①BIS規制とは何か

 

 地方においては、地方銀行や信用金庫が資金提供の役割をもって地域経済の発展に役立つよう期待されています。これは、金融機関が法によって国民から付与された役割です。

 ところが、現在の金融庁による金融機関に対する監督は、民間の企業がどうなろうとも、金融機関の経営さえ安全であれば良いという基準に変えられています。

 このような価値観の転換はBIS規制からスタートします。

 1993年3月、日本でBIS規制が実施されました。BIS(Bank for International Settlements)とは、各国中央銀行を株主とする国際決済銀行のことで、金融に関する国際間の取引を調整する事務局機能を持っています。

 BIS(国際決済銀行)は、1988年、国際業務を行う銀行の自己資本比率に関する規制、すなわち、BIS規制に関する合意を行いました。その内容は、G10諸国を対象に、「自己資本比率8パーセントを達成できない銀行は、国際業務から事実上の撤退を余儀なくされる」というものです。日本では、1993年に適用が開始されました。

 ところが、日本は、適用が開始されたときに、国際基準とは別に、国内業務のみを行う銀行についても、自己資本比率が4パーセントを割り込んではならないという規制を設けました。

 この規制のせいで、国内業務しか行わない銀行でも、収支が悪化すると自己資本比率4パーセントを確保出来なくなるために、貸し渋りや貸し剥がしをやらざるを得なくなりました。

 いくらBIS規制が国際ルールになったからと言っても、各国で行われる国内業務専門の金融機関に対する規制については、各国の事情に合わせて規制内容を決めれば良く、このような厳しいものにする必要はなかったのですが、ところが、なぜか、日本では、国内金融機関に対しても信用金庫に至るまで一つの例外なく厳しい基準が適用されたのです。

 BIS規制は銀行だけで、信用金庫には適用されないことになっていますが、BIS規制を具体的に監視する金融検査マニュアルは信用金庫にも適用され、同様の金融検査を受けていますから、信用金庫も銀行と同様に、BIS規制を受けていることになります。

 むしろ、日本においては、BIS規制は内需から外需に体制の変革を行うために利用されたのです。

 外需への体制転換の路線は、1989年の冷戦終結以降、バブルを仕組み、崩壊させ、その収集にかこつけて、大企業すなわち国際金融資本の独占を実現するための一環でした。(輸出企業のほとんどは大企業であり、国際競争力強化とはつまり大企業の競争力強化に外なりません。)

 このことは、1989年に竹下内閣消費税を導入し、日本の内需を破壊する政策に着手したことと符号しています。

 BIS規制は、金融機関が中小企業融資を実行しようとする場合の障害となり、中小企業や個人商店のみならず、金融機関自身をも窮地に陥れて来ました。

 金融機関が担保を査定して、ほとんど間違いなく回収出来ると判断した場合でも、金融庁が干渉し、融資を事実上差し止めるのです。

 金融機関の判断は、厳しい金融ビジネスの経験から行われているのですから、金融庁が金融検査マニュアルをもってこれに干渉するのはやりすぎです。

 そもそも、金融庁の役割は、不良債権が増大し、金融機関が危機に瀕したときに、国の機関として預金保護をすれば良いだけであり、その他の余計な口出しは単なる民業の妨害にしかなりません。

 政府資金を入れる可能性があるからには口も出すと言うかも知れませんが、政府資金も国民のものであり、国民は間接金融が機能しなくなるほど厳しくするようなことを望んではいません。

 金融検査マニュアルの目的はBIS規制において定義された自己資本比率を割り出すことにあります。

 通常の企業の考え方では、「総資産=自己資本+他人資本(負債)」であり、「自己資本比率=自己資本/総資産」ですが、銀行においては、BIS規制で採用されている定義の自己資本比率に従います。

 つまり、「自己資本比率=自己資本/リスクの伴う総貸出高」となります。

 概略、分子の「自己資本」は、資本金、法定準備金、利益剰余金などの基本項目および不動産の再評価額の45%、有価証券の評価益の45%等を合計した額で、分母の「リスクの伴う総貸出高=リスク・アセット」は、現金、外貨、国債の0%(ノーリスク)、保証協会の保証付融資の10%(リスク率)、銀行向け融資の20%(リスク率)、抵当権付住宅ローンの50%(リスク率)、企業向け融資の100%(リスク率)等を合計したものです。ただし、市場リスクによる調整が行われます。

 分母は小さければ小さいほど自己資本比率は上がりますから、例えば、企業向け融資を止めて国債を買えば、自己資本比率を上げることが出来ます。これによって、あろうことか、貸し渋りや貸し剥がしを行えば国内業務を行う銀行は褒められる仕様になっているのです。

 正に、国内業務を行う銀行に貸し渋りや貸し剥がしをやらせるために、BIS規制は導入されているのです。

 金融庁はそんな意図はないと弁明するでしょうが、仕組み逆の証明しています。

 金融機関は自分が生き残るために、中小企業や一般国民に対する貸し渋りや貸し剥がしといった残酷な方法によって、BIS規制をクリアしなければなりません。

 金融機関は選択の余地を持っていません。金融庁の査定方法に違反すれば業務停止を受けるか、潰されてしまいます。そして、事実として、金融機関が中小企業を倒産させる事態が起きているのです。

 BIS規制は、バーゼルⅠからバーゼルⅢまで、次のように変遷しています。

 バーゼルⅠ(BIS規制、1988年公開)は、日本では1993年から実施、日本の銀行は自己資本比率を下げるのを回避するため、中小企業などへの融資を減少させ、日本の景気低迷を長期化させる一因となりました。

 バーゼルⅡ(新BIS規制、2004年公開)は、日本では2006年から実施、自己資本比率の査定がより精緻となり、その結果、株価の変動が敏感に自己資本比率に反映されるようになり、景気の悪い時はますます融資姿勢も悪くなりました。そうして、多くの企業(特に中小企業)が「要注意先」、「破綻懸念先」に転落し、融資が受けられず経営破綻に追い込まれるという悪循環が起きてしまったのです。そして、銀行は、リスクの比重がゼロパーセント(ノーリスク)である国債をますます多く購入するようになりました。

 バーゼルⅢ(第三番目のBIS規制、2010年公開)は、日本では2012年から段階的に実施され、2019年には全面的に適用されました。銀行の自己資本の質の向上、リスク管理の一段の強化といった観点から 改訂されました。しかし、すでに、基準の適用が現実的に困難になっているという問題が指摘されています。

 日本の場合、国内銀行において、中核的自己資本について7パーセントの基準を満たす銀行は全体の7割であり、最低水準の4.5パーセントを下回った銀行が5パーセントあるため、基準を満たすために増資が必要となり、資本を留保し、貸し渋りにつながっていると言われています。

 なぜ、このように厳しくするのかと言えば、それは間接金融が機能することが困難になるようにするためです。BIS規制は直接金融で儲けようとする国際投資家たちの組合による規制ですから、それは明らかです。

 つまり、もはや金融機関の地域に対する思い入れによる事業展開など、夢のまた夢の物語になっているのです。

 このBIS規制に基づき、1999年7月から金融機関の管理行政の中心的役割を担って来たものに、金融検査マニュアルというものがあります。

 この金融検査マニュアルは竹中平蔵氏が主導する金融監督庁傘下の金融検査マニュアル検討委員会により作成されました。

 金融庁検査では、経営管理体制をはじめ様々な内容を検査するのですが、最も重要な項目が「資産査定管理体制」です。

 これは、銀行がリスクを伴う貸出金等の自社資産の自己査定や、それに査定に基づく貸倒引当金が正しく行われているかどうかをチェックするものです。

 自己査定といっても、金融庁がそれを検査して、悪ければ業務停止を含むペナルティーを与えるのですから、結局は金融機関の生死を分かつほどの厳罰を伴う強制です。

 BIS規制によってもたらされたものは、金融庁による金融機関の実効支配であり、金融機関の職員の官僚化であり、そして、中小企業に融資をしない金融機関への変貌です。

 

 

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