造であり、マネーサプライは増加します。

 別の言い方をすると、マネタリーベースが現金となって市場に流出し、そのとき銀行預金が信用貨幣としてマネーサプライに加算されることで増加します政府への融資である国債についても同じです。

 マネタリーベースの増減はマネーサプライの増減をコントロールするための手段と考えられていますが、金融制度の制度的枠組みに左右され、必ずしも、関数や相関の関係になるわけではありません

 マネーサプライを増やす目的に対して、マネタリーベースの量そのものに重要な意味は与えられていません。現に、日本の銀行は異次元の金融緩和によって莫大なマネタリーベースを保有していますが、マネーサプライの増加にとってほとんど重要な役割を果たしていません。つまり、マネタリーベースの増加は必ずしもマネーサプライの増加を意味しません。

 さらに、マネーサプライの変動が経済に与える影響についても、さまざまな考え方があります。

 新古典派経済学は、統計に表されるマネーサプライまたは現金によって物価や経済規模を説明しようとしています。

 こうしたマネーサプライまたは現金といった切り口で説明する、新古典派経済学の貨幣に関する分析は貨幣数量説と呼ばれます。

 貨幣数量説の代表的なものは、フィッシャーの交換方程式と呼ばれるものです。

 フィッシャーの交換方程式

Y=PQ=MV

(Y:国民所得P:物価、Q:実質生産量、M:貨幣量、V:貨幣の流通速度)

において、Mは、普通はマネーサプライを指しますが、一部の経済学者によっては現金を指すとしていることもあります。

 しかし、いずれも、こうしたマネーサプライの量だけでは物価に対する貨幣の役割を説明出来ていません。

 つまり、マネーサプライを増やしても、または現金を増やしても、(そのときQ:実質生産量が一定であったとして)物価は必ずしも上がらないからです。

 よって、ケインズは貨幣数量説を否定し、マネーサプライとは異なる切り口で国民所得や物価を分析しました。

 ケインズの導き出した結論は、貨幣の所有の分析において重要なのは、統計に表されるマネタリーベースとマネーストックという所有者による区分ではなく、マネーストックの中の統計では表すことのできない、保有の動機による区分、すなわち、「取引的動機による貨幣保有M1」と、「投機的動機による貨幣保有M2」という、一人の持ち主の二つの動機に基づく保有区分であるというものでした。(マネーストックをとすると、M1M2

 貨幣を持っておこうとするときに、この金はすぐに使う、この金は予備の為に持っておく、この金は将来のために取っておく、などの判断は毎日変わるもので、統計上で表せるものではありません。

 しかし、ケインズは、国民所得や物価に対しては、マネーサプライよりも貨幣の保有動機の果たす役割が重要であるとし、「取引的動機による貨幣保有量M1」および「投機的動機による貨幣保有量M2」の区分を提案したのです。

 M1とは、設備投資や消費に使おうとして持っている貨幣ということです。M2とは、将来に期待が持てないので、使わないで持っておこうとしているということです。

 M1およびM2は、それぞれ取引的貨幣需要、投機的貨幣需要とも呼ばれます。貨幣需要とは貨幣を持つ動機という意味です。

 ケインズにおいては、フィッシャーの交換方程式は否定され、マネーサプライをM、「取引的貨幣需要」をM1、「投機的貨幣需要」をM2とし、国民所得Yは、

Y=PQ=M1・V

(P:物価、Q:実質生産量、M1:取引的動機による貨幣保有量、V:貨幣の流通速度)

表されます。すなわち、物価はMの関数となるのではなく、M1の関数となっているというものです。

 新古典派経済学は統計に表れにくいという理由で、抽象的な思考をすることについて消極的で、M1やM2の区分を否定しようとします。

 これに対抗し、ケインズは「取引的貨幣需要」および「投機的貨幣需要」の考え方に基づいて、『利子率,所得と利潤との区別および貯蓄と投資の区別を導入しないかぎり,物価形成の過程について,いかなる現実的な洞察もえられないと思われる』と言い、貨幣数量説からの離脱を宣言しました。

 MB、MS、C、M1、M2の貨幣の区分は金本位制でも、管理通貨制度でも同じです。

 しかし、金本位制では貿易黒字で金(gold)を稼いでこない限り、MB、MSに制約が生まれ、ゆえにMBまたはMSを増やすことによってM1とM2の比率を調整することは不可能になります。

 しかし、管理通貨制度においては、政府は無制限の貨幣発行によって、MBMSを操作し、制度的枠組み、すなわち低所得者と貧困層への所得再分配政策を採用することで、国民のM1とM2の比率を変えることが出来るようになりました

 そして正に、ケインズ経済学の目標は、制度的枠組み、すなわち、低所得者と貧困層の純所得の増大(低所得者と貧困層の減税)および雇用政策(失業対策としての公共投資)などの所得再分配政策を採用することで、国民のM1を増加させ、それによって国民生活を安定させ、消費性向を上げ、その結果として経済成長させることにあるのです。

 投資家または企業側から見ると、MB、MS、Cるときに、投資の利回りが高まり(資本の限界効率が上昇して)、人手不足によって労働者の賃金の増大の方が投資家の利潤の増大のスピードより速いとき、その結果、国民の消費意欲が高まり、企業の中で在庫が減少する傾向にあるならば、M1が増え、景気は回復して行きます。

 つまり、政府は、思うように富裕層の所得を税金で回収出来ない場合においても、貨幣発行権によって貨幣を増刷し、低所得者や貧困層に所得再分配政策を行えば、M1の比率を増大させることが出来、格差の解消も、経済成長も、同時に実現することが出来ると、ケインズは言っているのです。

 そういう意味で、M1を低所得者固有の貨幣、M2を富裕層固有の貨幣と考えても、それほど間違っていないでしょう。

 また、管理通貨制度においては、政府による金融機関への支援も無制限に行えるようになり、そのことによって、金融機関もまた無制限に信用創造(融資)が行えるようになります。

 金融機関は先走って過剰な融資をすることもありますが、それでも景気回復の役に立ち、生産を増大させる経済成長のきっかけとなることもあります。

 金融機関はその先走りによって経営不振に陥ることになるでしょうが、政府がそんな金融機関に対しても預金者や取引先を救う預金保護などを行えば、たとえ経営不振となる金融機関が続出しても金融不安には決してなりません。

 もちろん、不正融資や過剰融資などが行われれば、経済活動のルールが損なわれますから、経営者に対する懲罰は行わなければなりません。しかし、間接金融に関する金融制度までをも改革する必要はありません。悠々としていれば良いのです。

 こうした間接金融に関する政府の好意的な姿勢は、不況期においても国民の間接金融に対する信頼を高め、国民に肯定的で積極的な信用創造への信頼を持たせることになります。

 そして、こうした金融機関の姿勢もまた、持っている貨幣を投資や消費に使おうとする動機を高め、M1を増大させます。

 M1の増大は経済成長への誘導のために不可欠な政策です。

 もちろん、金融機関の融資活動(信用創造)も商売ですから、政府が作り出す金融制度や中央銀行の金利政策を見ながらの融資活動になります。

 だから政府の役割は重要であり、政府は、中小企業融資が円滑に行えるような資産制度や金融制度を創り上げて行かなければなりません。そうすれば、金融機関は積極的に信用創造を行うようになります。

 振り返って今の日本を見ると、バブル崩壊以降、日本は全く逆の方向に進んでいます。

 日本政府は、あまりにも徹底的に税制、金融制度資産制度を破壊し尽くしたので、今や、マネタリーベースをいじるだけの金融政策だけではどうにもならなくなっています

 バブル崩壊を演出・興行、猿芝居をやった歴代政府や、その後の小泉政権による構造改革で、あらゆる国民を守る制度が破壊され中小企業が立ち往生しているのが今の日本の姿です。消費税はバブル絶頂期の1989年に導入されました。

 日本の景気をどうにかしたければ、まず、破壊された税制、金融制度資産制度を再構築しなければならないのです。

 日本のバブルは国際投資家に媚びる自民党政府が強引に引き起こし、そして崩壊させ金融制度や資産制度をムチャクチャにしましたが、崩壊させないことも可能でした。バブルを崩壊させない方法は、金融機関の経営者を交代させながらも、間接金融を政府の通貨発行権に基づく政府資金で支えれば良いだけでした。

 ところが、逆に、自民党政府はまず融資を止める総量規制という鉄拳によってバブルを崩壊させただけでなく、消費税(付加価値税)によって労働者の賃金を減少させ、固定資産税の重税化という資産制度の破壊や、BIS規制という金融制度の破壊を行い、間接金融の信用創造によるマネーサプライの増大機能を妨害し、それによって、M1の増大につながるあらゆる可能性を目的意識的に妨害しました。

 これは、もうデタラメなことです。アメリカ人やヨーロッパ諸国の人にこんな話をすれば腰を抜かします。

 自民党政府は、バブルをハードランディングで崩壊させ、今なお、低所得者や貧困層の生活の安定に対して、管理通貨制度からもたらされた通貨発行権を、財政健全化という道徳の名において行使しようとしません。

 中央政府は通貨発行権の能力を少し使うだけで、すぐにでも、国民に富を行き渡らせ、格差を解消することが出来ます。それにも関わらず、自民党政府が道徳にこだわり、その手段を使わない理由ははっきりしています。

 それは、日本の経団連と彼らに雇われた政治家が、投資家の持っている資本の希少性を守るために、「誰でも資本を手に入れることが出来る」という状態を、目的意識的に妨害しようとしているからです。

 誰でも資本を手に入れることが出来れば、資本家への富の集中が出来なくなります。

 資本家の持つ資本に希少性がなくなることによって、資本家の金儲け、および、儲けた金を税制などにおいて優遇することが正当化出来なくなります。

 「誰でも資本を手に入れることが出来る」という状態はバブル崩壊以前の日本で実現し、そのため、中小企業の経営者などの誰もが儲けられるようになっていました。

 所得再分配も順調に行われ、日本は世界で最も成功した社会主義と言われるほどでした。

 それから明確になったことは、日本のバブル期のように、誰でも資本を手に入れることが出来るようになれば、国際投資家(経団連などの株主)は儲けられなくなり、格差は縮小されるという事実です。

 バブル期に金を手に入れたのは、普通の中小企業の親父であり、普通の衣料品店や飲食店であり、普通の国民でした。そして、誰もが、あらゆるものに投資し、あらゆるものを消費しようとしていました。この状況は、M1が最大限になっている状況です。

 今、日本だけでなく、世界で起こっていることは、国際投資家、およびそこから金をもらうマスコミ、政治家、経済学者たちのネットワークによる、低所得者や貧困層への所得再分配の妨害、そして、中小企業などには儲けさせないという鉄のような決意です。すなわちM1の増大の妨害であり、格差の確信犯的な拡大なのです。

 日本においては、国際投資家や富裕層は故意にバブルを作り出し、そして、故意にバブルを崩壊させて、将来に渡るバブルの防止を口実にして、中小企業融資を妨害し、低所得者や貧困層に対する増税を行って来ました。

 それは、貨幣区分で言い表せば、M1の増大を狙い撃ちに妨害したと言うことす。

 

 

発信力強化の為、↓クリックお願い致します!

人気ブログランキング