皆さま御機嫌いかがでしょうか、管理者:加藤です。今回のお話は、「幽界では何でも出来る」という話です。前回の投稿でも書いた内容ですが、もう少し詳しく説明しておきます。出来るだけ解り易く説明して行きますね。
幽界では、思うだけで必要な (欲しい) ものが手に入るのですから、お金というものが一切必要ありません。ですので、地上界での生活のように、お金のために働くという辛い仕事は存在しません。地上界では肉体を維持するための食事や生活環境を整えるための住処などが必要だったために、自分の時間と労力を売り、金銭を得るという「我慢」が必要でした。しかし、幽界では、そのような「我慢」からは解放されるのです。地上界で生活する地上人 (人間) からすれば、まるで夢のような世界です。ですので、幽界に入り、ある程度の時間が経過して、この状態が夢ではなく現実だと判って来ると、幽界で生活していることを、心から喜ぶようになります。また幽界では「やりたいことが、やり放題!」という生活も待っています。地上界での生活では、時間的な問題や、金銭的な問題で諦めていた「学問」や「趣味」なども、本人が希望するならば、自分が納得するまで、いつまででもチャレンジできます。幽界にも図書館があり、地上界に存在する書籍は全て読むことができますし、音楽も聴きたいだけ聴いていられます。楽器を習いたいと思えば、自由に好きなだけ習うことができ、そのための上手な教師に指導を仰ぐこともできます。旅行も同様に、行きたいと思う所へ瞬時に行くことができますし、ゆっくりと鉄道や船の旅がよいならば、それも可能です。何でも自由に満足するまで出来るようになっているのです。幽界では地上界と違い、自分のやることに反対したり、文句を言う霊人は存在しません。このように、幽界では地上界での「夢」や「希望」が完璧に実現する所なのです。やりたい (好きな) ことは何でも、満足するまで続けることができます。
さて、ここで一寸ギ・モ・ンに思うことがある方もいるかと思いますので、そのことにも触れておきますね!そうです。性欲 (性行為) です。基本的に肉体がない状態の霊人には性欲はないです。修道者など、肉体を持ちながら地上界で性欲と闘ってきた者たちは、幽界に入り、精神的に清らかな世界に入ったと思うことでしょう。しかし、地上界において、ひたすらに性的快楽を追求してきた者は、その欲望が強く心に染み込んだ (残した) ままで、幽界に入ることになります。そして幽界でも依然として性欲を強く求めて行くことになります。意念の世界である幽界では、食欲や睡眠欲と同様に、性行為も満足するまで行うことができます。自分の好みの異性が意念により現れて、交わるようになります。また、意念による相手ではなく、同じような欲望を持っている霊人同士が惹きつけ合うこともあります。しかし、幽界において、この性欲とは少々厄介なものとなります。食欲や睡眠欲などは、肉体がないので必要が無いと悟れば、自然と食事をしたり、睡眠を取ったりすることを止めるのですが、性欲は食事や睡眠と違い、肉体があったとしても、肉体を維持するために、絶対に必要なものではありません。地上界では、魂の器である地上人 (人間) を増やす必要がありますが、幽界において、霊人が魂を産み出すことは出来ませんし、まして物質である肉体を産むことなどは不可能です。性欲は非常に地上界と近い欲望となりますので、幽界において、いつまでも性欲を持ち続けると、性行為に執着した地縛霊となってしまいます。もう少し判りやすく言うならば、幽界に入り、性欲が残っている霊人は、非常に地上界に未練を残した者ということになりますので、地縛霊にも非常に近い存在だということになります。
次回の投稿からは、今までの投稿のような楽園的な幽界の話から離れて、幽界の暗黒部分の話をして行く予定ですが、暗黒部分の話の前に、暗黒世界が存在する理由について、二回ほどに分けて記事を投稿する予定です。ごくごく普通の人生を送った者には関係ない暗黒世界なのですが、霊界を知る上では避けて通る訳にはいかない界層なので、説明して行こうと思います、楽しみにしていて下さいネ!
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。