皆さま御機嫌いかがでしょうか、管理者:加藤です。今回のお話は、前回投稿の予告通り「幽界における暗黒世界 - 序章 (五度の磐戸閉)」です。幽界においても、地上界 (現界) においても、暗黒世界を語る上で、何故に暗黒世界が顕現してしまっているのか?を考察しておく必要がありますので、本投稿では「五度の磐戸閉め」について話をしますね。出来るだけ解り易く説明して行きたいと思います。
皆さまも記紀 (奈良時代に編纂された『古事記』と『日本書紀』という日本現存最古の二大歴史書) に書かれている「天之磐戸閉」の話は聞いた事があると思います。三貴神 (アマテラスオオミカミ・ツクヨミノミコト・スサノオノミコトの三柱の神々) の末の弟であるスサノオノミコトが高天原で大暴れをした事で、姉のアマテラスオオミカミが恥ずかしさのあまり、天岩戸という洞窟に隠れてしまい、その洞窟に大きな岩で出入りが出来ない様に洞窟を塞いでしまうお話です。
さてこの記紀に書かれている物語は、古事記と日本書紀とでは微妙に内容が異なり (天之磐戸閉は同じ) ます。理由として、古事記の方は、天皇の正当性を示すために、日本国内向けに書かれたものです。そして、日本書紀の方は、日本国家による公式の歴史書(正史)です。当時の国際的な公用語であった漢文で書かれ、海外に向けて日本の正当性を示す目的で書かれたものです。
話を五回の磐戸閉めに戻しますネ。五回?と思う方がほとんどでしょう。記紀を読んだ事はあるけど、磐戸閉めなどの話が五回も書かれてないゾ!とお叱りの声が聞こえて来そうで管理者:加藤は少々ですがコ・ワ・イでスゥ〜 (笑) 。実は記紀だけを読んでも判らないのです。順番に説明して行きますね。
一度目の磐戸閉:イザナミノミコトが火の神を生んだことにより、黄泉の国へ行ってしまい。イザナミノミコトを追いかけたイザナギノミコトが、変わり果てたイザナミノミコトに恐怖し、黄泉の国の出入口を岩で塞いでしまったことが一度目の磐戸閉めとなります。記紀では、この事件を磐戸閉めとしては書かれていません。タ・ブ・ンですが、この事件を磐戸閉めとしてオ・オ・ゴ・トの話にしてしまうと、この後にイザナギノミコトが夫婦神として、力を合わせる事なく、夫神単独で三貴神を生むという大問題に光が当たってしまうので、シレッと書き進んだのでしょう。マァ、その問題も含めて磐戸が閉まったという事とも理解できるのですが…
二度目の磐戸閉:二度目の磐戸閉めは「天之磐戸閉」なのですが、やはり記紀では、かなりシレッと突っ込みが入らない様に書かれています。天岩戸の洞窟に隠れてしまったアマテラスオオミカミに対して、新たな神が現れたと「嘘」を吐いて、八百万の神々が天岩戸の前に集まり、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が楽しい踊りを披露して大騒ぎを始めます。何事かと天照大御神が天岩戸を少し開けて覗いたところ、力持ちの神・天手力雄神(あめのたぢからおのかみ)が天岩戸をこじ開けてアマテラスオオミカミを外に引っ張り出したのですが、神々がダマシて引張り出したアマテラスオオミカミが、素直にダマサレる訳が無い!アマテラスオオミカミも神々をダマシて、未だ磐戸の中にいるのです。因みに、この「天之磐戸閉」の最終作業は、偽のアマテラスオオミカミを引っ張り出して天岩戸に注連縄 (しめなわ) を張った事です。これが現在の神社にも残っている習慣なのですが、この注連縄は「神を其処から動けなくする結界」なのです。神社にある鳥居も、注連縄と同じ目的の結界です。失礼な話ですよネェ〜、天岩戸や神社に神様を「閉じ込める」などとは。
三度目の磐戸閉:この三度目の磐戸閉めが、一番罪深い!二度目の磐戸閉めで、ニセのアマテラスオオミカミが、世の中に光を戻した後に、高天原を混乱させたという罪を「スサノオノミコト一人に押し付け」罰としてヒゲを抜き、手足の爪を剥がし、高天原から葦原中国 (あしはらのなかつくに) 、現在の出雲の地へ追放しました。これって、スサノオノミコトが高天原に向かう前から、結構無理がある話の流れだと管理者:加藤は思いますヨ!マァ「出雲の国譲り」へ話を持って行く布石なのでしょうけどネェ?ここまでして「悪」をデッチ上げないと駄目なんですかネェ〜 (管理者:加藤としては、色々と書きたいのですが、此処で伊勢と出雲の問題を深く掘り下げることは避けます)
四度目の磐戸閉:四度目の磐戸閉めは、神武天皇が御自ら人皇を名乗った時になります。神の世から人の世への移り、人皇として立たれたことは、大きな事件となりますので、磐戸が閉められたということになります。
五度目の磐戸閉:五度目の磐戸閉めは、仏教の渡来と共に仏魔が渡って来て、それまで、わずかながらもマコト神国 (神道) の光がさしていた日本国だったのですが、仏教と共に渡り来た仏魔により、神国日本はクラヤミの世となりました、その後はもう乱れほうだい、やりたいほうだいの世となったのです。これが五度目の磐戸閉めです。
ここまで五度の磐戸閉めの内容をみて来ましたが、何で日本の事ばかりなのか?との疑問があると思います。その答えは「日本は世界の雛形」だからです。過去の投稿でも予告しましたが、「雛型論」に関しては後日、詳しく投稿させてもらいますね!日本に起こった五度の磐戸閉めによって、暗黒の世が顕現してしまったので、当然世界にも暗黒の世が顕現してしまう事になります。地上界に暗黒の世が顕現すれば、幽界にも暗黒部分が存在する様になります。さて次回の投稿は「幽界における暗黒世界 - 序章 (宗教は悪魔崇拝)」として宗教の闇について話して行きますので、お楽しみに!
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。