搾取は「企業競争力の強化」という大義名分で強化される 

 

 現在、企業競争力を強化せよと言う「大号令」が世の中を席巻しています。企業が生き残れなければ、雇用も何も無くなるのだから、とにかくまず企業を生き残らせることを考えよと、そのためにはあらゆることが正当化されるという論法です。

 かつて、アメリカのデトロイトの自動車工業は、日本と競争に敗れ、売り上げが下がったにも関わらず、労働組合が給与水準と社会保障の水準を下げることに反対したので、結果として、多くの自動車工場が廃業に追い込まれたということがありました。
 日本の日産自動車も労働組合の力が強く、労使交渉がなかなか進まなかったため、フランスの自動車会社ルノーに買収され、却って大幅な人件費の削減や下請企業の再編成が行われ、それで日産自動車はなんとか生き残ったといったこともありました。

 こうしたことが前例となり、現在、企業を生き延びさせるための企業競争力は錦の御旗となり、企業競争力のためには、企業のあらゆる努力が正当化され、その中でも、人件費削減は当たり前、企業も死ぬほど努力しているのだから労働者も死ぬほど努力しなければならないという風潮が出来上がったのです。

 しかし、私達は、デトロイトの自動車会社の労働者がどれほどの給与をもらい、株主や経営者がどれほどの報酬を受け取っていたか、その分配が適正であったかどうかを知りません。日産自動車がルノー社に売却された理由もよく知りません。しかし、そういう個別の事情は、今となってはもはやどうでも良くなりました。問題は、企業は生き残らなければどうにもならないので、生き残るためにはどのような手段も正当化されるという風潮になってしまったということです。

 企業競争力の要素は①品質②価格③株価の三つです。①品質の良さは日本の企業なら当たり前のことであり、企業競争力がどうこういう問題ではありません。そのために民間の研究者や労働者がどれほど頑張っているかは、日本国民なら良く知っています。もちろん、中長期的視点での国際間での品質競争の問題はテーマとしては重要なものですが、そこは、民間の努力のいかんにかかっており、政府が関与出来るものではなく、政府が関与すべき余地もありません。

 では、安倍政権が企業競争力強化と言っていることの意味は何かというと、②価格を下げることと、③株価を上げることに協力する政策なのです。それ以外に、安倍政権で出来ることは何もありません。
 安倍政権は、平成2510月の臨時国会に産業競争力強化法案」を提出しました。この法案には、特定企業に対して規制を免除したり、減税したりして、政府主導によってリストラやM&Aを推進内容が盛り込まれていますそして、政府が企業の事業再編や不採算事業からの撤退などを促進させると明記する一方、事業者に対しても、経営改革や生産性の向上を義務づける内容となっています
 この中で、驚くべきは、政府は労働者への労働分配率を高めるよう、つまり、賃金を上げたり、雇用を増やすことを要請しているのではなく、逆に、市場原理に従って、「解雇などの合理化を進め、企業競争力を高めよ」と言っていることです。

 経産官僚には、これま日本の製造業の競争力は低下するばかりという苛立ちが募っていたのが、第二次小泉構造改革とも言える安倍政権になり、同省主導の法案提出が実現したということのようです他方で、安倍政権が解雇特区を創ろうなどと言っているので、政府や官僚の内部では、安倍政権の新自由主義的な特質から規定の路線です。
 「知らぬは国民ばかりなり」ということです。
しかし、すでに、民間企業の現場ではできるだけのリストラを行ってきており、労働分配率もこれまでになく低下させています。人件費削減も極限まで行われています。それでも、机上で数字しか見ていない官僚は、まだまだ解雇や人件費削減ができるはずだと言っているわけです。

 安倍総理が経団連の首脳を集めて、給与を上げるよう要請したなどというニュースがありました。政府は、景気を回復させて人手不足状態を作り、それによって、企業に人件費の上昇を余儀なくさせるという政策を行わなければならないのに、総理が企業に要望するとは、一体、何の冗談だと思っていましたが、やはり、これは茶番にすぎませんでした。
 企業に人件費の上昇を要望するパフォーマンスの影で、
産業競争力強化法案」によってそれと逆の解雇の推進を企業に指導しようというのですから、全く、安倍政権はふざけていると言うほかありません。
 人件費を上げる政策は、立法によって労働者の権利を拡大するか、景気回復政策によって完全雇用を達成し、人手不足状態を作り出し労働者を有利にする以外にあり得ません。政府がその決意を示さずに、口先だけで企業に人件費を上げろと言っても、企業側の嘲笑を買うだけです。

 これまでも、企業は、政府に解雇に関する規制緩和を行なわせ、正社員の多数を派遣労働と取り替えるなどによって、人件費を嫌というほど下げてきました。企業はとっくの昔に、搾取の強化に舵を切っています。そして、現在もまだまだ、企業は一貫して人件費を下げたいのであり、現に人件費を下げています。
 要するに、政府に言われなくても、企業は人件費を下げて来たし、これからも下げ続けたいのです。
企業側は、派遣労働者のスキルの向上とか、派遣労働者の待遇の改善とか言い訳をしながら、派遣労働を拡大し、定着させようとします。ましてや、安倍政権が協力しているのですから、それはもう絶対にそうします。

 なぜ、企業がひたすら人件費を下げようとするかの理由は、企業が生き延びるためということもありますが、現在、日本の大企業の内部留保金が300兆円近くにも積み上がっていることを見れば、企業が生き延びるという段階は超えています。
 現在においては、もはや、企業が純資産を増やし、株主に出来るだけ多くのものを配当し、株価を上げることが目的です。株価は企業の純資産によって構成され、純資産は利益によって累積されますから、企業競争力の強化の最大の目標である株価の上昇は、第一義的に利益を出すということで実現されます。手っ取り早く利益を出す方法は経費節減です。売上を伸ばすことはもちろんですが、売上が増えようと減ろうと、経費節減をやればやるだけ利益が出るのですから、企業競争力の強化とは売上の問題以前に経費節減のことに外なりません。
 これまで、日本企業がやって来た経費節減とは人件費の節減のことです。今日の大企業の内部留保金の300兆円は人件費削減によって積み上がったと言って過言ではありません。

 売上から人件費その他の経費を差し引いた利益が増え、その結果、企業の純資産が増えれば株価が上がります。日本の大企業においては、すでに、株主は多国籍化しており、その国の労働者の「人たるに値する生活」(労働基準法第一条)などはどうでも良いことであり、株価だけが関心の的になっています。
 とりわけ、上場している大企業にとっては、投資家の関心を高め、株価を高くすることが、企業活動の目的となっています。
企業が多くの純利益を出しているということは、労働分配率が適正でない可能性が高い、つまり、株主配当を優先し、労働者に分配していない可能性が高いので、労働組合はその理由を究明し、もし、株主配当を優先しているようであれば、これを糾弾しなければなりません。

  しかし、不完全雇用の状況では、雇用に関する市場原理によって、就職活動の選択肢の無い労働者よりも圧倒的に株主の立場が強く、すでに雇用されている労働者にも、法律のバックアップが徐々に弱まっており、そのような「元気」はありません。
 さらに、不完全雇用の状況では、企業対労働者の利害対立において、圧倒的に企業側が強くなり、自由に解雇や賃金の切り下げなどが出来るので、特に大企業は不完全雇用の状況を歓迎するのです。
 したがって、政府の行う第三の矢である企業競争力の強化は、不完全雇用状態の現状維持をめざしており、第二の矢である財政政策による完全雇用の達成とは真逆の方向性を持っていると言うことが出来ます。

 そう言うと必ず、国際競争に負けて会社がつぶれても良いのかという人が出てきますが、労働分配率が高く、利益がゼロでも、損失が大きくならなければ会社はつぶれません。伝統的な日本の会社はそうして何百年も続いて来ました。利益はそこそこ出ていれば良いのであって、企業が大きな利益や、大きな純資産を持つことは、それは労働者からの搾取が大きいと言う意味であり、労働者にとって良いことではないのです。ほどほどの程度にすべきものです。
 あまりに大きすぎる利益は規制されるべきであり、そのためにも、利益懲罰効果の高い法人税率を高め、企業は大きな利益を上げるよりも、人件費減税や設備投資減税によって、経費を多く出そうとする動機を高めてやったほうが良いのです。

 付言すれば、価格を下げるためには、国際競争力においては金融政策で円安に誘導することに匹敵するものはありません。経済産業省は、円安が進めば自然に企業競争力が返ってくるのに、このことを抜きにして、円高にも関わらず、金融政策や財政政策に頼らずに、リストラによってその負担を労働者に押し付けることで、しゃにむに自分の課題である企業競争力を高めようとしたわけです。
 ここにも、日本の官僚が縦割りのノルマ主義に衝き動かされているエゴイズムな一面が見て取れます。