こんにちは。

 

気が付いたら、人生の半分以上オーストラリアに住んでる事になっていた、シングルマザー歴23年、リメディアルセラピスト、桔梗のブログの部屋へようこそ。おねがい

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日曜日、月二回の日本の叔母とのオンラインコール。

叔母は元気な顔を見せてくれ、娘アリスの姿がスクリーンに映ると更に嬉しそうな笑顔になり、同時に声も弾んだ。

 

(お母さんと同じやわ)

 

 

2022年の4月に亡くなった母は、毎週日曜夜8時半のオンラインコールでアリスの姿を見ると、私に対するより一段階上の幸せ笑顔を見せていたことを思い出した。

その定期便が母の死を知らせてくれるきっかけとなったあの夜のことを、私は今でもはっきりと覚えている。

ダウンダウンダウン


 

 

叔母とのオンラインコールが終わった後仕事に出て、家に帰ったのは夜の7時近かった。

夕食は、材料を切って煮るだけの鍋にした。

日曜の夜の日本時間8時半、オーストラリア時間の9時半は母とのオンラインコールの時間だった。

それに合わせて夕食を済ませ、シャワーも済ませていたことを思い出した。

なぜなら、母とのコールが2時間に及ぶことも珍しくなかったからだ。

 

 

鍋の夕食を済ませ、シャワーも済ませてPCの前に座り、書きかけの本の原稿に向かった。

すると、なぜか分からないが突然松任谷由美の曲が聴きたくなり、Youtubeでメドレーを選んだ。

懐かしい曲が次々とヘッドホンに流れてきた。

 

『ルージュの伝言』(魔女の宅急便💛)

 

『守ってあげたい』(カラオケの十八番やったなぁ……懐かしい)

 

『ひこうき雲』が流れ始めたとき、36歳で娘さん二人を残して逝った友人を思い出した。ちょっと涙した。

 

『やさしさに包まれたなら』(魔女の宅急便のエンドロール。いい曲やなぁ)

 

『埠頭を渡る風』(20代でバイクに乗っていたとき、TMネットワークの『Get Wild』と並んで好きな曲やったっけ)

 

そんなことを思いながら、聴いていた私の耳に次に流れてきた曲が、

 

『春よ、来い』

 

 

突然、脳内のスクリーンに2022年の4月に一人で見た満開の桜のシーンが何枚も映し出された。

そのときに桜を見ながら母を偲んだ思いが蘇って、あっという間に目から涙がボロボロと溢れ出した。

 

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2022年の4月の桜。

あのときは、母と弟と妹の四人で毎年行っていたお花見の記憶が刹那に浮かんで来たっけ。

お花見はいつも母と一緒だった。


父とのお花見の思い出は全く無い。

「子供の喜ぶことをしてあげたい」と思う人ではなく、自分がしたいことが一番大事な人だ。

それは今も全く変わらない。


母は子供たちの喜ぶ顔を見るのが幸せだったに違いない。

だって、今の私がそうだから。

 

 

 

「お母さん桜ってホンマに綺麗やね。」

 

もう一度母と一緒にお花見がしたくて、私は携帯で桜の写真を撮りながら母に話しかけていた。


春よ遠き春よ

瞼閉じればそこに

愛をくれし君の

懐かしき声がする

春よまだ見ぬ春

迷い立ち止まるとき

夢をくれし君の

眼差しが肩を抱く

 

 

 

 

モラハラ父との離婚を決意した母に対して、離婚訴訟でモラハラ父側に付いて離婚を阻止しようとした弟と妹。

オンラインコールで泣いていた母の泣き顔は、今でも私の脳裏に焼き付いている。


そんな風に母を悲しませた人々が、今度は叔父夫婦に理不尽を働く。

母が亡くなった直後に、家族に対する情というのが分からない父が叔父夫婦宛に書いた非情な手紙と、それを非常識とも思わない我が家族。


「非常識」「嘘つき」「欺瞞」「母に悪影響を与えている」等々、父、弟、妹から言われまくったこの6年間。

いつも私の側にいてくれたのは、娘のアリスと母だった。

 

 

母:「私に何かあったら、次郎(叔父)さんたちのことよろしく頼むね。」

 

子供のいない叔父夫婦に対して情も何も見せない父のことを知っていた母は、オンラインコールのときに事あるごとに私にお願いしていた。

 

私:「大丈夫。ちゃんとやるから安心して」

 

その叔父は、昨年11月に逝った。

 

 

君に預けし我が心は

今でも返事を待っています

どれほど月日が流れても

ずっとずっと待っています

それはそれは明日を超えて

いつかいつかきっと届く

春よまだ見ぬ春

迷い立ち止まるとき

夢をくれし君の眼差しが肩を抱く

夢よ浅き夢よ

私はここにいます

君を思いながらひとり歩いています

流るる雨のごとく

流るる花のごとく

 

 

母が亡くなった後、一度だけ母の夢を見た。

夢だと分かっていたけれど、会いにきてくれたのが本当に嬉しかった。

あれから2年経つけれど、まだ二度目の母の訪問は叶っていない。

母はいつも私の側にいるから夢を見ないのだと、私は勝手に思っている(笑)

 

 

作詞、作曲:松任谷由実、編曲:松任谷正隆

歌:松任谷由実

 

 

淡き光立つ 俄雨
いとし面影の沈丁花
溢るる涙の蕾から
ひとつ ひとつ香り始める

それは それは 空を越えて
やがて やがて 迎えに来る
春よ 遠き春よ
瞼閉じればそこに
愛をくれし君の
なつかしき声がする

君に預けし 我が心は
今でも返事を待っています
どれほど月日が流れても
ずっと ずっと待っています

それは それは 明日を超えて
いつか いつか きっと届く
春よ まだ見ぬ春
迷い立ち止まるとき
夢をくれし君の
眼差しが肩を抱く
夢よ 浅き夢よ
私はここにいます
君を想いながら
ひとり歩いています
流るる雨のごとく
流るる花のごとく

春よ 遠き春よ
瞼閉じればそこに
愛をくれし君の
なつかしき声がする
春よ まだ見ぬ春
迷い立ち止まるとき
夢をくれし君の
眼差しが肩を抱く

春よ 遠き春よ
瞼閉じればそこに
愛をくれし君の
なつかしき声がする
春よ まだ見ぬ春
迷い立ち止まるとき
夢をくれし君の
眼差しが肩を抱く
春よ 遠き春よ
瞼閉じればそこに
愛をくれし君の

 

 

母は愛に溢れた人だった。

けれど私の冷たい家族は、愛をただで注いで貰いっぱなしで、母に愛のお裾分けをしなかった。

母は一生懸命愛してくれていたのに、若き日の私はそれが分からなかった。


娘アリスが生まれて、私はアリスから愛を教えてもらい、母の愛情に気付くことが出来た。

娘から教えてもらった愛を、亡くなる前に母にあげられて本当に良かった。

 

 

心のリハビリに、この曲を聴いて来年の春を待とう。

 

そして来年の春が去ったら、またこの曲を聴いて翌年の春を待とう。

 

母にまた会える日まで、この曲を聴き続けよう。

 

今はまだ涙が溢れて歌えないけれど、多分きっとこの歌を泣かずに歌える日がやって来るはずだ。

 

その日が来るまで、ヴォイストレーニングをしておこうかな(笑)

 

 

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