①IS‐LM分析批判

 

 IS‐LM分析は、ジョン・ヒックス(イギリス・1904年4月8日~1989年5月20日)が、ケインズ理論をグラフ化したものと言われていますが、真実は、ケインズ理論の新古典派による理論の変更であり、逆に、ケインズ理論を否定する根拠となっているものです。

 ヒックスがIS‐LM分析を発表したときに、ケインズはただちにヒックスに「利子率rと総所得Y(GDP)が関数の関係になっていることは理解できない」という手紙を書いています。なぜなら、「利子率rと総所得Y(GDP)は関数の関係にならない」というのがケインズの理論だからです。

 だから、IS‐LM分析も間違った分析であり、後に述べるAD‐AS分析も同様に間違った分析です。

 したがって、IS‐LM分析の勉強をあまり熱心にすると、遊戯的な迷路に嵌まって現実が判らなくなります。

 間違った分析とはいえIS‐LM分析の大筋を説明しておきます。

 IS‐LM分析とは、縦軸を利子率r、横軸を総所得Y(GDP)とする座標軸において、利子率rと総所得Yが相互に関数として影響し合っていると主張するものです。

 IS曲線は投資・貯蓄曲線の略で、財市場を表現し、つまり、政府が財政支出を行ったときに財市場の貨幣量であるマネーストックが増え、新古典派の貨幣数量説のY=MVから、IS曲線上のどの点においてもYが上昇し、よって、IS曲線が右に移動する約束になっています。(Mはマネーストック、Vは所得速度または貨幣の回転数という概念。)

 LM曲線は流動性選好・貨幣供給曲線の略で、金融市場を表現し、つまり、中央銀行が金利政策を行ったときにLM曲線上のどの点においても金利が下がりますから、よって、LM曲線が下に移動する約束になっています。

 ただし、現在はマネタリーベースを増やす量的緩和が主流となっていますから、マネタリーベースを増やすことで、金融機関の信用創造を通じてマネーストックが増え、貨幣数量説のY=MVから、Yが必ず増えるので、LM曲線は右に移動するという人もいます。

 しかし、右に動く理論では信用創造が前提となります。現在の世界ではBIS規制などが行われ、融資(信用創造)が出来にくくなっていますから、量的緩和が行われて、金利が下がっても、信用創造が行われるとは限りません。しかし、信用創造が起こらなくても量的緩和さえ行えば金利は下がるので、LM曲線が下がるとしたほうが正解です。

 流動性の罠については、LM曲線の金利2%あたりのところからグラフを水平にし、水平になっているところを限度にそれ以下に下がらないと注釈を付けておけば良いとされています

 新古典派を支持する者たちからは、IS曲線とLM曲線というグラフの導入により、利子率と生産、金融市場と財市場の関係が単純化され、より明快なイメージとして理解できるようになったと言われています。

 しかし、単純化というより、ケインズの問題意識を無視して、何を言いたいのか分からない遊戯的なモデルを作ってしまったと言うべきでしょう。

 IS‐LM分析では、総所得Yと利子率rはIS曲線とLM曲線の交点で均衡します。

 経済学で「交点で均衡する」という場合の「均衡」の意味は現実世界で実現すると予想されるという意味です。また、「財政が均衡する」という場合の「均衡」の意味は財政収支が黒字化するという意味です。

 IS曲線は、総所得Yを変数とし、利子率rが総所得Yの関数となっています。何らかの理由(主として財政政策)による総所得Yの変化が、利子率にどういう影響を与えるのかを予想するものです。

 IS曲線(直線)は減少関数で右肩下がりになります。例えば、財政政策を行うと総所得Yが増え、IS曲線は右に移動し、それによって、(LM曲線は増加関数で右肩上がりですから)、LM曲線との交点が縦軸に沿って上に移動し、利子率rが上がるということを説明するものです。

 LM曲線は、IS曲線とは逆に、利子率rを変数とし、総所得Yが利子率rの関数となっています。金融政策による利子率rの変化によって、総所得Yがどういう変化をするのかを予想するものです。

 LM曲線(直線)は増加関数で右肩上がりになります。例えば、金融緩和を行うと金利rが下がり、LM曲線は下に移動し、それによって、IS曲線との交点が横軸に沿って右に移動し、総所得Yが増えることを説明するものです。

 ただし、利子率は名目であっても、実質であっても大きく違いはありません。長期金利から物価上昇率を差し引いたものが実質金利ですが、大体、長期金利は物価上昇率を上回って上昇させて行くので、予想される名目金利から物価上昇率分を差し引いても、やはり、LM曲線は右肩上がりになります。だから、IS‐LM分析は物価の影響は配慮しなくても成立すると考えられています。

 このIS‐LM分析は単純で、単純なものが好きな教授や学生に評判が良く、だから、大学経済学の授業ではIS‐LM分析がマクロ経済学の理解の基礎となってしまっています。

 しかし、これは、とんでもない状況を生み出しています。

 つまり、大学経済学の授業では、IS‐LM分析の説明ばかりに注意が行き、ケインズの問題意識は忘れ去られているのです。

 そして、大学の経済学ではIS‐LM分析が指し示す結論以外の答えを書くと間違いとされてしまうということすら起こっているのです。

 つまり、現実の経済に深い洞察を持つ答えを書いても、IS‐LM分析に同意しなければ大学教育の場からは排除されるという、恐るべき洗脳と淘汰が行われています。

 その上、経済学部の学生たちは、IS‐LM分析をケインズ経済学だと思い込まされて、IS‐LM分析から導き出される結論として、ケインズ政策を批判するという倒錯した手法で、新古典派のマクロ分析を教えられています。

 時折、学生の頭に、本当にIS‐LM分析のようになるのかという疑問も浮かぶのですが、そんな疑問を持っていてはIS‐LM分析の試験問題をクリア出来ませんから、学生たちは頭を横に振って疑問を忘れ、ひたすら暗記するだけです。

 これでは、経済学を学んでいるというよりも、奇妙なゲームのルールを覚えさせられているだけです。

 こうして、学生たちは経済学部を卒業して行き、卒義したら、何かを勉強して来たような錯覚だけを残して、自分の中に起こったもやもやした疑問の全てを忘れます。

 そもそも、IS‐LM分析に対しては、ケインズ経済学をほとんど骨抜きにしたものであるという批判があります。

 経済学の目的は、主に何が何に影響を与えるかの因果関係を議論することにありますが、ケインズは、投資に最も影響を与えるものは利子率ではなく、資本の限界効率であるということ、利子率は資本の限界効率を相殺する外部要因に過ぎないということを力説しています。

 つまり、金利がいくら高くなろうと、「資本の限界効率‐金利>0」であるならば、投資の増加は続くと言っているのです。

 もちろん、ケインズも新古典派経済学のマクロ分析の大部分、特に、金本位制下における景気循環の分析を認めていますから、共通する部分もありますが、ケインズがわざわざ指摘したのは、新古典派の、制度的な枠組みや心理的要因を無視し、景気循環の分析を金利のみで説明しようとするのは間違いであるということです。

 つまり、ケインズが主張したことは、投資家の心の中で起こる収益に対する期待(資本の限界効率)というものが投資を左右するのであって、その期待を差し引きでプラスの方向に向かわせるのなら、金利は高かろうが低かろうが、金利自体が問題になるのではないということです。

 これは、まったく、IS‐LM分析とは対立する理論です。

 また、金利はリスクの対価でもありますから、金利が上がればリスクの高い事業への融資も行われるようになります。つまり、融資活動は金利が上がったからといって縮小することはなく、投資が減少すると言うことは出来ません。

 しかし、そのような議論は大衆的ではありません。つまり、普通の人には解りません。もちろん、政治家の知的レベルも大衆と同じですから、政治家にも解りません。

 だからこそ、大学の経済学部に入ったからには、特にそうした議論を活発にしなければならないのですが、マスプロ教育の弊害で、十把一絡げで卒業させなければならないので、単純でゲームのようなIS‐LM分析が教材になってしまうのです。

 一般的に、IS‐LM分析に対しては、次の3つの大きな批判があります。この3つの批判は重要です。

(1)基本的な間違い

 ケインズは、所得Yの変化は、利子率rの関数ではないと言っているのに、IS‐LM分析では所得Yと利子率rは互いに単純な関数になっていること。

(2)制度的枠組みとそれからもたらされる国民心理の変化の無視

 ケインズは、所得Yの変化は、税制、社会保障制度などの低所得者や貧困層に対する所得再分配制度の構築の状況や、金融制度や、政府が金融政策や財政政策に積極的かどうか等からもたらされる国民の心理的要因が重要であると言っているのに、IS‐LM分析ではその心理的要因に関する考察が排除されていること。すなわち、「資本の限界効率」や「限界消費性向」を変化させる要因に関する考察が排除されていること。

(3)方程式やモデルへの依存

 ケインズは、消費者や投資家の心理面や行動の不確実性を重視し、方程式やモデルに過度に依存することに反対しているのに、IS‐LM分析は完全に方程式やモデルを基準にしていること。

 例えば、IS‐LM分析では、ケインズの乗数効果の計算に拠ればGDPがΔ増加するはずの財政政策を行った結果、IS曲線をΔY右に平行移動し、LM曲線との均衡点がLM曲線上のP点からQ点に移動した場合、線分PQの長さをM単位とし、線分PQの水平方向からの傾きの角度をθとした場合、GDPの増加は(Msinθ)単位しか増加しないことになっています。(ただし、IS‐LM曲線を直線に見立てた場合)

 (Δ‐Msinθ)はクラウディングアウトのために増加しなかった部分だと言うのですが、これは、グラフの幾何学的な模様に惑わされて、経済学に幾何学的な手法が使えると思い込んだ錯覚です。

 経済学で用いられるグラフや数式は視覚的に理解しようという試みの一つにすぎないはずで、試みの一つにすぎないグラフや数式を元に理論をイジクリ回したのでは、何のための経済学か分からなくなってしまいます。

 次のセクションが、モデルしか分からない者が見逃す現実世界の例です。

 

 

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