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リハビリテーション日和

福井県で起業している理学療法士のブログです。
地域やご自宅でのリハビリテーションサービスの
未来を描きつつ、自らに対しても「できない」を
「できる」ようにする工夫を日々楽しんでいます。
目指せ、22世紀的ワンダフルライフ!

あらゆる事業は周囲の人達の協力がなければ、成功する確立が格段に低くなります。


クライアント様と自分だけの関係では不足なのです。


そもそも「療法士」の資格は国家資格であり、とても社会的な存在だと思っています。


だから事業形態は何であれ、地域社会にどのように貢献することが使命でもあり、その結果として療法士として事業が成功できるのです。


自らの事業の利益やビジョンを考えるとき、この部分はとても重要です。


「年収をXXX円に!」 「好きなように仕事をしたいから」 「今の職場に不満があるから」


個人的には事業の目標を持つことは自由ですが、このような目標では他人は全く魅力を感じません。


共感を求めることも難しいでしょう。


周りの人達からすれば「どうぞ御勝手にがんばってください」ということです。


つまり「大義」がないのです。


「大義」が無い事業や存在は社会的には無価値です。


共に汗を流してくれるスタッフを探すことも難しくなるかも知れません。


「大義」は社会的な成功の姿です。周りの人が「そうなれば素晴らしい!」と興味をもってくれるものです。


そして「それは叶うんじゃないか?」という現実性も大切です。



ただ十分心にとどめるべきは、、


「大義」にウソがあってはいけません!


見せかけの大義、そのようなメッキは時間と共にすぐに剥がれ落ちます。気がつけば周囲の共感を得られない事業となります。


自らの事業の「利益の定義」、

それとリンクした「目標・ビジョン」、


それを達成するためブレイクダウンした「行動指針」、


そして周囲の人達から共感を得る「大義」。



これらの歯車ががっちりと組んだ姿が明確に想像できますか?



もしできるとすればあなたの事業はほぼ完成しています!


大義の旗を広げましょう!  


その旗のもと仲間を集めましょう。周囲の協力をお願いしましょう。



「海賊王に俺はなる!」←ちょっと違う。








お昼にコンビニの駐車場で車を停まらせ休憩していたときのこと。。


横には大型トラック。それ以外は特段なにもない、いつもの風景。




午後からの激務について、思考を整理しつつも休憩時間が終わりを告げる。



愛車のエンジンをボタンでスタートさせ、駐車場から出るためバックギアに。



そしてアクセルを緩やかに踏み込むと。。




信じられないような奇妙な現象がおきたのだっ!!




「なに!? 車が前進するだと!!」


「バカな!?俺は確かにバックギアに!」


このままでは駐車場の壁に激突、大破は免れないように思えた。





反射的にブレーキを踏み込む。



しかし、車は減速するそぶりもみせない。



「こ、これはっ! なにかの能力? なにかの能力でなくてはこんなことは説明できないっ!!」



俺は一瞬で理解した。


「暗殺?俺がここにいることを知って、送り込んだ刺客か!?」


ブレーキをさらに踏み込むが、車は加速しているようにすら感じる。



「くっ、場所がここで、ヤツの能力がコレだというのがヤバイ!」



(ここまで0.2秒)


この窮地を脱するためのさらに思考を研ぎ澄ます。




「刺客がいるとすれば、この近く。。」




俺は愛車の隣にあった大型トラックに目をくばせる。






「そこだっ!! そこのドライバー!!」



愛車のドアを蹴破り、飛び出す様にすかさずくらわしてやる!  それが俺の能力!!





俺はドアに手をかける。






その刹那!!!!






(ここまでさらに0.1秒)


俺はすべてを理解した。真の敵の正体。この現象の真の意味と恐怖を。







超スピードとか、幻覚だとかそんなちゃちなものじゃねぇ!








にわかには現実と受け入れがたいほどの衝撃。その恐怖の片鱗を白昼に味わったのだ。









前進しているとばかり思っていた、俺の愛車は動いていなかったのだ!




ほんのわずかもっ! そうっ! ただの一センチもだっ!






ただ、隣のトラックが駐車場を出るために前進していた。。。

そういうことだ、、




俺は緊張を解くと、深々とシートに腰を下ろした。



「ふ~、、やれやれだぜ」



午後の訪問業務が始まる。


the end 






今回は「利益」をテーマに話してみたと思います。


全ての法人や事業は基本的に利益を出さなければいけない宿命があります。



そんなことはよくわかってるよ。



利益って大切!



とは言うものの、、



それでは「利益」ってなんですか?と問うとなかなか答えが難しいです。



利益とはお金?



無論、それも間違いではないと思います。


お金がなければ、どんな優れた事業も継続はできません。



しかしながら、、



全ての事業の目的が「お金」である必要はないと思っています。



むしろそうでないほうが周囲の協力は得やすいでしょうし、そもそも事業責任者であるあなたは事業を通じてなにが行いたいか?を確認する意味でも、「あなたの事業にとっての利益とはなにか?」を問いただすことはとても重要です。



利益の例としては。。

・年収をXX円にしたい

・腰痛で苦しむ人を地域から減らしたい

・障がいのある方も活躍できる地域をつくりたい

・セラピストに健康知識をもっと広めたい





などなど。



ちなみに弊社の場合は、、


「リハビリテーションケアで人々の暮らしを変えたい」

「地域の商店街に介護老人や障がいのある方をお連れしたい」

「あらゆるところでリハビリテーション、介護予防のためのアクションが住民参加により行われている地域の創造」

「ローカルな地域に地域リハ、地域看護を体現できる専門職を増やしたい」

「そしてこれらを継続的に行えるだけの資金の調達」

などです。



だからして、こういったことが実現していけば、弊社にとってはそれは「利益」ということになります。



この点がしっかりとしていけば、逆に「出口戦略」も明確になります。



つまり最終的な「利益の形」から出発し、



「それが実現するためにはどうしたら良い?」と具体的なアクションをブレイクダウンしながら考えていくわけです。



この場合は、「利益の方向性」と「会社のビジョン」、そして「アクション」が常に一致します。



「ぶれない事業」というわけです。


「上手くいったらこうしよう」ではないのです。



こういった要因が全く一致していなかったり、矛盾していたりすると事業としていびつなものになっていきます。




一つの例ですが、、


「腰痛で苦しむ方を地域から減らしたい」をビジョンにかかげた事業、法人があったとして、、



その施術を行うスタジオの椅子や設備が腰痛で苦しむ方に「優しく」ないとすれば?



また「腰痛ので苦しむ方をゼロにしたい!」という素晴らしいビジョンをあげた場合には、



「はたして自分一人でそれが叶うのか?」を考えなければいけません。




繰り返しますが、「利益の方向性」と「会社のビジョン」、そして「アクション」が常に一致する必要があるのです。




アクションを繰り返すことで、最終的にはビジョンで掲げるゴール、そして利益の到達が行える合理性がなければなりません。




人間は元来矛盾した存在です。だからして事業のシステムにまで矛盾がはらむと全体の統合性が損なわれます。



矛盾した事業は最終的には継続できないと思っています。



あなたにとっての「利益」とはなんですか? 人にわかりやすく説明でき、人の共感を生むレベルまで昇華させてください。




事業を行うのはそれからです。




sideBにつづく。。

電子書籍は便利ですが、紙の方がステキな本もあります。


所有している中では、特にお気に入り(2014年現在)が、この2つの作品。


遅筆で有名な鶴田健二氏の「エマノンシリーズ」


表紙の裏まで、ダイナミックかつ自由に。スケッチブックのように描き上げたカンジが好きです。


ストーリーはこれといって起伏はない不思議な感じ。テーマである時間の流れにぴったり。


猛烈に一人旅したくなります。






もう一作は言わずもがなの「AKIRA」



発売から二十年以上が経過しているのにも関わらずこの存在感。



書籍というジャンルを超えて、物体としてステキすぎる。このオーラは現在のデジタルでは無理。


「AKIRA」は映画化したのがリハビリ養成校時代。彼女と自転車二人乗りして観に行ったなー(遠い目)。


あとのときはこんなオヤジになるとは夢にも。。

オチ? これがオチなの?


瞑想に関しては完全に我流なのですが、前述したように「いかに思考を停止させるか」ということですから、各々が行いやすいスタイルで良いように思います。


以下は私の場合。

・耳栓かノイズキャンセラーヘッドホンで周囲の音をブロック。

・ソファーに座ったり、横になったり、リラックスな姿勢をとる。

・目を閉じ、呼吸に合わせてゆっくり数字をカウント(1~10までループ)


「数字、考えてるやん!」と突っ込まれそうですが、


なんにも考えないことは、わずか数分でも意外と難しいです。


そこで数字を数えるなどの単純な思考でメモリの省エネをまずはかるワケです。


最初は数分でも難しいと思いますが、慣れてくれば20分ほどはできるようになると思います。


別に焦る必要は無くて、ゆったりした時間を確保するだけでも脳は相当休息できると思います。


ときにはこんなアプリを利用します。


名前からして良さそうな(笑)ブッダマシーン。

http://daiskegbs.tumblr.com/post/30517837603/buddhamachine




もう一つの私のおすすめは。


「ウォーキング、ランニングしながらの瞑想」です。


これは効果高いです。脳に対しての血液循環もよくなるため、ストレス緩和には即効性を感じることができます。


個人的には目を閉じた状態で行うのがベスト。


目を閉じてのランニング。危ないですよね(笑)


なので、自宅でトレッドミル(ランニングマシン)を使用します。


マシンは必要ですが、これは本当におすすめです。


脳のストレスをコントロールすることは現代人には必修のスキルと思っています。


みなさんも良い「脳ライフ」を!


瞑想ってなんでしょう。


一言でいうと。。


「リラックスしてなんにも考えないこと」


だから行うときは


「なんにも考えずにぼーーっとする」(笑)ことが基本となります。


よく座禅とも間違われますが、座禅は修行。リラックスして行うものではありません。


そんなことにどんな意味があるの?



ちょっとパソコンに例えてみます。



日頃の様々な悩みや感情、景観などを認知すること、これらはすべてメモリを大量に消費するアプリケーションです。


アプリを次々たちあげると、やがてメモリ不足で全体がフリーズしてしまいます。


これらを防ぐためにはアプリを終了させ、場合よっては再起動させる必要があります。


これが瞑想という行為と理解しています。



睡眠では?


もちろん再起動に有効な手段ですが、考えごとがあったりすると寝ている間もずっと考えているような気がしませんか?


アプリの終了は意図的に行わないと難しいのです。


佛教では「空」の状態が素晴らしいといわれます。


私はこの意味がわかりませんでした。


なんで、なんにも考えてない状態が良いの?ぼんやりしているだけでは?


そうではなくて、フリーメモリを最大限空けることをすすめていたのですね。


メモリを最大限活用できれば、直感にすぐれます。新しい発想が降りてきます。



ぼーーっとするだけですが、これは結構慣れがいります。


私自身の具体的な行いかた、ツールの活用については次回。



まだ つづく(笑)









かねてより経営者や現場でバリバリ仕事をする人の必要条件として、、


「健康」である。


というのが極めて重要であると考えています。


「健康」の定義もなかなか奥深いものがありますが、ここでは世間一般的ないわゆる「健やか」なイメージです。


「健康」であればいざと言うときに無理が利きます。もっと大切なのは人間は健康状態が高ければ、自ずと前向きな考え方や最適な選択がとれるということ。


そもそも人間ほど「前向きな」な生物がいるのでしょうか?


過剰に前向き、過剰に発展的、過剰に行動的。


ハイパーポジティブな生き物。それが人間の本質であり、現在まで生き延びてきた種としての根源と思っています。


そうであるにも関わらず、そのような考えや行動に移せない。むしろ破滅的な思考に捕らわれる。


それはやはり心身のコンディションに問題があるような気がします。


ポジティブシンキングがよく言われます。しかし、心身の健康を配慮せずに考え方のみ強引に変えていくのは危険のようの思えます。


身体の健康についてはイメージがしやすいでしょう。


しかし、精神の健康についてはどうでしょう?


人間の脳も臓器の一部です。ストレスをかけ過ぎれば正常な機能を失います。


それを回避する手段が「瞑想」なのです。


「適切な行動はまず自身の健康から」


つづく




携帯(電話)がiphoneをはじめとするデジタルマルチツールに移行して久しいですね。


デジタル時代の十徳ナイフとしてみなさんも様々なシーンで活用されていると思います。


おかげで旅行や出張での荷物も激減。


これ1台で大概のことはできるようになりました。


特に初代iphoneから比べるとカメラ、ビデオの性能は飛躍的に向上。


コンパクトカメラは事実上そのカテゴリーを終了しつつあります。


ちょっとさみしいですけどね。


しかし、このiphoneにはまだ気になる部分もあります。


特に集音。そうマイクです。


元来電話機能をメインに使用しますから、マイクはディスプレイ側に着いています。


当然ですね。


でも、ビデオ撮影するときはディスプレイの逆側にカメラがついてます。


そう、メインのマイクは後ろ向きになってしまうのです。


これもあって、その画質に比して音はいま一つも二つも物足りない。


実は現在、弊社ではビデオマニュアルを作成しています。


その際にiphoneでビデオ撮りしているのですが、どうにも講師の音声に不満が。

今回はそのような悩みを解決できるガジェットを紹介します。


それがこれ。ZOOMのProfessional Stereo Microphone iQ5です。



電源要らずで、大型マイクによりとてもクリアなステレオ録音が可能になります。


マイクの向きも回転でき、適切なポジションも適宜可能です。


セミナーや勉強会でも威力を発揮しそうですね。


一つだけ注意が。


このマイクはその性能故か低周波ノイズも拾いやすいそうです。

iphoneを機内モードにすれば解決することも多いとか。


たまに自分の声を録音すると色々学びもあります。

みなさんはどのように使いますか?



先日のブログで「セラピストよ 書を捨てよ、街に出よ」と書きましたが。。


ちょっと訂正します(オイ!)


こんなかんじで。



「セラピストよ、電子書籍を持って街に出よ」です。



ipadなどのタブレット端末をもっている人はよく会うのですが、本格的に電子書籍を取り入れている人は意外と出会いません。



2014年ともなれば、わたしゃてっきりみんながそうなっていると思ったよ。



「紙で読む方が好きだ」


「電子書籍は権利を買っているだけ」


「欲しい本がない」




などと、現時点ではネガティブな要素も多々あると思いますが。。




このブログを読んでいただいているよい子には、こう断言します。




「電子書籍はよい!」




それはなぜか?



本は重い。特に専門書はなぜかでかくて重い。



学生の頃、バイク通学をしてました。

ホンダの「ジャズ」ってバイクで。50ccなのにアメリカンというキワモノでした。

同級生からは「ハーレーチビットソン」と揶揄されましたよ、ええ。



冬の路面が凍っているときに、バッグにどでかい解剖学やら生理学やら内科学を限界まで入れ、走っていたら、バランスを崩し転倒したのです。

コーナーではたらいなのですよ、遠心力が、書籍の重さで(笑)


対向車来たらやばかったです。


その拍子で解剖学アトラスがすっとんでいきました。


路面をしゅーーーって。

カーリングのストーンみたいに。

解剖学アトラスは一瞬でボロボロ。



後日、それを見た後輩が、、

「さすが読み込んでますねーー見習います」って。


いや、読んだというよりすべらしたんですが。


滑走距離新記録だしたんですが。




どちらにしても、、


「本の重さで死ぬとこやったわ!! 」です。




書籍を保有する目的はなんでしょう? 



それは内容を読むことです。



あたりまえですよね。



パッケージとしての書籍という物体を保有することも楽しみとして否定はしません。



しかし、「読んでなんぼ」ですよね。特に専門書の類は。



そこで電子書籍です。



読みやすいのです。否、読めてしまうのです。



なんせ重量やスペースの制約がありませんから、常に持ち歩いています。

ちょっとしたスキマ時間や移動時間に読むことに関しては、その便利さは紙の書籍の比ではありません。




また、どの現場にも持って行けますから、参考資料として心強い。



「どの本をもっていこうかな」ではないのです。



全て。すべてもっていけるのです。




ちなみに私個人は以下のような構成です。




デバイスはipadmini。2台あると尚良いです。ダブルスクリーンでページ比較がはやいです(笑)


コンテンツとしてはおおむね1000冊以上入っています。


amazonなどで購入したものも最近は多くなってきましたが、いわゆる自炊で電子化したものが大半です。個人責任ですが。


自炊には根気は要ります。私の年末年始の行事です(笑)


しかしながら、書籍1000冊というとワンピース10セット以上ですよお母さん!


この量の書籍をいつも持ち歩けるのです。




なんという幸せ。


繰り返します。


「セラピストよ、電子書籍を持って街に出よ!」

















まぁ当たり前すぎて書く必要もないのですが。


このブログ周囲に出ている広告は私に一切、全く関係ございません。


特に推奨もしてませんので。


いろいろと自己責任で。


つまりそういうことで。