皆さま御機嫌いかがでしょうか、管理者:加藤です。今回のお話は「霊界ってこんな処なんです」という話です。出来るだけ解り易く説明して行きますね。
先ずはじめに、前回の投稿でも話した「幽界と地上界は最も深い関係にある」と書きました。そのために「幽界」とか「地上界」という小難しい言葉ではなく、幽界のことを「幽世 (かくりよ) 」と表現したり、地上界 (物質界) のことを「現界 (うつしよ) 」と表現したりします。マァ何方にしろ小難しい言葉ではありますが… うつしよ (写し世) という言葉の意味ですが、幽界で起こった事が、後に地上界に起こるために「写し」という言葉が使われます。これと同じく、神界で起こった事は、幽界で、後に起こります。これは雛形論というものを理解しなければならないのですが、一寸だけ難しい話になるので、何時か別の投稿で「雛形論」をまとめて投稿しますね。
さて、話が違う方向へ行きそうなので「幽界ってこんな処なんです」に、グッグッと戻しますね。地上界から幽界に入って驚くことは、総てが地上界とソ・ッ・ク・リだということです。幽界に住む霊人の姿も、生活環境も地上界と少しも変わらなく感じると思います。「此処があれほどまでに、恐れていた死後の世界なのか?」と思うことでしょう。幽界にも山があり、川があり、湖や海があり、田や畑があり、学校や役所などを中心とした街があり、住宅地もあります。当初 (霊人としての目的に入る前) は、あまりにも地上界と似ているために、自分が寝ているうちに、別の所 (地上界の) へ来たと錯覚し、自分自身が今いる場所が「死後の世界」だと気付かない者もいるのです。周りの霊人が「すでにあなたは死んでいるのですよ」と説明しても、頑として「自分は生きている」周りが自分を騙そうとしていると、怒りだす者もいます。地上界にも、このような他人の意見に一切の耳を貸さない人っていますよね。そして理詰めで話され、反論が出来なくなると怒り出す人、この怒りは、話している相手ではなく、反論できない自分への怒りのはずですが、その怒りを相手にぶつける、マァ駄々を捏ねる子供ですね。地上界にも幽界にも、このようなコマッタ者 (霊的・霊性が低い) は存在するのです。しかし、幽界ではこのようなコマッタ霊人には自業自得の結果が待っています、何時までも地上界への未練が断ち切れずに「地縛霊」化してしまい、何百年、何千年と幽界に留まることになってしまいます。それどころか、地上界への未練により、地上界への悪影響まで出してしまう。ただ、幽界とは地上人 (人間) が開いた世界なので、元々の地上人 (人間) 全体の思念・想念が霊的に高次元に覚醒しない限り、なくなることはないのでしょう。体主霊従 (自分さえ良ければよい) の考えから霊主体従 (全体が良くなければよくない) の考えにならなければいけないということです。
死んで直ぐの幽界が、地上界と区別出来ないほど似ている理由は、死の眠りから目覚めた時に、地上界とあまりにも異なる環境だと、急激な変化 (地上界の生活で、霊界のことを忘れている) 魂が大変な衝撃を受けて、大混乱を引き起こすことを避けるためです。
しかし、幽界に入って直ぐの霊人の多くは「過去に此処に来たことがある」と思います。総てのものに見覚えがあると感じるのです。それは当然のことで、地上界にいたときから、肉体が睡眠中に、魂が霊界へ戻っていたからです。その時の魂は霊人として、幽界に存在していたのです。このように、肉体が睡眠中に魂が幽界へ訪問していたからこそ、一般的な地上人 (人間) が、幽界に入った後の霊界への適応がスムーズに行われることになるのです。地上人 (人間) は現実世界 (地上界) にいたときから、すでにこのようなかたちで、死後の世界への準備・下馴らしを行っていたことになります。我々地上人 (人間) は、毎晩々々幽界に赴き、幽界での体験を積み重ねているのです。しかし、地上界で生活していた時から、自分の魂の霊格を高めることをしなかった自分勝手な考え (体主霊従) の者は、この肉体が睡眠中の魂の行動さえも認めないというコマッタ者なのです。
さて、本投稿の冒頭近くで書いた「写し世」内容を少々補足すると、幽世と現世は深い関係にあるため、現世の悪い想念 (例えば戦争を起こして、土地を奪いたい) などと強く思うと、幽世にて現実化してしまい、後に現世で戦争が勃発してしまうのです。雛形論も、基本的には人間の思念や想念が生み出すものなのです。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。