①インフレ税は富裕層が負担する

 

 「インフレ(物価の上昇)による国民負担の増大」を比喩的に「インフレ税」と言います。「インフレ税」は経済学用語ではなく、インフレが国民生活に負担を強いる様子を表現した俗語です。そして、インフレ税は国民全体が負担するかのように言われていますが、本当は、少し違います。

 インフレは、原理としては、財市場の貨幣の供給量(マネーストック)の増大によって起こります。

 そして、原理としては、財市場の貨幣の供給量(マネーストック)は金融機関の保有する貨幣(マネタリーベース)が政府部門(政府と日銀)によって供給され(金融緩和)、増大することによって起こります。

 金融緩和で、日銀が金融機関から国債の買い取りを行った場合においても、なお、日銀の保有する国債を政府債務にカウントする者もいますが、日銀は政府の一機関ですから、自分と自分の貸借はあり得ず、これは貨幣の発行とする以外の意味付けは出来ません

 普通、手形債務は買戻しによって返済するものであり、買い戻せば債務は返済されたことになります。

 政府は通貨発行権を持ち、日銀に通貨発行を行わせ、民間の保有する国債を買い取らせるのですから、民間保有国債のデフォルトもまたあり得ず、日銀の国債引き受けという政府債務の返済つまり金融緩和によって起こるであろう市場に対する影響だけを心配していれば良いはずです。

 そのとき、市場に対する影響で思い浮かぶものはインフレだけです。他には何もないはずです。

 政府が国債を発行すると、一旦は金融機関からマネタリーベースを回収することになりますが、ただちに政府支出することでマネタリーベースは元通り回復し、マネタリーベースに影響はありません。しかし、マネーストックは政府支出した分だけ増加します。つまり、政府支出した時点で、信用創造と同じことが起こります。

 これに対して、税収ではマネーストックとマネタリーベースの両方を回収し、政府支出でマネーストックとマネタリーベース共に回復するだけです。

 ただし、政府は、いずれの場合でも裁量を働かせ支出先を選択することによって、国民間の格差を拡大させたり縮小させたり、経済成長させたり停滞せたりすることが出来ます。

 ただし、マネーストックの増加だけを見ていても、どちら向きの裁量が行われているかは判りません。

 ケインズは、経済成長させるためには、マネーストックの量の操作だけではダメで、マネーストックの中の取引的動機による貨幣保有量(M)を増加させなければならないと言っています。

 取引的動機による貨幣保有量(M1)は、まさに今から支出をしようとする貨幣保有であり、これに対して投機的動機による貨幣保有(M2)はいつ使われるか分からず投資するチャンスを待ち、現状では眠っている貨幣のことです。

 だから、ここでは、取引的動機によって保有されている貨幣(M1)を「活動貨幣」、投機的動機によって保有されている貨幣(M2)を「休眠貨幣」と呼ぶことにします。

 マネーストックだけを見ていれば良いとする理論は貨幣数量説と呼ばれるもので、マネーストックをM、貨幣が流通する速度をV、物価をP、生産の物的な量をQ、国民所得つまりGDPをYとすると

Y=PQ=MV

の関係があるとしています。

 しかし、ケインズは、マネーストックMの大部分が休眠貨幣となった場合は所得Yを生み出さないとし、貨幣数量説を否定しました。

 ケインズは、マネーストックの中でも、保有者の動機による区分としての取引的動機による貨幣保有量(活動貨幣)と投機的動機による貨幣保有量(休眠貨幣)の区分が存在することを指摘し、取引的動機による貨幣保有量をM1、投機的動機による貨幣保有量をM2とすると

M=M1+M2

Y=PQ=M1・V

の関係があるとしました。

 したがって、M1を増加させる政策でなければ、経済成長しないと主張しました。

 M1を増大させる政策とは、低所得者への減税および雇用政策公共投資によって、消費性向の高い低所得者と貧困層の所得または純所得(いわゆる可処分所得)を増大させる政策を指します。

 これによって、低所得者と貧困層の限界消費性向が上昇し、国民全体の限界消費性向も上昇します。

 政府投資を1、限界消費性向をcとすると、乗数効果によって増加するGDPの公式は「Y=1/(1-c)」ですから、限界消費性向cが上昇すれば、Yが増加し、経済成長します。

 すなわち、マネーストックを増大させるだけでは不十分であり、取引動機による貨幣保有の増大をもたらす所得再分配政策が行われた場合、初めてM1が増加し、それによって限界消費性向cが上昇し、経済成長することが出来るのです。

 また、

Y=PQ=M1・V

から推測されることは、マネーストックの増加政策が行われたときに、それが低所得者や貧困層への所得再分配政策である場合はM1が増え、生産の増大が行われ、経済成長をもたらしますが、その場合でも、生産の物的な量Qはすぐには増えませんから、物価Pが先に上がるであろうということです。

 つまり、経済成長の先駆けとしてインフレが起こるということです。

 しかし、株主ばかりが儲かるような特定分野の政府投資(先端技術や太陽光発電などへの補助金や減税)、同じく、株主ばかりが儲かるような輸出競争力強化(消費税の輸出還付金、解雇の規制緩和、労働力の輸入、その他のデフレ政策)などによってマネーストック増加政策が行われても、日本の低所得者や貧困層への所得再分配を伴わないならば、富裕層の投機的貨幣保有M2が増えるだけで、M1は増えず、限界消費性向は上がらず、インフレも起こらず、経済成長も起こりません

 それは、今の日本の状況そのものであって、まさに、マネーストックは毎年増えているにも関わらず、消費税(実際は労働者の賃金に課税される付加価値税)や社会保険料の負担の増加が行われ、派遣労働ばかりが増え、解雇が自由化され、低所得者や貧困層に対する所得再分配が縮小されているために経済成長が止まり、デフレが続いているのです。

 財政支出だけでなく、金融緩和においても、中小企業融資が活発になるように制度を作り、信用創造を増大させることによって、マネーストックが増大した場合、市場はインフレに誘導されます。

 なぜなら、信用創造は、効率の悪いしたがって労働分配率の高い中小企業の投資の原資ですから、信用創造による投資の効果は特に低所得者や貧困層の所得を増大させ、よってM1を増大させるからです。

 労働分配率が高いということは、投資家の立場から見ると、利益を上げる効率が悪いと言うことですが、効率が悪いほど所得が低所得者や貧困層に分配され、それが消費の増大となり、M1を増大させ、国民全体の限界消費性向が上がり、経済成長をもたらすのです。

 逆に、今の日本の状況は、一流企業が貿易で儲けて、その株主の国際投資家が儲M2が増えているだけで、逆に労働者の賃金は削られる方向にありますから、M1は減り、経済成長していません

 しかし、これらは、今の日本にだけ起こっている特殊な例です。インフレの効果を説明するときは、日本のような医者も匙を投げたような異常事態が通常化している例を挙げても仕方ありませんから、これまでの世界の中の普通の例でインフレの効果を説明しなければなりません。

 政府によって政府投資が行われたり、あるいは、金融緩和が行われ、信用創造と企業投資によってマネーストックの増加が行われたときに、他のどこかの企業がそのことで、売上をものにしますが、労働者への分配を増やそうと決心するまでに時間がかかります。

 つまり、一般的に、企業は競争相手の生産の拡大と雇用の拡大に影響されて、自分の企業の生産が競争に負け、労働者の雇用もしずらくなって、ようやく、自分の企業の賃金を上げ、生産を強化しようと決心します。

 そのため、インフレによる賃金の上昇は物価の上昇に対して遅効性があり、その他の企業の賃金が上昇するまでの間、インフレは国民にとって負担となります。

 このように、インフレに対する賃金の上昇の遅効性が国民にとって負担になることを称してインフレ税と呼びます。

 だから、インフレ税は、賃金をもらう労働者の負担が増えるという主張が行われることが多いのですが、しかし、労働者は、中長期的に完全雇用がほとんど達成されることにより、(労働組合の活躍によって)賃上げが毎年行われるようになり、やがて賃金の上昇スピードが物価の上昇スピードより速くなり、労働者はむしろ中長期的にはインフレによって多くの利益を受け取ります。

 中長期的には、労働者はインフレ税を払うどころか、物価の上昇よりいっそう大きな所得を得るようになりそれによって、労働者は豊かさを実感できるようになります。

 今度はその代わりに、富裕層が、中長期的に、預金と債権の実質価値が下がることによって、インフレ税のすべての負担を負うことになります。

 だから、富裕層はインフレを忌み嫌います。

 政府支出では、政府が支出するところに貨幣が供給され、そこに物資が集中することで所得再分配が行われ、他の場所の消費物資やその生産が手薄になることから、国民に消費財が手に入りにくくなり、インフレとなります。

 しかし、そのときこそ、同時に手薄になった生産への新規参入のチャンスが生まれます。

 例えば、道路建設への投資に政府支出が行われると、そこで労働者に支払われる貨幣を求めて生活物資が移動し、それまでの国民の生活物資が減少し、国内はインフレになりま

 だから、平常時におけるインフレにおける国民生活の困窮とは、あるところの生産力を他のところへ移転することから起こる物不足のサインですから、それまでうだつの上がらなかった者にも、不足している物資の生産に参入するチャンスが巡って来て、国民的な規模でインフレの指し示す不足物の生産の増加が行われるようになり活気を帯びて来ます。

 もちろん、インフレに関係して、国民の中に損をする者、得をする者のいろいろな交代が起こります。

 まず、インフレで売上が増加していても、完全雇用が達成されるまでは賃金は上がりません。その間、企業は必ずインフレから賃金の上昇までのタイムラグで利益の増加分を自分のものにしようとし、出来るだけ賃金を上げる時期を先延ばしにします。また、出来るだけ上昇幅を低く抑えようとします。

 賃金が上がらない期間は労働者が損をし、企業はその分を懐に入れます。

 しかし、すぐにほとんど完全雇用が達成され、完全雇用状態と同程度の人手不足が起こると、企業としても新規採用で他社に負けないよう賃金を高くしなければならなくなり、新規採用者より既存社員を低賃金にするわけには行きませんから、この時はじめて、社員全体についてもベースアップせざるを得なくなります。

 よって、労働者はほとんど完全雇用状態になったことを見て取って、始めて賃上げを要求することが出来、人手不足が続けば続くほど、徐々に大幅な賃金アップを要求することが出来るようになります。

 もちろん、賃金の上昇を早めるためには、完全雇用による市場原理からの賃金の上昇を待つだけではなく、労働組合などの賃金闘争が活発に行われるべきであることは言うまでもありません。

 労働組合が活発でなければ情報戦で負ける可能性があるからです。

 インフレが起こり、完全雇用がほとんど達成された状況が到来すれば、人手不足となり、賃金が上昇するようになります。

 そのとき初めて、政府が、技術進歩、効率化、流通経路の整備などのイノベーション(サプライサイド)を奨励することが正当化されます。

 ところが、自民党政府は、デフレ不況の真只中であるにも関わらず、あきれたことに、完全雇用状態を作り出すべき雇用政策をほったらかしにして、技術進歩、流通経路の効率化を奨励しているのですから、日本はますますデフレ不況が深刻化しているのです。

 最近、自民党政府は大きな勘違いをしているようですが、政府の役割は雇用政策で完全雇用を達成することにあります。

 自民党政府がこのように間違った政策を行っているのは勘違いではなく、国民を貧困にし、経済成長させない政策であることを熟知した上で行っているのかも知れません。

 自民党政府は富裕層(国際投資家)の手先ですから、したがって、決して完全雇用状態をもたらす経済政策を行わないのかも知れません。そうとすれば、日本国民は情けない者たちを自分たちの政府に担いだものです。

 中小企業と労働者にとってのデフレ不況は、大企業およびその株主にとってはデフレ好景気です。

 大企業およびその株主にとって、デフレにおいては現金預金の実質価値の増大、および、資本の希少性から投資が有利となり、利益を増大させることが出来るようになります。

 実際、1990年から30年間に渡るデフレ不況の中で、大企業だけは空前の内部留保金を増大させて来ました。

 デフレ不況のときに、政府が中小企業と労働者のための財政政策、金融政策、雇用政策などの何もやらずに、技術進歩、流通経路の効率化を推進することを支持してはいけません。

 その裏では、大企業およびその株主の利益の効率化によって切り捨てられる国民が苦しむことになるからです。

 少なくとも、デフレ不況という時点で、政府はインフレに誘導する政策を用意すべきであり、デフレ不況のまま技術進歩、流通経路の効率化をやるなどはどうかしています。

 逆に、もし、インフレの状態であるならば、それはすばらしいことであり、何をやっても成功します。たとえ、バブルのようなものが起きようと、潰すようなことをせずに、欧米や中国の優秀な政治家たちの手法に倣って、若干の財政と金融のコントロールだけで乗り切るように心がけるべきです。

 インフレは、中小企業と労働者にとって正真正銘の好景気です。もし、それがバブルのようなものであったとしても、インフレ全体におけるチャンスの一部にすぎません。

 インフレであろうと、バブルであろうと、債務を拡大しても、債務の拡大以上に売上を増大させることが出来るチャンスになることは同じです。投資家の心理とはそのようなものであり、それを笑うことは誰にもできないはずです。

 中長期的にインフレが続くことによって、貨幣価値の変化によるもう一つ重要な損得の関係が生じます。

 それは現代に許された究極の徳政令です。

 すなわち、インフレによって、預金および債権の実質価値が下がることによって、富裕層と債権者は損をし、それに相当する分、債務者は債務の実質価値が下がることで得をします。

 これは、インフレ決定的に重要な特徴です。

 債務者は、所得に占める債務残高や返済額の割合が徐々に小さくなって行くことで、実質債務の減少を実感することが出来ます。

 このインフレによる現金、預金、借金の実質価値の減少で、富裕層および債権者から債務者への富の移転が起こります。

 また、インフレ税によって所得が国民から政府に移転されるというトンデモないことを言う者ますが、「インフレ税」は、「インフレによる国民負担の一時的な増大」を指しているのであって、所得が政府に移転されることを指しているのではありません。

 ただし、政府も形式的には債務者ですから、形式的に、インフレによって実質債務減少します

 しかし、そのとき損をするのは、国債を買っている富裕層に限られるのであり、国債を持っていない者は損のしようがありません。インフレが起って、労働者や債務者が損をするなどということはまったく無いのです。

 そして、これは、政府という特性によるものではなく、通貨発行の処理の形式における債務者という特性によるものです。

 だから、実質的な所得が国民から政府に移転されるという言い方は、インフレにマイナスイメージを植えつけるための印象操作にすぎません。

 インフレによって資産価値が上がるので、結局は資産を多く持っている富裕層が得をするという意見もあるようですが、これはウソです。

 富裕層の資産は土地や株式など物価にスライドして上昇する資産もありますが、これらは物価と平行してスライドするのであって儲かるわけではありません。

 しかし、富裕層の現金・預金・債権は物価にスライドしませんから、確実に実質価値は減少し、富裕層は損をします。

 逆に、債務者は実質債務が減少し確実に得をします。1990年のバブル崩壊まで長く続いたインフレ期に、中小企業や労働者が元気だったことを思い出せばそのことが判るでしょう。

 

 

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