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リハビリテーション日和

福井県で起業している理学療法士のブログです。
地域やご自宅でのリハビリテーションサービスの
未来を描きつつ、自らに対しても「できない」を
「できる」ようにする工夫を日々楽しんでいます。
目指せ、22世紀的ワンダフルライフ!

全国でのセラピストの数はうなぎ登り。

理学療法士のことで言えば、国家資格制度ができ40数年。

私がライセンスをとった20数年前はたしか理学療法士は全国で7000人くらいでした。

現在は8万人を超えるほどに。

国家資格制度開始から最初の20年あまりで7000人。そこからの20年で8万人。

すごい伸び方です。

いくらリハビリテーション職が社会で必要といわれてもインフレーションを起こしてしまします。



実際、理学療法士の平均年俸はここ10年下がり続けています。

私が就職した時代などは初任給30万円に近いところも珍しくなかったのですよ。

そんな閉塞した中で、起業していく若手も増えているようです。



今の若手は素直にその行動力においてスゴイと思います。セミナーを独自に開催し、全国にアピールしたり、電子書籍を出版したり、施術のスタジオを開設したり。

これらのバックグラウンドにはITの進歩もキーとなっています。

個人の発信能力は強くなり、それに合わせて行動力もしかり。

私が20代のころには考えもつかないことです(インターネットがなかったのですよ)。



理学療法士がものすごく増えているとはいえ、我々が社会の中で奉仕し、活躍できる場はまだまだ存在します。いやむしろこれからが広がる時代と思っています。

ただ既存の職域については限界が迫っているようには感じます。



そんな時代の中で、若手が起業に関心を持つことは必然的な流れと言えます。これは誰にも止められるものではありません。

しかし、同時に失敗も許されないのです。これから起業を目指すみなさんは時代の先駆者であり、また(好むと好まざるとに関わらず)他団体、国民からはライセンスホルダーの代表ともみなされます。



若手の多くは、自身の「技術」が優れているならば、優良な事業所が運営できると考えがちですが、本質はそのようなところにないのです。


そのようなことに気付かず、事業が失敗、のみならず周囲に迷惑をかけることが続けば、私達の資格も地に堕ちるといわざる得ません。


このブログでは起業を目指す若手に対して、私の経験が少しでも役立ち、多少なりとも失敗する確率を下げることができたらという思いで書いています。
起業を成功する若手が社会で活躍し、賞賛されることが地域社会と私達業界の発展に必要と信じているからです。
それが起業のコツを書いている理由です。



起業するみなさんは「療法士」であることをアピールしています。

なぜか?社会的にも信用が高いと思っているからでしょう。


なぜ信用が高いのか?それはあなたがたの手柄ではありません。

私達の先輩の地道な努力と社会に対しての全力での献身があったからこそです。


私達は先人の築いた業績にあぐらをかいて生きているのです。

そしてその偉業を後輩へとさらに磨きをかけて渡さなければなりません。


どうかそのことを忘れないでください。










みなさんこんにちは。(ごく)一部関係者からは絶賛のコーナーがやってまいりました。
前回までは起業にあたって、まずそのDNAを創り出すお話し。
今回はいよいよ現実社会との接点が重要となります。
起業という行為はいつがその「起」なのでしょう?


現在の職場を退職してから?
申請書類を出してから?
あるいは起業を決意したその日から?


考え方はいろいろあるとは思いますが、実際に法人や事業所を開設するはるか前からすでに始まっているのです。


実際職場を退職してしまえば、十分な副業がなければ、一切の収入が絶たれます。 また、小さいながらも事務所の開設などとなれば、相当な資金が必要です。一名でもスタッフを雇用するならなおさら。

ちなみに訪問看護ステーション開設ですと運転資金も含めば、一千万円以上は優に必要です。


これらのことを踏まえると、退職してから(もしくは直前になって)アクションを起こしていたのでは遅すぎるということです。



収入が確保されている状況で、いろいろと準備に入る。これが王道と思います。


私の場合はその準備は一年半まえからはじめていました。そしてこの段階で上司にも自分の気持ちを伝えておりました。


くれぐれも準備段階で、現在の職場に迷惑のかからないよう配慮してください。
現在の職場のスタッフも、あたなの将来の事業の支援者になるかも知れません。

その手の配慮が出来ない人は起業してもうまくいくのは難しいと思います。

どちらにしても地域にとって良いことであると信じることをコソコソと準備するのはいただけません。
胸を張って、堂々と行えるようがんばって下さい。



具体的にはなにを行うのか?

一言で言えば、将来起業の意志がある「自分という存在」を広く地域に知っていただくということです。

ではブログやSNS?それも良いかもしれませんが、もっと重要なことがあります。


普段から私達は「リハビリテーションのプロ」と自称してきました。


しかしながら、起業や地域の興味がありますというセラピストに、「地域の障がい者の団体代表の方とお会いしたことは?」「老人会がどんな活動をしているかご存じですか?」「ケアマネジャーで特に活躍している方とは?」などといった質問に対しては前向きな解答が得られないことも多いです。


リハビリテーションのプロなのに? 地域の中で活躍したいと願うのに?


事業形態はなんであれ、これはちょっと違和感を感じませんか?


地域にお住まいのあらゆる方々から応援、ご支援をいただかなければその事業の成功は難しくなります。


それ以上に「起業したい」というのは一体誰のために?何のために?


準備段階で、ビジネス関連の本を読んだり、勉強するのはあたりまえのことですが、実際自らがかかわる地域へ足繁く通うことの方がはるかに重要です。


そういったことを十分考えたり、行動にうつしたりする意味でも可能な限り早めに準備を開始しましょう。



セラピストよ「書を捨てよ、街へ出よ」



モデルにしているリーダーは?


私は今も昔も「新スタートレック」のジャンリュック・ピカード艦長。



フランス人、60歳、鉄の意志をもつ男。


スキンヘッド! そこに憧れる。


いや、そうでなくて。


ピカードは若い頃はアカデミーの受験に失敗したり、ケンカで心臓を刺され生死をさまよったり、肉親を家事で無くすなど、いろいろ屈折した過去をもってます。


作中では切れ者で外交上手なイメージ。


しかし、常に傍らに有能なカウンセリングを置き、「私の今の態度はあれでよかったかな?」とアドバイスを求める場面も多い。


部下をはにかみながら自分の趣味につきあわせたりとお茶目な面もあったり。


いわゆる完全無欠のリーダーではないのです。でもそんなリーダーになりたくて、人間くさく日々悩む人物。


とても部下思いで、部下が「忙しいところすませんが、、」とアドバイスを求めると、「君と話す以上に大切なことはそうない」といった台詞がこの人物を表しています。


外にあっては断固たる意志を貫き、内にあっては部下を家族のごとく考え、日々悩む。


なんと素晴らしいリーダー。





来年は2015年。あのバック・トゥ・ザ・フューチャーパート2の未来です。

そろそろ自動車が飛ぶことを期待する45歳です。

21世紀に入ってはや20年近く。映画の未来とはなんか違う今日この頃です。


20世紀的とは?
・モノをたくさんもっていることがえらい
・お金をたくさんもっている(使い切れないほど)のがえらい
・人よりモノ 
・大きなシステムにのっかっているほうがよい
・そのシステムの中で自分たちのできることは限られている


いかにもなリストですが、まぁ。


本来一つであったものが、いろんな要素で分断されていった時代のようにも思います。分断されたことで発展したこともあるのでしょうが。


上記のことごとくは21世紀に入り、崩れ出しました。
新しい価値観が生まれだしています。


分断されたものが違う形で再融合していくのです。


デジタル化のスピードアップによって、人々はさらに身軽に、よりダイナミックになっていくでしょう。


移動手段の価格は下がっていき(実はこれもデジタル化の恩恵なのです)、より安く、何千キロもできるようになるでしょう。

日本から6000円くらいで香港に行けるようになりました。


ダイナミックな行動とネットの活用により、人々はさらに繋がり、その繋がりが力を生み出すでしょう。


セラピストの若いグループの人たちはかつて大きな協会が行っていたようなイベントをたった数人で運営できるようになりつつあります。


現実にあるものはデジタル化し、デジタルで起こっていることは現実でも起こりうる。


21世紀は20世紀と22世紀の中間。


私自身は22世紀に実際生きることは無理でしょう(130歳まで生きると?)。


しかしながら数十年先のライフスタイルを想像し、それを取り入れることは可能と思っています。


「移動」
「移動のためのコンパクトライフ」
「移動先にある複数拠点」
「どこでも仕事をつくりだす」
「距離や国境に関係なく、協力しあえる人との縁」
「会社のような個人、個人のような会社」


20世紀型の価値観はプライベート、業務に関係なく遠からず通用しないものとなっていくでしょう。


21世紀を通じ、22世紀の価値観への適応。


自らに行うこれもリハビリテーション。




サードプレイス。すなわち「第三の居場所」。

「愛X宅」ではありません(笑)


スターバックスなどが提唱してきたライフスタイル。


第一の居場所、ファーストプレイスは「自宅」

第二の居場所、セカンドプレイスは「職場」


この2カ所に中間に位置する社会的な居場所ともいわれる。


よく職場が「ON」で家庭は「OFF」とみ言われるが、これはよく考えると失礼なはなし。

家庭には家庭でやるべきことがあるのだ。

そう考えると常に「ON」となり、これはこれでしんどい。


そこでサードプレイス。



その人の仕事や社会的立場をほとんど意識しなくても良い場所。


オープンであり、時には一人で。そして普段とは違った人間関係、コミュニケーションが楽しめる場所。


人によってカフェであり、あるいは書店であり、公園であり。


ヨーロッパなどではこのサードプレイスをもっていることが当たり前。
なければ社会的に偏屈な人と思われるらしい。

一方、日本人はそのような場所を持つ人は比較的少ないと言われる。


地域の高齢者においてはどうなのだろう?


ご高齢の方、特に男性の居場所が少ないように感じる。


自宅でなければ病院、そしてデイサービス。


これだけではいかにも寂しい。


あなたには第三の居場所はありますか?





小さいながらも法人代表などしていると本当に行わなければならないことや検討すべき事項が日々多い。


一日のタスク(行動すべきこと)が細かいモノを入れると数十件は当たり前のようにある。


このブログもそうだったりする(笑)

スケジュール帳に書いたり、スマホを使ったり皆さん色々と工夫もされていると思います。いや、工夫しないと乗り切れないか、もしくは情報過多に飲み込まれていってしまう昨今。


私は常々思っているのは「脳に負荷をかけすぎない」ということ。


あんまり考えるな? そうではなくて。



例えば行動を先々の計画するのは脳。これはわかりますよね。



同時に日々なにかしらのことを実行したり、また見聞きしたことを忘れないように記憶するのもまた脳。


これらのことを同時に行うと過負荷になります(少なくとも私は)。



脳も所詮は臓器の一つ。なにかのマンガよろしく無限の能力があるわけであありません。



過負荷になったからといって、痛みなどの直接的なサインをすぐ発しないのも厄介なところ。


脳を過負荷にするとどうなるのか? 最終的には「うつ」などのアンバランスな状態をつくりだしてしまうのですが、その前段階も問題。



それは「正しい判断」が鈍るということ。



ときには人間直感にたよって、即座にものごとを判断する必要にせまられます。



そんなときに脳の機能に余裕があれば、たいがい正しい選択をできるものです。



コンピュータに例えれば「空きメモリ」が多いほどパフォーマンスが向上するということ。



忘れないように記憶することはとてもメモリを消費するアプリです。中でも「不安」や「先々のことを考える」といったことはとてつもなくメモリを消費する行動です。



こういったことと、日常の中での行動実行を同時に行っていくと、最悪脳はメモリ不足からフリーズしてしまいます。



これを回避するためにはどうすればよいか?



一日の、もしくは一週間の中で「作戦モード」と「実行モード」を分けることです。



例えるなら「信長の野望」の内政モードと合戦モードです(わかんないって 笑)。



「作戦モード」においては、文字通り現在かかえている問題点の解決や、将来の行動などについてそれをできるだけ詳細に計画します。
それをいろんな方法で記録することも重要です。



大事なのはその計画を実行するのは「自分」ということはここでは忘れます(笑)
あくまで司令官の立場でベストな「計画」をたてましょう。



日々においては「実行モード」。
あれこれと考えずに、司令官がたてた計画を信じて実行有るのみです。先々の余計なことは一切考えません。脳がもったいない。



みなさんもファミコンのカセットを変えるがごとく、そのときの役割に対してモードを切り替え、脳の機能を集中してみてはいかがでしょう。


あんまりオチが思いつかなかったなー。













今回は会社、事業所の組織図を創ろう!というお話し。

「組織図?いるの?」「いやいや、私一人だけのスタジオだから」と思われる人もいるでしょうが。


結論から言うとぜひ創るべきです。




起業するときによく問題なるのが、、


「私は療法士としてこれだけ技術があるのだから、大丈夫に違いない」という大誤解。


全く根拠の無い未来図です。というよりこのパターンはまず失敗します。




技術職だけで上手くいくのなら、世の中「事務職」も「営業職」も「管理職」も入りません。
しかし、周囲を見渡して下さい。そんなことにはなっていないでしょう?



「高い技術」というのは優れた事業の一側面にすぎません、いいですか「一側面」です。


起業を実行したその日から、あなたはもはや「療法士」ではありません「元療法士」です。



事業を行うと言うことは、療法士としての技術だけではなく、営業にも、経理にも、対外交渉にも、安全管理にも、物品管理にも、従業員管理にも、顧客満足度にも、全てにおいて関心を示さなければなりません。全てに責任があります。



「えー、そんなの無理だよ、私は治療だけがしたいよ」
そう思った方。起業はやめましょう。あなたのその考えは病院などに在籍していた方が叶いますよ。



組織図に話しを戻しますが、事業を行いためには今まで興味がなかった部分も含めて、様々なことに興味、関心をはらう必要があります。しかし判っていながらもつい自分の得意なことに集中(あるいは逃げ込む)のが人情です。



そこで例え一人事業所としても組織図を作成し、それを意識することで事業継続に必要な役割(ロール)を意識できるようになるのです。


チームスポーツがポジションが明確になっていることを想像すればわかりやすいと思います。つまり一人始めるにせよ、複数人で始めるにせよ「キャッチャー」とか「ピッチャー」とか「外野、内野」という役割がなけれなそれは野球にならないということです。



実際、組織図を創ってみましょう。


A4サイズくらいの白紙に書き込んでみましょう。ふせんを貼っていっても良いと思います。


最初に決めるべきは「社長」。全責任を負い、全体を統括するポジションです。偉いわけではありません。


ここからはあなたの自由になります。しかし、最終的には事業のあらゆる側面をカバーする必要はあります。


私が行ったのはバランススコアカードを参考に、「未来」「過去」「内部」「外部」の4要素を意識することでした。


「未来」は将来に対する投資を行う部署。教育や技術向上もここに含みます。
「過去」はすでに終わったことを記録、分析する部署。経理などもここに含みます。
「内部」は事業所内部のコントロールを行う部署。安全管理やスタッフ福利厚生、物品管理など。
「外部」は事業所の外部に対する部署。顧客サービス、広報、営業活動などがこれにあたります。


細かく創るにしても、これらの要素がもれなく押さえておければ大丈夫だと思います。


「部?係?よくわかんないな」「各部の名称は?」「経理と総務どう違うの?」
疑問もいっぱい生まれると思います。


名称はあなたが好きにつけていいのです! あなたの事業なのですから。


「修行部」とか「お客様接待部」なんかもおもしろいかも。
「IT、通信部」とか「省エネ部」なんかもいま風かもしれません。


要はあなたの事業所のイメージに合った名称、役割であればよいのです。


事業所造りの最も夢ふくらむ時間です。


自分なりに納得の行く組織図ができたら、それに責任者の名前を書き込みましょう。


「いやだから私一人だって!」

わかってますよー。でも書きましょう。あなたの名前を書き込むことで自覚が芽生えます。



事業主に必要な能力の一つ。それは「多重人格」です(笑)

一人ノリ、ツッコミとでもいいますか。


例えば、、

地域に広報を行うためにはどんな方法がある?(社長)

社長! ちらしを作成し、近隣にポスティングするのはどうでしょう!(広報)

現状の資金ではXX円までしか余裕はないです(総務)

それに関してはこんなデータがあります(技術、調査)

そんなことよりパーティしようぜ!(パーティー)


これ全部一人でやってる訳です(笑) もうコント。 




組織図を眺めてどう思いますか? 自分の役割のボリュームがものすごいとわかりますか?

めちゃ忙しいそうですか? いつセラピストらしいことするの? って思いますか?


それが判れば一歩前進です。

あなたという存在は事業所の全責任者であると同時に、いくつもある役割の一つにすぎないと言えます。


まずは自分らしい組織図を作成してください。前回の事業計画と合わせて、これがあなたの事業のDNAとなります。


負けるなiPS(意味不明)。



つづく?




































「右のポッケにゃ夢がある~」、、のっけから懐かしすぎて平成生まれの方にはアナザーワールドな出だしですが(笑)


あなたのポッケにはなにがありますか?


健康教室におもむく私のポッケにはコレ。




オーディオテクニカのBluetoothなユニット「AT-PHA05BT」とビクターの巻き取り式オーディオピンケーブルです。


AT-PHA05BTはiphoneなどと無線で接続し、音楽を離れた場所まで飛ばすことができるツールです。音質もとても良く気に入っています。


これにオーディオピンケーブルを繋げば、ピン入力ができるアンプなどがある会場であればあっという間に会場の大きなスピーカーから、好きな音楽を手元操作で流すことができます。


一応、教室には小型スピーカーも常備していくのですが、広い場所や性能の良いスピーカーがある会場ではそれを使いたくなるのが人情(私だけか?)。


ピンケーブルは
案外会場などにないことが多く、普段もっていると経験上いろんな場面で重宝します。


ちなみにこの商品はビクターのワンちゃんがとてもかわいく、ほぼそれだけの理由で買いました(笑)



教室運営では聴き心地の良い音楽や体操に誘導しやすい場にあった曲を流すことはとても大切。


あなたの教室もこれでノリノリのものに演出しましょう。







たまには起業家らしいことも書いて見ようと思います。

とはいうものの、いわゆる「これでばっちり」とか「こんな裏技が!」みたいなものは書きません。ってうかありません。

そんなのはテレビのCMと同じなので、娯楽としては楽しめますが、実際本気にしたらどうなの?って気もします。やはり自分の目と手で感じることが重要です。


なんといっても「自分の事業」なのですから。


まず最初に行うべきは「事業計画書」です。


別に手書きでも、文章が稚拙でもかまいません。自分の思いをまず形にすること。


これが大切です。


コンセプトや収支の予測、必要なスタッフ、マーケティングなどなど。


書けましたら、今度はそれをできれば自分の家族や友人の前で発表しましょう。


反応はどうでしたか?


「冷たかった」ですか? それはよかった。


あなたの事業計画には致命的な欠陥、もしくは人を惹きつける魅力に乏しいのかも知れません。


事前にそれがわかってラッキーでしたね。やり直しましょう(笑)


正直、身の周りの人に興味がもってもらえないような事業はまず他人は関心を
示しません。普通はね。


良い反応が引き出せたのなら、今度はそれをより多くの人の前で行いましょう。


自然とプレゼンスキルも向上すると思います。100回やれば上手になります。立て板に水です。

ここまで無料です(笑)なんと素晴らしい。



プレゼンの最後の砦は銀行です。とはいっても最初から融資をお願いに行く必要はありません。


可能であれば知人に銀行員がいれば、その人を頼りましょう。


いままでをベースに最高のプレゼンを行って下さい。


反応はどうでした? 今度はお金のプロが見ててくれます、恐らく専門的なアドバイスももらえるハズです。

ここも恐らく無料です(グレート!!)。



銀行の人を説得する自身がない? じゃ事業はやめましょう。銀行家が納得できないほどリスクが高い事業は危険です。

お金を借りる借りないの話しではないのです。


そもそもあらゆる手段をもって他人を納得させるということは、起業家にとって最重要に大きな資質です。


ここはがんばってみて下さい。「Oh!  YES !」と言われるその日まで。


つづく? (需要あるのかな)







先日から風邪がこじれて、もうちょっと回復が足りません。まぁゲームできるくらいには回復しているのですが(笑)


それはともかく、たかが風邪ですが、自宅で療養していると色々と思うこともあります。


体調が悪いときは寝室で横になっている訳ですが、水が飲みたくなったり、なにかが食べたくなったり、温度、湿度調整や室内の明るさの調整などなど。。


そういったことを行ったりすることが、必ずしもスムーズではないことに気づかされます。

「寝室に水飲み場があったらなぁ」とか、「いろんな薬が寝室で簡単に取り出せたらなぁ」とか、「そもそも寝室広すぎない? しんどいときトイレまで移動がおっくう」とか。


要するに療養中に寝室に必要な機能は、健康的な時のそれとは大きくことなるということです。

つまり住宅のデザインの中にその住人が「自宅にて療養する」という概念が欠如しているのです。

かっこいいダイニングやオーディオルーム、書斎などを喜々としてつくる人はあっても、療養する空間を作っておこうと考える人や、それを提案する人はいないのでしょう。


かつて養老孟司さんの本に中にこんなエピソードがあったように記憶しています。

それによると知人が有名なデザイナースマンションを購入したそうです。

しかし、その知人がまもなくそのマンションで急死しました。そこで困ったのが、その方を棺桶に入れて、エレベータに乗ることができなかったとのこと。なんでも奥行きが不足しており、そこでやむなく棺桶を縦にし、急場をしのいだらしいと。


みなさんはどう感じますか?


ここで思うのは、その建物を設計した有名なデザイナーは自分の創った建物で「人が死ぬ」という発想が微塵もなかったということです。


人が生きていく上では「おしゃれで、楽しい」ことばかりではありません。療養、やがては死という逃れ得ようもない現実があります。


その現実を「病院」という機能に全てアウトソーシングし、そこから目を背けつづけた結果なのかもしれません。


しかし、そういったある意味「負」の部分にこそ、より偉大なデザインの力が必要と確信します。


いま、在宅での介護、あるいは在宅での看取りが国を中心に言われるようになりました。背景には財政的な問題もありますが、そこのみに焦点をあてるのではなく、生活の延長にある「死」を意識した文化の再構築を求められているのかも知れません。



私は自宅内療養空間、もしくは家族が最後を迎えるための空間の必要性をライフハックの一つとして提案したいと思います。



あなたのご自宅は「死にやすい」ですか?