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走る!宇治の診断士

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宇治に住んでる中小企業診断士です。
2013年5月にサラリーマンをやめて、独立開業への日々を綴ります。

東京本社に新人として同期入社して以来、ずっと仲のよかった友人が亡くなった。僕は大阪へ転勤し、彼は会社を辞めて自分の道を探し始め、それぞれの道を歩くようになっても、僕が出張で東京へ行くことがあればよく飲みに行ったものだった。
昨夜が通夜、今朝が告別式、血縁のない人の不幸で両方に参列したのは初めてだった。
あまりに早い最期で、遺された家族もつらかったろうし、これからも大変だと思う。
喪主であった奥様の最後のご挨拶は涙なくしては聞くことができなかった。でも、ラーメンやとんかつ、カレー、パパの好きだったご飯をもっと食べさせてあげればよかった、という下りは少しおかしかった。まるで子供だ。そして、最後に亡くなった彼に言った言葉には胸を打たれた。

「いっぱいの愛を、ありがとう」

こんな言葉を言ってもらえる家族との絆を作れた彼は立派だった。

本当に、いろいろありがとう。また飲みに行きたいね。

Facebookに登録した。

ずっと以前、僕はあるミュージシャンのファンサイトを立ち上げていた。

そのミュージシャンは、国内では少しマニアック、海外にもかなり多くのファンがいた。


その当時、そのサイトを通じて、そんなに数は多くないのだけど、世界中の人たちとメールなどのコミュニケーションを交わした。


その中にオランダの夫婦、台湾出身の女性がいて、彼らとはクリスマスカードやプレゼントを今でも交換している。


その台湾出身の女性は今では結婚していて子供もいる。さすが華人ネットワークであるが、大学時代はマレーシアに、結婚してシンガポール、香港とアジア各国を転々としている。


今年は数日前にニューイヤーの手紙が届いた。


Facebookをやっているのでぜひ連絡してくれというようなことも書いてあって、とりあえず僕も登録するにいたったわけだ。


正直なところ、僕の英語能力は非常にプアーなもので、メールと言えども英語ではしんどいものがある。


Facebookを通じて、お互いの近況が把握できるようになったので、それはそれで良いのだけれど英語でのコミュニケーションはビミョーである。


英語力をアップするには良い機会かも?



今朝5時に起きてテレビのチャンネルをつけ、震災から15年のテレビを見た。


それから、ウエアに着替えてジョギングに繰り出す。


今朝は本当に寒い。出袋をしていても手がかじかむ。


先週は足痛(ふくらはぎの横あたりがずっと痛い)のため、全く走れず、昨日、今日とリハビリのような走りだ。


いつもの宇治川沿いの道を走る。


走っているうちに体は暖まって、手先も足先もぽかぽかしてきた。



独立宣言 ~ 少し走る診断士


早朝の光景は見るもの全てを綺麗に映すが、この写真は先月まで林だった場所だ。


綺麗な場所でもなかったのだが、それでもここまで焼け野原のような姿にする必要があったのか。



独立宣言 ~ 少し走る診断士


夜は昨日録画していた、テレビドラマ「神戸新聞の7日間」を見た。


やはり忘れてはならない出来事だったと、改めて教えてくれたドラマだった。主演の人が関西弁でなかったのが唯一違和感があったけど、とてもよかった。


最後のいいシーンで、Bridge Over Trouble Water(明日に架ける橋)が流れるシーンがあった。


そういえば、僕の披露宴の最後でもこの曲を流したのを思い出した。僕の場合は、サイモン&ガーファンクルではなくって、アレサ・フランクリンの歌だったのだけれど、この曲が流れてきたときには涙が止まらなかった。