②経済を成長させる税制

 

 結論を先に言えば、前のセクションの「格差を是正する税制」がすなわち「経済を成長させる税制」そのものです。

 孔子は、「少なきを憂えずして等しからざるを憂う、貧しきを憂えずして安からざるを憂う。けだし、等しければ貧しきことなく、和すれば少なきことなく、安ければ傾くことなし。」と言っていますが、これは、格差が是正されれば貧困は無くなり、営業余剰が減少させ賃金を賄うだけの価格になれば、消費が活発になり、経済が傾くことはないと言っているのです。

 紀元前500年において、すでに、このことは孔子によって認識されていました。

 ケインズも賃金財(賃金で購買する消費財)という考え方を導入しようと試みています。これは、賃金と利益の線引きの困難さから、必ずしも、完成されたものになっていませんが、利益が無いとした場合の経済の可能性に言及するものです。

 格差を是正する税制とは、利益が増大することによって富裕層に所得が集中することを防ぎ、低所得者や貧困層にお金を持たせようとする税制であり、それは平等を達成するための政策であるのみならず、限界消費性向を高め、経済を成長させるための政策になります。

 格差を拡大する税制は低所得者や貧困層に重い税金をかける税制であり、それが限界消費性向を減少させ、経済にほとんど壊滅的な打撃を与え、経済成長は不可能になります。

 今、日本はそうした格差を拡大する税制を行っていますが、何のためにそのようなことをするかというと、それによって、富裕層(投資家と債権者)が利益を得やすくなるからです。

 自民党政府は富裕層が利益を得やすくなれば投資が活発になり、経済成長すると言っていますが、事実は、経済成長が止まっています。

 やはり、ケインズの言うように、格差を是正する税制、すなわち、低所得者や貧困層にお金を持たせる税制にしなければ経済成長はしないのです。

 財政政策と言えば、すぐ思いつくものが公共投資ですが、むしろ、低所得者や貧困層にお金を持たせる税制や福祉制度に変更することの方が重要です

 むしろ、税制や福祉制度は国民生活の基礎となるものであって、財政政策の中では税制を整えることの方が、一時的な財政支出としての公共投資よりも国民に与える影響ははるかに大きいのです。

 つまり、税制や福祉制度はケインズの主張する制度的枠組そのものであり、消費性向や限界消費性向の変動に与える影響力は決定的なものがあります。

 こうした税制や福祉制度の変更は、消費性向や限界消費性向を増大させることで、税制そのものに景気回復させる存在します

 不況期における所得再分配型税制による景気回復効果は、限界消費性向と乗数効果によって説明出来ます。

 この場合の経済学的な「所得再分配」の意味は、誰であろうと、ある者の所得を回収し他の者の所得に付け替えるという国語的意味ではなく、経済学的慣用として、高所得者と富裕層から所得を回収し、低所得者と貧困層に分配することを意味しています。

 増税または減税が経済に与える乗数効果を租税乗数と言いますが、減税の場合はプラスの乗数効果に、増税の場合はマイナスの乗数効果になります。

 法人税、所得税、消費税などの税目によって租税乗数は異なるはずですが、残念なことに、日本にはこの研究に熱心な政治家や経済学者はいません。

 日本の経済学者は、税目ごとの租税乗数については、所得累進課税であろうと、消費税であろうと、大ざっぱに租税乗数は同じで、マイナス2.33くらいだと考えている者が多く、経済学者たちのこの無関心によって、経済学部の学生にとっても税目によって異なる経済への影響を議論する機会が失われています。

 「消費税を廃止し、所得累進課税を強化すれば、自然に経済成長する」という定理があるのですが、このことも、それぞれの税目の持つ租税乗数の違いから説明することが出来ます。

 所得累進課税の強化で、限界消費性向0.5の高額所得者に負担の増加を行うときは、例えば1兆円の増税に対して、失われるGDPは、「0.5/(1-0.7)=1.66」ですから、1.66兆円です。

 よって、累進課税を強化することによる増税の場合は、同時に行われる政府支出の乗数効果が1.66以上であれば、プラスの経済成長を実現出来ることになります。そして、容易に1.66を超える乗数効果を持つ公共投資が存在しますから、高額所得者から徴税して公共投資を行う政策は、経済成長をもたらす可能性が高いのです。

 ところが、消費税の増税では、(仮に消費税を消費に課税される間接税と認めたとしても、)平均的な限界消費性向0.7の所得層を中心として税負担が増加しますから、1兆円の課税を行えば、失われるGDPは、「0.7/(1-0.7)=2.33」となり、2.33兆円です。すなわち、低所得者に課税した方が。失われるGDPは大きいのです。

 そして、また、この(支出総額に対して)2.33を越える乗数効果のある財政出動というのがなかなか困難なので、消費税によるマイナスの乗数効果を挽回することがほぼ不可能となるのです。

 ただし、消費税の実体は、消費に課税される間接税ではなく、企業の付加価値に課税される直接税であり、その結果、「付加価値=賃金+利払い+地代+純利益」という外形標準に課税され、そのほとんどは最も立場の弱い労働者の賃金から削り取られますから、実体として、限界消費性向0.7を超える低所得者層の所得そのものを奪います。したがって、実体として、消費税によるマイナスの乗数効果は2.33よりもはるかに大きくなります。

 低所得層の所得1.0から税金、社会保険料、返済金を差し引いた残りが0.8ないし0.7である場合、残りを全て消費に使ってしまい、貯蓄はありません。

 だから、低所得層に増税されると、そのままの金額が消費から削られ、消費性向や限界消費性向は極端に下がってしまいます。すると、政府支出や民間投資が変わらなくても乗数効果が下がり、日本は経済成長出来無くなるのです。

 所得者の消費性向0.6というのは、高所得者の大きな所得から税金社会保険を差し引いて、なお貯蓄をした残りが消費に回されて0.6になっているのとは事情が違います。

 裕福な人たちが納税や貯蓄をした上で消費性向0.6を維持しているのは個人にとって良いことですが、低所得層が税負担等によって、貯蓄など全くできずに、消費性向0.6になってしまうのは、税金や社会保険料で所得から4割も取られているということで、貧困化そのものであり、好ましいことではありません。逆進的税制により、このようなことが起こります。

 税制は永久に続くことが前提ですから、長年の間に、税目ごとに異なる租税乗数の差異は国民経済にn年後にn乗というようなダメージを与えます。

 したがって、国ごとに異なる税目によるマイナスの乗数効果の差によって、経済成長できる国家体質と、経済成長できない国家体質が出来上がります。

 また、所得累進課税と低所得者や貧困層への政府支出の組み合わせによって、所得が高所得者から低所得者や貧困層に移転するときに、国家の平均の消費性向も上昇します。

 つまり、デフレの時は、富が一極集中しつつあるときなので、消費性向も下がって行くのですが、政府が低所得者や貧困層への所得移転を目的とした税制、社会福祉政策、公共投資など財政政策を行った場合、低所得層や貧困層の純所得が増え(低所得層や貧困層の純所得は全て消費に回る可能性が高いので)民間企業が投資しても成功する期待が高まり、投資またはそれに伴って賃金が増え、それにしたがって限界消費性向が上昇し、デフレの時であろうと財政政策の乗数効果が上がるようになるのです。

 以上の通り、税制が経済成長に及ぼす効果の一つは、税目ごとに「租税乗数」が異なることからもたらされるものですが、税制が経済成長に及ぼす効果はもう一つあります。

 それは「懲罰効果」です。

 これまで言って来たことは「乗数効果」です。

 これから述べることは「懲罰効果」です。

 それは、税目ごとに、抑制する対象が異なり、対象に及ぼす「懲罰効果」が異なることによってもたらされるものです。

 税目の対象に及ぼす「懲罰効果」とは、課税対象に負担を与え、課税対象の量を縮小させる効果です。

 例えば、

(1)法人税は企業の利益を懲罰しますから、企業は、課税対象である利益をなるべく小さくするために、経費を使うようになります。企業が経費を使うようになれば、下請け企業に活気が生まれます。賃金も経費の一部ですから、法人税を強化することによって労働者の賃金も上がります。したがって、法人税の強化は、労働者や他の企業の所得を増やすので、景気回復効果および経済成長効果があります。

(2)所得累進課税は一定以上の所得を懲罰しますから、所得をむやみに高めようとする動機が薄れ、むしろ名誉や公益を重んじるようになります。

(3)固定資産税は不動産保有を懲罰しますから、不動産価格が下がります。特に、建物固定資産税は、大都市と地方田舎町で同等の建物ならば、同額の固定資産税が掛かりますから、それによって、建物と一体利用される土地価格が特に地方において大きなダメージを受けて下落し、間接金融による信用創造の担保を失います。中小企業は事実上資金調達の道を失い、没落して行きます。現在の日本は、その結果、直接金融を利用する大企業の寡占状態になっています。

(4)消費税は納税義務者として強制されるのは企業であり、企業の付加価値税(直接税)として機能し、付加価値の諸要素である利払い、地代、賃金、利益を懲罰します。ただし、これらの付加価値の要素の中で最も弱い立場にあるのが労働者ですから、利払い、地代、利益のどれよりも労働者の賃金が下がります。

 こうした税目ごとに異なる懲罰効果が、乗数効果を低下させ、投資と消費に影響を与え、経済成長を阻害するのです。

 政府が新しい税金を創設したり、増税したりするときは、税金の使途を説得材料に使い、目的税などという陳腐な理屈をつけ、真の課税の動機は隠されている場合が多いのですが、税には、税目ごとに「租税乗数」と「懲罰効果」がありますから、税目ごとの「租税乗数」と「懲罰効果」を研究すれば、政府の狙っている真の動機が分かります。

 日本においては、国民の貧困化によるデフレの維持゛、および、デフレによる輸出企業および国際投資家の利益の増大が目的です。

 デフレと経済成長の停止すなわち国民にとっての不況は、輸出企業および国際投資家にとっては好景気なのです。

 また、税制の研究によって、その政府が経済成長する体質を創ろうとしているのか、経済成長しない体質を創ろうとしているのかの本心というものが明らかになります。

 日本は30年間デフレが続いており、202年現在はその上に極端な円安で庶民は苦しんでいますが、輸出関連企業は空前の黒字を上げています。自民党政府がバブルを崩壊させてから30年間やって来た構造改革の集大成が、この輸出関連企業の巨大な利益です。

 生産大国である先進国で、自由貿易の推進によって貿易企業(ほとんどは大企業)が売上を上げるように政策を行えば、それは国内において所得再分配政策すなわち財政政策を縮小する以外ないので、格差が拡大し、デフレに誘導され、経済成長出来ない国の体質になります。

 

 

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