結局、僕の実家のあたりでは停電と断水程度で、ほとんど被害もなかった。同じ神戸市内ではあるが全く状況の異なる被災地をこの目で見ておこうと思った。
青木駅を降りて、歩いた。
この駅の近くには高校時代の友人宅があって、よく遊びに来たところだ。その友人宅も倒壊してしまった。同級生達は既に神戸にある実家を出て独立していたのであるが、実家が被害にあっていると思われる友人には一通り連絡をとっていたので、状況は知っていた。
やはり三ノ宮にいたるまでの地域は被害が酷くて途中身の危険を感じるような場所もあった。家やビルが崩れ落ちていた。毎日のように放映されていた避難所も実際に目の当たりにしながら歩いて行った。
震災から10ヶ月と1日後、僕は当時はまだ新神戸オリエンタルホテルという名前だったホテルで結婚式と披露宴をあげた。今はクラウンプラザホテルという名前になっている。その昔神戸で一番のホテルがオリエンタルホテルであり、そのホテルが新たな市場を求めて作ったホテルだった。オリエンタルホテルはメリケンパーク、西神にもあるが、本家のオリエンタルホテルは三ノ宮の真ん中、京町にあったのだが震災により全壊してしまった。しかし、そのホテルが旧居留地に復活する。今年の3月から営業を開始する。既に予約も受け付けているようだ。
オリエンタルホテル http://www.orientalhotel.jp/
1995年の1月から2月にかけて、僕たちは披露宴の場所を神戸で探した。
僕は震災では故郷の神戸に何もできなかったが、少しだけでも復興のお手伝いのつもりで神戸で式を挙げることにしていた。多くのホテルや式場は地震で大きな被害を受けていた。いくつかのホテルは実際に中を見せてもらったのだが相当な被害を受けていた。その中で新神戸オリエンタルホテルは山に近く高い場所にあったこともあり、被害は少なかったようだ。
新神戸オリエンタルホテルは新神戸の駅前から三ノ宮を一望できる景色のよさが売りである。そこのチャペルはホテルの高層階にあって眺めも良かった。結婚式が終わって、そのまま神戸の街並みをバックに写真が撮れるのだ。式の当日は快晴で、そこから眺めた神戸の街にはまだまだブルーシートがかかったところも多かったのだが、それでも復興に向けて着々と進む神戸の地域再開発の力強さを感じることができた。
あれから15年がたつが、僕自身の思い出にもつながることが多く、神戸の地震は忘れられない記憶である。