皆さま御機嫌いかがでしょうか、管理者:加藤です。今回のお話は、前回投稿の予告通り「幽界では意念が現実化する」という話です。出来るだけ解り易く説明して行きますね。
 幽界に入って少しの時間が過ぎると、驚く経験をします。それは自分自身が心の中で強く思うことが、瞬時に現実化するという驚きです。幽界では自分の意念 (思念・想念) を集中させることで、自分の欲しいものは何でも自分の目の前につくり出せますナ・ン・デ・モです。例えば地上界で生活していた時には、欲しくても金額的に買えなかった高級ブランドの洋服も、欲しいと欲するだけで、身に着けています。高級料理も食べたいと思えば、瞬時に目の前に用意され、当然ですが食べられます。まるでアニメの世界か?おとぎ話か?はたまた凄い手品か?と思うことでしょう、幽界とは実際のところ、こんな世界なんです。さらにさらに、こんな家に住みたい… 大丈夫です。何の苦労もなく、自分好みの、庭園つき邸宅に住むことが出来ますよ!手入れをしなければと思うだけで、思った通りの手入れが終了しています。また、意念 (思念・想念) によってつくったものが気に入らない、また、意念 (思念・想念) によってつくったものの関心がなくなった、そう思えば、水が水蒸気として見えなくなるのと同じように、簡単に消滅、または、何時の間にか目の前から消えてなくなります。前回の投稿でも書きましたが、霊人になって、日が浅い者は、どうしても地上界の感覚からは中々に抜け出せないので、完全に幽界で霊人として生活するには、幽界で一定の時間が必要となります。そうした場合、その者の自分自身の意念 (思念・想念) に従って、朝・昼・夜があると思い込むので、朝・昼・夜がある環境が現実に展開してしまい、夜には辺りが暗くなり、その霊人は睡眠状態になってしまいます。実際には幽界には朝も昼も夜もありません。ですがその霊人が「ある」と思い込んでいると、その通りの現実が展開します。これを幽界における「意念による環境創造」といいます。食事などもこれと同じです。しかし、その霊人が幽界での生活が長くなり、霊人自身に霊的な悟りが芽生えてくると、食事をしたり、睡眠を取ったりという行動は自動的にしなくなります。
 地上界で、ただただ与えられた仕事をすることしか出来なく、自分が「こうしたい」ということが全く出来なかった人は、幽界ではどのような生活をするのでしょうか?世の中には実際、生きていくために、ひたすらに働かなければならないという、気の毒な人は存在します。日々の忙しさの中に埋没し、ワーク・ホーリックとして、人生の大半を過ごす人も存在します。そうした地上人 (人間) が地上界で急死してしまった場合、毎日の仕事のことしか意識が持てないままに幽界に入ることになります。残念な話になるのですが、このような者たちは、地上界で行ってきた仕事以外の創造力を、幽界で発揮することが出来ません。例えば、地上界で生活していた時と同じく、幽界に入った後も、工場で機械を使いモノをつくり続けたり、商店に立ち、モノを売り続けたりと… しかし、工場でどれだけモノをつくってもモノは増えません、商店でどれだけモノを売っても商品は減りませんし、当然ですがお金も増えません。このような「虚しい」状況が、しばらくの間は続くことになります。
 霊的な世界 (霊界) では、意念 (思念・想念) による創造力が、実際にモノをつくり出すことになります。しかし、総ての霊人が初めから、自由自在、思いのままに意念 (思念・想念) による創造力を発揮できるできるわけではありません。幽界で創造力を発揮させるためには、地上界で生活していた時に、物質次元での体験・経験を積み上げている必要があります。その体験・経験を通じて養われた「意思の力」と「集中力」を身につけていることが必要な条件となるのですが、シ・ン・パ・イないですぅ〜!地上界での経験が少ない霊人に対して、指導を行う霊人や、隣人 (当然霊人ですが) などから、一定の仕事が与えられます。その仕事を通じて、意識を集中させる技を覚えていきます。例えば、家に庭をつくったときに、その庭にいるだけで、酔うようなバランスの悪い (グロテスクな) 庭しかつくれなかった霊人も、この指導を行う霊人から与えられた仕事で訓練することにより、徐々に正しく、力強く、意念 (思念・想念) の発揮を行うコツを覚えていきます。そうすることで、より大きく美しい庭をつくり出せるようになるのです。霊界では何事においても、意念 (思念・想念) の創造力が重要となります。霊界で行う仕事や奉仕は総てが意念 (思念・想念) により行われますので、霊人にとっては重要な能力となるのです。
 
 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。