②政府債務残高の対GDP比率という指標も欠陥指標

 

 平成29年4月30日の産経新聞の一面に、藤井聡氏が、「政府は平成32年度までにプライマリーバランス(政府の基礎的財政収支)の黒字化目標を撤回し、政府債務残高の対GDP比率を減らすことを重視すべきだ」という提言を行い、安倍晋三氏も国会答弁を通じてこれと同様の考えを示し始めたという記事が掲載されました。

 しかし、もし、安倍晋三氏がこの意見に同調したとしても、財政均衡主義を放棄したことにはなりません。

 政府債務残高の対GDP比率を減らす方法も、政府債務の評価を相対化するだけで、政府債務は悪いものだという価値観が継承されることに違いはないからです。

 政府債務残高の対GDP比率という考え方は、政府が債務を拡大しても、それが公共投資などによってGDPを増やし、政府債務の拡大に見合うGDPの増大があれば良いはずだというものです。

 政府債務を10兆円拡大して10兆円の公共投資を行えば、政府債務が1000兆円、GDPが500兆円として、公共投資の最初の年の乗数効果がたとえ1.0であったとしても、政府債務が1010兆円、GDPが510兆円となり、1000/500>1010/510ですから、公共投資によって政府債務が増える比率以上の比率でGDPを増大させることが出来ます。

 よって、この政府債務残高の対GDP比率という考え方は、公共投資に誘導する手段としては名案です。

 しかし、これは、プライマリーバランスの赤字部分について、対GDP比率という新しい歯止めを設定しようとしているだけで、プライマリーバランスという基準を否定しようと言っているわけではありません。

 だから、政府債務残高の対GDP比率という指標では、プライマリーバランスの赤字は原則として好ましくないというスタンスは同じです。

 これはあくまで財政均衡主義の中で、数値をどう解釈するかの問題にすぎず、政府債務残高の対GDP比率を下げる手段を特定する議論ではないので、依然として、政府債務残高を下げるためのあらゆる手段は正当化されます。

 すなわち、分母のGDPを増やす選択肢だけでなく、分子の政府債務残高を減らす選択肢にも同意する可能性を含んでいます。

 はっきり言ってしまえば、公共投資を増やす代わりに、消費税を増税してもやむを得ないという結論になるかもしれないのです。それでは、低所得者や貧困層に対する所得再分配政策は再び危機に陥ることになります。

 政府債務残高の対GDP比率というと、何やら意味有りげに思えるのかも知れませんが、根拠としては、企業や個人という民間が債務を負おうとした場合、所得の何倍までなら返済が可能かという発想に倣ったものにすぎません。そこで、もう、根本において間違いだということに気付くでしょう。

 マクロ経済には、マクロ経済なりの政府債務の定義というものがあるはずで、民間債務の慣例に倣ってはいけません。

 政府債務は民間債務とは異なり、その拡大は通貨発行量が増えるというのみであり、その返済は金融緩和の時の日銀による国債の買い取りを意味するのみです。

 返済は民間の常識を超越した返済方法です。そういう民間の返済とは異なる通貨発行による返済方法の結果起こることが、政府特有の財政破綻つまりインフレです。

 そして、特筆すべきは、インフレは返済の停止によって起こるのではなく、返済の実施によって起こるということです。

 つまり、財政破綻とは何かを考えるならば、日本政府は通貨発行権を持っていて、払えないという意味のデフォルトはあり得ませんから、債務を払えないことによって起こる出来事ではなく、払った後に起こる出来事を考えなければならないという話なのです。

 その都度の返済、つまり金融緩和、つまり貨幣の増刷が妥当なものであったかどうかは、インフレの程度が妥当かどうかによります。

 財政破綻が返済の停止ではなく、返済の実施によって起こるというのは奇異な感じがするでしょうが、それは、そもそも財政破綻ではないので、財政破綻に似たものを探したらインフレのようなものしかなかったというだけのことです。

 しかし、それが財政破綻だと言い張る者がいるので、仕方なく私は財政破綻という言葉遊びに付き合っているだけです。

 だから、そもそも「政府債務」や「政府債務の返済」に関する根本的な勘違いをそのままにして、政府債務残高を基準にしてその健全性を評価しようとすることがバカげたことだということを前提に置いて議論しなければ、それはもう経済学の話でも、経済の話でもなくなります。

 政府債務残高の対GDP比率という、小学生のアイデアみたいな指標が採用された場合、どんな事件が起こるでしょうか。

 例えば、政府が税金・社会保険料の減額や、政府支出の増額という財政政策を行ったとします。そのとき、現在の収支との差額は国債を増発して賄わなければなりません。このとき、政府債務の拡大による政府支出の増額によってGDPの増加が起こります。

 ところが、予測担当部署によって、分子の政府債務を増加させてもその増加率に見合うほどには、分母のGDPの増大をもたらさないと判断されたときは、政府債務の拡大が否定されるという恐るべきことが起こります。

 担当者のちょっとした画策で、容易に、政府債務残高の対GDP比率という指標は、積極財政派にとって不利なものに転換させることが出来るのです。

 このことは、積極財政派の、プライマリーバランスがどうなろうが、政府債務残高がどれほど増えようが、何も問題はないという本来議論すべき財政収支の議論をないがしろにしたことの報いであり、そして、政府債務残高の対GDP比率で良いという譲歩をしたことの天罰としてもたらされる報いです。

 もともと、政府債務残高の対GDP比率などは意味が無いものです。そもそも空虚な念仏なのです。

 政府債務残高の対GDP比率という指標の採用は、財政均衡派がうるさいから、意味が無いものを認めてしまうと言う、財政均衡派に対する狂気の譲歩です。

 政府債務残高の対GDP比率を下げる政策は、経済成長政策として不適切であるばかりでなく、ゴールとしても、ベクトルとしても、低所得者や貧困層への所得再分配を目指すことと無関係なものです。

 なぜ、私たちが財政均衡に反対するのかと言えば、出来る限りの所得再分配を、そして、出来る限りの経済成長を目指しているからです。

 所得再分配および経済成長というゴールやベクトルを意図するならば、あくまで、財政収支はその手段でしかないのであり、それゆえ、財政収支そのものを目標とする政策はいかなるものでも反対するという立場でなければなりません。

 ただし、当面の間、つまり、財政均衡派が応急的に積極財政派に譲歩しようとしているということなら、積極財政派もまた急場しのぎが出来ますから、とりあえず歓迎出来るかも知れません。実際、プライマリーバランスの健全化という狂気の理論よりマシな理論です。

 少なくとも、「GDPが増えるならば」という条件付であるにしても、また、一時的にではあっても、財政赤字を拡大する大義名分が得られるのですから、ドサクサに紛れて何か出来るかも知れません。

 しかし、この目論みは、その欠陥から、次のような切り崩しに会うでしょう。

 政府債務残高の対GDP比率という指標の導入によって、予測担当部署からGDPを増大させることが出来ないような政府支出はますます認められなくなり、積極財政派も、その政府支出が経済成長に寄与することに熱弁を振るわなければならなくなります。

 そうすると、どういうことが起きるかと言うと、政府投資に対するGDP増加効果を予測するマクロ計量モデルがネックになって来ます。

 マクロ計量モデルは、2024年現在でも自民党政府は竹中平蔵氏が作らせた内閣府モデルなどの悪名高いモデルを使っていますから、GDP増加効果などはどのようにでも作り変えられます。

 その結果、竹中平蔵氏などの新自由主義者、国際投資家、大企業が喜ぶ分野ばかり政府投資が行われ、貧困層や低所得者に対する減税や公共投資などの所得再分配政策はGDP増加効果が低い投資として、実施されない可能性があります。

 つまり、政府債務残高の対GDP比率という理論では、竹中平蔵氏の手のひらの上から逃れることは出来ないのです。そのため、格差はむしろ拡大する可能性があります。

 それどころか、分母のGDPを増やせば良いという発想と共に、分子の政府債務を減らせば良いと言う発想も依然として顕在であり、むしろ、消費税増税派を勢いづかせる危険性があります。

 もし、仮に、自民党政権の経済政策に取り入れられたとして、その結果、公共投資が行われ、GDPが増加したら、早速、政府債務の対GDP比の低下を加速させるために、消費税を増税しようとどこかのバカが言い出すかも知れません。

 というか、おそらく、経団連の手先である自民党には、若干早いスピードで、政府債務を拡大する見返りに、消費税を増税しようとする思惑が生まれるはずです。

 自民党は、デフレの今でも、消費税を増税してもGDPに影響はないと言い張っているほどです。

 結果的に、消費税増税は、デフレによってGDPの減少をもたらし、たちまち、政府債務残高の対GDP比率の増大をもたらすのですが、それでも、自民党は、政府債務残高の対GDP比率という考え方から、分子の政府債務を減らす政策は方法の一つとして正しいと言い張るでしょう。

 政府債務残高の対GDP比率という指標には、そういうことを言わせるだけの弱点があるのです。

 したがって、断言しますが、政府債務残高の対GDP比率を減じるという理論は財政均衡派と戦う武器になりません。

 

 

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