ゴール手前で軽快に走る女性に追い抜かれた。悔しかったので、抜き返してやろうと思ったが、もうだめだった。足は動かず、気力も出ず。
足痛のために練習が満足に出来なかったというのもあるのだが、夏場からのトレーニング不足と体重オーバーというのも原因としては考えられるのかと思っている。体重を減らすことで記録が伸びるということのようなので、次のレースの高槻シティ国際(ハーフ)、木津川(フルマラソン)までにダイエットを敢行してみたい。
ゴール直後、歩いていると見つけてしまったオリオンビールの売店。ついつい一杯をごくごくと飲んでしまった。本当にのどが渇いていたのもあって、あっと言う間にグラスが空になった。アップのストレッチを終えて、着替えを終えて、駅そばにある「こどら」という沖縄そば専門店に入る。ここでもビールを頼み、そばとジューシーのセットを注文。僕の後から、ランナーとおぼしきおじさんが入店してきた。おじさんが沿道の応援が他のレースではありえないくらい凄かったと話したら、店のおばちゃんは「沖縄の人はお祭り好きなんだよ」って笑いながら返事していた。食事を終えて店を出ようとしたら、おばちゃんはお疲れ様~と声をかけてくれた。
ホテルに帰ってシャワーを浴びる。テレビをひねると、NAHAマラソンの実況中継をまだやっていた。見ていると、スタート後6時間の閉門の様子までも映していた。これには惹きつけられた。見ていて面白かった。時間切れになった人には申し訳ないのだけれど、 本当に残念な顔をされていて、こちらまで、あーあって言ってしまうくらいだった。また来年、一緒に頑張りましょうね。
テレビが終わったので、ホテル近くにある県立博物館に行ってみた。沖縄の歴史が短時間で何となくだけどわかって面白かった。誠ぐゎー(登川誠仁)の「屋嘉節」という曲が戦争後のコーナーでは流れていた。久しぶりに戻った屋嘉の村が戦争のせいですっかり変わり果てていて、二度とこんなことが起こらないようにと平和を祈る歌だった。
博物館を出ると足が相当だるくというか、痛くなっていて、引きずるように見えないように歩いてゆいレールの駅へ。ゆいレールを美栄橋で降りて国際どおりへ向かう。そこは、足を引きずるように歩いている人が一杯の町だった・・
沖縄本を土産にしようと思い、J堂という全国的に有名な本屋にある沖縄本のコーナーでいろいろと立ち読みをしてみた時に、おいしい店の紹介をしている本があって、その中の一軒がJ堂のすぐ近所にあるようだったので、そこへ行ってみることにした。目当ての店はすぐに見つかった。「幸門」という店だ。2階に上がって行く必要があって少しはじめての人間には入りづらい感じであったのだが、店の看板を見ると、「NAHAマラソンに参加した方はドリンク一杯無料!」などと書かれている。これはこれはと思い、ずかずかと階段を上っていった。
店はあまり広くなく、それほどきれいでもなく(失礼!)、ランナーとおぼしき人
たちが飲んでいた。カウンターに座ると隣の席の人がマラソン走られました?と聞いて、なんにしますかと聞いてくる。店員なのか客なのか判断に戸惑ったのだが、話を聞くとNAHAマラソンには10回近く来ていて、さらには沖縄マラソンなど他のレースでも沖縄には年に何度も来ている人で、この店の常連さんとのこと。
その後は、その人と、その後でさらにカウンターに座った大阪から来られた方と3人でマラソンねたで盛り上がってた。もずくの天ぷら、アオサのジューシーが最高にうまかった。そうそう、それで僕の後ろで飲んでいたグループが先ほど立ち寄っていた本屋J堂の方々であった。奇妙な縁かも。
2時間くらい楽しく飲ませてもらって、店を出た。ここではビール一杯と泡盛2合。
この後が本日のメインイベント。「仲田幸子芸能館」である。
仲田幸子さん、というよりは仲田まさえさんが僕の目当て。きれいな人で、前からファンだったのだ。CDもだいたい持っている(と言ってもそれほど枚数を出しているわけではないのだけど)。まさえさんはかなり忙しそうだった(歌からお酒を注いだり、新たな客を案内したり、ほとんどホールの仕事はこなしていた)のだが、それでもいろいろお話もさせてもらって、リクエストまで聞いてもらった。山下達郎のカバー「FUTARI」を歌ってもらって感激。しかし、正直この後がいけなかった。あまり記憶がないのだ。
この店ではさらに泡盛2合を飲んでしまい、マラソン後の疲れと酔いのせいで、恐らくだけどほぼ間違いなく、店で寝てしまったのではないかと思っている。次の日にかばんに入っていた勘定用のメモには11,000円と書かれていた。値段から考えてやはり寝ていたのだろう。よくまあそんな状況でホテルまで帰れたものだと思う。まさえさんに迷惑をかけてなければいいのだけれど。






