②取引的動機によって保有する貨幣と投機的動機によって保有する貨幣の区分について、もっと深く考える

 

 ケインズはM(マネーストック)の中のM1(取引動機による貨幣保有の量)の回転によって総所得Y(GDP)が生まれると言っています。

 すなわち、総所得(GDP)をY、取引動機による貨幣の回転数をVとすると、「Y=M1×V」。

 これに対して、新古典派の貨幣数量説ではM(マネーストック)の全てが、つまり、低所得者の今使おうとして持っている貨幣M1だけでなく、富裕層が貯蓄として持っているM2もまた回転し所得Yが生まれるという考え方になります。「Y=M×V」です。(M=M1+M2)

 そこで、まず、政府支出が国民の生産を増やす仕組みについて考えてみます。

 今、政府が総工費100万円の道路建設という公共投資をおこなったとします。

 企業Aがその仕事を請け負うため、一定程度の設備投資(機械設備費、材料費、賃金など)を行ったとします。そして、企業Aは道路を建設し、100万円の売上を上げ、利益を得たとします。

 このとき、企業Aは企業内部で賃金と利益に相当する付加価値を生産し、企業外部に機械設備費、材料費という仕入費を支払いました。

 企業Aでは、賃金は労働者の個人所得になり、利益は株主の個人所得になります。

 また、外部に支払った仕入費は、他の会社の労働者の賃金、株主の利益というように、全て個人所得になります。

 企業Aの売上の全額が企業Aに関係する国民の集合Aの個人所得になります(分配)。

 次に、国民の集合Aの100万円を得ようとして、企業Bが一定程度の投資をし、例えば100万円の自動車を生産し、国民の集合Aに売ります。その結果、国民の集合Aの個人所得は国民の集合Bの個人所得になります。(集合の重複部分はあり得ます。)

 次に、国民の集合Bの100万円を得ようとして企業Cが100万円の生産をし、国民の集合Bに売ります。例えば衣料品100万円分が生産され、国民の集合Bから国民の集合Cに100万円の貨幣が移ります。

 最後に、国民の集合Cは年度末に税金として100万円を納付したとします。そして、財市場から100万円という貨幣が消えて無くなったと仮定します。

 国民の集合Cだけに税金が100万円課税されるというのは酷すぎますが、本当は国民の集合A、B、Cがそれぞれ税金を支払います。しかし、ここでは話の便宜上国民の集合Cが代表して払ったものとします。

 100万円は再び政府の手に戻り、財市場から100万円の貨幣は消えて無くなりました。

 それでは、誰が得をしたのかということですが、この話の要点は、最後に、誰がお金を握ったかにあるのではなく、お金の回転によって生産物を渡すべき相手を探り当てることが出来、企業A、B、Cが生産を行うことが出来、国民の集合A、B、Cが道路、自動車、衣料などを手に入れることが出来たということにあるのです。

 これが貨幣の回転が生産を生み出す原理です。つまり、貨幣は物々交換を仲介する手段にすぎないということです。

 この例では、政府の公共投資でしたが、公共事業だけでなく、民間の設備投資でも、消費でも、減税(家計の使える所得が増える)でも、市場貨幣が使われることは同じ原理に基づいており、内需において、国内企業がそのお金を目当てに生産を始めることはその典型です。

 このように、貨幣の存在を感知することによって、消費の意欲を探り当て、生産し、最終的に物々交換が成立すれば、貨幣の役割は終わりです。

 その後、貨幣が税金等で消え去って、誰の手元に残らなくても構いません。

 政府の次の支出などを目当てにして、新たに投資しようと試みる者は、銀行に行ってその投資の資金を借りれば良いのですから、貨幣を富裕層などの誰かの手元に残しておく必要はありません。

 しかし、実際には、貨幣の全てが使われるのではなく、一部の貨幣は今まさに使おうとして手元に置いておき、他の一部の貨幣は使わずに残しておこうとして手元に置いておきます。

 ケインズは、この手元に持っている貨幣がどのような目的で手元に保有されているのかに注目しました。それは大きく分けて、取引的動機によるものと、投機的動機によるものとの二つに分けられるとしました。

 今、まさに使おうとしている貨幣の保有を「取引的動機による貨幣保有(M1)」、将来のためにとっておこうとする貨幣の保有を「投機的動機による貨幣保有(M2)」と言います。

 貨幣を保有しようとする意欲を貨幣需要とも言います。

 取引的動機による貨幣保有(M1)と投機的動機による貨幣保有(M2)の区別は、所得の中から消費性向と貯蓄性向によって使われる貨幣の量を指すものではなく、現在までに貯蓄されて来て、現に保有している貨幣であるマネーストック(M)の中における区分を指します。

 つまり、「M=M1+M2」。

 また、ケインズは、M1を国民所得Y(GDP)の関数、M2を利子率rの関数として、「M1=L1(Y)」、「M2=L2(r)」と表せるとしています。

 すなわち、ケインズは、Yが増加すればM1も増加するという因果関係があり、rが増加すればM2は減少するという因果関係があると言っています。Yが増加すれば、消費しようとし、つまりM1が増え、rが増加すれば、金融機関、投資家、債権者は融資しようとし、企業の投資をうながすので、M1が増加し、M2は減少するということです。ただし、rが減少すれば、今度は企業側が投資をしようとし、金融機関、投資家、債権者から融資を受けようとしますが、rが低くければ、金融機関、投資家、債権者は融資を渋るようになります。これらは利害が対立する人間の心理の分析なので、現実の結果は違ったものになる可能性があります。)

 さらに、ケインズは、M1は「所得を受け取ってからそれを使うまでの期間の保有を表す所得動機」、「予定された所得が手元に入るまで繋ぐための事業動機」、「突発的な支出を必要とするときの用心のための用心動機」などに分類されるとしています。

 ケインズにとって、冒頭で言ったように、M1が使われるときに、貨幣M1の回転が起こるという関係が存在します。

 ケインズは、M1はYの関数であると言い、M1=Y/V。よって、Y=M1×Vになると説明しています。

 M1の回転によって起こっていることを、時系列で表したものが限界消費性向によって発生している乗数効果の計算式(無限等比級数の和)です。

 ただし、限界消費性向と乗数効果は統計的結果であり、数値で表せますが、M1とVは統計で補足することが出来ず、数値では表せません。あくまで、限界消費性向と乗数効果の統計的結果から逆算することで推測できるだけです。

 乗数効果によるGDPの増加は、(⊿I+⊿G)が投下されたとすると、「⊿Y=(⊿I+⊿G)/(1‐c)」となります。

※⊿Iは民間投資の増加、⊿Gは政府支出の増加、⊿YはGDPの増加、cは限界消費性向)

 「Y=M1×V」の関係式で、M1が増えているとすれは、それは⊿Y=(⊿I+⊿G)/(1‐c)」の関係式におけるcが増えているからです。それ以外に理由はありません。

 今の日本経済というものは、⊿Yが増えないという状態ですが、その内容は、低所得者に対する増税および雇用縮小によって⊿Gが増えないので、cが増え、そして、「Y=M1×V」の関係式から、正に、M1が増えないという状態です。

 それにも関わらず、Mは国債発行と政府支出によって徐々に増えています。その時に、M1かM2のどちらが増えているかと言うと、M1が増えていないからには、M2すなわち投機的動機による貨幣需要つまり貯蓄が増えているのです。

 M2は富裕層の貯蓄であり、富裕層があわてずに、ゆったりと持っている貨幣です。

 これは、正に、日本政府、未曽有の金持ち優遇の諸政策(法人税減税、所得税減税、消費税増税、労働者の賃金の削減による国際競争力強化、中小企業金融の停止、日銀によるETF(上場投資信託)の買い入れ)などを強行して来たことによって金持ちの貨幣であるM2ばかりが増えていると言う証拠です。

 M1ではなくM2が増えているときは限界消費性向cが下がっているときでもあります。

 M2は純然たる休眠貨幣なので、M2を増やしてもGDPの増加の役に立ちません。

 家計の感覚からM2はM1の予備と思うかも知れませんが、予備的動機はすでにM1に含まれています。一般的な家庭程度が何かのために手元に残しておこうとする貨幣は、M1の中の用心動機に当たるもので、到底、金持ちの投機的動機による貨幣保有のM2と同等に扱われるような規模のものではありません。

 M2は物価や金利に影響を受けますが、M1は物価や金利に影響を受けません。物価や金利が高かろうとわなければならないものはわなければならないからです。

 そのことからも、M1とM2は異質のものであることが判ります。

 M2の増加はデフレから生まれたものであると共に、デフレを支えるものです。

 デフレの時は貨幣の形で持っておくことが有利となります。貨幣以外の資産価値は下がるからです。そして、投機的貨幣M2を保有しておくことのリスクはインフレだけです。

 インフレが止められれば、あわてる必要は無く、ゆっくり構えていて、儲かりそうな不動産や債権が出た時に買ったりしていれば良いわけです。デフレの時に増えるものがM2です。

 デフレとM2の増加は、相互に因果関係にあるだけでなく、M2の保有者はM2を持っておくことが有利となるデフレを推進する政治的な勢力になります。

 すなわち、M2の保有者が、インフレ誘導のための積極財政政策の反対者です。

 それは投資家や債権者の、付加価値を構成する分配先の中で最も弱い立場にある賃金を圧迫する巨大な消費税や社会保険料、大都市と疲弊した田舎町でも同額がかかる建物固定資産税を増税することで、低所得者から搾り取る増税と、間接金融の妨害を行う行為に現れます。

 そして、投資家や債権者は財政政策と金融政策を蛇蝎の如くに嫌います。

 このように、M2は自然に生まれるのではなく、デフレを要求する勢力によって作られているという、この恐るべき事実は、永久的な富裕層と貧困層の対立の中心軸になります。

 輸出企業は、デフレによって、価格競争力が増して有利になり、その株主たちはデフレによる実質価値の下落がないことから安心して貨幣を貯め込むことが出来ます。

 デフレは、したがって、輸出企業とその株主にとって二度おいしいのです。

 逆に、M1が増加するようなことが起こり、M2を減少させればインフレを妨害する者たちの力は弱くなります。

 M1を増加させる第一の方法は、消費税と社会保険料および建物固定資産税の廃止とそれによる国民の担保力の回復、そして、間接金融に架せられたBIS規制という障害を拭い去り、間接金融の機能を回復させることです。

 そうすれば、自然にM2減少します。

 ただし、直接的にM2を減少させる方法もあります。それは、M2が富裕層の貨幣保有の特質であることから、相続税、法人税、所得累進課税の強化ということになります。

 例えば、相続税を100%にして親からの相続財産を無くしてしまえば、一人当たりのお金の余裕がなくなり、M2は激減してしまいます。

 しかし、そんなことが出来れば、最初から苦労はしません。ケインズの時代から、富裕層への増税は大変困難なものでした。

 なぜなら、富裕層は、現代と同様に当時もまた政治家を抱き込み、大きな力を持っていたからです。

 そこで、次なる一手が必要になります。

 M2を減少させる第二の方法は、内需を拡大し、インフレによってGDPに対するM(マネーストック)の比率を増大させることです。

 内需拡大でM(マネーストック)を増大させるときに、M2が減少します。なぜなら、内需で貨幣は生活や生産に使われ内需拡大とはM1を増やすことだからからです。

 富裕層とは言っても、インフレで実質的な消費財を買うお金が減れば、M2を切り崩してM1に回さざるを得ず、消費に使われるようになりますから、インフレにおいては、国民平均でM1の比率は徐々に増えて行きます。

 前に挙げた、M1を増加させる第一の方法「消費税と社会保険料および建物固定資産税の廃止とそれによる国民の担保力の回復、そして、間接金融に架せられたBIS規制という障害を拭い去り、間接金融の機能を回復させること」によってもインフレを起こすことが出来ます。すなわち、インフレとM1の増加は同じものです。

 

 

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