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母が亡くなった年の桜




母の命日、4月3日。


毎週日曜夜八時半は、母とのオンライン『愛コール』の日だった。
最初に電話をかける。
母が電話を取ったところで私がオンラインコールを鳴らす。
母がオンライン画面に映ったら電話を切る。



だが、2022年4月3日の日曜日、母は電話を取らなかった。
携帯に電話をしても、呼び出し音は鳴り続けるだけだった。
数時間後、私はオーストラリアから日本の警備会社に電話を入れ、母の家に様子を見に行ってもらった。
その約1時間後、私は警備会社のマネージャーからのコールを取った。
母はすでに事切れていた。


オーストラリアから7000km離れた日本で亡くなった母。
日本の警察から電話を受け取ったのは日付けが変わった4日。
警察官との会話を終え電話を置いた時、初めて涙が流れ落ちた。


https://ameblo.jp/reikoecoguide/entry-12736407505.html



あれから4年。


でも、あの夜のことは今でも鮮明に覚えている。



2022年5月22日、母の四十九日。
葬儀と四十九日法要を一関市の『樹木葬』知勝院で執り行い、その後、里山の一角にお骨を埋葬した。
葬儀、法要にはアリスと叔父夫婦と私、そして母が一関に住んでいた時の知人友人が参列してくださったが、アメリカに住む弟はワクチン未接種を理由に、東京に住む妹は「桔梗が私を嫌っていることが分かりましたので」という意味不明🤔な理由で葬儀と法要に参列しなかった。

樹木葬知勝院の里山に眠る母




弟妹は、長年別居をしていた母が(モラハラ)父との離婚を決めた時に離婚を阻止しようと父側に付いた。
母は弟妹の寝返りに涙を流した。


離婚成立後、2人は母に詫びの電話も入れなかった。


母:「私に何かあっても、お父さんやホオズキとイラクサにも四十九日が終わるまで知らせないでいいから。」

と母は言った。
私に気をつけて使っているのかと思ったが、そうじゃなかった。


母:「もういいの。」

オンライン『愛コール』のスクリーンの向こう側で、そう言った母の顔は吹っ切れたような、それでいて寂しそうな笑顔だった。



そんなことがあったのに母が亡くなった時、「手伝わせて欲しい😢」と電話の向こうで懇願してきた妹に、母の遺言に背いて火葬を任せた私。

後でめっちゃ後悔した。😓


私:「父を立ち合わせないで」

と妹に頼んであったのに、妹は父を遺体安置所に連れて行っていた。
アメリカにいる弟にオンラインで母の顔を拝ませていた。
私だけ、母の顔を拝めなかった。


私が後に問うた時に妹はこう返してきた。



妹:「痩せ我慢しないで、母の顔を見たいなら見たいって言えばよかったんじゃないですか?」



(ホンマに人の気持ちが分からない家族の集まりや😱汗汗汗汗汗汗


マジ血の気が引いた😨




その人の気持ちが分からない彼らは、母に対して一銭のお香典も包まなかった0円家族だ。😅



「お母さんのお世話になった!」


と母への感謝の念から20万円のお香典を包んで、不自由な身体で母の葬儀に参列した叔父(父の実弟)夫婦とはエライ違いである。





「今後後期高齢者4人の介護を協力して行っていかなければならない今、離婚は避けるべき」

てな感じの殊勲な言葉を、母と父の離婚訴訟の陳述書に並べていた弟妹だが、母の死後に彼らがやらかしたことにはドン引いた……😱

当時89歳で身体の不自由な叔父とその介護をする叔母に父は手紙を書き、なんと


父:「そこは俺の名義になっているから、いつまでもいられたら困る!」


と言って、当然の権利を主張するが如く家を追い出そうとしたのだ。


父:「子供たち全員の意見だ!」


と電話口で平然と曰う父に、


私:「子供たち全員だぁ?ウチは聞いてへんねんけど?😡」


と返す私。


父:「お前以外の……」


と付け加えた。(あったりまえや🤬)



(法廷に提出した陳述書の内容とはかけ離れたことしまくってるやんか?😡)


ちなみに、叔父夫婦が住んでいたのは祖父母が住んでいた家。
つまり、叔父の実家なのだ。


弟妹と叔父夫婦の今後に付いて話し合いたくて電話をしても、


弟:「嘘つきとは話しません」(だが、私がどんな嘘をついたのかは未だ不明😅)


とガチャ切り。


妹;「桔梗とは話はしません」


と電話口の叔母に言い放ってガチャ切り。


母が亡くなった時には自ら電話をかけてきて、「手伝わせて欲しい」と泣いていうから火葬まで任せたのに、手のひら返しとはこんな事を指すのだろう。
自己中心思考も、ここまで来ればビョーキである。

非人道的な手紙を書いた父を嗜めることもせず、かといって叔父夫婦の次の住処を探す手伝いをする訳でもなかった弟妹の行動にはガチ引いた。
マジで人の気持ちを想像出来ない神経発達症(いわゆる発達障害)かパーソナリティ症(いわゆるパーソナリティ障害)を私は疑っている。



母:「叔父さんたちのこと、頼むね」

離婚訴訟で離婚が確定した後、私にそう何度もオンラインコールで言っていた母には、弟妹が法廷で陳述したことを平気で覆すであろうことが見えていたのだと思う。


実は2022年の4月3日に母が亡くなった後、私は母の死を悲しんでいる暇は本当に無かった。


4月に渡日して母の死後の様々な手続きと母の家の整理。


5月22日に葬儀と四十九日法要をして、アリスと2人で母の家の整理。


その後もオーストラリアと日本を往復して母の家の売却。


それが終わらないうちに叔父夫婦の引っ越し問題が持ち上がり、施設探しと叔父夫婦の引っ越しの準備。


2022年の12月に叔父夫婦の施設入居にサインをして、部屋が空いた2023年2月半ばに2人を引っ越しさせ、3月に祖母の家の中の叔父夫婦の物は全て撤去。


2023年3月半ばに母の一周忌。


同年、11月半ばに叔父が癌で逝去。


約1ヶ月日本に滞在して叔父の葬儀とその後の手続きをした。


2024年3月に母の三回忌のため訪日。


同年10月後半、叔父の一周忌のため訪日。


翌2025年10月、叔父の三回忌。





母の命日を迎える度、母が亡くなってから立て続けに起きた数年間の出来事が脳裏に蘇ってくる。



今年の母の命日は、イースター(復活祭)のGood Fridayと重なった。
仕事が休みだったので、一日中、マジで記憶が走馬灯のようにくるくると脳裏に映し出され、その時の感情も込み上げてきた。


今年も松任谷由美の「春よ来い」を聞いた。

https://youtu.be/qX7pFYH9O04?si=amlHTqCY7Fmo8THJ


母と一緒に花見に行った子供の頃を思い出して泣いた。
いつか、泣かずにこの歌を聞ける日が来るのだろうか?



母の遺影は微笑んでいる。



それは、最後に母とオンライン『愛コール』をした時の笑顔に重なる。
よく泣いていた母だけれど、母の人生の最後は笑顔だった。



スマートフォンという文明の力があるのだから、あなたも後悔しないように、いつも愛する人には『愛コール』をしてはいかがだろう?




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今日のビーチラブ




2月28日にUSAとイスラエルによる、イランの最高指導者ハメネイへの攻撃が報道された時に思ったこと。

(怖っ😱!USAとイスラエルは絶対敵にしたないわ……モサドとCIA、マジヤバいわ
汗


1月3日にUSAがベネズエラの大統領を拉致したニュースを見た時にはこう思った。

(え“😨?これマジで映画のワンシーンやん?)

ハリソン・フォードの映画Air Force Oneの始めでカザフスタンの指導者を自称する独裁者を拉致するシーンがあったのだが、それが先ず浮かんだ。
本当に映画の世界のようなことが起きて、その2ヶ月後に今度はイラン攻撃である。
汗汗汗😱


ふと思った。


(USAはちょっとJackpotチームみたいかも🤔)




ということで、「Jackpotチームとはなんぞや?」と思った方に説明しよう。

私の言うJackpotチームとは、Youtubeの不倫被害者お助けチャンネルの一つ。

最近は不倫だけではなくDV被害者(男女)や托卵被害者(男性)を助けるケースが増えてきた。
興味のある人はチャンネルを覗いて見て欲しい。

DV加害者を成敗してくれるこの回は、神回だった。

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https://youtu.be/Nm9DE4pJlqo?si=9GFIfh9KEljQYYZH


もう一つ「スーパー・ノヴァ」チャンネルのギルドチームもDV被害者さんに寄り添って、DV加害者やその加害者を庇う親などと戦ってくれるのでお勧めだ。

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https://youtu.be/Chkc7JsxG7o?si=E0gTXKnGaiidAIHK




とにかく、不倫をするのは自己中人間や思考が短絡的な人間が多く、DV加害者には不倫する輩が多いのも特徴だ。



だが、DV被害者だった私も断言するが、1人では絶対にDV加害者とは戦えない。


第三者が介入して被害者に寄り添って「あなたは間違っていない。」と支え続けてくれなければ、DV被害者がDV加害者(達)に立ち向かうことは限りなく不可能に近い。


なぜなら、DV被害者は長年DV加害者の弾圧を受け続けて「自分が至らないせいで」「自分が悪いから」という、自らを卑下する思考に陥ってしまっているからだ。


その第三者が、Youtuberの「Jackpot」であり「スーパー・ノヴァ」である。

彼らは調査会社とも弁護士とも連携してチームを作り被害者に寄り添ってくれる、心強い存在だ。




DV加害者は、DV被害者を貶したり蔑んだり、はたまた人前で被害者をおとしめるような発言を繰り返すことで被害者の自尊心を失わせ、加害者が正しくて被害者に落ち度があるように見せかけて、長年かけて相手を自分に従わせる『マニピュレーション(操り・操作)』に長けている。



夫婦であれば、DV加害者は結婚する前はめっちゃ優しくてパートナーを大事にしているように周囲に見せかける。


だが結婚すると突然豹変して、被害者が自分の言う事を聞かないと「しつけ」と称して前述したようなYoutubeビデオの中にもあるような、言葉の暴力や身体的な暴力を被害者に振るうのだ。


けれどこのDVの最も恐ろしいところは、DV被害者が自分がDVを振るわれていると気付かないケース。


長年のマニピュレーションで自らを卑下する思考に陥っていると、自分だけではなく自分の子供にまでDV加害者を崇拝し、加害者の言う通りに生活するのを強要するようになるからだ。





さて、アメリカとイスラエルに攻撃されたイランの話に戻るが、今現在のイランは私から見るとDV推奨指導者の国に他ならない。(国が数万人の国民殺害してるし🫩)


そしてそんな弾圧国家下で生活している国民の中には、最高指導者がいなければ自分たちの国や生活が成り立たないと本気で信じ、写真を掲げてハメネイの死を悲しんでいる人も多いのは事実。


半世紀に渡って、国が国民の思想をマニピュレーション(操作)してきた結果である。





1979年に、王朝だったイランを『イスラム共和国』に移行して最高指導者になったのがホメイニーだ。


ホメイニーのやり方を読み解くと、私にはイスラム共和国の政治が世に存在するDV加害者の家族ルールと変わらないように見える。


共和国は、基本世襲の君主(王や皇帝)を国家元首に持たず、国民又は国民の大部分に主権がある政治体制のはずなのだが、このホメイニーは世俗主義者や社会主義者などを含む国民に美味しい言葉を投げかけて選挙を行い票を集めた。


だが、高得票で最高指導者になった途端にその美味しい言葉を翻し、世俗主義者や社会主義者を「イスラームの敵(カーフィル)」として弾圧した。
そう、彼らは釣った魚に餌をやらない、典型的なDV加害者と同じなのである。


そのホメイニーが1989年に亡くなった後、37年間独裁者として君臨したのが2月28日に爆撃されたハメネイだ。





1979年のイラン革命でモハンマド・レザー・パフラヴィー皇帝がエジプトに亡命した。


実は亡命したモハンマド・レザー・パフラヴィー皇帝は、トルコの次にイスラエルとの国交を樹立してオイル貿易を行ったり、イランの改革の一環として女性解放を掲げヒジャブの着用を禁止するなどイランの世俗化を進めた人物である。


あまりにも独裁的に、そして急激に改革を行なった結果反発が高まり、格差拡大などもあって失脚したのだが、今から半世紀前にイランを今現在の親米中東諸国のようにしようと改革を推し進めていたのにはちょっと敬意を表する。


まあ、石油収入が国民に行き渡らなかったために汚職や不平等を招いたのも失脚の原因の一つではあるのだが、今現在のUAEやカタール、クェート、そしてサウジアラビアのロイヤルファミリーもオイルマネーで私腹を肥やしているのは変わらない。


でも国民(特に女性)はイランほど弾圧はされておらず、ある程度の自由が存在しているのも事実だ。





モハンマド・レザー・パフラヴィー皇帝の息子、クロシュ・レザー・パフラヴィー皇太子(現在米国在住)の政権復帰を望むイラン人は多い。


特にイランから亡命して欧米諸国に住むイラン人ディアスポラには、USAとイスラエルに現政権を破壊してほしいと思っている人の割合が多いのではないだろうか?🤔





3月2日、オーストラリアで行われた女子サッカー⚽️アジアカップのイランVS韓国戦の開始前に、敬礼して国歌斉唱をしなかった女子サッカーチームのメンバーがその後の試合では敬礼と国家斉唱を強要された。


イランに帰ると国に対する反逆者として捉えられる可能性があるとして、チームの選手5人とスタッフ2人が亡命を希望し、オーストラリアに残ることが許されたニュースは世界を駆け巡った。


トランプ大統領からオーストラリア首相に直電があったようだ。(さすがフットワークが軽いトランプである😅


彼女たちが何故敬礼と国歌斉唱をしなかったのかその理由は語られていないが、第三者のUSAとイスラエルの介入で、彼女たちの中で何かが変わったのかも知れない。


彼女たちにとっては家族を捨てる覚悟の亡命だが、例え帰国したとしても家族はただでは済まないだろう。






同じようにDV被害者がDV加害者から逃げる決断をしたとき、DV加害者はあらゆる手段を使って被害者を呼び戻そうとする。


最初は脅し。


「誰に唆されたんだ😡?
(思い込み文句)

「お前1人じゃ何も出来ないくせに爆弾(ガチのテンプレ)

「養ってやったのにムカムカ(DV男の決まり文句)

「いい加減にしろよむかっむかっ(ガチギレ文句)


等々。



それでも頑なに別れを示すと今度は謝罪と泣き落とし。


「心を入れ変える!
(言うだけ〜😅)

「もうしない!(嘘😒)

「変わるから!どんな風に?🫩)

「愛してるんだ!(口だけ〜😅)


等々。



そして、最終的に弁護士を通して離婚を突きつけると、ここでDV加害者の危険度合いが分かる。


「謝ったじゃないか
むかっ(謝っただけで全て解決するなら警察はいらん)

「ただで済むと思うなよむかっむかっ(脅し文句)

「殺してやるムカムカムカムカ(これは口にしたらアカンやつ)

「お前の家族もただで済まんからなムカムカ(ガチヤバ発言😠)


等の言葉が弁護士を通さずに送られてきたり、直接電話で言われたりする可能性もあるのでこれはもう録音必須。


ガチで直接訪ねてきてドアをガンガン叩いて脅したり、本当に家族を脅したりするようなこともあるので、直接か弁護士を通して警察に接近禁止の申請をしておくと、警察に電話をかけると直ぐに逮捕されて前科が付くのでやっておくべきだ。




多分、この亡命した7人のイラン人には家族を使った泣き落としの連絡か、家族の安全は保証しないぞ!というような脅しの警告が母国から来るだろう。


イランに帰国した選手たちとはもう会えないかも知れない。


これが独裁者の国の国民の現実なのだ。




もし私の娘が選手だったら、私は間違いなく亡命を促す。


私は殺されるかも知れない。


もしかしたら生きたまま拷問にかけられるかも知れない。


けれど、娘は自由に生きられる。


娘に子供が生まれたら、血は繋がっていく。


もしかしたら、イランが変わるかも知れない。


もし生きながらえていたら、その時に娘と再会できるだろう。




そんな会話を娘アリスとしたら、アリスはちょっと涙ぐんでいた。😢



母は、いつも子供の幸せを願っている。ピンクハートブルーハートイエローハート





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ゴールドコーストの海岸線は、高層アパートメント(日本のタワマン)の建設ラッシュ





冬季オリンピックが幕を閉じたけれど、SNSはいまだに『りくりゅうペア』の話題で持ち切りだ。


私はペアのショートプログラムは見逃したが、フリーは何とか早起きしてLiveを見た。



久しぶりにガチで痺れた😍




シングルスケートでは、ソチオリンピックでの浅田真央選手の完璧なフリーの演技、そして2015年のNHK杯で見せた羽生結弦選手の史上初のトータル300点越えの演技に鳥肌が立ったのを覚えている。



でもカップルスケートの演技に感動を覚えたのは、1984年のサラエボオリンピックでのアイスダンス、ジェイン・トービル(Jayne Torvill)、クリストファー・ディーン(Christoper Dean)の演技『Bolero』以来だ。
演技点で、当時の最高点6.0を審査員全員が出したという伝説の演技。
ご存知ない方はコチラから。

ダウンダウンダウン

https://youtu.be/cjaxe2m6n28?si=oknH9lhHY-5bNtW7


当時まだ21歳だった私は、完全に音楽と一体になったこのカップルのアイスダンスの演技に釘付けになり、フィナーレを迎える時にはゾクゾクとした痺れのような感覚が内から溢れ出した。
いわゆる、鳥肌が立つという状態だったと思う。
フィギュアスケートを、初めて美しい芸術として捉えたのはこの時だ。




スケートはスポーツだが、新体操やシンクロナイズドスイミングなどと同じく美しく演技することが求められる、私がやっていたバレーボールのようなスポーツとは違って、技術だけでなく演じることが重要視される。



「美しい」「綺麗」という言葉は、スポーツ界では姿勢や態勢などを表現するときによく使う。
私は中学校、高校の時、バレーボール選手のスパイクの写真やテレビのスローモーションの画像を見て、
「綺麗なフォームやなぁ🤩」
と、呟いたことがなん度もある。
けれど、その時のフォームだけを見て私たちは感動なんかしない。

演技や試合という戦いの場に、選手、または選手たちの込められた思いが立ち振る舞いとして現れた時に、自然と人々の心に感動を呼び起こすのだと思う。




4年に一度しか開催されないオリンピックという舞台で、選手たちは4年という月日をかけてトレーニングしてきた自分を表現する。
彼らは自分のためだけでなく、自分を支えてくれた家族やサポートチームのメンバーのために戦いに臨んでいる。
周囲の「思いやり」に感謝出来ない選手は、世界という舞台で活躍は出来ない。
そして、そんな選手は人々を感動させることはない。


2022年に亡くなった母は、2021年の東京オリンピックとパラリンピックをテレビで見てめちゃめちゃ感動したと言っていた。
特にパラリンピックの選手たちに感動したという。
彼らは、誰かのサポートがなければスポーツを続けていくことは出来ない。
目の見えないランナーであればガイドランナーのサポートがなければ走れない。
だがそれ以外にもサポーターはたくさん存在していて、それは家族であったり、友人であったり、はたまたスポンサーであったりする。


マイナーなスポーツのスポンサーになる企業や事業主には、思いやりがあると私は思う。
当時マイナーなスポーツであったペアスケートのスポンサーになった、『木下グループ』の木下直哉氏には本当に頭が下がる。




ということで、オリンピックのりくりゅうペアの「グラディエーター」の演技に話を戻そう。
ミラノ・コルティナオリンピックでのりくりゅうのフリーの演技は、私が42年前にこの「Bolero」のアイスダンスを見た時に覚えた感覚とはまた違う感動だった。


前日のショートでリフトを失敗したりくりゅうペア。
木原選手は、フリー当日の朝まで泣き続けていたそうだ。
思うに彼は、パートナーの三浦選手だけではなく、これまで支えてくれた方々や日本で応援してくれている人々に対する申し訳ない気持ちが涙として溢れ出たのかも知れない。



けれど、その木原選手を現実に呼び戻したのがパートナーの三浦 璃来選手のかけた


「今日、龍一君のために滑るよ」

という言葉だ。
そして木原選手は即答。


「今日はお互いのために滑ろう」


と返したそうだ。



この2人がペアを組み始めたのが2019年8月。
ところが半年後、世界中の人々が精神的に追い詰められたCovid-19のパンデミックが起きる。
彼らは練習どころか、外に出られない日々が続いた。



この時、世界中では家庭崩壊が進んだ。
自由に外に出られなくなり、家庭という本来であれば癒される筈の空間が24時間家族で過ごすようになった途端に不協和音が生じ、それが引き金となって離婚になってしまった家族が多かった。
DVがやたら多かった時期でもある。
けれどそんな逆境の中、彼らはお互いを思いやることで絆を深め、ペアスケーターとしての階段を一歩ずつ登っていったのだ。


人生でこの『逆境』にぶち当たった時、人はまず1人ではその逆境を乗り越えることは出来ない。
大なり小なり必ず誰かの世話になっている。
それは家族であったり、友人であったり、時には赤の他人だったりすることもあるが、その苦しい胸の内を聞いてくれたり、必要な時には寄り添ってくれたりするというのが世話に当たる。
それは、人の人に対する『思いやり』でもある。
たとえ血の繋がった家族だとしても常にこの思いやりを持っているとは限らないのに、このりくりゅうペアはとにかく『思いやり』で溢れている。




英語で「思いやり」は、4つの言葉に分類される。

1 Consideration
相手の感情や立場を尊重し、迷惑をかけないような配慮。


2 Thoughtfulness
相手のために何かをしてあげたいという心遣い、優しい配慮。


3 Kindness
優しい、親切、思いやりがある。最も広く使われる。


4 Compassion
他人の苦しみによりそう、深い深い思いやり。


(AI Overview引用)


全て、りくりゅうペアに当てはまると思わないだろうか?
彼らの絆は、互いを思いやることで築き上げられたのだと思う。


オリンピックでのフリー「グラディエーター」の演技は、この2人の7年間で築き上げた『思いやりの絆』が表現された4分30秒だったと思う。

お互いのために滑った結果、世界最高得点の作品となった。



この7年間のペアとしての絆の深さは三浦選手の発言にも現れていて、彼女はオリンピック後のインタビューで、「木原選手以外とペアを組むことは考えられない。木原選手が引退する時は私も引退する時。」と述べている。

今月の世界選手権は欠場すると発表したりくりゅうペアだけれど、あと1〜2年は現役を続けて欲しいなと思う。

りくりゅうペアの後に続くペアの成長が待ち遠しい。



はっきり言って、りくりゅうペアは互いを思いやる気持ちがダダ漏れしている。(😍)


だからこそ世界中の人々が2人の演技を見て感動したのだろうし、リンク外の彼らを見ているだけでもなぜかほっこりしてしまう。
照れ


見ているだけで人々を幸せ
ラブラブな気持ちにしてしまうりくりゅうペアは、近年では稀有な存在だと私は思う。





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ゴールドコーストといえばサーフィン




私が感じたオーストラリアと日本の実家仕舞いにおける大きな違いは、『移動距離が半端ない』である。



オーストラリア自体が日本の約20倍の大きさで、南北3700km、東西4000kmある。


例えばオーストラリアの西海岸のパースに住んでいる両親を、東海岸のゴールドコーストから訪ねようと思ったら、その4000kmを飛行機で飛ばなければならない。
行きは5時間20分、帰りは偏西風が味方してくれるがそれでも4時間半かかる。



日本に住む人が聞くと、
「海外旅行やん?!」と思うほどの距離である。(ニュージーランドまでは3時間!近い!ラブ



QLD州内の移動でさえ、ブリスベンから北のケアンズまで約1700kmで飛行機で2時間20分かかる。
日本だったら北海道から鹿児島までの距離に匹敵する。
オーストラリアはとにかく移動距離が半端じゃない。



オーストラリア人の知人は、ゴールドコーストから北へ約1500kmのタウンズビルという街から、更に約100km西へ車で走った田舎町に住む両親の実家仕舞いをした。
理由は、ご両親が共に健康上の理由で入院することが増え、その都度飛んでいかなければならないことが増えて来たためだった。



以前函館でふと道路案内を見た時、札幌320kmとあって
(え?函館と札幌ってこんなに近いんや!)
と思ったことがある。

実際オーストラリアに住んでいると、320kmは近いという感覚だ。



だが、1500kmはその約5倍。
やはり遠い……。


ご両親「ちょっと、緊急事態だから来てくれない?」

と言われてもそう易々と行ける訳がないのだが、ご両親にはピンと来ていなかったらしい。


息子さん:「何かあってもそう簡単に行ける距離じゃ無いんだから、ゴールドコーストに引っ越して来てくれないかな」


と言っても、


ご両親「自分達はまだちゃんと自立生活が出来るから大丈夫!」

と、自立が難しくなっているのに出来ると言い続けていたようだ。(高齢親あるある1)



だが、ご両親の緊急事態は年々増えていく。
共働きで忙しい知人はゴールドコーストへ引っ越しして貰えないかと説得を続けたのだが、最終的に実家を売って引っ越しを決断するまでかなりの年月を要した。



さて、ご両親は一軒家からゴールドコーストの2LDKのアパートメントに引っ越してくるので家の荷物を大量に処分しなければならなかったのだが、その「必要品」「不必要品」の選別が全然出来なかったようだ。(高齢親あるある2)

知人が引っ越しのトラックの支払いなどは負担したらしいのだが、両親がトラック一杯に運んで来た荷物の量に頭がクラクラしたと言っていた。
結局、運んで来た殆どの荷物はそのまま貸し倉庫行きとなり、知人は約3年間その貸し倉庫代を払っていたらしい。(ビビる金額ガーン

だが、1500kmの距離を移動させてきたにも関らず全く使わないものにいつまでもお金を払っていくのは無駄以外の何物でもないので、つい最近、中の物を処分して倉庫を解約したそうだ。
お母様がブチ切れて
ムキーいたらしい。(高齢親あるある3)

この様にご両親が存命で実家仕舞いをする場合は、とにかく物の処分に時間がかかり、親と一緒に実家仕舞いをしない限りこのようなことが起きてしまうのは避けられない。



一人っ子のオーストラリア人の男性の実家仕舞いの話も聞いたことがある。
彼がまだ子供の頃にご両親が離婚されて、その時はお父様がお亡くなりになったので実家仕舞いをしなければならなかったのだそうだ。
彼の移動距離はさほど無かったものの(それでも片道約200km)、1人で父親の住居の片付けをした。
お疲れモード全開だった。🫩
彼のお母様はまだご健在だが、何かあったらまた彼が1人で全ての手続きをしなければならない。
一人っ子も大変だと思う。




前回のブログでゴールドコーストに住むカナダ人女性が、実家仕舞いでカナダ〜オーストラリア間(約15000km)を往復していた話にちょっと触れた。


オーストラリアは移民が多くて、それこそ英国に親兄弟が居るという人はオーストラリア〜ロンドン間(16500km〜17000km)を移動しなければならない。(
欧州の他の国への移動はそこから更に移動時間が加算)

これは私の日本への移動距離(7200km)の倍以上の長さで、オーストラリアからの直行便はパースからしかない。
東海岸から飛ぶ人はシンガポールやドバイを経由する人が多いのだが、時間にすると20〜25時間かかる。



オーストラリアにはブラジル人も多いのだが、オーストラリア〜南アメリカの移動距離はちょっとヨーロッパより近いが移動時間が長い。
オーストラリア〜ブラジルには直行便が無い。
必ず経由になるのだが、その経由地によって移動時間がめっちゃ変わるのだ。
一番近いのがチリのサンチアゴ経由。
シドニー〜サンチアゴ間が11300kmで飛行時間約12時間半〜14時間半、そこからブラジルのサンパウロまでは約2700kmで飛行時間は3時間45分〜5時間で、総合飛行距離は約14000km、飛行時間は約19〜20時間となる。
乗り継ぎの待ち時間なども含めると到着まで24時間はかかるし、ハブ(乗り継ぎ)空港の選択によっては30時間近くかかることもあるのだ。



なので、オーストラリアから日本への飛行時間9時間なんて彼らにしてみると「え?たったそれだけ?」という感覚だ。



この移動距離をみると、ゴールドコーストから故郷カナダへ実家仕舞いに通っていた一人っ子の女性の大変さがお分かり頂けると思う。
彼女の実家の最寄りの都市はトロント。
オーストラリアからだとトロントへの直行便が無いので西海岸のバンクーバーを経由していたが、その移動時間はやはり約24時間。(私の移動時間の約2.5倍😱)
考えただけでも疲れ果てる距離である。😓


彼女の実家仕舞い旅のきっかけは、やはりお父様の健康の問題だった。
お父様は90代で、お母様はちょっと年齢が離れていたがそれでも後期高齢者になるので、お父様の看病を1人で続けて行くことは出来なかった。
なので実家を売って2ベッドルームの高齢者専用住宅に引っ越すことにして、
彼女は施設巡りもご両親と一緒にやっていた。

やっと気に入った施設がみつかったのだけど、とてもじゃないがご両親は自分たちで引っ越しの準備が出来る状態ではない。

全て彼女が補助していた。


(因みに我が父は、90歳になろうという子供のいない叔父(父の実弟)夫婦に、夫婦が住んでいた(私の)祖父母の家から夫婦だけで引っ越しをさせようとしたボケちんで、私の弟妹は叔父夫婦についての私の相談電話を無視したポケちん)

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なので、一人っ子の彼女はそのご両親の引っ越しの準備のためにオーストラリアからカナダに飛んだのだが、前述の知人の親御さんと同じく、彼女のご両親も物の処分が出来なかったらしい。
ご両親は結構裕福だったらしく実家もそれなりに大きかったので、一軒家→施設のダウンサイズが想像し難かったようだ。
想像力が衰えてしまっているので仕方ないのだが、「持って行っても入らない」「持って行っても使わない」と言っても、実際に持って行って部屋に収めてみないと納得しない。(高齢親あるある4)

カナダ人女性:「何でも持って行きたがって本当に困ったのよ〜」


と嘆いていたが、


私:「私の叔母もそうやったんよ〜!『部屋のサイズが決まってるから、本当に使うものだけね。』って言っても、何でも『使う!』って言い張るし😅。実際に施設の部屋に収めてみてやっと荷物の置き場所が無いことに納得してもらったんやけど、残った物が明らかに古すぎてリサイクル店にも引き取って貰えんかったんで結局ほぼほぼ捨てたわ😓」

カナダ人女性:「私はガレージセールしたわ。それで売れ残ったのは全部処分!」


ガレージセール
(Garage Sale):主に個人が自宅のガレージや庭先で、不要になった衣類、家具、日用品を格安で販売する小規模なフリーマーケット形式の催し。アメリカが発祥の地。オーストラリアでもよくやる



彼女は数ヶ月カナダの実家に滞在し、時間をかけて根気よくご両親を説得しながら施設に持っていく荷物を決めていった。
実はこのイライラする気持ちを抑えながらの作業が、何気に精神を削っていくのだ。(経験者は語る😓

ご両親を施設に入所させて最後の荷物整理をするために再び彼女はカナダに飛んだのだが、その時は息子さんが一緒に渡航して手伝ってくれたと言っていた。


施設に引っ越した翌年、お父様が亡くなった。
彼女は再びカナダへ飛び、葬儀を済ませたあとにお父様の荷物を片付けた。
そして今度は、2人部屋から1人部屋へのダウンサイズ。
お母様はかなり憔悴されていたので、片付けは全て彼女がしたそうだ。
昨年カナダが冬の間、お母様は数ヶ月間ゴールドコーストに滞在されていた。
あれから1年ちょっと経って、お母様はやっと施設の環境に慣れてきたようだと彼女が言っていた。


このように移民が多いオーストラリアでは、親子が別々の国で暮らしているというのは珍しくはない。
ご兄弟がご両親と同じ国に住んでいたら協力し合うことが出来るけれど、一人っ子だとそれはとても難しい。
カナダ人の彼女は、たった1人でカナダとオーストラリアを往復しながら両親の面倒を見て、同時に実家仕舞いをしていた。


私は、子供のいない叔父夫婦を一軒家から施設に引っ越しさせるときにオーストラリア〜日本間で彼女と全く同じプロセスを踏んだが、その私が考えただけでも彼女の移動距離と時間と仕事量は想像を絶する過酷さだ。😱



中には、親子間断絶で親には関係しない!という子供もいる。

親に問題あるケースが多いと思う。(娘アリスも父親とは断絶)

自己中の人には、「若いときは良いけれど歳を取ったら孤独だよ!」と言いたい。



アメリカに住む私の弟が東京に飛んでくる距離は約9500kmで、直行便だと約12〜13時間。
安い経由便を使ったとしても、カナダ人の彼女と比べてもかなり楽な移動だ。
しかも父1人の面倒を見る手間を日本に住む妹と2人で分担が出来るなんて、カナダ人の彼女から見ても、私から見てもめっちゃ羨ましい限りである。
2人で協力出来るのだから、叔父夫婦が住んでいた(なぜか父の名義の)祖父母の家を、是が非でも父が生きているうちに処分して欲しいと思う。



さて、私の知り合いには実家の側にあえて住んでいるオーストラリア人も多く、そんな家族は引っ越しなどもお互いに協力し合っている。
引っ越しをする時に要らないものを処分する人は多く、ガレージセールをしたり、要らない家具などを寄付したい時はリサイクル団体に電話を入れると家具をトラックで引き取りに来てくれる。
このように実家の片付けをして出てきた寄付なども出来ない大量のゴミは、自分でトラックやトレーラーをレンタルしてゴミ処理場に持ち込めば無料
(業者は有料)で捨てる事が出来るのはオーストラリアの利点だ。(小型トラック🛻(オーストラリアではユートと呼ぶ)を持っている人はめっちゃ便利)



日本はゴミ出しの時間やルールが厳しいので、近年は若者の部屋もゴミ屋敷になりやすいようだが、家をゴミ屋敷やモノ屋敷にしてしまう人は精神や性格に問題を抱えている人が多いのも事実。
イーブイ片付けチャンネルの二見社長さんもYoutubeで語っているが、恥ずかしいからと隠すよりも、誰かに相談して解決の道を探ったほうがあなたの人生は良い方向に進むはずだ。





今回は、オーストラリア人の実家仕舞いのケースについてお話ししてみたが、どこの国でも実家の片付けは大変だということがお分かりいただけたのではないだろうか?


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こんにちは。

 

気が付いたら、人生の半分以上オーストラリアに住んでる事になっていた、シングルマザー歴25年、リメディアルセラピスト、桔梗のブログの部屋へようこそおねがい
ご訪問ありがとうございます
ブルーハーツラブラブ

 


私のオーストラリアの人生経験、国際結婚、DV、国際離婚、裁判、鬱、カウンセリング……人生最大の激動の頃についてはコチラからどうぞ

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私のDV家族のこれまでのお話はコチラへ




アリスの肩枕で寝る💤我が家の白猫ゴエモン









ここまで日本の実家の片付けの話をしてきたけれど、オーストラリア人ももちろん実家の片付けで悩んでいる。



私の知り合いでも実家仕舞いをした人が数人いるが、中でも凄いのが、私のオーストラリア〜日本(約7200km)より遥かに長いオーストラリア〜カナダ(約15000km!)を往復していたカナダ人女性。ひえ〜😱)

彼女は私よりちょっと若いが、一人っ子だったのでどこにも頼れない。
心身共に疲れ果て🫩ながら実家仕舞いをしていた。




ということで、実家の片付け?今でしょ!の
理由4は『私たち子供世代も確実に年を取っていくので、体力的に片付けが出来なくなってしまう可能性があるから』。

そう、親だけでなく自分も毎年老いて行くのだ。


「あれ?私(俺)今年幾つやったっけ?🤔」


なんて言ってしまう人は、体力だけでなく脳も衰えてきているのかも知れない。(笑笑)




私の父みたいに「自分は健康だから介護が必要になるはずはない!」と思い込み、子供達も「うちの親はまだ元気だから大丈夫!」なんて楽観視していると、時はあっという間に過ぎて自分も定年を迎え、親が突然の病に倒れたり急逝したりして初めて慌てることになる。


例えば明日、突然親が介護が必要になった時、
あなたに実家を超特急で片付けてバリアフリーにする体力があるだろうか?

予め「親に何かあったときにどうするか?」を両親や兄弟で一緒に考えて話合い、少しずつ片付けを始めていればいざという時に慌てずに対処出来るはずだ。
まあ、親兄弟が真剣にあなたの言葉に向き合ってくれない場合もあるので、その場合は向き合ってくれる家族だけで話し合おう。(私の父弟妹はガン無視〜😅)



母は「何かあった時はこうして欲しい🥹」というのをしっかり話す人だったので、私は母の死後、その意志を尊重して全てを進めた。
2022年4月に母が86歳で亡くなった時、私は58歳。
ぎりぎり60歳の手前でしかも仕事が身体を資本とするマッサージ師だったので、体力は普通の58歳の女性よりはあったと思う。


それでも実家仕舞いはめっちゃ大変だった😓



下記のYoutubeチャンネルの娘さんも、モノ(ごみ)屋敷になってしまった80歳の母親の家をコツコツ1人で片付けている。
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上記の娘さんのチャンネルや下記の『ゴミ屋敷の息子』など他のゴミ屋敷チャンネルを見比べてみると、86歳の母の家はとにかく綺麗に片付けられていた。
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家を片付ける時に先ずしなければならないのは、不要な物と必要な物を仕分ける作業だ。

そして、その仕分けたものを置くスペースが必要になる。


上記のYoutubeチャンネルの娘さんは、玄関先から片付けを始めて次は物置という風に導線と物の保管場所を確保し、一回家を訪ねるごとに車に処分するものを積み込んで捨てに行っている。


母の家の間取りは一階に6畳二間、リビング6畳とダイニングキッチン、あとはトイレとバスルーム、そして二階に6畳一間。

6畳間は私やアリスが日本に来た時に泊まる部屋で、箪笥が三つあるだけで綺麗に片付いていたのでその6畳間に不要物を積み上げ、もう一つの仏壇のある6畳間にオーストラリアに持って行くものとリサイクルするものを運び込んだ。



さて、片付け上手の母の家はモノが無さそうに見えたのだが、やはり収納にはそれなりに入っていた。


片付ける時のコツは、とにかく1箇所ずつ片付けていくこと。

キッチンならキッチン、リビングならリビングという風に、その日片付ける場所を決めてモノを収納から取り出して仕分けしていく。


1 オーストラリアにもって行きたい物
2 リサイクルショップやご近所さんに引き取って貰えそうな物
3 捨てるもの


に分けて、1と2はそれ用のダンボール箱に分けて入れる。
3はゴミ袋行きだ。
ごみ収集日が週に2回あるので、不要な小物は大型ゴミ袋(40ℓ)にひたすら詰め込む。
片付けといっても家を処分するのだから、整理整頓されていた母の家でさえ出てくる不要物の量は想像を超えていた。



何気に多くて重いのは紙ゴミ。
個人情報が入っているものは捨てにくいと思うのでシュレッダーを買うといい。

だが、母はもう亡くなっていたので個人情報関係なくゴミ袋に詰め込んで行った。
銀行やカード会社からの請求やお知らせは解約時に必要なので取っておく。


一回のごみ収集で、パンパンになった40ℓの大袋を4〜6袋捨てていたので、一週間で8〜12袋くらいは処分しただろうか?
都会のマンションとかだったら、もしかしたらゴミ袋の量が多過ぎると文句を言われていたかも知れない😅





4月上旬の二週間で書類等の手続きと若干の家の片付けをした後、一旦オーストラリアに帰国。
そして5月下旬に再び娘アリスと一緒に渡日し、葬儀+四十九日法要を済ませた後に約一週間、2人で母の家の片付けに勤しんだ。
アリスには母の家からオーストラリアに持って行きたいもの、未開封の品物やリサイクル出来そうなものをそれぞれのダンボールに仕分けて貰い、その他の不要な大型&中型ゴミは6畳間に運び込んで貰った。


親御さんがご存命の場合、年齢的に「捨てる」という行為に嫌悪感を示すことが多い。
親御さんの思い出の洋服などもあると思うので、思い出の品で取っておきたい洋服以外、着なくなった昔の洋服は「寄付するから」「リサイクルするから」と言って寄せてしまうといいと思う。
綺麗なものはリサイクル業者に持っていくか、団体に寄付するのもいいと思う。(ただ日本の場合送料は実費。オーストラリアは無料のリサイクルポストがあるのでそこに入れるか、持ち込む)
私の娘のアリスはいわゆる昭和のレトロデザインのスーツに惹かれるものがあったようで、母や伯母(母の姉)の洋服を数着オーストラリアに持ち帰っている。



因みに、ADHD、ASDの人は片付けが苦手な人が多い。
この仕分けの段階で、例えば「必要なものと不必要なものに分けてね」という曖昧な表現では、「これは必要だから」とその人が思い込めば全部「必要なもの」に分類してしまう。(父はこれ系😓)
なので
具体的に指摘する。


「日付が1年以上経っているものは捨てる」

「年賀状は過去2年までのものは残すが、それより古いのは捨てる」


みたいな感じだ。
神経発達症(発達障害)、特にADHDやASDの方には片付け方を何度も教えて指導してあげなければ、自分1人でモノ屋敷やゴミ屋敷を片付けるのは先ず不可能だと思う。




アリスも私も、私の父のようにやたらにモノに固執することはしない。

「欲しいって言うてるけど、それ買ってホンマに使うん?」
「使わないものを買うのはお金の無駄やと思わん?」


とアリスには小さい頃から質問攻めを繰り返してきたので(当時はウザがられた😅)、自分でお金を稼ぐようになってからは考えてモノを買うようになった。
そして、特に我が父の汚実家を目の当たりにしてからは、使わないものはあげるか処分という見切りをつけて不要品を捨てるようになった。


ということで、やはり2人でやると片付けは早かった。

母の家の仕分けはどんどん進みあっという間に6畳間には不要物が積み上がった。

それでもまだ捨てる物が沢山あったので一旦業者に引き取ってもらったのだが、空っぽになった不要物置き場の6畳間にはその後もどんどん不要物が積み上がっていった。(Youtube用にビデオに撮っておけば良かったと思うが、当時はてんてこ舞いでそれどころではなかったあせるあせる




もし私が日本に住んでいてもっと時間があったなら、2トントラックを借りてきてそれらの不要物を詰め込んでゴミ処理場に運んで行けたかも知れない。

そのほうが断然安いのは確かだ。

前回のブログでも紹介した『ゴミ屋敷の息子』の姉弟は、この方法でゴミ屋敷実家のゴミを処分している。
なので私が「実家の片付け?今でしょ?」と言う理由の一つには、時間がある今、実家の片付けをすることでお金のセーブが出来るという事実があるからなのだ。



だが時間に限りがある私の場合、時間と手間をお金で買わなければならなかった。

7月末に再び渡日。(私1人)
その時に不動産を介して母の家の売却をお願いし、家の最終片付けに取り掛かった。
業者さんに持って行ってもらうものを中型&大型ゴミに限定するために、週2回の普通ごみ収集の日には大型ゴミ袋4〜6袋を出し続けた。(40ℓのゴミ袋パンパンのゴミはめっちゃ重かった💦


賞味期限&消費期限切れのものがこれでもか!と詰まっていた父の汚実家と違い、母の家の収納にあったのは使えるものが多かった。

ダイニングキッチンにあったお米やお味噌はお世話になったお隣さんへ、母が漬けてあった梅干しも貰ってもらった。
母は冷え性だったので夏でもホッカイロを肩に貼っていたのだが、安売り時に買ってきたのだろう、それ用の『貼るホッカイロ』がかなりあった。
私が南の冬が寒い地域(何度も言うがオーストラリアは南が寒い🥶)に住んでいたらホッカイロは全部持って帰っただろうが、冬でも平均最高気温約20℃のゴールドコーストではまず必要ない代物なので全てご近所さんに引き取ってもらった。
家に2台あった自転車は、ご近所さんが使える方の1台を貰って下さった。
おトイレやバスルームを温める、小型の電気ヒーターも喜ばれた。(やはり使えるものは誰でも欲しがる)



そうやって母の家の全てのものが仕分けられたのが、3回目の渡日の8月中旬。
再び業者さんに来ていただき、今回は家具から何から全て持ち出して家を空っぽにして貰った。
この業者さんの話では、家具は東南アジアに輸出するのだそう。
家電は海外に売れないので全て処分なのだとか。😢
2回の母の家のモノの処分で約35万円かかった。(これは安いと思う)

「一回で済ませばもっと安かったのに!」と思う方もいらっしゃるかも知れないが、家を処分する時に出てくる不要物を置くスペースの確保が片付ける上で難しいのが事実なのだ。

外に置きっぱには出来ない。(ゴミ屋敷住人ならやるかもだが、私はやらない)

ご自分で実家の片付けをやったことがある方なら恐らく分かってくれるのではないだろうか?



恐らく、多くの人は「節約のために」と自分1人(又は兄弟)で片付けを始めるだろう。
しかし、実家のとんでもない量の『モノ』の処理に途方も無い時間がかかることに直ぐに気づくだろう。
実家の側に住んでいるならまだしも、息子や娘が遠方に住んでいる場合はそうそう片付けのために時間を割くことはできない(カナダよりは近いけど😅)
それこそ雪国に実家がある方は、冬の間は片付けは進まないだろう。

今年のような大雪だと、実家が陸の孤島になってしまってる人もいるかもしれない😱



そうやって時間だけが過ぎていくと、高齢親の実家はどんどん荒れていく。
空き家だとすれば維持費もバカにならない。
結局、「業者さんにお任せしなければ埒が開かない」となってしまう。



業者さんはちゃんと選ばなければ、安いからといって頼んでしまうととんでもない業者もあるだろうからやはりYoutubeなどを参考にしてみるといい。
下記の業者さんは私のお気に入り。
めっちゃ丁寧な仕事をしているし、見ているだけで片付け方も学べる。

関西圏のみのサービスだが、





結構早く母の家は売れ、9月中旬に売却の契約書に署名のために再び日本を訪れた。



ご実家を売りたい場合、その不動産のコネクションや得意分野もあると思うから、何軒かの不動産に当たるべきだと思う。
私の場合、母が懇意にしていた不動産の方と連絡を取ってその方に一任した。
日本では家を建て替えられない土地(再建築不可物件)などと言うものもあるので、そんな土地に建っている実家の処分は難しい。
私の母の家はそれではなかったもののちょっと問題のある物件だったので、とにかく『売れれば問題なし』という気持ちで依頼したら1ヶ月ほどで買い手がついた。


母が亡くなってから空き家になってまだ間もない段階で売却出来たので、家も傷んでいない。
家も人が住まないと悲しむと思うので、売却するなら絶対に早いうちがいい。
自分が育った思い出の実家を残しておきたい気持ちも分からないでもないが、実家の維持のためにあなたはどれだけの時間とお金を費やす事が出来るだろうか?
誰も住まない実家が荒廃していくのを見る方が辛いと思わない?

誰かが住んでくれる、又は使ってくれるのであれば、賃貸にしてもいいだろう。
けれど、誰も住まない上に維持費がかかる物件であれば売れるときに売ってしまう方が絶対にいい。



今回はめっちゃ長くなってしまった。
次回は、オーストラリア人の実家仕舞いについて書いてみたいと思う。




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